ウェイトレスは振り向かない
まいごのまいごの こねこちゃん あなたのお家(うち)は どこですか
お家をきいても わからない 名まえをきいても わからない
ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン ニャン
ないてばかりいる こねこちゃん 犬のおまわりさん 困ってしまって
ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン ワン
童謡『犬のおまわりさん』より
同じ曲が何度も脳内に流れ続ける。
あゆは考えていた。
「犬のおまわりさん」に登場する犬の警官は、最後にはヤケになっていたんだろう。
何を聞いても泣くばかりの子猫。正直お手上げという気分になっても無理は無い。
「(……良く分かるわ、その気持ち)」
ベッドの上、汗と愛液に塗れた姿で大空寺あゆは何となくそう考えていた。
既にその身は全裸で、あゆの足元辺りにかつて「すかいてんぷる」の制服であった布切れが
ボロボロになって丸められている。
そして、あゆの傍らでベッドに腰掛け泣き続ける一人の、こちらも全裸の少女。
あゆはまだその名前を知らない。
訳も分からないまま突然押し倒され、犯され―――まあ、処女は奪われなかったものの―――
さんざん弄られ、擦られ、揉まれたのはあゆの方である。
正直、泣きたいのはこっちだった。
だが、その加害者が被害者よりも陰気に泣いているのだからどうしようもない。
「……おーい」
「……………」
声をかける。少女は答えない。
「……ちょっとー」
「……………」
やはり答えない。
「……………」
「……………」
一瞬の沈黙の後、
「うが〜〜〜〜〜ッ!!!」
あゆの恐ろしく短い導火線はあっさりと燃え尽きた。
流石にこれには少女も驚いたのか、眼を丸くしてあゆの方に向き直る。
「ぜえ、ぜえ……やっと、こっち、向いてくれたわね」
「……ごめんなさい……」
かぼそい声での謝罪、その瞳には先程までの狂暴な欲望は全く見えない。
「あああぁぁぁ! もう、謝るのは後ででいいさ! それより、アンタ誰さ!?」
「あ……」
そこで初めて少女は自分が名乗ってもいない事に気付いたようだった。
ほんの少しだけ声を上げるものの、すぐに元の調子に戻ってうつむいたまま答える。
「……ライセン」
「ふぅ、これでやっとお互い普通に話ができるわね……アタシは大空寺あゆ。
……で、何でこんな真似をしたのさ」
「……ごめ……」
「ストップ!」
再度謝ろうとしたライセンの眼前にあゆは手を広げて押しとどめる。
「だから謝るのは後ででいいって言ってんでしょ? アタシは全然……ってのはちょっと
ウソだけど……ま、それはそれとして」
「はあ……」
「アンタが何者で、何であの痴女に攫われて、何でアタシを急に襲った後さめざめ泣いてんのか、
全部聞かせてもらうわよ。それがアンタが今するべき本当の謝罪。いい?」
「……分かりました」
ぴしゃりと言い伏せるあゆの勢いに、ライセンも僅かながら冷静さを取り戻したようだ。
小さく頷くと、彼女はゆっくりと語り出した。
自分がママトトの仲間と共に繰り広げた戦いの事。
武器庫を襲撃した事。
死んでしまった仲間達の事。
単独行動をしたほんの僅かの間にカレラに襲撃を受け、薬を飲まされた事。
意識が朦朧となり、気がついたらベッドに寝かされ、目の前にあゆがいた事。
そして―――自分の中の衝動が抑えきれなくなり、彼女を襲った事。
そこまでの一連の話を聞き、あぐらの姿勢であゆは呆れたように言った。
「……何だ、そんじゃアンタ悪くないじゃないさ」
「え?」
驚いた顔であゆを見るライセン。
「だーかーら、要するにアタシを襲ったのはあの痴女に変な薬打たれたからなんでしょ?
だったらアンタが罪悪感持つ必要は全然無いじゃないさ」
しかし、ライセンの重い表情は変わらない。
ライセンにとって、ここで自分の罪を許してしまう事は誇りの放棄に思えたのである。
まあ、彼女は本来がネガティブな性格であり、それに起因する所も少なくはないのだが。
「でも……私がした事に変わりはありませんから……(むにっ)ひゃっ!?」
言葉を返そうとしたライセンは、あゆの思わぬ反撃に会った。
突然両の頬を引っ張られたのである。
「ひゃ、ひゃひほ……?」
「……アンタが今すべき事は、アタシに謝ってひたすら落ち込む事?」
むにむにむに。
頬をむにむに弄りつつあゆが言った。
「……………」
「アンタが出来る事は、まだある筈さ……それでもアンタが罪の意識がどーこーって言うなら、
これがアタシからの仕返し、いい?」
「………ふぁい」
「ん、そんじゃこれで仲直りさ(ぱっちん)」
「………ッ!」
「あ! い、痛かった? いつもアタシがされてる位でしてみたけど……」
「いえ、大丈夫……です……」
頬を撫でつつ答えるライセン。先程までの重苦しい表情はやや薄れている。
「(やれやれ、悪司とかに『用心しろ』って言ってんのに、アタシも人の事言えないさ)」
内心でため息をつき、あゆは着替えを探すためにベッドから降りようとした。
「……!?」
その時、ライセンが再び身を固くし、怯えるように顔を伏せた。
「ど、どうしたさ!?」
「……………」
ライセンは答えない。ただふるふると首を振るのみである。
「ひょっとして、まだ何か悪いとか思って……」
四つんばいでベッドの端のライセンに近づく。
「……………!」
「わ!?」
気がつくと、あゆは最初と同じようにライセンに組み伏せられていた。
「ちょ、ちょっとライセン! アンタ一体……」
「……ご、ごめんなさい……!」
再び謝罪の言葉、しかし今度は最初よりは明確な意思で言っているようだ。
あゆの汗ばんだ体をまさぐりつつ、ライセンが言う。
「ごめんなさい……薬、まだ……!」
その頬は紅潮し、呼吸は荒くなっている。
それだけであゆは彼女の身に何が起こっているか理解した。
先程までの営みで収まったのは、媚薬の『波』の一回分に過ぎなかったのだ。
しかし、それも無理からぬ話であった。
一回分だけでも淑女を狂わし、聖者を欲望の虜にする程の効果を持った媚薬である。
それを四回分もライセンは食らってしまったのだ。常人ならばとうに理性を失い、
肉欲だけの狂人になってしまっても不思議ではない。
彼女が理性を残しているだけでも、十分凄い事であった。
「(ったく、あの変態痴女は……!)」
おそらく今は悪司とよろしくやっているであろうカレラの姿を想像し、あゆは悪態をついた。
一方、ライセンの瞳からは再び涙が溢れつつあった。
みじめだった。
情けなかった。
敵の薬にいいように操られ、初対面の少女を陵辱してしまったのみならず、
それでもなお自分に励ましの言葉をかけてくれた彼女を自分はまた犯そうとしている。
「(獣以下ね、私……)」
一度はあゆの励ましで明るさを取り戻した思いが、再び暗くなる。
「(いっそ、ここで舌を噛んでしまえば……)」
そこまで考えが至る。
熱い吐息の中、舌を伸ばす。
できそうだ。
「(どうせ、私なんて……)」
ああ、さぞ今の自分の姿は彼女には醜く映っているだろう。
「(でも、これで……終わる)」
そう思い、歯を思い切り噛み締めようとした瞬間―――
ぎゅっ。
ライセンは、あゆに抱き締められていた。
「!?」
自分のされている行為が理解できず、あゆの目を見る。
「……言ってんでしょ? 悪いのはアンタじゃないって」
彼女は笑っていた。
無理な作り笑いでもなく、愛想笑いでもない。
不敵なまでに悠然とした、全てを包み込むような微笑み。
「……いいわよ、アンタの気の済むまでしても。その分はあの変態痴女に倍返しで返してもらうさ」
「ア……」
一度収まった涙が、また流れ出す。
だが、その涙は悔恨の涙ではなかった。
「大空寺……さん……」
「あゆでいいさ」
なでなで。
柔らかくライセンの頭を撫でるあゆ。
「あゆ……!」
ライセンは感極まったようにあゆに唇を押し付けた。
『多分この部屋だと思うんですけど……』
「あゆ……あゆ……あゆ……!」
愛おしさの混じる口付け。
「(やれやれ、何だかなつかれちゃったみたいね……)」
そう思いつつも、あゆはあゆで彼女に放っておけないものを感じていた。
それは、愛情とはまた異なる感情。
『……ここか!?』
「あ……」
あゆの口からも、甘い声が漏れ出す。
ライセンの口は、胸を経由して次第に下半身へと進んでいた。
が、
「あの、大空寺さんいますか……きゃ!?」
「悪い! アンタ達外でアルって子を……」
一組の男女―――大十字九郎と七瀬凛々子が部屋に入ってきたのはその瞬間だった。
「「「「あ」」」」
四つの『あ』が、綺麗に同時に発せられた。
【大空寺あゆ@君が望む永遠(age) 招 状態:○ 装備:スチール製盆 行動目的:敵本拠の捜査】
【ライセン@ママトト(アリスソフト) 狩 状態△(媚薬により発情中) 所持品:なし】
【大十字九郎@斬魔大聖デモンベイン(ニトロプラス) 状: △ 所持品 自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』、
残り弾数不明(15発以下 行動方針:苦悩中】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り)
所持品:グレイブ 行動目的:敵本拠の捜査】
『悪魔、堕つ』とほぼ同時刻
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