封じられし戦女神






例え何者かに踊らされているているとしても──彼に他の選択肢はない。
初音を倒せる力、それがあると信じて牧島麦兵衛はここまで来たのだ。

「やっぱり誰もいない、か」
倉庫の扉を開き中を見回したが、あったのは神棚に祭られた短剣一本だけであった。
「どうやら罠じゃなかったみたいだが、このナイフであの女を倒せる?冗談だろ?」
あの鳩はここにあるのは剣だと言っていた。
目の前の物体は剣というのは短すぎ、呼ぶならばナイフと呼称する方が正しいような気がする。
麦兵衛はあるはずの物を探して内部を見渡す。
しかし決して広いとは言えない倉庫の内部には、目の前の短剣以外には何も見当たらない。

(つまり…もう他の誰かが剣を持って行っちまったって事なのか)
だとすれば麦兵衛がここに来たのは全くの無駄足である。
「俺達の洗脳に失敗した時点で回収したのかもしれないな…」
ならばいつまでもここに居ても無駄であろう。
(最初に見つけた時に来て置くべきだったのかもしれないな。しょうがない、透達の所に戻るか)
その場から立ち去ろうとした麦兵衛の目にナイフが目に留まる。
「こんなもんでもないよりはましか…」
手に取れる程に近づいて初めて分かったが短剣は思ったよりも汚れていた。
「随分と汚れてるな。どうせ飾っとくんならもう少しきれいにしてもいいんじゃないか」
なんにしても錆びてさえいなければ取りあえず護身用にはなる、そう思い短剣を手に取った。

(随分と失礼な事を言ってくれる)
「だ、誰だ!?」
突然聞こえて来た声の主を探して辺りを見回すが、人影は見当たらない。
「女性の声?まさか幻聴……?しっかりしろ麦兵衛。こんな状況だからこそ冷静に……」

パン!

麦兵衛は両手で頬を思いっきり叩いて気合を入れる。
続いて深呼吸を10回。
「幻覚とか幻聴とか見てる場合じゃない。早く透達の所に戻らないと」
(で、落ち着いたか?)
「……とうとう俺は頭がおかしくなったのか」
(さっきから本当に失礼な奴じゃな……)
おかしい、幻聴にしては声は確固たる存在感を持っている。
もしかするとこの声も魔法を使った会話の一種なのかもしれない。
麦兵衛はそう考え声の主に話しかける。
「誰だ?どうして俺に話しかけてくる?」
(お主、私を探していたように見えたのだが違ったのか?)
「俺は誰も探してなんか……ってまさか?」
(そう、私はお前の手の中にある剣だ。もっとも本来の持ち主の手を離れておるから、今は只の短剣だがな)
麦兵衛は己の手の中にある『彼女』を見て嘆息する。
「むしろ違ってくれた方が希望があってよかったかもしれないんだが……そういえば名前を聞いてなかったな」
(先程から失礼にも程があるぞ……そっちから先に名乗るのが礼儀であろ?私は力を貸す側なのだからな)
力を貸す──そう言われてもこの短剣に初音を倒す程の力があるとは思えないが、今は僅かでも力が欲しい。
「俺は麦兵衛、牧島麦兵衛だ」
(我が名はハイシェラ……ついでに言うと麦兵衛、一々声に出さずとも会話できるぞ。
簡単に言うとお主が無礼な事を考えてたら筒抜けだ)
麦兵衛はそれを聞いて顔を引きつらせた。
「そう言う事は早く言ってくれ。しかし考え事もできないのかよ」
(まあ、今はこんな姿だからそう思うのも無理はなかろうが、お主程の魔力があれば多少は私も……)
「待て。俺に魔力があるっていうのか?」
ハイシェラの言葉を遮って麦兵衛が口を挟む。
(今のままでは使い物にならんがな。……魔力があるからこそ、この地に召喚されたのではなかったのか?)
呆然としている麦兵衛を見てハイシェラは言葉を続ける。
(無自覚だったのか……まあ、よいわ。そちらの事情次第では協力してもよいぞ?)
「……俺が事情を話したらハイシェラさんは力を貸してくれるのか?」
(気が向いたらな。時にその『さん』付けは慣れん。呼び捨てで構わん)
今の姿こそ短剣であってもハイシェラも元は魔神とまで呼ばれた魔族の中でも最高の力を持つ存在の一人。
気に入らない者には力を貸したりはしない。
「女性を呼び捨てするのは慣れてないんだ。どうしても嫌なら考えるが」
麦兵衛は困った顔をして言った。
(まあ、どっちでもよいわ。で、話すのか話さんのか)
「そうしないと協力してくれないんだろ……」


(仇討ちと救出か。協力してもよいが、こちらからも条件がある)
「条件?」
麦兵衛がハイシェラの言葉をオウム返しする。
(そうだ。その目的には異存ないが、魔力がある事に対して無自覚と来ては少々不安が残るのでな。
私を使いこなせる事を示して貰おう)
「こういうのはお約束だから別に構わないが…具体的にはどうすればいいんだ?」
麦兵衛があっさり了承したのが意外だったのか、ハイシェラは言葉に詰まる。
(……こんなに安請け合いする奴は初めて見たわ)
「こういうのはお約束だしな……それにどの道ハイシェラさんの力がなけりゃ、ひかりさんも助けられない」
(そういうものなのか? まあ、やる事は単純……的に一撃当てるだけだ。ただし…)
「ただし?」
いつの間にか麦兵衛の前に女性が立っていた。
「!?」
女性は手には鞭とも剣とも定かではない武器を持っている。
「ただし、的の方からも攻撃してくるがな」
目の前の女性──剣ではない本当の姿を取ったハイシェラは小悪魔的な笑いを浮かべた。

鞭と剣を合体させたかのようなハイシェラの武器──連接剣がゆうに10メートルはある距離を飛び越え麦兵衛に襲い掛かる。
「──っていきなりか!」
生命の危機を感じ取り、咄嗟に横に跳んで真っ直ぐ伸びてきた連接剣を避ける。
「これで避けた思ってもらっては困る」
今度はコンパスが円を描くような美しい軌道で連接剣が横薙ぎに襲い掛かる。
(受けるか!? 無理だ! こんなナイフで受けれる訳が──)
後ろも駄目、横も駄目……そうなれば残るは一つ……
「当てるもなにもっ──!」
悲鳴に近い声を上げながら体を限りなく地面に密着させる。
何かが耳の傍を通り過ぎて行く音と、髪が斬られる感覚。
それらが過ぎ去ったのを確認すると立ち上がり、後ろに跳んで距離を取る。
「当てるもなにもリーチが違いすぎるだろうが!」
「私の力を多少でも使えれば補える問題だ。むしろそれくらい出来て貰わねば宝の持ち腐れになってしまうわ」
そう言いながら再びハイシェラは剣を構える。
「しかし今のは悪くなかった。多少は力を使えておるようではあるが……逃げてばかりでは末路は変わらんぞ」
今のは運良く避けれたものの何度も避けれる保障はない。
(何とか当てないと……とは言っても力の使い方なんて分かるわけが…)
「さて、少し本気を出すか」
ハイシェラの方は麦兵衛の心境など意に介さず再び連接剣を振るう。
本気の言葉通り、先程の攻撃と比べて遥かに速い。
そして麦兵衛が生まれて初めて感じる殺気。
連接剣の予想外の速度に麦兵衛の反応が遅れる。
もしこれを避けてもまた先程と同じく横薙ぎが来るだろう。ハイシェラも先程と同じ手では避けさせてはくれないだろう事は想像に難しくなかった。
(……こうなったらいちかばちか受けるしかない!)
麦兵衛の命を左右するのは今手の中にあるちっぽけなナイフ。
「うぉぉぉおおおおおおおおお!!」
小さな命綱を握り締め、真っ直ぐ連接剣に向けて突き出す。
剣が激突する瞬間、麦兵衛の手の中で重みが増した。
「む? これは…」
ハイシェラが呆然としているのを好機と捉え、そのままハイシェラに向けて突進する。
考えられない程体が軽かった。僅か3歩でハイシェラに肉薄するとそのまま連接剣を叩き落す。

「勝った…?」
麦兵衛自身にも何が起こったか正確には分からない。
はっきりしているのはハイシェラに一撃加える事ができたという事だけ。
(まさか本当に使いこなすとは……大したものだ)
いつの間にかハイシェラの姿は消え、先程までの頭に直接響く声で語りかけてくる。
「こっちは本当に死ぬかと思ったぞ…」
(死ぬ訳なかろうが。あれは幻覚だ)
「は? 確かに髪を斬られ……なんともない」
(あれはリアリティを出す為の演出よ。まあ、五感に直接作用するのは楽ではなかったが)
ハイシェラの忍び笑いを聞きながら麦兵衛は重要な事を思い出す。
「それで約束の方は守ってもらえるのか?」
(それについては今私がこの形をしているのが答えという事になるな)
見れば手の中の短剣は多少短めながらも立派に剣と呼べる物に変化していた。
「さっきの剣が重くなった時にこうなったのか…」
(使い手の魔力次第で姿は変えるが、麦兵衛の魔力ではこの状態が限界だな。ついでに言うともう一個条件があるのだが)
「もうさっき見たいなのはごめんなんだが……」
必要な時以外物騒な事をしたくはない。
元よりひかりを、まひる達を守る為でなければ力など求めはしなかったのだから。
(そう難しい事ではない。元々私は麦兵衛の居た世界とは違う世界の住人なのだが、どうも召喚に巻き込まれたようでな。
元の世界に帰る方法を探して欲しいのだ。私は自分では動けんのでな)
「それだったら言われなくても探す。俺達だって帰りたいのは同じだからな」
麦兵衛の言葉を聞いてハイシェラが頷く雰囲気がする。
(では、しばらくの間よろしく頼むぞ。麦兵衛)
「こっちこそよろしく頼む。まずは透達の所に戻るか」

【牧島麦兵衛@それは舞い散る桜のように(バジル) 招 状態◎(身体能力上昇) 所持品 ハイシェラソード
行動目的:初音を倒す。結城ひかりの救出。透、まひると合流】
【ハイシェラ(ハイシェラソード)@戦女神(エウシュリー) 人数に含まない 状態ショートソード
行動目的:元の世界に帰る。今は麦兵衛に力を貸す】
【時間:逃れられぬ因果後】



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