偽りの信頼






 友人と思っていた人間に裏切られた。
 敵に……人殺しを平然とやってのける人間に情けをかけられた。
 誰も信じまいと誓った時、自分の命を賭けて助けてくれた人が居た。

 誰を信じていいか分からず、どうすればこの状況から逃れられるのかも分からずにひたすら走り続けた。
 助けてくれたあの人の想いを無駄にしたくなかったから──だから言われた通りに、何も考えずに走り続けた。

 夢遊病者のように走り続けていた為、いつの間にか目の前にあった建物がなんであるか理解するのに数分の時間を要した。
 外観こそ彼女が日頃見慣れたコンビニエンスストアであるが、建物には少し離れた場所からでも容易に分かるほどの
異臭が立ち込めていた。
「誰か……いるの?」
 恐る恐る呼びかけて見るも返答はない。
「そうよね…いくらなんでもこんな場所に人が居る訳が…」
 そうは言って見たものの、入り口についた足跡が少なくとも誰かが中に入った事を如実に示していた。
 足跡は複数あったがその中でも取り分け小さい物がある。
(この足跡……九郎さんが言っていたアル・アジフって名前の女の子の物かもしれない)
 気は進まないが中に行ってみるしかない。アル・アジフという名の少女の手がかりなんて他には無いのだから。

   九郎から預かったイタクァが指に触れる。
(何かあった時の為に隠して置いた方がいいわね…)
 いつでもイタクァを取り出せる位置に隠すと、ボウガンを構えてコンビニに踏み込んだ。

(ちょっと……なんなの…これは…?)
 ある程度は覚悟していた霧であったが、内部の常軌を逸脱した様相に身がすくむ。
 奥の方でガタガタ物音がした。
(誰かいるのは確かみたいだけど…それならどうしてこんなに荒らされてるの…?)
 不安がどんどん膨れ上がり、思わず逃げ出したくなる衝動を必死で捻じ伏せる。
 そうだ───これ以上あてもなく逃げ続けてどうしようというのか。
 胸の中のイタクァの重みを確認するとボウガンをいつでも発射できる体勢でゆっくりと奥に足を進める。

「なっ…!? あなた達大丈夫?」 
 レジカウンターの隅で隠れるように横たわっていた二人の少女を見つけ、駆け寄る。
「う…」
 虚ろな目で少女の片割れが霧の顔を見つめる。
 霧が近づくと怯えるように体を震わせる。
(一体どんな目に会ったのか……怖がらしたら駄目よね……)
 ゆっくりと深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「大丈夫だから……私は何もしないから…」
 そう言いながらゆっくり近づいてゆく。
 少女にあと一歩で手が届く距離になって、少女の背後に何か転がっているのが見えた。
(何……?まさかあれは…!)
 暗闇に浮かぶフォルムから『それ』が何であるかくらいは霧にもわかる。

 マシンガン……実際に見るのは初めてだが、映画やテレビの中では見慣れた物だ。
 少女が動く。
「っ……!」 
 反射的にボウガンを構え、トリガーに指をかける。

「っく……ひっく……怖かったよぉ……おねえちゃん…」
 胸の中で泣きじゃくる少女の体温を感じる。
(私……何をしようとしてたの…? こんな小さい娘を…殺そうと……)
 腕から力が抜け、ボウガンが床に転がる。
 今霧にできる精一杯の微笑みを浮かべながらゆっくりと少女を抱きしめる。
「もう大丈夫だから……私は怖くないから…」
(そうだ…私が、守ってあげなきゃ……私しかいないんだから…!)


「……で私達を襲った人達は物音がしたから裏口から逃げていったの」
 先に目覚めた少女──鳳なおみは赤い目をこすりながら彼女達姉妹が受けた仕打ちを説明した。
「最初はやさしい人だと思ったのに……急に…」
 もう一人の方の少女──こちらは鳳あかねと名乗った。
 血こそ出てはいないが真っ赤に腫れた二人の顔。銃を乱射しながら追いかけられ滅茶苦茶になったという店内。信じられない程古い食べ物を無理矢理口に入れられた結果だという汚物。
 これ以上聞かずとも姉妹を襲った人物が外道である事だけは、霧にもはっきりと分かった。
 そして、その人物が誰であるかも。

 男の冷たい目、背丈の小さな女、女の奇妙な衣装……それらの符号から吾妻玲二と原田沙乃の二人であると霧は確信していた。
 最初にあの二人に感じた人殺しの気配はやはり間違いではなかったのだ。
 人の弱さにつけこんで信用した所を裏切り、狩を楽しむかのように追い回し、最後には……
 幸いにも姉妹は最後までいかずに済んだが、これから先再び彼等に会わないとは限らない。

 イタクァの重みを確認して、霧は口を開く。
「ね、二人とも私と一緒に行こう? 安全な所まで…私が連れていってあげるから。ね?」
 霧の言葉にも姉妹は黙っている。
(しょうがないわよね……仮にも一度は信じた人間に裏切られたんだから…)
 信じていた者に裏切られるというのがどんなにつらいか霧はその身で知っている。
 そしてその後人を信じるのがどんなに難しいかという事も。
 しかし霧には姉妹を置いて行くつもりもなかった。
 もしここで姉妹を置いて行ったら後で自分を絶対に許せない気がしたからだ。
 だから姉妹が答えを言うまでずっと……ずっと……待っていた。

 途中何度か姉妹がぼそぼそ話すのが見えたが、小さな声だったので何を話しているのかまでは分からなかった。


「信じても……いいの?」
「おねえちゃんは……騙したりしない?」
 すがるような目で霧を真っ直ぐに見つめる。
「大丈夫…私はあんな人殺しとは違うから……」

(そうよ、私は裏切ったり騙したりなんかしない……)

 霧の先導で裏口から外に出る。
(ねえ、あかね。まだ鼻が痛いんだけど…)
(しょうがないでしょ? 涙なんて咄嗟に出るもんじゃないだから…)
 姉妹は霧に聞こえないように小声で話す。
(それにしても思いっきり鼻を叩くと涙が出るなんてよく知ってたね)
(アイドルはいつでも泣けないと……ね)
(でもおかげで顔が真っ赤になった…)
 なおみがあかねに抗議の視線を向ける。
(いいじゃない…おかげでいい盾が手に入ったんだから)
 そう言うと霧の背中を見つめる。
(苦労したんだから役に立って貰わないとね)


【佐倉霧@CROSS†CHANNEL 狩 状態○ 装備品 ボウガン 矢の数は二本(撃ったら拾うので矢自体はなくならない、二発目を撃つ時には装填準備が必要)回転式拳銃(リボルバー)『イタクァ』残り弾数不明(13発以下)】
【行動指針:アル・アジフを探す。鳳姉妹を守る】

【鳳あかね@零式 状態○ 装備品 AK47(使いやすい火器だが、子供につき命中率低め)クレイモア地雷x2 (狩?招?)】
【鳳なおみ@零式 状態○ 装備品 AK47(使いやすい火器だが、子供につき命中率低め)プラスチック爆弾 (狩?招?)】
【行動指針:絶対に二人揃って生き延びる。吾妻玲二を殺す。佐倉霧は利用するだけ利用する】

【満月の夜後、子供の権利条約後〜】



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