ただ一人の女のために






「ちょっと何やってんのよ! 遅いわよ二人とも!!」
「わりぃわりぃ、いやー悠人んちで佳織ちゃんにお茶出してもらってな?
飲まないで来るのも悪いからって、そのまま三人で話し込んでたら遅くなっちまった」
「…八割近くはお前がしゃべってたろうが。いいかげん佳織に色目使うのやめろ」
 毎度の事ながら、悠人が半眼で文句をたれる。
 そう易々と俺のライフワークをやめられますかっての。
「…ほほー…それで二人してこのあたしを二十分も待たせたわけ…」
 ドスの効いた声。…まずい。予想は出来ていたが、俺達のお姫様は大分ご立腹だ。
 ぴたっと悠人の動きが止まってる。てか、俺もだ。
 今日子のこめかみに怒りマークを確認。
 にこやかに微笑んじゃいるが、いつの間にかハリセン握ってるし。
「あ、いや、そのな! 忘れてたわけじゃないん…ふごっ!?」
 スパーンと小気味いい音と衝撃が顔面に炸裂する。
 続く後頭部の衝撃と眼前の光景に、地面に倒れたんだと認識できた。空が…青いぜ…。
「ま、待て今日子! 話せばわか…ぐふぁ!!」
 続いて悠人の声。
 やれやれ、お前もか。こんなんばっかりだな俺達。
 まあ、しゃあないわな。今回は俺らが悪い。
 悪くない時でもぽんぽん殴られてるが、それも今日子だからしゃあない。理不尽だけどな。
 とにかく今日は一日、今日子に付き合うとしようぜ? 相棒。
 ふっ、と腹に気合を入れて起き上がる。
「ほれ起きろ悠人、いつまで寝てん…」
 …………
 ………
 ……
 …なんだ?
 なんで、悠人の首が無いんだよ? タチの悪い冗談だぜ、新手のドッキリか!?
 熱い血液が、地面についた俺の手足を濡らし、粘りを持って指に絡みつく。
「今日子! 何なんだよ、これは!?」
 そう叫んで今日子を見た俺の目の前に、信じられない光景が広がっていた。
 累々たる死体の山。
 佳織ちゃん、小鳥、クェドギンの大将にラキオスの姫さん、稲妻部隊や悠人の連れていたスピリット達。
 そして、それらの前には今日子。
 さっきまでの私服じゃない。制服の上に鎧を身に着け、細剣を持った今日子が、
無表情なんていう、今日子には絶対あり得ない表情で俺を見ている。

  ――どんっ

 衝撃。
「…が…っ!?」
 今日子の細剣が、俺の胸を貫く。
 俺は…この剣を知ってる…。こいつの名は…
「空…虚ぉ!!」
「…『空虚』? 違うな、我をそのような脆弱な存在と同じにするな」
 今日子の口から、今日子の声で……しかし、今日子のものではない声が聞こえる。
 …思い出した。こいつに…今日子は…
「我は『今日子』でも『空虚』でもない。我が名は――」
「…きょ…」
「――無貌の神」
「今日子おおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」


「――っ!」
 目が覚める。と同時に、眩しさに目を焼かれた。
 俺の視界の先に広がるのは、高く遠く広がる、抜けるような青空。
「……空がこんなに毒々しい色に見えたのは初めてだぜ」
 腕を持ち上げ、手に何もついていないことを確認する。
「まったく…何て悪夢だ」
 身体を起こす。その挙動で、全身にびっしょりと寝汗をかいていることに気付く。
 肌に張り付く服が、不快この上ない。
 普段なら、適当にシャワーでも浴びたいと考えるところだが、そんなのは後回しだ。
 今日子を、助けなきゃな。

「…気が付いたね」
 男の声に振り向くと、あの三人組の一人が俺を見ていた。
 確か…遠葉透とか言ってたか。
 すぐ側には、広場まひるって子が眠っている。
 胸が上下しているところを見ると、何とか命は取り留めたようだ。
「ああ、最悪の目覚めだけどな…」
 言って、透に向かい合って座る。
「その子、大丈夫か?」
「多分ね」
 無表情のまま、それだけぽつんと漏らす。
 いかんな、やっぱ印象は悪いらしい。
 助けたのは俺とはいえ、死にかけたのは今日子の…じゃねぇな、あの神とやらのせいだ。
 だけど、透にとってはどっちでも同じなんだろうな。俺達に会わなきゃ、こんなことにはならなかったんだ。
「まひるを助けてくれたことは感謝してる」
 お?
「だけど、その原因は君の彼女だ。相殺ということで、礼は言わないでおくよ」
 …なるほど。
「ああ、それでかまわない。それはそうと一人足りないな?」
「……牧島は、行っちゃったよ」
「…そうか」
 突っ込んで聞くのはヤバそうだな。
 まひるが目を覚まさないうちに、俺も退散するとしようか。
「さっきの、手を貸すって話だけどな…」
「分かってる。どのみち、こっちからお断りだよ」
 まひるの方を見たままでそう答えてくる。
 表情は見えない。見えない方がいい。
「君は今日子さんを追うんだろう? 俺はまひるを守る。お互いの為にも、ここで別れた方がいい」
 確かに。そいつは同意だ。
 俺にとっては透達は足手まといだし、透達にとっては俺と一緒にいるのは危険すぎる。
「そうだな。じゃ、俺は行くぜ。…もう、俺や今日子に会わないように気をつけろよ」
 俺は立ち上がり、透に背を向けて歩き出す。
 振り向く直前、透が何かに気付いたようにこっちを見るのが分かった。
「…君、まさか…」
 その呟きが、俺達の別れの言葉だった。


 ぼーっとしてるように見えて、意外と鋭い。
 人は見かけによらないもんだ。ちっとばかし悠人に似てるな、透の奴。
 目的地に着いた俺は、何となくそんなことを考える。
 目的地と言っても、実際はどこだって構わなかった。
 ただ、出来れば透達から離れていたかったのと……ここなら、ひょっとしているんじゃないかと、微かに期待していただけだ。
 目の前にはデカい化け物と、八雲辰人の亡骸。
「ま、いるわけないか」
 ため息と共にそう漏らし、俺は俺の目的を果たす為の行動に移った。
「いくぞ、『因果』」

  ――ドンッ!!

 大気を震わせ、俺の足元に魔方陣が展開。黄緑色のオーラフォトンが渦を巻く。
 何をするわけでもない。ただ力だけを放出する。
 この力を感じ取れるものが、俺を見失わないように。
 闇雲に探すんじゃなく、呼び寄せればいいわけだな。
「ま、ちぃっとずつ小休止は入れるからよ。気合入れてくれ、『因果』」
 なにせ来てくれないと困るんだよな。俺一人でこの島から今日子を探し出すのは、はっきり言って滅茶苦茶難しい。

 俺が期待してる展開は3パターンある。
 一つは、最も期待してる展開。
 今日子自身がここにやって来てくれることだ。
(つっても、今はあの神とやらに乗っ取られてる状態だからな。可能性は薄いだろうな)
 二つは、その次に期待する、だが最も可能性の低い展開。
 俺以外で、無条件に、全力で今日子を守ってくれる唯一の男。
(悠人…、お前はここに来ているのか? 来ているなら力を貸せ。俺達のじゃじゃ馬姫様がピンチなんだ!)
 あの世界では敵対しちまったが、今日子が『空虚』の束縛を離れた以上、少なくとも命を懸けて争う理由は無くなった。
 もっとも、今まで以上にヤバい状況になっちゃいるわけだが。
 虫のいい話だが、あいつの力を借りられれば心強い。
「ま、来てるかどうかすら分かんねぇけどな」
 それでも。微かな希望を持って、俺は『因果』の力をさらに開放していった。


 …もう何十分繰り返してるんだろうか。
 何度かの休憩を挟みつつ、俺は飽きずに力を放出し続ける。
 俺ってわりと気の長い奴だったんだな。
「いいかげん、誰か来いよな…寂しくなるだろうが」
 疲れてきたぞ、さすがに。
「…独り言は不気味だからやめた方がいいと思うよ」
「ふむ、幾分待たせてしまったか?」
 独り言に反応があった。
(ようやくかよ)
 力の放出を止め、現れた声の主に視線を移…
「…コスプレ?」
「その言葉の意味は分からんが、我等を侮辱する気ではあるまいな。貴様」
「いや、そんな気はさらさらないけどな」
 まるで太秦映画村に来た気分にはなったわな。
「一応聞くが、あんたらは召還者側の人間か?」
「そうだ。私は新撰組副長、土方歳江。この場で露骨に力を使っている者がいると聞き、貴様の保護に来た」
「一番近くにいたから、私達が来たんだよ。私は近藤勇子。こう見えても局長なんだよ」
「…沖田鈴音です」
 保護、ね。逆らうなら斬り捨てると言わんばかりの殺気で言われてもなぁ。
 しかし、名前まであの新撰組と一緒なのかよ、こいつら。案外、本物だったりしてな。
 ま、なにはともあれ、三つ目の展開にはなったわけだ。
 あの放送を信じるなら、この世界で唯一の組織。つまり、この世界で最も情報収集力に長けている集団と接触すること。
 交渉材料は俺の力。
 あの放送内容じゃ、自ら進んで保護されようって奴はほとんどいないはずだ。
 無理矢理連行する奴が必要だろう。逆らう者を始末する奴も。こいつらの様にな。 
「待ってたんだぜ、あんたらを」
 まひるの妹、透達の仲間を殺した初音って女も、召還者側だって話だ。
 俺は今、そんな連中の仲間になろうとしている。
 褒められたことじゃないんだろうけどな。今日子の為なら…俺は、何だってしてやるさ。

「俺は碧光陰。条件付きで、あんたらに力を貸したい」



【碧光陰@永遠のアセリア(ザウス) 招 状態○ 所持品:永遠神剣第六位『因果』 スタンス:『空虚』を砕いて今日子を助ける】

【近藤勇子@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼 状態○ 所持品:銃剣付きライフル】
【土方歳江@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼 状態○ 所持品:日本刀】
【沖田鈴音@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼 状態○ 所持品:日本刀】

【遠葉透@ねがぽじ(Active) 狩 状態○ 所持品:妖しい薬品 スタンス:まひるを守る】
【広場まひる(天使の力喪失)@ねがぽじ(Active) 招(今は狩?) 状態×(取りあえず死の危険はない)所持品:なし】


【『満月の夜』後】



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