獅子の卵 〜上村雅文〜






 目を開けた僕は、眼前の白さを前にして、まだ気を失ってでもいるのだろうかと疑った。
 ……それが雪を降らす雲であることを理解するに至るまで、僕は少しの時間を要した。
 僕は仰向けで横たわっている。雪はぱらぱらとときたま舞い降りるばかりだ。しかも降り始めたばかりなのだろうか。
 周りにはだだっ広い草原の緑がまだ色濃く残っている。
 ……寒い。これで風邪も引かなかったら馬鹿に違いないだろうな……。

 ………………

 そうだ!
 ゆうなちゃんとまいなちゃんは!?
 僕は慌てて体を起こそうとするが、この寒さで身も凍ってしまったのだろうか? 動きそうにもなかった。
 と、ざっざっという足音が聞こえた。
 そしてその僕が見上げる白い空に、赤い色をした何かが姿を現す。
 ……人?
 そう、それは赤い髪をした人間のように見えた。しかし、その長い耳を見るに、人間ではないようにも思える。
 エルフか悪魔のどっちかだろうか? ……っはは。地球上にそんなものがいるわけないか。
「……この娘たちは、私達が丁重に保護しよう」
 赤い髪の人は僕を見下ろし、そう言った。
 その両脇に、ゆうなちゃんとまいなちゃんの姿があることに、今更ながら僕は気づいた。
「……!」
 きっ、と相手をにらみつけ、威嚇する。
「……いい目だ。……心配は無用。この娘達は、魔力の素質がある。その力、ヴィルヘルムが必ず目覚めさせてくれるだろう」
 ……僕は寒さでイカレてしまったんだろうか? 魔力だのなんだのがこの世に存在するはずがない。
 ……それともここは、僕の知っている『この世』ではないのだろうか。
「この娘達と再び会いたければ、この島の中央にある結界内に来るがいい。……言っておくが、この島でお前の味方は一人もいない。
 目にした生き物は全て敵だと思え」
 ……結界? ……敵?
 何を言ってるんだ?
「これは夢ではない。生き残りたくば……本気で生きることだ」
 そう言うと赤い髪のそいつは身をひるがえし……
「ま、待て……」
 僕の言葉も聞かずに立ち去っていった。
 後には、草原に横たわる僕一人だけが残された。
 ……どれだけ時が経っただろう?
 舞い降りる粉雪の中、僕はずっと何事かを考えていた。
 この場所が僕の知っている場所ではないことにも、ようやく考えが至った。
 ……僕達は異世界に来てしまったのだ。
 ……ゆうなちゃんとまいなちゃんは、必ず僕と一緒に帰る。
 あの子たちは、魔法なんか使えなくてもいいんだ。
 あの子たちは、元の世界で幸せに暮らすべきなんだ。
 なぜか涙が頬を伝う。

 ……結界とやらの中に入り、ゆうなちゃんとまいなちゃんを帰してもらえるよう頼む。
 僕が今からすべきことは、そんなことなんじゃないかな。

 だから……

 だからもし、誰かが僕を邪魔するなら……

          ……僕はそいつを、コロス……

 ……動いている者は全て敵と見なし……

          ……僕はそいつらを、コロス……


【朝倉ゆうな・まいな、ケルヴァンによりヴィルヘルムの元へ連れられる】
【上村雅文、結界を目指し、殺人鬼と化す。何本ものメスや麻酔銃、薬品等の入った医療用(?)カバン所持】



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