始まり、終わる






『武〜、大丈夫?』
 スピーカーのようなものがついているのか、くぐもった声が目の前の巨体から響いてくる。
「み、みこっ!? それ、なっ、バル……!?」
 尊人なのか、それは何なんだ、バルジャーノン?
 そう尋ねようとした武だが、しかし混乱のせいか口が回らないようだ。
『危なかったねぇ……。でももう大丈夫だから!』
 ギギィ、と金属のこすれるような音を立てながら、巨体、バルジャーノンがアイの方へと向き直る。
『集音マイクのボリュームを全開にして探していたら、凄い音がしてまさかと思ったけど……。無事だったみたいで安心したよ』
「お、おい! その乗ってる奴何なんだよ!」
『あいつが敵だね? すぐに追い払うから!』
 尊人は話を聞いているのか聞いていないのか、武の呼びかけに対していまいち微妙な応対をする。
「尊人、返事をしろよ! おい、ちょっと! 話を聞けぇ!」
 武の叫びに、しかし尊人はもう返事を返さなかった。
 変わりに手に持ったソードを掲げ、アイの動向に注視するかのように、バルジャーノンの『目』を向けている。
 尊人が返事をしないのは声が聞こえていないわけではない、ただ話を聞いていないだけだ。
 対するアイは、その光景を静かに見つめ続けていた。

   時は少し遡る。

   機体を操縦できる事が判ってから、一度尊人は機体の中から降りていた。
 今はケルヴァンと今後の行動について話あっている。
「このあたりだ。少し前に私の元に届いた連絡では、白銀武はこの辺りにいる」
 ケルヴァンが地図を広げながら、その中の一部分を指差した。
「現在位置と白銀の場所に印をつけていこう。機神の操者よ、これを持って仲間を助けにいくがいい」
「いいの?」
 尊人の問いにケルヴァンが頷きで答える。
「このような地図などいくらでもある。徒歩ならば時間は掛かる距離だろうとも、その機神ならばそう時間はかかるまい。
 さぁ、もう行け。私は白銀とその機神が戻るまでこの場で待っている、彼女達の事は任せてもらおうか」
 尊人は一瞬冥夜達に目を向ける。
 彼女もそれに気がついたのか、一度だけ大きく頷いた。
「……うん、判ったよ。それじゃ行ってくる!」
 そうして尊人は、まるで学校に行くような返事をしながら、もう一度機神、バルジャーノンの中へ乗り込んだ。
「ブーストスイッチは……、ここか。よし!」
 尊人がそのスイッチに手をかけると同時に、背中のノズルから火花と、突風が吹き出し始める。
「おお!」
 ケルヴァンが思わず感嘆の呟きを漏らす。
 冥夜、純夏はその光景を黙って見守っている。
 三人の瞳が見守る中、バルジャーノンは空へと消えていった。

   そして舞台は戻る

(……これは)
 アイは心の中で呟く。
 そして、目の前の巨体は今まで戦った人外の人間達に勝るとも劣らない、そんな事も考えていた。
(このままじゃ駄目ね……。仕方が無い、解いちゃったけどもう一度!)
 アイは手に持っているロッドを目の前に掲げる。
「な、なんだ?」
 武のそんな呟きを漏らしたのも無理は無い。
 ロッドは触れてもいないというのに、空中に浮いたまま止まっていた。
 アイが瞳を閉じる、同時にロッドに光の粒が集まってゆく。
「翼竜!」
 アイが叫ぶと同時に、その瞳も開く。
「装填!」
 光の粒がアイの身体を包み込んでいく。
 そしてアイの身体が、服が、変化していった。
「これが……、変身か」
 武がそう呟いた時、同時にアイの変身も完了した。
 先ほどと同じプレッシャー、人という存在スレスレに立っていた者が、人という殻を破った存在。
「……」
 アイがバルジャーノンに対して、睨み付けるような鋭い眼光を叩きつける。
 バルジャーノンは、それを真正面から受け止める。
 しばしの沈黙、そして。
「……行くよ?」
 先に動いたのはアイだった。
 先ほどまで纏っていた電撃は無い、しかし振るうたびに光の粒子が零れ落ちるロッドをバルジャーノンに向けながら、その巨体に向かって走っていく。
「やらせない!」
 尊人が操縦レバーを動かす。
 複雑な操作を、しかしバルジャーノンは的確に反映する。
 二メートル以上はありそうな大剣と、アイの身の丈よりも小さいロッドが。
『いっけぇー!』
「くぅ……!」
 火花を散らしてぶつかりあう。
 一瞬の交差、そして。
「グッ!」
 吹き飛ばされたのはアイの方だった。
 しかしアイは吹き飛ばされながらも体制を整える。
 ロッドの方に傷は無い、おそらくアイがロッドに与えた強化の魔力が功を奏したのだろう。
(真っ向からの力勝負はやはり不利か……。今の攻撃も何度も受けていたら危ない……。なら!」
「ん? 何だろう……、かみなり?」
 尊人がアイの姿を見て呟く。
 アイはロッドを片手に持ち、何事かを呟いている。
 尊人は彼女が何をしようとしているのか理解できずに、一瞬その動きが止まった。
「尊人!」
 その光景を見ていた武が叫び声を上げる。
「避けろ! 早く動け!」
「えっ、何!?」
 武の叫びと同時に尊人が急いでレバーを動かす。
 しかしそれは一瞬だけ遅かった。
「いかづちよ!」
 アイがロッドを地面に突き立てる。
 同時にその先端から地面を這うような雷の鞭がバルジャーノンに向かって襲い掛かっていく。
「う、うわぁぁぁ……!」
 恐慌に落ちたかのような尊人の声が辺りに響く。
 鞭は機体に絡みつきながら、電撃をそのボディに与え続ける。
 鉄のような機体のボディが、プスプスと煙を上げ始めてくる。
「尊人! 空だ、空に行け!」
「そ、空……?」
 絶縁処理がされているのか、中の人間にまでは電撃が届かないようだ。
 混乱したまま、ただ武の声に従うようにバーニアを使い、空へと逃げ出す。
「チッ……!」
 アイが武の方に視線を向けて、小さく舌打ちをする。
 武が声を掛けなければ、あるいは脱出方法を乗り手に教える事が無ければ。
 アイの魔法があの機体を逃す事は無かっただろう。
「尊人! 降りてきて俺と代われ! それには俺が乗る!」
 空中に飛ぶバルジャーノンに向けて言葉を続ける。
 先ほど言っていた集音マイクの音量を変えていなかったのだろう、空の上にいる尊人にもその声が聞こえていた。
「武に……?」
 武の狙いはこうだ。
 アイの戦い方、そして実戦経験という意味で、尊人よりも自分が戦った方がいい、そんな判断。
 そしてもう一つ。
「お前の使用機体はっ! 射撃重視だろ! ソードだけしか武器が無いなら、俺の方が向いている!」
 つまりはそういう事だ。
 尊人は機体が置かれていた場所から銃器を手にしないまま、武の元へと飛び去った。
 故に武装はソードのみ、それは先ほどからの光景を見ているだけだった武にも理解できたのだろう。
『……判った!』
 尊人の乗る機体が武の元に降り立つと、そのまま方膝を地面に立てて態勢を取る。
 そしてハッチが開き、中から尊人が現れると、武に向かって叫んだ。
「武! ここから中に……!」
「判ったぁ!」
 武も機体に向けて走り出す。
「……させない」
 しかし、それを阻止しようとアイも武に向けて走る。
 その速さはやはり人外。
 機体をよじ登るのに手間取っている武と、今にも襲い掛かってくるかというアイ。
 このままでは、アイの方が一足早く、武の元へ到達するだろう。
「武の元には行かせない!」
 先に地面に降り立った尊人がアイの進行を阻止しようとするが、アイが軽く腕を一振りするだけで、小柄な尊人の身体が吹き飛んだ。
「邪魔しないで!」
 アイの手が武に向かう。
「う、ぁぁぁ!」
 そして叫び声が上がる。
 叫び声を上げたのは。
「あ、綾峰! 助かった!」
 アイの方だった、阻止したのは痺れがとけたのだろう、弓を掲げた綾峰慧。
 完全な不意打ちだったのだろう、直撃こそ避けられたものの、アイはバランスを崩し、機体の上から転げ落ちた。
「よし!」
 武がハッチを占めて、その中で雄たけびをあげる。
「動かし方はゲーム開始と同じ。操縦方法はゲーム内容と同じ、か。なんて機体だよ、これは!」
 アイは受身を取り、既に機体から離れている。
(……頃合、か)
 手の内が判らないうちにあの機体を破壊するべきだった。
 絶対的な体力差のあるアイとバルジャーノン。
 既に疲労困憊であるアイと、ソードのみとはいえ、尋常でない出力と、さらに先ほどまでアイを苦戦させていた男が機体に乗り込んだという事実。
 アイは、身を翻し、森の奥へと消えていった。
「さぁ、第二ラウンドの始ま……り……。……逃げるなよ……」
 どこか悔しそうに武が呟く。
 武の準備が済んだ時、その場からはもうアイの姿は消え去っていた。

  「……待っていたの?」
 アイが芹沢の待つ元へと戻る。
「遅かったねぇ。ずいぶんとすっきりとした表情になって」
 何処か嬉しそうな、しかし悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべながら、芹沢が声を掛ける。
「すっきり……? うん、そうかもしれない」
 狩る者、としてではなく、戦士として戦った充実感。
 仲間を守る為に戦いを決意した男と、愛すべき男を戦場に呼び込まない為に戦い続ける女、その親近感故か。
「あらあらあらあら……」
 にやぁ、と芹沢はどこか嫌らしそうな笑みを浮かべる。
「どうしたの?」
「いやぁ、羨ましいなって……。私もすっきりしたいなぁ、なんてね」
 アイが一人で納得している芹沢を見て、困惑の表情を浮かべる。
「まぁ、ともかくもうすぐ中央、頑張っていきましょう」
 アイが別れる前と同じ言葉をもう一度口にする。
 それに対して、アイは。
「……そうね……」
 一言だけポツリと返事を返した。
 それを聞いてニヤニヤした笑いをさらに強くした芹沢と、その様子を見て怪訝そうな表情を浮かべるアイ。
 そんな二人は、また先ほどまでと同じように、中央に向けてその歩みを進めていくのだった。


「あれ? そういえば、アイちゃん。何か服が汚れていない?」
「……」
 しかし、アイが芹沢の軽口に対してまともに返事を返したのは、先ほどの一言のみだった事は、言うまでも無いだろう。

  【白銀 武 マブラヴ age ○ サブマシンガン、ハンドガン、共に残弾0 (バルジャーノン騎乗、装備はソードのみ)招 目的:九朗を追う>仲間を守る】
【綾峰 慧 マブラヴ age ○ 弓 矢残り7本  狩 目的:九朗を追う>とりあえず、仲間と合流】
【アイ@魔法少女アイ(color) 鬼 状態:△(腹部に一時的なダメージ)+疲労 装備:ロッド 白銀組捕獲>中央へ】
【鎧衣 尊人 マブラヴ age 状 ○持ち物 ハンドガン 装填数 20発 狩】
【カモミール芹沢 @行殺!新撰組 (ライアーソフト)鬼 状態: ○ 装備:鉄扇】
【スタンス:中央で男の摘み食いでもしようかな〜。カモちゃん砲を取ってきて暴れるぞ〜+あの娘の○○が終わったし中央に行こう、ニヤ(・∀・)ニヤ】
【鑑 純夏 マブラヴ age 状 ○持ち物 ハンドガン(あの後貰った) 装填数 20発 狩】
【御剣 冥夜 マブラヴ age 状態 ○ 持ち物 刀 狩】
【ケルヴァン:所持品:ロングソード 地図 状態△(魔力消耗) 鬼】

 時間 遅れてきたモノ、の続き。
 時間的には、決意を胸に、から十数分から数十分、という所。



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