karma






この丘を登れば、武器庫が見える。
ミュラたち一行は、草原をてくてくと言葉も少なめに歩いていた。
会話が途切れてもうどれくらいだろうか?
「アンタ無理してるでしょ?」
「俺は別に…」
沙乃の言葉に首をかしげる玲二。
「沙乃が言っているのはそういう無理じゃないわよ、迷って…いるんでしょ」
「俺は迷ってなんか…」

「アンタの目を見てればわかんのよ、アンタの目は脱走前のサンナンさんとかの目と同じだわ」
山南敬介…新撰組総長という立場にありながら、只の殺人集団と成り果てた新撰組に疑問と疲れを感じ、
脱走を試み、粛正された男の名前を口にしていた。
(僕は君たちのようにはなれない…なるつもりもない)
甘い、と沙乃は思う…だが沙乃はそんな山南が好きだった、しかし優しすぎるが故に彼は何も出来なかった。
だからこそ彼と同じような優しさを持つ玲二には、彼のようになって欲しくは、
優しさに引きずられて生き方を見失って欲しくはなかった。

「それにね、出会ってからのアンタの行動はホントに強い人間の、迷いを抱いていない人間のやる行動じゃないわよ」
玲二は歩みを止める…その顔は狼狽を隠していなかった。
「これから先、迷いを抱いている人間に戦う資格は無いわ、見苦しいのよ、そういうの」
沙乃は槍の穂先で地面に線を引いていく。
「ここから先に進むのなら、迷いは捨ててちょうだい」
「おいおい」
ごまかすような笑顔で、軽くラインを超えようとした玲二だが…。
沙乃の十文字槍に後ろずさらざるを得なかった。
「軽々しく決めていいの?今のアンタは間違い無く士道不覚悟だかんね」

「認めることから始めなさいよ…怖いんでしょう」
「俺は怖くなんか」
「そういう怖いじゃないのはアンタも分かってるでしょうがっ!!アンタは戦うのが怖いわけでも
 死ぬのが怖いわけでもないでしょ!!、戦いたい自分が1番怖いんでしょうがっ!
 沙乃を舐めてんじゃないわよっ!」

戦いたい自分が恐ろしい…その言葉は図星を突いていた。
そして玲二は否応無く、これまでの自分を思い出さざるを得なかった。

サイスを討ち、インフェルノの追撃をひとまず交わしてからのそれなりに平和な日々。
それはようやく彼に人としての安らぎを与えてくれていた、しかしそれと同時に、
未だに自分の中の目覚めた本能が、かつて亡霊と呼ばれたそいつが、
吾妻玲二に戦え戦えと囁きつづける。
それは抗い難い誘惑でもあり、また忌み嫌うべき禁忌でもあった。

ようやく手に入れた吾妻玲二としての安らかな日々を手放したくない一方で、
彼はまたツヴァイとしての自分に懐かしさを…渇望を覚えはじめていたのだ。
だからこそ彼はより一層、恋人を守ることに固執した、恋人には銃の手入れすらさせなかった。
それが免罪符になるのならば、そして何時の間にか彼は明るく世話焼きなように見えて
その実、空虚な人間へとなりつつあった。
そう、自分は戦いに倦み疲れて尚、戦いを忘れられぬ日々を、エレンを守るという名目でごまかしていただけ、
そしてそれは当のエレン本人も気がついていたのだろう、きっと。
つまり、守るつもりで守られていたのは自分だったのだ。
あのコンビニでの出来事もそうだ、本来ならば殺すべきなのだ、それでも出来なかった。
(俺は彼女らを殺さなくってもいい逃げ道を心の何処かで探していたんだ…殺さなくても、戦わなくてもいい理由を)

血に染まった自分を、戦いに生きなければ決して満たされない自分を否定したくて、だから理由を探していただけだ。
だが、逃げて逃げて、逃げた先に何がある?もう戻ることなど叶わない。
力を得てしまった者は、その力からは、それを行使すべき状況からは逃れることは叶わないのだ。
決断の時なのかもしれない…このまま吾妻玲二でもなければツヴァイでもないまま、
中途半端に、だが楽に生きるのか…それとも。

(俺の心の業を認めるのか…)
それは受け入れ難い、恐怖にも似た感情だった。
自分の心の闇を、渇望を認めるのはそれほどまでに恐怖だった、その闇に身を委ねたとき
自分はどうなって仕舞うのだろう?またあの頃のようにただ疑問も持たず、
機械のように人を殺める、哀れな亡霊へと戻ってしまうのだろうか?

玲二の表情がこわばっていく、沙乃が溜息をつく…。
(ダメだったみたいね)
行きましょ、と声を掛けようとした矢先だった、不意にミュラが微笑を浮かべて玲二の前に立つ。
「レイジ君?だっけ、君がが何を心配してるのかはもしかしたら見当違いかもしれないけど…
 分かるような気がするの…それでね」
ミュラはそっと玲二の手を包むように握る。
「心に何か一つ、はっきりと刻むものがあれば何も心配はいらない、例えその手が血に染まっても
 あるんでしょ?だから、君は必ず戻れるはずよ」

玲二はその手の温もりと、そしてその瞳の光を見て直感する。
この人もきっと多くの生命を奪ってきている、だからその言葉には上辺だけではない重みがあった。
ミュラの心に刻むもの、それはナナスたちといつか勝ち取る、戦争の無い平和な世界、
そしてその日が何時か必ずくることを信じて、彼女は血みどろの戦いに身を投じ続ける。

玲二の心には?
(俺はエレンを守ると誓った…だけど)
(思い出せ、それだけじゃない、それだけじゃなかったはずだ?)
玲二はあのモーテルでの一夜を思い出していた。
(あれは自分の運命を切り開くための誓いでもあったはず、なのに俺は何をしていた?)
(俺は自分の運命から逃げていただけだったんじゃないのか?しかもエレンを口実にして!)
それから沈黙が周囲を支配する、だが玲二の心の中では凄まじい葛藤が繰り広げられているのだろう。
やがて。
「結局…吾妻玲二も、ツヴァイも全部含めて俺なんだ」
だったら。
彼は戻れぬ定めに抗う決意を固めた。

(エレン、俺はもう1度だけファントムに戻るよ…これが今度こそ最後だ、そして無事に帰れたら
 今度こそ本当の意味で君を守ってみせる、だから)
玲二はゆっくりと、しかししっかりと沙乃の引いたラインを踏み越えた。
それは彼が吾妻玲二からツヴァイに戻るためのスタートラインでもあった。
だが、もう彼の瞳に恐れは無かった。

この丘を登れば武器庫が見える。

【吾妻玲二@ファントム・オブ・インフェルノ(ニトロプラス) 狩 状態○ 所持品:S&W(残弾数不明)】
【原田沙乃@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼(現在は狩) 状態○ 所持品:十文字槍 食料・医薬品等】
【ミュラ@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:長剣 地図】
【リック@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:戦斧】

(『満月の夜』〜『機神立つ』の間です)



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