知る事と知られる事
先刻の襲撃からかなりの時間が経っていた。
途中、急に夜になったこともあり、私達はそろそろ歩き出さなくてはならなかった。
しかしその間、ずっと気分が悪い・・・。
胸の奥がドロドロした感情で溢れてくる。
「百合奈先輩、大丈夫ですか?顔色が良くないですよ・・・。急に暗くなるし・・・。」
何だろう?やけにこの顔に不快感を感じる・・・。
「百合奈先輩?」
そうだ・・・この人、大輔さんに愛されてるんだ・・・。
沸々とドス黒い感情が上がってくる。
(違うっ!)
「どうしたんですか!?」
いきなり頭を振った私を気にかけてくれる橘さん。
(これは・・・さっきの爪の、せい・・・?)
よく分からない。でも、一つだけ分かったことがある。
――この感情には・・・逆らえない。
「はい。やっぱり二人が持っていてください。」
「え?」
「いいよぉ・・・。」
小さな双子姉妹にもらったキャンディーを半分ずつ返す。
身体の中に違和感を感じた。
ふわりとしたような、微妙な高揚感。
・・・時間がない。
意識が”何か”に侵食されてくる。
「百合奈先輩!」
「お姉ちゃん!?」
口々にかけてくる言葉がやけに遠く感じる。
「呪い・・・が・・・」
(あの子さえいなければ・・・大輔さんは、私の呪いを祓ってくれたのに・・・!)
違う!そんな事、私は望んでいない!
「呪い?」
私は思わず聞き返してしまった。
「い・・・や・・・・・・!」
何かに抗うように自分の身体を抱きすくめる百合奈先輩。
と、突然立ち上がり、藪の中に駆け出していく。
「百合奈先輩!!」
私は小さな二人の事すら忘れて追いかけた。
森の中に草木を掻き分ける音と息づかいが響く。
「待って!百合奈先輩!!」
想像していた以上に速く、更に急に夜の帳が下りてしまった暗い周囲もあり、数分後には視界から消えてしまった。
「はぁ・・・はぁ・・・っ。」
直線的に走ってきただけなのに、現在位置が分からなくなっていた。
「百合奈・・・先輩?」
少し離れたところからゆうなちゃんとまいなちゃんの声が聞こえる。
「ゆうなちゃーん!まいなちゃーん!こっちだよぉーっ!!」
忘れていたことを恥じながら二人を呼ぶ。
刹那――。
「ぐっ――かはっ!?」
何者かに私は背後から押し倒され、馬乗りになられて首を締め付けられた。
(い、息が――!)
「貴女さえいなければ大輔さんは私の呪いを祓ってくれたのにっ!貴女さえいなければっ!!」
「百合――奈、せん、ぱ・・・い?」
何がなんだか解らなかった。
「どう・・・し、て・・・」
「私には、大輔さんしかいなかった!貴女と違って、私は誰にも愛されなかった!!」
より一層、締め付ける力が強くなる。
これは、百合奈先輩の力じゃない・・・。
(さっきの・・・あの、人の・・・?)
目に映る世界が徐々にブラックアウトしてくる。
――天音・・・・・・生き、るんだ・・・
――生きて・・・戻るんだ・・・。みんなのところ、に・・・。
――「生きて・・・くれ・・・俺の、分まで、幸せに――。」
(生きなきゃ!まだこんなところで死ねないもん!!)
「やめてぇぇっ!!」
大輔ちゃんの力も重なったのか、身体を跳ね上げると百合奈先輩は後方に突き飛ばされていた。
「その力で・・・私を・・・」
「先輩!?」
自分の中の”何か”と戦っている・・・。
私はすぐにそれを感じた。
「私を――殺して下さい・・・。」
「そんなこと出来ません!しっかりして!!」
「殺せ・・・殺せばいいのよ!あの子たちの大事な人を殺した、あの時と同じようにっ!!」
「え・・・っ?」
――身体が、硬直した。
ついさっきまで聞いていた、その声。
ドクン・・・ドクン・・・
鼓動が早まる。
ゆっくりと振り返ると、そこにはやはり予想していた光景があった・・・。
「おねえちゃんが・・・・・・殺した・・・?」
自分の言っている事と状況が理解出来ないままに呆然と立ち尽くすゆうなちゃんが、そこにいた。
「ゆうな・・・ちゃん・・・。」
「おねえちゃんが、お兄ちゃんを、殺したの?」
「・・・・・・。」
「ウソ・・・だよね?おねえちゃん、そんなことしないよね・・・?」
「私・・・は・・・」
唇が乾いて言葉が出ない。
「ようやく追いつい――」
まいなちゃんが現れ、この状況に息を呑む。
「信じてた・・・信じてたのにっ!!」
その大きな瞳から幾筋もの涙がこぼれ落ちる。
「またお兄ちゃんに逢える事も・・・・・・お姉ちゃんの事も信じてたのにっ!!」
何も言い返せず、その言葉は私の胸に深く突き刺さった。
「返して!返してよっ!!私たちのお兄ちゃん返してよぉぉっ!!」
泣き叫びながら私の胸を叩くゆうなちゃんの小さな手は、どんな刃物や銃よりも、遥かに痛かった。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・・・。」
私はただ、謝るしかなかった。
「そう・・・いう事・・・。」
まいなちゃんがジリジリと後ずさりしながら言う。
「お兄ちゃんを殺して・・・今度は、私たちなんでしょ・・・・・・。」
「違う!そんな――」
「ゆうなちゃん!行くよ!!その人から離れて!!」
「えっ?あ・・・」
戸惑うゆうなちゃんと百合奈先輩が倒れたのはほぼ同時だった。
「百合奈先輩!」
「ゆうなちゃん!早く!!」
私は先輩を優先して抱きかかえる。
「百合奈先輩!しっかりしてください!!」
「わ・・・たしは・・・酷い事を・・・。」
思い切り首を振った。
「そんな事ないです・・・いずれそうなるはずでしたから・・・。」
「それ、だけではない・・・です・・・。橘さん、私から・・・離れて・・・。また、攻撃を・・・」
まだ、百合奈先輩は戦い続けているんだ・・・。
「わかった。ゆうなちゃん、あたしは行くからねっ!?」
泣き顔のまま、まいなちゃんが林の奥に消える。
「まいなちゃん!!」
「橘さん、追って・・・!私は・・・いいですから・・・。」
「でも!」
「あの方の想いを・・・無駄にしてはいけません・・・よ・・・。」
「はい・・・。ゆうなちゃん・・・」
私が振り向くと、ゆうなちゃんはまいなちゃんと行く事はせず、そこにいた。
「・・・。」
返事こそしてくれなかったが、百合奈先輩の隣に来てくれた。
「・・・ありがとう。」
「待って!まいなちゃん!」
子供の足と私の足ではいくら私が運動音痴とはいえすぐに捕まえることが出来る。
「いや!放してっ!!」
「確かに私はあなた達の大事な人を殺した。でも、そうしなければ私たちは死んでた!」
「そうしなくたって他に方法が――」
「彼は完全に常軌を逸して――普通の状態じゃなかった。そんな人間に襲われて、私たちもどうしようもなかったの・・・。」
「・・・。」
まいなちゃんは抵抗を止め、その場に立ち尽くす。
「何で・・・助けるの?お兄ちゃんがいなかったら、私たちは生きる望みがないわ・・・。」
私はまいなちゃんの瞳を正面から見据えた。
「二人を守る事が、私に出来る、唯一の償いだから・・・。」
「だから、お願い。お兄ちゃんのあなたたちへの想いを、代わりに遂げさせて・・・。」
【橘 天音@Canvas〜セピア色のモチーフ〜(カクテルソフト)分類:招 状態:○ 装備:キャンディー 】
【君影 百合奈@Canvas〜セピア色のモチーフ〜(カクテルソフト)分類:狩 状態:×(赤い爪) 装備:なし】
【朝倉ゆうな@はじめてのおいしゃさん(ZERO)分類:招 状態:○ 装備:キャンディー】
【朝倉まいな@はじめてのおいしゃさん(ZERO)分類:招 状態:○ 装備:キャンディー】
行動指針
【橘 天音:島からの脱出(元の世界に戻る)、朝倉姉妹の保護】
【君影 百合奈:呪縛から逃れたい】
【朝倉ゆうな:島からの脱出(元の世界に戻る)】
【朝倉まいな:島からの脱出(元の世界に戻る)】
【満月直後・「運命の分岐点」と同時刻】
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