遅れてきたモノ






(あいつの武器は、あの杖一つ……。だけど、あの電撃はやばい。食らったらひとたまりも無いな……)
 油断無く視線をアイに向けながら、武が思考する。
(こっちはというと、マシンガンに拳銃。俺は弓は扱えないから論外として……。普通なら、これだけありゃ喧嘩に負けるなんてありえないんだけどな……)
 広場の中に座り込んだ時に置いた銃器を手に取りながら、武は昔のようにも感じられる、つい先ほどまでの戦いを思い出していた。
 これらの武装を手にした武と綾峰、二人ががりで襲い掛かり、そして敗北。
(いや……)
 武は自嘲する。
 あれは敗北などではない、ただ情けを受けただけだ。
 下手をすれば、自分どころか綾峰まで犠牲にしていたかもしれない。
 あの戦いで負けたのは、あの男が変身したとかそういう問題ではない。
 おそらく変身などしなくとも、あの男が本気を出した時点で、武達は負け、そして命を失っていただろう。
(だけど、こいつは……)
 目の前の少女に視線を向ける。
 少女は余裕の表れなのか、それとも武の考えが変わるのを待っているのかは判らないが、視線をこちらに向けたまま動かない。
(少なくとも……、あいつより弱い!)
 大十字九朗との戦い。
 圧倒的な敗北だが、それでも武に一つの経験を与えていた。
 自分と力量が離れて過ぎている人間と相対した時、弱者はその実力を測る事が出来ないという事を。
 武が目の前の少女から受ける印象。
 それは、目の前の少女は少なくとも自分より強い、という事だった。
 しかしその認識は同時に武が推し量れる力量なのだ、という事だ。
 この少女の身のこなし、そして立ち振る舞い、一つ一つに油断が無い。
 洗練されているとはいえないが、その少女を例えるなら静かに、しかし荒ぶる雷光。
 しかし、同時に武は思い出す。
 身近な所に一人、目の前の少女とは正反対の人間がいたという事に。
(冥夜、お前がいてくれて助かったぜ……)
 武は心の中で感謝を述べる。
 アイを上のように例えるならば、冥夜は激しく燃える蒼き炎。
 身近で彼女を見てきたから良く判る。
 目の前の少女、アイと、少なくとも体術だけを考えるならば、冥夜もひけを取らないだろう。
 ならば。
「どうにかなる……」
 武がポツリと呟いた言葉はアイの耳にも聞こえたのだろう。
 一歩、足を踏み出しながら、アイが口を開いた。
「どうにかなる? そんな事はありえない。貴方は私には……」
「勝てねぇんだろ? まともに戦えば負けるって事ぐらい判ってるさ! 俺はついさっき教わった!」
 武はアイの言葉を遮るようにそう叫ぶと。
「……なっ!」
 一目散にその場から逃げ出した。

  (何を、考えている……?)
 アイは、未だ傍に倒れている綾峰に視線を向ける。
(女を残して逃げる。白銀武という男はその程度の奴なの……?)
 武が逃げ去った方向に視線を向ける。
 魔力で視力を強化しても、武の姿は見当たらない。
 アイは綾峰の傍まで近づき、手にしたロッドをその顔に向けた。
「出てきなさい! 出ないとこの女が、どうなっても……」
 アイが叫んだその時だ。
「何!? ……クッ!」
 アイは飛んできた銃弾を、スレスレで避けた。
 銃弾はそのまま地面を削りとって、後方へ飛んでゆく。
 気づいてはいなかった、今避けられたのは完璧な偶然。
「白銀武っ! 貴様!」
 アイは銃弾が飛んできた方向に向かって魔力弾を放つ。
 しかしもう既にその場から動いていたのか、魔力弾が飛んだ先に、武の姿は見当たらなかった。
「……森に隠れて飛び道具で牽制……。作戦としては安易ながらも効果的……」
 アイが静かに呟く。
 暗い森の中、己が武の姿を見つけられないように、武も己の姿を見つけにくい。
 そう考えた上での小声での呟き。
「! 今度はこっちか……!」
 しかし、その考えを嘲笑うかのように、もう一つの銃弾がアイの傍を掠めながら通り過ぎる。
(……そういう事か……)
 何故、武は自分の事を狙えるのか、事は単純。
 今、アイと綾峰がいる場所は、深い森に囲まれた大広間のような場所。
 木々の中にいる武よりも、狙いをつけやすいのは当然、という事だろう。
 何より、森の木々を素早く移動する事での全方向からの攻撃にアイは対処しなければならず、逆に武は目視しているアイの動向だけに注意していればいいのだ。
(いい作戦。やはりゆらぎとは違うか……)
 ゆらぎ、アイが元の世界で戦い続けていた化け物達。
 よほどの上位種でない限り、その思考は欲望に忠実。
 戦いにおいても作戦などなく、直感で動く者達だ。
(だけど……)
 アイは静かに己の身を、武と同じように森の中へと隠す。
(こうすれば、条件は同じ……。いや、暗視が効く分こっちの方が有利。さぁ、どうするの……?)
 ゆらぎと戦う時は戦士ではなく殺戮者として無慈悲に戦うアイも、非力な人間が作戦を使い、己が力を超えようとする様を見ていると、戦士としての心が騒ぐのだろう。
 自分では気づいてはいないが、今、アイの顔には笑みが浮かんでいた。

「第一段階、成功か……」
 アイの姿が森の中へと消えて、武はほっと胸をなでおろした。
「あんな危険な奴を、気絶してる綾峰の傍に置いておくわけにゃいかないからな……」
 武が森の中へと逃げた本当の理由、それは綾峰の傍から、一刻も早くアイを遠ざけたい、という思考によるものだった。
 事実、武がいなくなった瞬間に、アイは綾峰の顔に向かって電撃の走るロッドを向けた。
 女の顔を傷つける事を厭わない、それはそのまま、アイという少女が自分達を無傷で捕らえようとは思っていない証拠だ。
「あいつを森の中におびき出した。さて、次は……」
 まるで将棋を指すかのように、己の思考を回転させて次の一手を考える。
 そんな武の元に訪れた、魔力弾の一撃。
「うおっ! もうきやがった……!」
 運よく狙いは外れ、弾はそのまますぐ傍の木を破壊する。
 その威力を見て、武の表情が青ざめる。
「……こんなの食らったら……死ぬ。あの女、何が一緒について来いだ。殺す気まんまんじゃねーか……」
 武の考えは、半分当たり、そして半分は外れている。
 アイが武達を連れ帰ろうとしているのは本当の事で、アイ自身に殺す気は無い。
 ただ。
 彼女は手加減が出来なかった。
「くそっ! まだ考えが纏まってないっていうのに……」
 武は弾の飛んできた方向に向けて、銃弾を放つ。
 しかしその弾は木々に遮られ、思うように進んでいかない。
「同じ条件だと、俺が不利……か」
 武はそう考えるなり、また森の奥へと駆け出していく。
「ともかく今は逃げるしかない!」
 そんな事を呟きながら。

  「……何故逃げる?」
 アイは武の考えを読みきれずに、少々混乱していた。
 息も少し上がっている、武の持つ銃弾を避ける為に気を削いでいたからだろうか。
「あの男の武器は、さっきから五月蝿い小さな拳銃と、肩に担いでいた大きな銃……」
 そう考えながらも、アイは魔力をロッドに溜めて、前方を必死に走っている武に向けて、弾を放つ。
 しかし、未着弾。
「それにしても、何故当たらない……? 今のは本気で当てようとしたというのに……」
 武は足を滑らせながら、目の前の木々を避けているだけなのに。
 アイが弾を撃つと、武の体制が崩れ、あるいは予想もしていない動きを行って回避している。
「あいつ、一体何者なの……?」
 アイは気がついていない。
 武が足を滑らせる回数よりも、己の身体がバランスを崩す方が多い、という事に。
 武の足は、多少の休息を取った事も重なったのか、思いの他速かったという事。
 初めのやりとりのせいで、アイの頭に血が上ってしまった事。
 それによる、魔力弾の撃ち過ぎと、常にロッドに電撃を蓄えていた事による魔力使用の蓄積。
 何より、元々受けていた腹の傷、そして連戦に次ぐ連戦。
 アイの体力はもう既に限界だったのだ。
「弾が飛んでこなくなった?」
 武がそんな事を考えながら、大きな木の影に隠れて、アイの方へと視線を向ける。
 アイは、武の目から見てもへばっているように見える。
「そろそろ頃合……か?」
 武は、走る足を、綾峰の待つ広場へと向ける。
 そこで決着をつける、心の中でそう決心して。

  「……観念……したの?」
 息も絶え絶えに、アイが武の前までやってくる。
 綾峰は既に気がついていたのか、半身だけ起こしながら、目の前でこれから起こる戦いを静かに眺めていた。
「あんたこそ。そんなにバテバテで大丈夫なのかよ? 家に帰るなら今のうちだぜ?」
「甘くみないで。疲れていても、貴方よりは強いから」
 アイの言うとおりだろう。
 その表情には疲労が色濃く表れてはいるが、まだその目は死んでいない。
「先に言っておく。もし貴方がもう一度逃げるなら、その時は……」
 チラリと綾峰の方へ視線を向ける。
 視線を受けても綾峰の表情は変わらなかったが、武、綾峰、両人ともその視線の意味する事は理解していた。
 もう一度武が逃げれば、連れて行くのは綾峰を連れて行く、あるいはもっと最悪な事になるかもしれないよ、と。
「もう逃げねぇよ。俺は今まで逃げていたんだ。あのアルとかいう女の子が言うとおり、自分の頭で何も考えず、流れに身を任せて、ただそれだけだった」
 武はそう呟きながら、下唇をかみ締める、そこから一筋の血が流れ出す。
「そのせいで、仇は討てず、しかも新しい犠牲も出ちまった……。それでここでさらに俺が綾峰を見捨てて逃げたら……。俺、人間失格だろ?」
 アイは無言でその話を聞いている。
 それはいつもの沈黙ではなく、最後の一瞬の為、今はただひたすら体力を回復させているためだ。
「どうだ? 少しは体力回復したか?」
「……待っていたの?」
 武は苦笑しながらも頷く。
「俺は……、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。弱音だから笑ってもいいぜ?」
「守りたい人を守る、それは絶対に間違っていない。……私もそう思うから」
 武は、初めてといっていいだろう、アイの本音を聞いて、一瞬驚き、そしてこれから戦う相手に向けるものとは思えないほど、すっきりとした笑みを浮かべた。
「あんたも……? いや、もうそんなのはいいやな」
「ええ。私が勝てば、貴方達を連れて行く、私の目的の為に。あなたが勝てば、おそらく私は死ぬ。でもそれも、貴方も私も望んだ事だから」
「ああ、恨まねぇよ」
 アイは静かにロッドを構える。
 武はその両手に、サブマシンガンと拳銃をそれぞれ手にする。
「それじゃ……」
 アイが呟く。
「レディー……」
 武が呟く。
『GO!』
 まず動いたのは、武の両腕だった。
 拳銃とサブマシンガンの全弾発射。
 火花が散り、砂煙が舞う。
「クッ、うぅ……、うわぁぁぁ!」
 アイの叫び声が聞こえると共に、銃撃音にかき消されていく。
 アイは避けようとしなかった。
「な、何で!」
 引き金に指を置きながら、しかし武は砂埃の中にいるアイに向かって問いかける。
 避けて欲しかった訳ではない。
 ただ、アイが避けるそぶりすらしなかった事、その理由を問いただす為。
 しかし、この状況で武の問いに答えるものはいない。
 カチャ、カチャ。
 引き金を引く指が空回りする、弾が全て尽きたのだ。
 同時に砂埃が収まり始める。
「……避ける必要が無かったから」
「!?」
 砂埃の中から聞こえてきた声。
「貴方の持つ銃、全てを避けて、貴方にロッドの電撃を当てるのは無理。だから、私は、少し、本気を出した。それだけ……」
 息も絶え絶えにそう言い放つアイは、しかし身体の方はまったくといっていいほど無傷だった。
「……は、ははっ!」
 武は笑い始める。
「……どうしたの?」
「いや、同じだと思ってな、あいつと」
 砂埃と共に現れた、無傷の身体。
 武は砂埃が納まって、アイの全身が見えた時に理解した。
「考えて考えて、ようやく正面衝突までもっていけた、と思ったんだけどな……」
 アイの全身から漂う威圧感。
 姿はさほど変わったようには見えない、しかし気配は明らかに変わっている。
「翼竜装填。私が『ゆらぎ』と呼ばれる者と戦う時だけに取る形態」
「翼竜……?」
 アイの姿が元に戻る。
「本気を出さなかった訳じゃない。あなたはゆらぎじゃないから。人間だから。私も人として戦った」
「人として……か。十分、あんたは人、超えてるよ」
 アイはその台詞を聞くと、少々顔を赤らめながら俯いた。
 そして呟く。
「あ、ありがとう……」
(誉めたわけじゃなかったんだけどな)
 武はポリポリと頭を掻いてから、観念したようにその場にどかりと座り込んだ。
「俺の負けだ。弾は無い、綾峰もまだ動けないみたいだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「じゃあ……、焼く」
 アイがポツリと呟くと、手に持っていたロッドにまた電撃が走り始める。
「や、焼くの……? 痛くしないでくれ、てのは無理そうだな……」
 武が怯んだように呟くが、アイはその言葉には答えず、一歩、また一歩と武に近づいていく。
 武は、目を瞑って、訪れるであろう痛みに耐える用意をする。
 その時だ。
 二人の耳に、少年とも少女とも聞き取れるような声が届いたのは。
『武〜! やっと見つけた〜! ちょっと危ないからそこどいてー!』
 間の抜けた声と共に振り下ろされる二メートルほどの大剣。
 アイと武の間の地面が大きく削れる。
「なっ!? こいつは……?」
 アイはその場から飛びのくように離れた。
 風圧によって、武の身体も転がるように退いた。
「……バルジャー……ノン?」
 地面に逆さまになって倒れながらも、武は間の抜けたような声で呟く。

 彼等の目の前には、白銀に輝く巨大な剣を掲げた機械仕掛けの人影が現れていた。

【白銀 武 マブラヴ age ○ サブマシンガン、ハンドガン、共に残弾0 招 目的:九朗を追う>仲間を守る】
【綾峰 慧 マブラヴ age ○ 弓 矢残り7本  狩 目的:九朗を追う>とりあえず、仲間と合流】
【アイ@魔法少女アイ(color) 鬼 状態:△(腹部に一時的なダメージ)+疲労 装備:ロッド】
【鎧衣 尊人 マブラヴ age 状 ○持ち物 (バルジャーノン騎乗、装備はソードのみ)ハンドガン 装填数 20発 狩】

満月後、決意を胸に、の続き



前話   目次   次話