大義に掲げし十文字槍
ピンッと、空気が張り詰める音が聞こえたような気がした。
「!」
「…!」
「…ミュラ!?」
玲二と沙乃の足が止まり、リックが声を上げる。
沙乃を見たミュラが、ほんの一瞬だけ漏らした殺気。
それを、ここに集った者達は、一人の例外もなく敏感に感じ取っていた。
(…うかつだわ)
突如現れた、武器庫で交戦した女と同じ服を身に着けた少女に、完全には自分の心を制御できなかった。
相手はその少女と若い男の二人組。
二人とも、今は警戒した視線をこちらに向けている。明らかに気付かれた。
騙し討ちをしてくるなら、あえて騙された振りをして隙を突くこともできたが…
(…いいわ。どのみち、敵なら倒すだけよ)
鞘から剣を抜き、戦闘態勢に入る。
「気を付けて、リック。あいつら、ヴィル何とかの手先よ」
「何でわかるんだ?」
「以前、あの女と同じ服装の相手と戦ったのよ。さっき話した武器庫を守っていたわ」
その言葉にリックの眼光が鋭くなる。
「なるほどな。なら、ライセンの居場所も知ってるかもな…」
膨れ上がる殺気。
「とっとと倒して、色々と吐かせてやる!」
言うなり、ダッシュをかける。玲二に向かって。
死神と呼ばれるに相応しい闘気が、玲二に叩きつけられた。
「待って! 沙乃達は…」
「駄目だ、沙乃! あいつら本気だぞ!」
赤い鎧の男が、斧を構えて自分に向かってくる。
(何でこうなるんだよ!)
今の会話は聞こえていた。
相手は間違いなく新撰組と交戦したのだろう。
つまり、沙乃の見立て通りに召還された側だということだ。
置かれた状況は同じ。本当なら手を取り合える相手のはずだが、今は話して聞いてくれるような雰囲気ではなくなった。
(運命ってのは、ままならないもんだな…)
逡巡はここまで。
考えるより、目の前の状況に対応しろ。
はっきりと分かる。相手は自分を殺すつもりだ。
話を聞く人間は一人いればいいということか。
(仕方がないか…決裂だ)
顔から表情の消えた玲二の手に、魔法のようにS&Wが現れた。
「!」
リックの顔に警戒の色が浮かぶ。
(何だ? ありゃ)
とてつもない速さで、男は懐から取り出した『何か』を自分に向ける。
――ゾクッ
得体の知れない悪寒が背筋を走りぬけた瞬間――
――ガァン!
轟く銃声。
同時に、硬いもの同士が叩きつけられる音。
「「なっ!?」」
男達の声が重なる。
(止めた!?)
(何だ、今の衝撃は!?)
リックがとっさに顔前に掲げた戦斧で、飛来した銃弾を弾いたのだ。
「くっ…」
リックは一瞬たたらを踏むが、すぐに立て直して再び玲二に迫る。
(弾道を見切ってかわすならともかく、止めるか!)
判断が甘かった。
沙乃からは、ここには色々な世界から人が召還されていると聞いている。
いかにも剣と魔法のファンタジーといった相手の出で立ちから、拳銃など知らないと踏んで、一発だけで決めるつもりだったのだ。
確実を期すならニ連射が基本だが、残弾を気にしたのがいけなかった。
「沙乃、気をつけろ!」
女の方が沙乃に向かって迫るのを確認して声を上げる。
同時に、相手二人が射線上に重なるように側面にダッシュ。
(次は決める)
手加減して何とかなる相手じゃない。
三連射。頭部と胸、腹を狙う。万一外しても女に当たればいい。
リックは未知の攻撃に内心焦っていた。
戦士としての勘だけで先ほどは止めたが、そう何度も出来るとは思えない。
(今のがもう一度来たら、止められないか)
そうなったら、ここでも敗北することになる。
(許されないよな、そんなことは!)
誰よりも自分が許さない。
ミュラには、気にするなと諭されたが、やはり戦いに敗北して仲間を危険に晒すなどあってはならない。
「させるかよ!」
叫び、奮起する。
距離を離すつもりか、相手が走り出す。接近するまでに、一、二回はあの攻撃が来ると予想。
(…止めてやる。何度だろうと!)
その後は自分の間合いだ。全力で相手を屠るのみ。
(ここだ)
玲二の目に殺意のみが宿る。
(来るか!)
リックの闘気がその殺意を迎え撃つ。
玲二の腕が上がり、S&Wの銃口がリックに向けられようとした、その時――
――ガシャン
玲二の目に、沙乃が手にした槍を投げ捨てる光景が映った。
「沙乃!?」
とっさに銃口をミュラの方へと向けるが、
「玲二、ダメ!!」
沙乃の叫びが響き、玲二を制する。
その隙に、走り寄ったミュラの剣が沙乃の首筋に当てられた。
「リックも、止まって!」
ミュラが叫ぶ。
「ミュラ…?」
その声に、リックもまた動きを止めた。
「…どういうつもり?」
沙乃の首筋に剣を当てたまま、ミュラは沙乃へ問いかける。
沙乃は真っ直ぐミュラの目を見返し、毅然とした態度でこう言った。
「戦う理由がないから。話を聞いて欲しいの」
お互いその状況を保ったまま、ミュラとリックは沙乃の話を聞いた。
――この世界のこと。
――召還者であるヴィルヘルムのことと、その目的のこと。
――自分が元・中央側の人間であること。
――新撰組のこと。
ミュラが剣を収め、次いでリックが戦斧を下ろす。
それを確認して、玲二も銃を懐に収めた。
「…そういうこと…、話は分かったわ」
ミュラは、ため息と共にそう漏らす。
「ありがとう、沙乃の話を信じてくれて」
「まだ、完全に信じたわけじゃないわよ」
「今はそれでもいいよ。これからの沙乃達を見て判断して」
先ほどの凛々しい態度とは一変して、嬉しそうに沙乃は微笑む。
(…大した娘ね)
ああは言ったが、ミュラはこの少女は信じられると思っていた。
人を見る目はあるつもりだ。
話している時の、あの澄み切った、迷いのない目。
嘘を言っている目ではなかった。
(そのまま斬り捨てられる危険もあったというのに…)
自らの信念に命を懸ける覚悟を、この娘は持っているのだ。
人斬りと呼ばれてはいても、振るった理由は大義の為というその槍。
その大義を見失った新撰組を止める為に戦う沙乃にとって、ミュラ達と戦うことは自分の存在意義を覆すことに等しいのだ。
(信念を持っている者は、強いものね)
信じよう。この娘を。
「じゃあ、今度はこちらの事情を話す番かしら」
そう言って、ミュラは自分達のことを話し始めた――。
――数分後。
「――じゃ、総合するわよ」
ミュラが一同を見回す。
「これから一緒に行動し、互いの目的の為に協力する。
まずは武器庫に行って、リックの剣と玲二の弾薬を補給する。…で、いいのね?」
リック、沙乃、玲二がそれぞれ頷く。
それを見て、ミュラはニッと笑みを見せた。
「オーケイ、それじゃよろしくね。沙乃、玲二」
【吾妻玲二@ファントム・オブ・インフェルノ(ニトロプラス) 狩 状態○ 所持品:S&W(残弾数不明)】
【原田沙乃@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼(現在は狩) 状態○ 所持品:十文字槍 食料・医薬品等】
【ミュラ@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:長剣 地図】
【リック@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:戦斧】
【『死神と亡霊が出会う瞬間』後 〜 『満月の夜』前】
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