死の接吻
「こんなところに女いるのかぁ」
本来誰も近寄らない敷地の隅の植込み、そのさらに片隅に縮こまるように隠れるカトラとスタリオン
「数日前だったでやんすかねぇ、つい飲み過ぎてしまって」
カトラは数日前の出来事を思い出す、トイレを探し千鳥足で庭をさまようカトラ、
何時の間にか迷子になってしまっていた…、仕方が無いなと立ちションに及ぼうとしたその時だった。
ケルヴァンを先頭に数人が何かを抱えてこちらにやってくる、とっさに隠れるカトラ
ケルヴァンらはカトラには気がつかず、そのまま空間に向かい手をかざし何事かを呟く
と、空間に何やら紋章のようなものが現れ、そして彼らはその中に消えていったのだった。
「なるほどなぁ、しかしおめぇ、骨なのにトイレに行くんだな」
「そういうところに感心されても…」
「それより女!女が出てこねぇぞ!!」
カトラをせかすスタリオン…
「そいつらが抱えていたケースの中に入っていたんでやんすよ」
とカトラが言った時、いきなり空間が開きそこから一人の男が姿を現したのだった。
世の中には巡り合わせというものが存在する。
このロードヴァンパイアの監視を任かされていたのは3人、ドレッドへアの大男とヒゲをたくわえた魔法使い
それから白衣の青年だ。
いずれもケルヴァン選りすぐりの優秀な部下でもある。
「会議の時間だな…」
リーダーであるドレッドヘアはひとまず外に出る様子だ。
「占いだと悪い卦が出ておる、今日は欠席させてもらってはどうかのう?」
ヒゲはドレッドへアに尋ねる。
「おっしゃる事も最もですが…闇魔法学会に任せているわけにはいきませんから」
白衣がヒゲに向かって反論する、このままではケルヴァンの負担が増大するばかりだ、
したがって彼の部下たちは自主的にミーティングを開き、状況を報告、検討し合う事で
少しでも彼の負担を減らそうと対策を考えているのだ。
闇魔法学会…その実体はヴィルヘルムが魔法さえ使えればその経歴・人格等は一切不問という
方針の元にスカウトした連中だ、したがってそのマンパワーは知れたものだ。
まぁ魔法のみに絶対の価値を置き、それ以外の価値観を一切認めないと評判のヴィルヘルムには、
所詮その程度の連中しか尻尾を振ってくれないのかもしれないのだろう。
それはそれで哀れな奴だなと彼らは思った。
「あくまでも噂だが…ヴィルヘルムの究極の目的は魔法を使えない民をすべて地上から根絶やしに
することらしい、そうなればまずはお前だな」
ドレッドヘアは白衣に向かって悪戯っぽく笑う。
「そんな奴の片棒は担ぐなと皆忠告したんですけどね…」
「ま、ここまで来た以上俺らはケルヴァン様のタメに最後まで働くまでよ、じゃあ行ってくるぜ」
こうしてドレッドヘアは結界から要塞内部の会議室へと向かったのであった、
そしてその一部始終はしっかりとカトラとスタリオン両名に見られてしまっていた。
「おい見たか…とりあえずあの野郎を締め上げてだな」
「ダメでやんすよ…あのチリチリ頭はかなり腕が立つって評判でやんすよ」
血気にはやるスタリンを止めるカトラ。
「とにかくこの辺りだったよな」
紋章が現れた地点に移動するカトラとスタリオン…手探りで調べるが空を切るばかりだ。
しかしその時だった。
「待ってくれ、忘れ物だぞい」
ドレッドヘアを追ってヒゲがひょいと結界の外に顔を覗かしたのだ、そしてそれはまさに彼らの目の前だった。
間髪いれずスタリオンのパンチがヒゲのみぞおちに突き刺さった、馬の馬鹿力でパンチを食らえば一溜まりもない。
「くえ」
そう一声うめくとヒゲはばったりと倒れ伏す、しかも彼の身体の一部がまだ結界内部にあったために、
結界は閉じられず、出入りが自由に出来る状態になってしまっていた。
そしてカトラとスタリオンはヒゲの身体をひきずりながら中に入っていったのだった。
「だれ…」
ヒゲの後を追ってきた白衣もスタリオンのパンチをまともに受けてしまい、そのまま廊下に倒れてしまう。
そして2人は無人の廊下を進んでいく、と目の前に大広間が広がっている、床全体に巨大な魔方陣が描かれていた。
魔方陣の中央、そこに安置された透明なケースの中に緑の髪の毛の美女が横たわっていた。
「あの野郎!こんないい女囲ってやがったか…いいね、いいねぇ」
スタリオンはホクホク顔で魔方陣の中へと入っていく。
「やめてください…それは君らが手を出していいものなどでは…」
脳震盪で朦朧状態の白衣がスタリオンの足にしがみついて抑止しようとするが、簡単に蹴り飛ばされてしまう。
「こいつを盾にしてこっから脱出だぜ、とその前に」
「まずは味見だぜ」
スタリオンはケースを開こうとするが開かない、見ると拘束用の呪符が所々に張りつけてある。
「用心が行き届いているでやんすね」
「んなことに感心してどうなるんだ、とにかく剥がすぞ」
片腕が使えないにも関わらずスタリオンは呪符を次々と剥がしていく、
そして中に安置されていた美女がゆっくりと目を開け、ケースが開け放たれる、
その半裸に近い薄布を纏った美しい立ち姿に2人は暫し息を呑んだ。
「おい…おれは犯るぞ、こんないい女逃がす道理はねぇよな」
スタリオンは片腕で起用にズボンを脱いでいく、それを見ても美女は動じようとはしない。
「へっへへ、今俺の自慢のコイツで天国見せてやっからよ、待ってな」
スタリオンの軽口は聞こえていないのだろうか?美女はのろのろとスタリオンに近づいていく。
「待ちきれないってか…積極的だねぇ」
美女はそのままスタリオンの肩を抱くように手を伸ばす、そして…。
その美女は、ロードヴァンパイア、リァノーンはいきなりスタリオンの喉にその牙を突きたてたのだった。
いきなりのそれに悲鳴を上げる事もできず、ぱくぱくと口を開閉させるスタリオン…やがて終わったのだろうか
リァノーンはスタリオンの身体から離れ、ふらりと外へと向かっていった。
「大丈夫でやんすかぁ」
返事が無い…カトラはリァノーンには構わずスタリオンを介抱してやろうとするが、その身体にさわった途端、
慌てて手を引っ込める…熱い、まるで焼けた火箸のようだ。
そしてばちばちと何やらスタリオンの身体から異様な音が聞こえる。
「あつぃ…あちぃよ…ううう…うわぁぁぁぁぁぁぁ」
変化は劇的だった…叫びにならない叫びを上げ、スタリオンの身体が変質していく、
人間を遥かに上回る魔族の肉体とヴァンパイアヴィルスの結合、それは最悪の組み合わせだった。
結果…彼は一気に最終段階までをも通りぬけ、いわゆるキメラヴァンプとなってしまったのだった。
「ぐるるるう」
今やスタリオンはかろうじて馬だと分かる、それくらいの変わり果てた姿になってしまっていた。
そして身体だけではなく心までも異形に蝕まれてしまったようだ。
「やめる…やめるでやんす…ぎゃあああ」
異形の姿と化したスタリオンの手によりカトラの肩骨が握りつぶされる。
ぐるるとスタリオンの口から唸り声が漏れる、そして端には馬にはあまりにも不似合いな牙が生えている。
それをもって彼はためらうことなく、親友カトラの喉に噛みついたのだった。
バキバキと自分の身体が砕け、崩れていくのが分かる…自分は死ぬのだ。
だが、それでもカトラはスタリオンを親友を恨みはしなかった、狂気に侵かされた親友の目に光る涙を、
カトラは見逃してはなかったからだ。
「最後まで…世話ぁ…やかせるでやんす…ねぇ」
見納めとばかりに変わり果てた親友の姿を、カトラはしっかりと目に焼き付ける。
「それでも…あっしらダチで……やんすから、恨んだりはしないでやんすよ」
(いつかあの世で出会えたら、またバカ一杯やれるといいでやんすね)
そしてカトラは…死んだ。
「なんちゅうことだ…」
惨劇の残りカスを一瞥して目をそらすドレッドヘアとヒゲ、彼は忘れ物を取りに戻ってきたのだ。
それにいきなり満月になったのも、対策は十二分に立てているとはいえ気がかりだった。
案の定結界に入ると、おそらく途中でまた昼に戻りそのため力尽きたのだろう、
リァノーンが出口寸前で倒れ伏していた。
そして今、ドレッドヘアの手には気を失ったリァノーンが抱えられている、その足元では。
「俺…俺…おれぇ」
ようやく正気を取り戻したのだろう…変わり果てた姿のスタリオンが、カトラの残骸をかき集めながら呟く。
「何も言うな…」
悲痛な表情のドレッドヘア、こいつらは確かにバカでスケベで闇魔法学会の連中以下の役立たずだったが…
だが、愉快な奴らだったと、友達として出会えたならばいい付き合いが出来ただろうと自信を持って言える。
だからこんな最後は余りにも惨過ぎるように思えた。
くげげ…と一声吠えるとまたスタリオンが苦しみ始め、またその身体が変質していく。
もう長くは無い…魔族の肉体とヴァンパイアウィルスとが激しく競合し、拒絶反応を起こしているのだ。
「兄ちゃん…頼みがあんだけど…よ、聞いてくれねぇか」
「言えよ…」
「死なせて…くれ」
「待てよ!俺がケルヴァン様に頼んでやる!!このままでも生きていけるようにしてやることもできる!!」
だがスタリオンはかすかにしかしはっきりと首を横に振った。
「ありがとよ、でもダチ殺してまで俺一人生きるわけにはいかねぇよ」
泣きながら頼むスタリオン、その涙は死への恐怖か、生きる苦しみか?
それとも親友への懺悔かは分からなかったが・・・。
「無理するな…」
ドレッドヘアはスタリオンが…いやスタリオンだった何かの身体が死への恐怖に震えているのを
見逃してはいなかった。
「ああ、だから…死なせてくれ」
「俺には出来ない…だが外に出ればすぐにお前の身体は灰になる、その代わりものすごく苦しいぞ」
「あんがとよ、へへカトラよお、最後まで迷惑かけっぱなしでホントに悪かったな」
それを聞き、カトラの残骸を抱えたまま外へ出るスタリオン。
威勢のいい言葉と裏腹に、その足はがくがくと震えている、しかしそれでも彼は歩みを止めようとはしなかった。
結界をあけるべきか否か白衣は迷っていたが、ドレッドヘアが彼に代わり無言で結界を開けてやる。
そして陽光を浴びてスタリオンの身体が燃えるように灰になっていく、
全身を灼かれる苦痛にのたうつスタリオン…しかしそれでも彼はまるで早く己の身体を焼き尽くせといわんばかりに
太陽に向かって立ちはだかる。
「これ…ぐれぇ、これしきで…カトラの野郎に申し訳がたたねぇよ」
親友の苦しみの分だけ、彼もまた苦しもうとしていた、彼が死ぬ他に罪を償う方法はそれしか思いつかなかったのだ。
「またあの世でも迷惑かけちまうけどよ…俺ァお前がいないとやっぱダメなんだよ」
物言わぬ残骸に語りかけるスタリオン。
「俺たちマブダチで名コンビ…だもんな」
そしてスタリオンの身体は骨まで残さず灰になったのであった。
「ケルヴァン様に報告を…」
白衣が慌てて通信機へと向かう。
「ダメださっきから繋がらん、軽挙はあの人の悪い癖だからな、だから俺らが必要なんだ」
「とにかくだ、俺たちの役目はあくまでもこのロードヴァンパイアの監視とデータ収集だ、
そこんとこを忘れるなよ、とまずはさし当たって」
ドレッドヘアはロッカーから掃除道具を取り出す。
「一切の痕跡を残すな、ここであったことはケルヴァン様以外には口外するな」
【カトラ・スタリオン 死亡】
(満月〜機神立つの間の時間に発生)
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