武士達の挽歌
剣が空を切り合う。
その音が辺りに響き渡る。
時たま刃物のぶつかり合う高い音を交えながら、
二人のいるフィールドは、すさまじい剣気がぶつかり合ってた。
「ぬん!」
ギーラッハの大剣が十兵衛の横を、正確にはいた場所を捉える。
大剣を振るった後というのは、大概動きが大きくなり、その後に一瞬隙ができる。
「はぁっ!!」
その隙を狙い、十兵衛は刀をギーラッハの首へと振る。
「せい!!」
「ちぃっ!?」
大剣を振り下ろした直後とは思えない速度で、ギーラッハはビルドフォークで剣を受け流す。
「ふふ……、己とここまで互角に渡り合えるものがまだいたとは……」
剣を振るいながら、ギーラッハが十兵衛へと語りかける。
「互角だと? 冗談はよしてくれよ。
そんなでっかい斬馬刀みたいなのを振り回して、俺と同じ速さの何処が互角なんだかな」
大剣を十兵衛と渡り合うほどの速度で揮いつづけている。
それだけでも脅威の力と言えるのに、それによる疲労感は十兵衛より激しいはずなのに、
目の前のギーラッハにその様子はない。
むしろ、命をかけたギリギリのやり取りの中で、十兵衛の方が疲労が浮かんでいた。
(くそっ!! どうやってこいつから離脱する?)
何とかやり過ごす手はないか、と十兵衛は、打ち合いながらも必死に考える。
ふと彼はある事に気付いた。
段々と辺りが暗くなってきている事に。
それもすさまじい速度で……。
(日が沈んでいる? だがなんだこの異様な落ち方は?
このままだと、後数分で夜になる……、それだ!)
夜になるのを準じて、一撃の勝負に出る。
そして、逃走。
彼の考えは決まった
(ならば、後少し耐えればいいだけの事!)
一流の剣士が二人。
ぐんぐんと落ちていく夕日を受けて切り合う。
(もう少し、もう少しだ!)
日が落ちきり、辺りが闇に包まれたその瞬間を狙うため、
十兵衛は打ち合いに応じつづける。
決して相手にその策を気取られてはいけない。
だが十兵衛の心の中に何かくすぶるものがある。
彼の剣士としての感によるものなのか、
それとも目の前の剣士から発せられるものなのかは、十兵衛には解らなかった。
それが彼の策にえも知れぬ不安の影をぽつんと落とす。
しかし、今の状況で、彼にそれよりより他の選択肢は浮かばなかった。
いや、浮かべる事が不可能だったと言うべきだろう。
(……どちらにせよ成功させねば意味がない)
迷いを振り切る。
そして……。
完全に日が落ちた。
(今だ!! ……………っ!?)
勝負に出ようとした十兵衛の動きが固まる。
ゾクッとした感じた事のない威圧を感じたからだ。
「すまんな……」
ギーラッハが静かに呟いた。
(まずい!?)
十兵衛の剣士としての感が、目の前にいる男を危険だと訴えている。
全身に死の恐怖が浴びかかる。
「ふんっ!!」
剣に力をこめるとギーラッハは、今までよりも遥かにはやい速度で剣を上に持ち上げ、そして振り下ろす。
その一撃は、あの無影を仕留めた必殺技だ、それも全開となった力で揮われる。
死の恐怖からか……、十兵衛にはその動作が酷くゆっくりに見えた。
そして、剣士としての感が、動けと身体へと命令した。
「良くぞかわした」
剣士として、夜になったからといいギーラッハは彼に手加減をする気はなかった。
それが相手への礼であると考えているからだ。
そして、本気で放った一撃を十兵衛は避けた。
ギーラッハの中には、驚きよりも高揚感が湧き上がる。
先程まで十兵衛の後ろにあった木が後ろへと続けて倒れる。
「はぁはぁ……」
木が倒れるのと同時に、彼の頬からツーと血の雫が流れ落ちた。
(くそっ!! 夜に栄える類いのやつかよ。
それでも日中であの強さ……、そして……)
「行くぞ!!」
ギーラッハがすさまじい速度で十兵衛に詰め寄り大剣を降ろす。
対する十兵衛も何とか刀を構えを取ろうとする。
(ダメだ!!)
此方が構えきる余裕すら与えてくれない。
ギーラッハのすさまじい一振りが十兵衛の刀ごと彼を後ろに叩きつける。
「がはぁっ!?」
衝撃が十兵衛の身体全体に走る。
(今のは、叩きつける質の太刀で救われた感じだな……。
もし斬るためだったら……)
「手加減はしない……、それが己の礼儀だからだ」
「その…割りには、突き飛ばした…だけだったぞ?」
息を途切れ途切れさせながら、十兵衛が喋る。
(今の俺の剣であいつ退け、離脱する事はできるのか?
……いや、無理だな)
「双厳、すまん」
ぽつりと呟くと十兵衛は、刀を鞘に戻す。
「観念……、いや失礼したな」
鞘に戻された刀を握る手は離されていない。
「東洋に伝わる技……、居合か」
十兵衛のたぎる闘気がギーラッハにも伝わってくる。
(帰るためと幕府のタメに無影とも手を組んだ。
それなのに情けない話だが、今の俺にできるのはもうこの可能性しかない。
だが、刺し違えてでもこいつは倒す!!)
静寂が二人を包む。
十兵衛は文字通り一撃に全てをかけために居合を選んだ。
この最も単純な剣にかけることにしたのである。
「…………ふっ、良かろう」
ギーラッハが十兵衛を切り抜くか。
それとも間合いに入ったギーラッハを十兵衛が先に斬る事ができるか。
「その勝負、受けて立つ!!」
ギーラッハが構え、そして一歩一歩近づいていく……。
自らが飛び掛ることのできる最低の位置へと。
「勝負!!」
ギーラッハが一直線に飛んだ。
「今この瞬間に全てをかける!!」
まだ間合いではないと言うのに十兵衛は刀を抜きかかった。
「なっ!?」
まだ届く範囲ではない、と思っていた地点からの十兵衛の居合斬り。
このままギーラッハが近づいたとしても2〜3Mは余裕がある。
「ぬん!!」
だが彼はこれに反応した。
十兵衛が完全に抜き終える前に、時間にしていえば一秒もない刹那で、彼も空間を切断する太刀を放った。
ザシュ!!
森に肉が鋭く切れる音が響く。
そして、空中に二本の腕が舞う。
一つは、十兵衛の左腕だ。
……そしてもう一つは、ギーラッハの右腕。
「見事!!」
右肩から溢れる血を抑えながら、ギーラッハが口開いた。
「まさか、本当にできるものがいたとはな……、横一文字。
確かこの名だったかな?」
居合を極めた者は、居合の時の切っ先から、その音速を超えた速度で鎌居達を起こす事が出来ると言う。
その剣は、4〜5m離れた物さえ切り裂く、文字通り真空波の居合……横一文字。
同じく左肩を抑える十兵衛へ、向かってギーラッハが感嘆の言葉をかける。
「……次やれと言われてもできるかはわからん。
言葉通りいちかばちかで出来るのを祈っただけだ」
「なるほどな……、死と隣り合わせの極限状態だからこそ繰り出せたと言うわけか。
だが、それでも十分賞賛に値する」
ギーラッハの右肩から流れ出る血が大分収まる。
しかし、対する十兵衛は幾ら優れた剣客であっても、人の身。
彼の意識は、その激痛と血を急激に失った事による貧血に耐える事は出来なかった。
十兵衛の身体は、そのままどさりと地に倒れ伏せる。
「意識を失ったか……」
このまま放っておけば、目の前の剣士は死ぬ。
「許せ……」
好敵手へと向かい、ギーラッハは礼をすると、
地に落ちた自らの右腕を拾い、右肩へとあてる。
すると吸血鬼の治癒能力が付け根の接合を開始する。
「そいつの処置は俺に任せてくれないかね?」
ギーラッハの後ろの木の陰から、彼を不機嫌にさせた張本人が現れる。
「貴様はまだ完全には……、そうか貴様にとって何が破壊されても……」
「そう言うことだ、今の俺の身体は粘土みたいなもんだ。
脳を貫かれても死ぬ事はねぇ。
くっつく為に力を消耗するだけだ。
流石にあんときは、大きく痛手を受けたおかげで、
修復に力を取られ、動きに制限があったけどな。
治ってしまえば、先輩と一緒よ」
半実体化し、無敵ではなくなったとはいえ、無影の身体は中々都合のいいものだ。
幽体であるために、ギーラッハやモーラと違い、心臓などの臓器……特に脳の意味があまりない。
いや、破壊されれば大きくダメージを食うが、
脳が破壊されても、霊体である彼には考えをする事も身体を動かせる事も出来る。
頭を失ったヒーローに近い。
霊的な部分である心臓は、幽体であっても半実体化している今、
他の個所に比べ大きくダメージを受けるが、
他の部位より修復に大きく力を削がれる事で済む。
先の和樹との時も、電撃を食らってもダメージは受けるが、
血が流れてるわけではないので、それが動きが止まる原因にはならない。
その点でも、人体構造を利用した攻撃の作用が効かないのは、既に有利であると言える。
また『心臓』が破壊されたからではなく、
心臓が『破壊された』から力を取られ動けなくなったのだ。
それには、ギーラッハもその不死者っぷりを誉めた。
その通り、幽体と幽体を再び繋ぎ、復元するには彼の力を消耗する。
接合する為の力がなくなるほど消耗し続ければ、再生できず死が待っている。
初音などに比べたら格段に落ちる戦闘力であるため、過信はできない。
現にギーラッハとの戦いの時でも、大きく切り離された幽体を、
更に時間をかけてから接合した為に、力を酷く消耗した。
だが、原理は違うとはいえ、非常にギーラッハやモーラと似た能力である。
彼らもまた再生をすれば、力を使い消耗する。
何度も繰り返せば、やがては再生に回す力もなくなる。
唯一違うのは、脳や心臓を破壊されても無影は死ぬ事はないと言う点だけだ。
ギーラッハは、この自分と似て否なる不死者の登場を快く思わない。
決して彼の性格と相容れるものではないからだ。
「だが、何故ここが解った?」
「言ったろ? 双厳の居場所は解るってな。
それより俺はそいつに借りがあるんでね。
それに手を組み合った中でもある」
「……助けると言うのか?」
「さぁ? 結果は後になってみないと解らないさ」
ギーラッハの怒りが込み上げてくるのが無影には解る。
「おいおい、そんな目くじら立てないでくれよ。
いざと言う時は、ちゃんと責任は取るからよ」
「……貴様の仲間と言う事で今回は、譲ろう。
だが次はないと思え」
右腕の接合を終えると、ギーラッハはその場を後にする。
「へいへい……、次はねぇ」
怒気を発しながら、去りゆくギーラッハを無影は眺めるのだった。
【ギーラッハ@吸血殲鬼ヴェドゴニア(鬼) 状態:△(右腕は完全に接合するまでは力入らず) 装備:ビルドルヴ・フォーク(大剣)】
【柳生十兵衛@二重影(ケロQ)状態×(左腕欠損、出血) 装備品 日本刀(三池典太光世)左腕に鉄板 狩】
【無影@二重影 (狩) 状態:△(心臓再生完了、力消耗気味) 装備:日本刀(籠釣瓶妙法村正) 行動方針:魔力なしの駆除】
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