決意を胸に






「いきなり夜になっちゃった時はどうなる事かと思ったけど……」
 芹沢はそう呟きながら空を見上げる。
 そこには満月が煌々と輝いていた。
 日が落ちきるほどの時間は経っていないというのに。
 芹沢とアイが土方達と別れてから数時間、目的の場所まであと少し、という所まで来ていた。
「もうすぐ中央、頑張っていきましょう。ね、アイちゃん?」
「……」
 芹沢が気楽な口調でアイの名前を呼ぶ。
 しかしアイは無言、その言葉に応対する気もないようだ。
(本当、愛想の無い娘よねぇ〜。そういうとこは歳江ちゃんに似てるかもしれないけど……)
 芹沢が心の中でそんな事を考えながら歩いていた時、とうのアイは別の考えに気を向けていた。
(面倒くさい……)
 しばらくは面倒くさい事から開放される、そう考えていたアイの目に飛び込んできた一組の男女。
 満月の夜という特殊な状況によって、辺りは暗くなっている。
 身体能力はともかく、視力などは常人とほぼ変わらない芹沢はまだ気づいていないようだった。
 さきほどから視力を魔力で増強していたアイだからこそ、その人影に気がつく事が出来たのだろう。
 無意識に腹を押さえる。
(まだ少し痛む……。けど、あいつらが聞いた話の通り、普通の人間という事ならこれでもいける……か?)
 そう考えたアイは、芹沢を呼び止めた。
「ねぇ」
「ん? どうしたの?」
 声に引き止められて芹沢が振り返る。
「少し……、十分くらいの用事が出来た。すぐ戻る、けど、先に行っていてもいいから」
「え、あ、ちょっと!」
 芹沢の引き止める声に答えぬまま、アイの姿は暗闇の中へと消えていった。
「あーもー……ん? そういえば……」
 芹沢が何か思い立ったのか、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「あの娘、さっきからお腹気にしてたもんねぇ〜。成る程成る程、そういう事で照れるところもあるんだ〜。なんだ、結構可愛い所もあるんじゃない」
 一人納得して、傍にあった倒れた樹木の上に腰掛ける。
「しょーがない。少し待ってあげるとしますかね〜」
 芹沢はその場で一人、アイの帰りを待つ事にした。
「白銀、本当にこっちでいいの?」
「いや、多分大丈夫だと……思う……けど」
 そう答える武の声もどこか弱々しい。
 二人は今、深い森の中にいた。
 混乱した頭が冷静になるにつれ、現状を理解し始めた二人は、やはり別の仲間と合流した方がいいと考え、
 元来た道を戻ろうとしていた。
 しかし。
「白銀。ここ、前にも通った」
「あ、あれ? そうだったか……?」
 サバイバル経験など無い二人である、おまけに辺りが暗く、道も良く見えない。
 熟練した人間でも迷うかもしれない深く暗い森の中を、そんな素人の二人が歩いていた。
 それは。
「あーもー! 綾峰! とりあえずここで休むぞ!」
「……白銀、逆ギレ良くない」
 迷って当然、という所であろうか。
 武と綾峰は仕方なく森が開けている場所まで行くと、そこに座り込む。
 そこは森の中にある花畑といった風情だろうか、それが昼間ならば、あるいは仲間達がいれば、ピクニックとしてでも楽しめただろう。
 見晴らしは良く、その場所だけは森というよりは、草原といった方がいいかもしれない、そんな場所だった。
「本当、おかしいよな……。ほら、身体は疲れているのに、腹はあんまり減ってない」
「でも私。やきそばパン、食べたいけど?」
 そんな綾峰の言葉に、武は思わず苦笑する。
「お前だけだ。……いや、やっぱ俺も食いたいな、やきそばパン」
 元の世界を想い、武は思わずそんな事をつぶやいた。
「やきそばパンは世界標準。白銀もこれで信者」
「信者かよ!」
 武一人の笑い声が辺りに響く。
 対する綾峰はやはり無表情。
 いや、あるいはここに珠瀬がいればこう言ったかもしれない。
『慧ちゃん、嬉しそうだね』
 と。
 しかし、今この場に珠瀬の姿は無く、武がひとしきり笑い終えると、その場にはまた沈黙が訪れる。
 寂しさと悲しさが入り混じった静寂。
 二人は乗り越えた訳ではなかった、ただ、忘れたかったのだ。
 そう、この静寂を破れるならば、何が起きてもいい、そう考えるほどに。
 その願いが叶ったのか。
 草を踏む足音と共に。
 そこに一人の少女、アイの姿が現れた。

  (ケルヴァンが言っていた、中央に確保される前に確保するべき人物、白銀武……、とその仲間)
 アイが行く所にその男がいるかもしれない。
 大人ではなく、子供、自分と同じくらいの少年だ、とケルヴァンは言っていた。
 アイは二人の服装に目を向ける。
(見た事は無いけど、あれは学校の制服? という事は……)
「ねぇ、貴方。もしかして、白銀武……?」
 突然現れた少女が何者かも判らぬまま、己の名を呼ばれた武は、目をシロクロさせながら、一度だけコクリと頷いた。
「そう……」
 アイは一言、そう呟くと一歩、その場から足を踏み出した。
(なぁ、綾峰。お前、あの娘が誰か知っているか?)
 武が小声で綾峰に話しかける。
 綾峰はアイに向けていた視線を、一瞬だけ武の方へ向け、そして一言。
(白銀の女たらし……)
(違うわ! つか、お前も知らない、俺も知らない。って事は……)
「なぁ、あんた。もしかしてドライとか土方、って奴の知り合いか?」
 土方、という名前を聞くと、アイの足が一瞬だけ止まる。
「そんな女、知らない」
 そしてそう呟くと、アイはまた歩みを進める。
(知ってるな)
(知ってるね……)
 二人はそう確信する。
(でも、どうする? あまりあいつらと仲は良くなさそうだけど……)
(私がやってみる。白銀はそこで見てて)
「?」
 アイが怪訝な表情を浮かべて綾峰の姿に目を向ける。
 アイと同じように一歩、綾峰が足を踏み出したのだ。
「……」
 武は息を呑んで、二人の姿を見守っている。
「……」
「……」
 無言で向かい合うアイと綾峰。
(あ、綾峰……)
 二人は足を止めたまま動かない。
「……」
「……」
(あ、綾峰……?)
「……」
「……」
 しばらく向かい合っていたが、綾峰はそのまま何もする事無く、武の元へと戻ってきた。
(説得失敗。あいつが誰かっていうのも判らなかった)
(お前何も話してねぇだろ!)
(……何と!)
 武の突っ込みに対し、綾峰の顔に驚愕の表情が浮かび上がる。
 そうこうしているうちに、アイは武達のすぐ傍までへとやってきた。
「白銀武。私と一緒に来なさい」
「俺が? 何で?」
 疑問を投げかけても、アイはまったく表情を崩さないまま言葉を続ける。
「来れば判る」
「話になんねぇな」
 その時、綾峰の叫びが辺りに響く。
「白銀っ!」
 同時に武の身体に衝撃。
 綾峰に突き飛ばされた武は、綾峰の身体と共に数メートルほど吹っ飛ばされた。
「綾峰、お前いきなり……!」
 文句を言おうと綾峰の方へと視線を向ける。
 外傷は無く、呼吸をしっかりしているが、綾峰慧は気絶していた。
「綾峰、綾峰っ! しっかりしろ!」
 武が呼びかけても、綾峰は低く唸るような声を上げるだけで、目を覚まさない。
「おい! 綾峰に何をしたって……!?」
 アイに向かって言葉を告げようとした時、武の目に飛び込んできたのは、雷光を纏った一振りのロッド。
 綾峰はおそらく、その電撃を受けて気絶したのだろう。
「私は貴方と話をするつもりなんてない。貴方が従わないのなら、気絶させて連れて行くだけ。抵抗するだけ痛い思いをするよ?」
 アイはその槍にも見えるような長いロッドをまるで手足のように振り回しながら、一歩、また一歩と武の下へと近づいてくる。
 そこには、先ほどまでの緩い気配は無かった。
 あるのは敵意、そして殺気。
 初めて感じるその気配に、武の身体に震えが走る。
(俺は……、びびっているのか? あんな、年も離れてないような女の子相手に……)
 大十字九朗は、武の事を敵として見ていなかった。
 狩る者として追いかけていた時の武に恐怖など起きようも無く。
 また逆にマギウスと化してからの九朗とはあまりに力の差がありすぎて、恐怖すら感じる余裕が無かったのだ。
 ドライ達は警戒こそしていたにせよ、敵意は無かった。
 初音は、それが例え敵だとしても、一部を除き殺意など起こさない。
 そこにあるのは、象が蟻を踏み潰すがごとく、ただただ捕食する者としての余裕、それのみだ。
 しかし、目の前の少女は違う。
 アイと武、二人は年こそ離れていないように見えていても、片方は幾多の『ゆらぎ』との戦いを生き抜いてきた戦士。
 もう一人はつい先ほどまで平和な世界にいた学生。
 その差は歴然としていた。
「痛みは感じない。一瞬だから我慢して?」
 アイの口調に変化は無い。
 しかしその視線は、武が何を仕掛けようとも対処できる、そんな余裕に満ち溢れている。
 そして同時に、牙を向けるならば死を、という戦士の覇気も覗かせていた。
(怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い……)
 この世界に来て初めて感じた、恐怖という名の絶望。
 足はすくみ、己の意思で動かす事すらままならない。
「それじゃあ……」
 アイはロッドを振り上げる。
 武は恐怖のあまり、アイの姿から目をそらした。
 そんな武の視界に、一瞬だけ飛び込んできた一人の少女の身体。
 地面に力なく横たわる、綾峰慧、の姿が。
「くっ!」
 振り下ろされるロッドと、武が地面を転がるようにその身体を動かしたのはほぼ同時だった。
 バチバチと火花を上げ、振り下ろされた部分の地面が黒く焼き焦げる。
「抵抗は無意味。白銀武。貴方は私には勝てない、絶対に」
 しりもちをついたような体勢のまま、しかし武は不敵に笑う。
「どうかな? 俺ってやる時は結構やるぜ?」
 もう武の身体に震えは無い。
 その場に立ち上がると、服についた土をパンパンと払いながら、アイと向き合う。
「ありがとよ。おかげで色んな意味で決心がついた」
(気配が変わった?)
 アイは武の雰囲気が変わった事に気がつく。
「決心?」
「ああ、俺は……」
(俺が弱かったから、人が、仲間が死んじまった……)
 武の脳裏に二人の仲間の姿が思い浮かびあがる。
(決心つけた所で、俺の弱さは変わらない……)
 己の手で息を引き取った珠瀬の感触、己の手で地面に埋めた時のその感覚。
(だけど、あんな思いはもうたくさんだ……!)
 チラリと綾峰の方に目を向ける。
 武を守って、その身体に傷を受け、今もまだ地に伏せている少女。
(そういえば、『あいつ』は人を殺さない、なんて言っていたな。……だけど、俺は!)
 壮絶とも思えるような笑みを浮かべたまま、武はアイに向かって言葉を告げた。
「俺はもう、絶対に! 俺の『仲間』を殺させない! たとえ……」
 そう言って武は、背に掛けていた銃をその手に取った。
「俺がこの手を汚してでも!」
 悲しき決心をその胸にして。

【白銀 武 マブラヴ age ○ サブマシンガン (後、約一分十秒ほど撃てる) 招 目的:九朗を追う>仲間を守る】
【綾峰 慧 マブラヴ age ×(電撃によって気絶、目が覚めれば○) 弓 矢残り7本、ハンドガン 13発 狩 目的:九朗を追う>とりあえず、仲間と合流】
【アイ@魔法少女アイ(color) 鬼 状態:△(腹部に一時的なダメージ) 装備:ロッド】
【スタンス:面倒だけどそれなりに仕事はやる。隙があったらケルヴァン殺す】
【カモミール芹沢 @行殺!新撰組 (ライアーソフト)鬼 状態: ○ 装備:鉄扇】
【スタンス:中央で男の摘み食いでもしようかな〜。カモちゃん砲を取ってきて暴れるぞ〜+あの娘の○○が終わるまで待ってよーっと】

 満月の夜開始〜最中



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