博打、開始






霧、である。

本来ついぞ雨も降っておらず、また湿気勝ちでもないこの島においてここまで霧が立つ事は無い。
しかしその場に立ち込め視界を濁らせるそれは紛れも無く霧であった。
霧の森の中―――
そこに、甲冑を着込んだ一人の兵が立っていた。
彼に名は無い。あったとしても、それはこの物語には縁は無い。
何故、このような何も無い場所に一人の兵がぽつねんと立っているのか、何を護っているのか。
それは後に語る事としよう。
問題は、その兵に歩み寄ろうとしている三人の男女であった。

妙に露出の高いセーラー服状の衣服を纏った黒髪の少女。
その少女より更に小柄な、金色のツインテールを揺らすウェイトレス。
そして、素肌に上着だけを着込んだ筋肉質の男。

「……中央ってのはここかい?」
三人の内の男が軽い口調で兵に話しかける。
「……………」
兵は答えない。只鉄兜の下から警戒を込めた瞳で一行を見ているだけである。
つい、と彼の握る槍の先が男に向いた。
「おいおい、待ってくれって。俺達はアンタにとっちゃ味方の筈だぜ?」
無言の誰何に男がおどけたように手を振る。
「アンタ達のさっきの放送で、こっちに着いた方が帰れそうだと思ったから来たのさ。
 それともそんなヤツにまで喧嘩売るのが仕事だっての?」
「……お願いします、私達を仲間にしてくれませんか?」
男の言葉を引き継いだのはその背後に立つウェイトレスであった。
更に続いてウェイトレスの横に立つ少女が頼む。
「……………」
槍が上方に向き直り、兵がくるりと一行に背を向けた。
そのまま一瞥もせずにゆっくりと森の奥へ進んで行く。
「……ついてこい、って事だわね」
「さて、そんじゃ行くか」
男―――山本悪司は小さく呟くと兵の後を追った。
「早いトコ面倒事を終わらせて、とっとと帰らせてもらわねえとなぁ……」



ここで時間は二時間程戻る。

村落、一軒の民家。
6人の男女が車座で座っていた。
「……もう一度確認するわよ。この作戦、自分で提案しておいて何だけど……
 お世辞にも成功確率は高いとは言えないわ。一度潜入してからの連絡・バックアップは
 ほぼ不可能。一度内部で正体がバレてしまったら生還は絶望的……それでもする?」
銀髪黒衣の童女、モーラが正面に座る山本悪司に問う。
「だが、今の俺達にできる作戦としちゃあ一番期待できる作戦……だろ?」
それに視線を逸らす事無く、悪司は間髪入れず返答する。
逆に目を伏せつつ、申し訳なさそうに頷くモーラ。
「だったら迷う事はねえやな。早速やってもらえるかい?」
「ちょい待ち!」
だが、それを制したのはモーラの右に座る大空寺あゆであった。
「何だよ、大空寺」
「何だよじゃないさ! 大将のアンタがわざわざ行く事は無いでしょーが。
 ……ここはアタシが行くさ」

「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「……何でみんな黙り込むさ」
「ええっと、その……」
「お前が行ってもなぁ……」
言いよどむ鴉丸雪と、頭を掻く悪司。
「あ、あんですとー!? こちとらデカい屋敷で隠れたりするのには慣れっこさ!
 ……それにアンタみたいな大男がウロウロしてるより、アタシみたいな子が歩き回ってる方が
 まだ警戒されない筈さ」
「一理あるわね」
激昂するあゆの発言を肯定したのはモーラである。
悪司のように強力な力を持つ人物の場合、仮に潜入できたとしてもその人物が本当に
恭順しているか確証が得られるまで監視される可能性が高い。
その意味においては、あゆのような一般人の方が比較的自由に動き回れるのは事実だろう。
しばしの沈黙の後、悪司は諦めたようにため息をついた。
「わーったよ、お前も一緒に来な」
「……『も』?」
「俺は引っ込んでる気はねえって事さ」
「あんですとー!? アンタ、アタシが言ってる事全然分かってないじゃないさ!」
「俺が大将だってんなら、それこそ行かないワケにゃいかねえだろうが。
 それに……上手くすれば、アイツの情報も掴めるかもしれねえしな」
「………」
一瞬、ほんの一瞬だが悪司の目に殺意がゆらめくのをあゆは見逃さなかった。
『アイツ』―――言うまでもなく、加賀元子を死に追い込んだ『ランス』という男の事だ。
「……………分かったわよ」
これ以上何を言っても悪司の決意が揺らがないであろう事を悟り、あゆは渋々了承した。
「あ、あの……」
別の一方からおずおずと手が上がった。
魔法戦士スイートリップこと、七瀬凛々子である。
「私も……行かせてもらえませんか?」
「おいおい、アンタにまで大空寺のかんの虫が移ったか?」
「かんの虫って何さ!?」
「いえ、その……もし本当に結界が魔法によるものであれば、役に立てると思います。
 魔法については、多少ですけど知識はありますから」
「そりゃ確かに有難いけどよ……命の保証は無いんだぜ?」
「……承知の上です」
強い意思を込めた瞳で悪司を見る。
「ったく……ってワケで三人だ、モーラ」
こくりとモーラは頷いた。続けて悪司は先ほどから沈黙を保ったままの鴉丸羅喉に向き直る。
「羅喉、雪……後の事、頼まれてくれるかい?」
「仲間の結集……か」
「分かってるなら話は早えや」

そして数点の事項の確認があり、作戦の概要は決定した。

まずチームは二つに分かれる。

・中央潜入チーム
 (☆山本 悪司 ・大空寺 あゆ ・七瀬 凛々子)
・外部戦力集結チーム
 (☆鴉丸 羅喉 ・鴉丸 雪 ・モーラ)

まず全体で中央付近に移動。
悪司ら三人に一時的な記憶操作を施し、中央に向わせる。
ここで失敗した場合即座に全員撤退。成功した場合は鴉丸チームは撤収し、この民家を
拠点として反抗者の結集を計る。
悪司チームの帰還リミットは状況開始から三十六時間後とする。
もしそれまでに帰還しなかった場合、本作戦は失敗したものとして再度結界塔の捜索、破壊案を模索する。
内部での情報収集法等は現場の判断とする。
(「要するにいきあたりばったりって事ね」あゆ談)

「……ってなトコか。何か質問は?」
場を見まわす悪司に、あゆが手を挙げた。
「どした、大空寺?」
「いや、水を差すみたいで悪いけどさ……中央ってドコさ?」
「そりゃお前……」
……………。
…………。
………。
……。
…。

人差し指を立てた状態で、悪司はたっぷり数十秒硬直し―――

「……どこだ?」
困ったように顎に手を当てた。
「ア……」
拳を握り締め、肩を震わせ、
「アホかあぁぁぁぁッ!!」
あゆは周囲を考えない大声で怒鳴りつけた。
「アンタ何処行くのか全く知らないクセにカッコつけてるんじゃないさ!」
「そう怒るなよ……ま、『中央』ってんだから島の真ん中に行けばいいんじゃねえか?」
「そう簡単ではないわ」
呆れたようにため息をつき、モーラが説明する。
「中央の結界は、それが結界である事自体に気付かれないよう巧みに偽装されている。
 ……ここにいる人の何人かは既に『中央』を通過した事はあるはずよ」
「おいおい、そんじゃどうやって探すんだよ?」
「ある程度の目処は付いているわ。悪司、丘から島を見た時に妙に霧の濃い部分が無かった?」
「言われてみれば……何かあったな」
「おそらくはその一帯……とりあえずその付近にまで移動しましょう。
 そこで貴方達に催眠を施して、私達は離れるわ」
「細部のナビゲートはどうするんですか?」
別の質問を発したのは凛々子である。
「結界は魔法に拠るものだから、多少なりとも魔術を齧った事があるなら違和感を感じると思う。
 それに……さっきの放送を聞いた人間を案内する為に、おそらくその近辺に案内役を用意していると予測されるわ。
 そうでなければ、放送した事そのものが無意味になるから」
「なるほどな……他には何かあるかい?」
再度場を見回す悪司、今度は一同共に頷き返す。
「よし、そんじゃ始めるか……デカい博打をよ」
不敵な笑みが、悪司の頬に浮かんだ。

「……上手くいくでしょうか」
悪司達のその遥か数百m後方の草むらに、羅喉達三人はいた。
雪が不安そうに言う。
「上手くいったらご喝采……って所ね。今歩き始めたわ」
悪司達の動きを観察しつつ、モーラが答えた。
常人ならば到底確認不可能な距離である。だが、彼女にはまるで目の前の出来事のように
写っているようであった。
モーラの視線の彼方の三人が、ゆっくりと霧の中奥へ向かい―――
「!!」
―――消えた。
「……成功よ。おそらくは」
安堵のため息がモーラの口から漏れる。
「あとは悪司達次第……か。ならば、我々は我々の仕事をせねばな」
同様に草むらに身を隠していた羅喉も立ち上がった。
「そうね……少しでも戦力を集結させないと」
モーラもそう言いつつ立ち上がり、雪を促す。
「(決着を着けるまで死ぬでないぞ……悪司)」
最後に中央要塞の方角を見つめ、羅喉は歩き出した。

ぱちん!

「……っとと」
「……あれ?」
「……ふぅ」
三人の意識を取り戻したのは、凛々子の拍手だった。
「何とか上手くいったみたいですね……」
彼女にのみ、モーラは二重催眠を掛けていた。
『霧を抜けると、手を叩きたくなる』という内容の催眠である。
無論、これが記憶操作の解除キーだったわけだ。
ふと見れば、先程まで悪司達を先導していた兵は何時の間にやら消えていた。
新たな来客を迎えるため、再び持ち場に戻ったのかもしれない。
「まずは第一段階成功……ここからが大変だぜ。
 大空寺、七瀬、言葉には十分気をつけろよ。俺達は……」
「……ヴィルヘルムってのの言葉を信じて、この世界から抜け出す為に協力を考えてる」
「そして、反抗の意思は全く無い……ですね」
「そういうこった……行くぜ」
歩調を変える事無く悪司は言うと、そのまま内部へと進んでゆく。
「お〜〜〜……」
悪司は思わず声をあげた。
外側からでもその内部の広さは十分想像できたが、改めて中に入るとその大きさに改めて驚かされる。
悪司達がいるのは中庭のようだが、実に戦車が十数台入るくらいのスペースは軽くあるだろう。
だが、今のこの場所は恐ろしく閑散としていた。
少し先にある城―――おそらくあれが本殿なのだろう―――までの空間にいるのは
悪司達だけのようであった。
「……誰もいないってのも変だわね」
そう言いつつ、あゆはキョロキョロと周囲を見回した。
右を見る。
誰もいない。
一回正面に向き直って左を見る。
誰もいない。
再び正面を見る。
「ん?」
違和感。
上を見る―――
「な!?」
次の瞬間、三人の目の前には一人の女が文字通り『降り立って』いた。
「たっだいま〜〜〜♪ ……って、あれ?」
そこで初めて気がついたのか、一行に顔を向ける女。

「あ―――」
あゆの口から声が漏れる。

「あ―――」
女の方も、一行を見て声を上げる。

「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

「あ――――――――――――――――――――――――ッ!?」


  『『さっきの変態痴女(ウェイトレス)!?』』


豊満な体に申し訳程度のレオタード、そして角と尻尾。
小脇に一人の少女を抱えた女悪魔・カレラは驚いた表情であゆと顔を見合わせた。

【鴉丸羅喉@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 狩 状態○(ほぼ回復) 所持品:なし
 行動目的:雪を護りぬく・戦力集結】
【鴉丸雪@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 招 状態○ 所持品:なし 行動目的:兄についていく】
【モーラ@ヴェドゴニア(招)状態:○(腹部ダメージは完全に再生) 装備:巨大ハンマー】


【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り)
 所持品:グレイブ 行動目的:敵本拠の捜査】
【山本悪司 大悪司 アリスソフト ○(ほぼ回復) なし 招 
行動目的:ランス(名前、顔は知らない)を追う・本拠の捜査】
【大空寺あゆ@君が望む永遠(招)状態:○ 装備:スチール製盆 行動目的:敵本拠の捜査】

【カレラ@VIPER-V6・GTR(ソニア) 鬼?招?(その場の気分次第) 状態○ 所持品:媚薬(残り1回分)】
【ライセン@ママトト(アリスソフト) 狩 状態×(気絶 媚薬効果あり) 所持品:なし】



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