戦い、そして静寂






二つの人影が、岸壁の傍にある大岩に腰掛けているのが見える。
 白銀武、綾峰慧、その二人だ。
 榊千鶴の遺体は、九朗の足取りを掴めなくなった時から数時間ほどを使って、森の中の地面に埋葬した。
 埋葬といっても、遺体が入りきるほどの穴を作れるほどの道具は無く、自然に出来た人の身体が入りきるほど広い穴に千鶴を寝かせ、
 そこに拾ってきた落ち葉や枯れ枝、それに柔らかく手でもすくえるような土を被せ、道端に転がっていた大き目の石を、その土の上に載せて墓石の代わりにしただけだ。
 穴を掘るなどの時間は使わなかったので、それほど時間は掛からなかった。
 出来上がったものはお世辞にも良く出来ているとは言えず、一生懸命毎日を過ごしていた榊千鶴という少女の墓としては、
およそ似つかわしくないものとなっていた。
『白銀君! ちゃんと勉強しなくちゃ……』
 二人はその前に立ち手を合わせてから、何処かで見た外国の映画のように、綾峰の持つハンドガンの弾を一度だけ、空に向けて撃つ。
 乾いた音が辺りに響くと、二人はまた黙祷を捧げる。
 やがて黙祷が終わり、二人がまた九朗を見失った岸壁に戻ってくるまでの間。
 そして崖の前に来てからも、彼等は未だに口を開こうとせず、また涙を見せる事も無かった。
『綾峰さん! あなたっていう人は……』
 呆れたように、あるいは怒りを表情に走らせながら、何度も自分と、綾峰と口論をしていた少女はもういない。
 綾峰の表情は無い、別の人間が見てもいつもと変わらぬように見えただろう。
 しかしその内心は、彼女にしか判らない。
『私はこの学校のラクロス部を絶対に強くしてみせるから!』
 そう言っていた彼女の遺言すら聞けず、彼女はこの世を去っていった。
 彼女を思い出しているのか、または別の理由からなのか。
 二人は岩の上に座り、それきり動かぬままに、ただ時間のみが過ぎ去っていった。

  「白銀」
 その長い静寂の時間を破ったものは、綾峰の口から紡ぎだされた。
 まるで己に語りかけるような口調だったので、武は最初、自分の名が呼ばれたという事に気がつかなかったが、
 自分の事だと気づくと、しばらく呆けた表情を浮かべてから、ようやく綾峰の方へその顔を向ける。
「ん。何だ?」
「もう、行こう……?」
 綾峰がそうボソリと呟くと、武は自嘲的な笑みを浮かべながら言葉を返す。
 その言葉を聞いて、武が嗤う。
「行くってどこへ? 大十字の奴はどこかに行っちまった。俺等の先輩達もいなくなっていた。
 誰が委員長を殺したのか判らない、俺達がこの先どこへ行けばいいかも判らない。
 それとも、尊人ん所に戻るか? 大十字は殺せなかったし、タマの仇は取れなかった。しかも委員長は殺されました、そう言いながらさ」
「白銀、止めて」
 はっきりとした非難の口調で綾峰がそう告げると、武は「悪い」と呟き、そしてまた静寂が訪れた。
『武さん!』
 仲間の死、というものがまた繰り返された。
 それまでは自分達の身に降りかかる信じられない出来事の為に、考える事が出来なかった、珠瀬壬姫という少女との思い出。
『フ、フォォォォォォ!』
 誰とでも打ち解ける明るさ、そして優しさを持っていた少女は、事あるごとにその個性的な仲間達の緩衝材となっていた少女。
 彼女は弓を子供の頃から続け、しかし上がり症故に大会ではいい成績を残せなかった。
『いつか私は、この弓でお父さんに認めてもらいたい、力になってあげたい』
 その願いを受け、武も時間があれば彼女の練習を見てやっていたりもした。
 武達は知らない。
 その優しさ故に、彼女は悪鬼の手によって殺された事を。
 それを知らない武は、また、千鶴を殺してしまったという責を背負ってしまった武は。
 いつしかこんな事を考えるようになっていた。
「力が、欲しい……」
「え?」
 武の微かな呟きに綾峰が反応し、怪訝な顔を向ける。
「俺が強ければ、タマは死ななかった。タマが死ななきゃ、ここに来る事は無かったんだから、委員長も死ぬ事なんて無かったんだ」
「白銀、それは違……」
「違わない!」
 綾峰の言葉を大声で叫ぶ事で打ち消し、そして言葉を続ける。
「俺の目の前で死んだんだぞ? この腕の中でタマは……。委員長は俺の判断で殺しちまったようなもんだ。
 俺に力があれば、タマが襲われる前に、襲っていた奴を倒せたかもしれない。俺に力があれば、委員長だって、お前と一緒に……、大十字を俺一人で追っていればこんな事にはならなかった!」
 或いは、それは事実かもしれない。
 自虐の混じった強引な論理、しかし聡い綾峰は、その言葉に納得する自分もいる事に気がついていた。
 助けられたかもしれない。
 もう戻る事が無い、しかしもしかしたらありえたかもしれない現実。
 だから、綾峰は、一言だけポツリと呟いた。
「それは、私も同じ……。私に力があれば、二人が死ぬ事も無かった」
「あ、やみね……」
 そう呟き、二人の元にまた静寂が訪れる。
 自分の心に、背負った責任の重さ故に、二人はすぐには気がつかなかった。
 傾いていたとはいえ、まだ日が昇っているはずの時間だというのに、辺りが薄暗くなり始めている事に。
 空には太陽の代わりに、うっすらと光る満月が昇っていた事に。

 しばらくして二人はその異常に気がつく。
 そして、それを見た白銀武は立ち上がると、大声で叫んだのだった。
「この世界はっ! 一体何なんだってんだよっ!」
 と。
 しかし、武が叫ぶ事で、この世界に何らかの影響を与える訳も無く。
 武は、ただひたすらに己が小ささを嘆くのだった。

【白銀 武 マブラヴ age ○ サブマシンガン (後、約一分十秒ほど撃てる) 招 目的:九朗を追う>見失い、どうすればいいか判らない】
【綾峰 慧 マブラヴ age ○ 弓 矢残り7本、ハンドガン 13発 狩 目的:九朗を追う>見失い、どうすればいいか判らない 】
時間経過 「強者の賭け、弱者の過ち」後から、「満月の夜」開始まで



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