守ったもの、守れなかったもの
「玲二、さっきのは正直感心しないよ。何もあそこまでしなくてもいいじゃない」
沙乃の非難に、玲二はバツの悪そうな顔を見せる。
「すまない…だけど、あいつらには我慢できなかったんだ」
あの双子の姉妹は、玲二の琴線に触れてしまった。
やり過ぎたと反省はしているが、罰を与えたことに後悔はしていない。
「もっと自制できるように気を付けるさ。この状況じゃ、命取りにもなりかねないしな」
「うん、頼んだよ? これでも結構玲二のこと、頼りにしてるんだからさ」
傍目には子供にしか見えない沙乃に諭されるような形になり、玲二は苦笑した。
道なき道を三人の男女が歩いていた。
「む…止まれ、鎧衣、鑑」
先頭を歩く御剣冥夜は、前方を見据え、後続の友人二人を制する。
「ど、どうしたの? 御剣さん」
真ん中の鑑純夏が声を上げる。
「二十四時間営業店がある」
「え?」
「何? どうしたの?」
殿を務めていた鎧衣尊人が前に出てくる。
そして、冥夜の指し示す方を見て絶句した。
「コンビニだ」
「何でこんなところに?」
他に何の建造物も無い場所で、ぽつんと一軒だけ佇むコンビニエンスストア。
今まで異常な光景は何度か目にしてきたが、それだけに馴染みのある建物が一軒だけというのは、さらに異常に見えた。
「まさか…あの『蹴る番』とやらが言っていた『現れたモノ』とは、これのことでは!?」
「…それはないと思うよ」
尊人は、いつものナチュラルボケにつっこみを入れると、
「とにかく、行ってみようよ。食べ物や飲み物が手に入るかもしれない」
二人を促してコンビニへと近づいていった。
「女の子が倒れてる!?」
開口一番、コンビニを覗き込んだ尊人は声を上げた。
その声を皮切りに、弾かれたように三人は中に入り、気を失っている鳳姉妹に駆け寄る。
壬姫の死が思い起こされる。最悪の状況が三人の脳裏に浮かんだ。
「こ、これは…」
三人はその惨状を見て…
「…ドカ食い?」
首をかしげた。
辺りに散らばる、おびただしい数の食料品の袋や容器。
その中に、二人の幼い少女が倒れ伏してうんうん唸っている。
「この者達、よほど空腹だったのだろうな」
気を失うほどに物を食べた経験のない冥夜には、二人の苦しみは想像することしかできない。
と、容器を片づけようとしていた純夏が絶望的な声を上げた。
「大変! これ消費期限が昭和よ!!」
「な、なんだってー!」
驚いた尊人が他の容器を手に取る。
「本当だ…。これも、これもだいぶ前に期限切れになってる!」
「なんということだ…。くっ、我等がもう少し早く辿り着いてさえいれば…!」
無念の表情で歯噛みする。
「あ…でもちゃんと胃腸薬は用意してるのね」
「おそらく、解毒する暇もなく倒れたのだろう…無念だ」
「…解毒…?」
「だが、まだ遅くはあるまい。鎧衣、コップに水を持て!」
棚に陳列されていた、猫さんプリントのマグカップを掲げて冥夜はのたまった。
幸いにも水道は生きていた。
何とか鳳姉妹を起こした三人は、姉妹に胃腸薬を飲ませて一息つかせる。
無論、二人ともトイレに駆け込んだ後ではあったが。
「あ、ありがとう。お姉ちゃん、お兄ちゃん」
礼を言う姉妹に三人は笑顔を見せる。
「怖いお兄ちゃんが来て、殺すって脅かされたの」
「それで、古い食べ物を無理矢理食べさせられて…」
だが、次のこの言葉に緊張した面持ちになった。
「そう、怖かったね」
純夏が二人の頭を撫でる。
「しかし、そうするとまだその者が近くにいるかもしれぬな。
私が辺りを見てこよう」
冥夜は気を引き締めると、愛刀を手に出口へと向かう。
その背中に、尊人が声をかける。
「待って、僕が行くよ」
「…鎧衣」
「女の子にそんな危険なことさせられないよ。
武も、こんな時のために僕をこっちにしたんだと思う」
尊人のその言葉と覚悟に、冥夜は一瞬頷きかけたが、かぶりを振ってその申し出を断った。
「いや、すまないがやはり私が行こう。
もし、その男がまだ近くにいたとしたら、最悪の場合戦いになる。
鎧衣はここで皆を守っていてくれ」
「けど……うん、わかったよ。それは任せて」
戦闘力という点で言えば、尊人は冥夜に遥かに及ばない。
だから冥夜の判断の方が正しいのだろう。
(だけど、武はこっちを僕に任せたんだ。二人は僕が守らなきゃいけないのに…)
それができない無力さが恨めしい。
(強く…なりたい)
「お姉ちゃん、怖いお兄ちゃんは裏の方に行ったみたいなの。そっちを探してみて」
「裏だな、承知」
冥夜は姉妹の言葉に頷くと、用心しながらコンビニの裏手へと向かう。
「大丈夫かな、御剣さん…」
見送る者達の顔には、別々の表情が浮かんでいた。
二人の顔には不安と心配、もう二人の顔には笑みが。
(見たところ、誰もいないようだが…)
注意深く辺りを観察しながら冥夜は歩を進める。
と、
「お姉ちゃーん」
後ろから声が掛かる。
見ると、コンビニ裏のスタッフルームと思われる窓から、双子の片割れがこちらを見ていた。
(そういえば勝手口から出ることもできたな)
うっかり失念していた。
「お姉ちゃん、もっと右。そっちに誰かいた!」
「なに!?」
あわてて振り向くが、誰もいない。
「もっと向こう。木の影!」
野原の向こうに、まばらに木が生えている。
(あそこか? …皆で逃げるか…いや、後を着けられたら面倒なことになる)
ここでケリを着けることに決める。
いつでも抜刀できるように構えると、冥夜はじりじりとそちらへ向かって移動し始めた。
「誰かいたの?」
「う、うん。お姉ちゃんがやっつけに行ってるよ」
声を聞いてスタッフルームにやって来た純夏と尊人に、鳳なおみはあわてた様子で答える。
純夏と尊人は窓まで行き、外を見た。
「…僕達も銃を出しておいた方がいいかもね」
「えっ、でも…」
純夏はためらうが、尊人はさらに言葉を続ける。
「当てなくてもいいんだ。相手を脅かすだけでも十分援護になるよ」
「…うん」
渋々と純夏が銃を出した時…、破裂音が辺りに響きわたった。
冥夜は確かにこのメンバーの中では戦闘力に秀でていた。
それゆえ、戦闘を見越して尊人の提案を断り、冥夜自身が出てきたわけだが、その判断は結果的に間違いだった。
もしも、出てきていたのが尊人ならば。
幼い頃から、冒険家の父に連れられて世界各地を回っていた尊人ならば。
その豊富な知識と経験から、事前に『それ』を発見できたかもしれない。
いや、判断ミスというならば、無条件で双子を信用してしまったこと自体が致命的なミスだったのだ。
そして、足元で鳴る破裂音を、冥夜は聞いた。
「なっ…」
その一言の余韻さえ消え去らぬまま。
冥夜の体は、撃ち出された数百発のボールベアリングによって、ズタズタに引き裂かれていた。
「御剣さん!」
「やった!」
純夏となおみが同時に声を上げる。
声すら出なかった尊人は、そのなおみの言葉に思わず振り返る。
(やった、だって!?)
そして尊人は見る。
部屋の入り口まで移動していたなおみと、その隣のあかねの手に、銃が構えられていた。
とたんに、なおみの銃が火を噴く。
「うわあっ!」
「きゃあぁっ!」
身を縮めて悲鳴を上げるが、3点バーストで放たれた銃弾は当たらず、壁と天井にめり込んだだけだった。
撃ったなおみも反動に耐えられず、後方にひっくり返っている。
「なおみ!」
「う、うわあああああ!!」
今度はあかねと尊人の声が同時に上がる。
恐慌状態に陥った尊人は、そばの机にあった電卓やリモコンなどを手当たり次第に投げつける。
そのうちの一つが、あかねの額に当たった。
「ぎゃ!」
短い悲鳴を残してあかねは昏倒した。
同時に、投げられるものが底をつく。
なおみが起き上がる。
純夏は銃を持ったまま、壁を背にしてその場にへたりこんでいた。
事態を理解したのか、歯の根がガチガチと鳴っている。
「う〜、次は外さないんだから」
言いながら、銃のセレクターを下げてセミオートに切り替える。
無邪気なその顔が、今は悪鬼羅刹に見える。
「た、たけ…る…ちゃ……」
死を目前にし、涙をぼろぼろと零しながら、純夏は幼馴染に助けを求める。
だが、その声で尊人は我に返った。
(武! そうだよ、僕が守らなくちゃいけないんじゃないか!)
冥夜は守れなかった。だが、純夏はまだ守れる場所にいる。
「死んで!」
銃口が純夏に向けられる。
純夏が息を呑んで硬直する。
――ガァン!
銃声が響いた。
放たれた銃弾は、今度は確実に肉をえぐった。
純夏、ではない。とっさに純夏に覆いかぶさった尊人の左肩をえぐる。
「う…」
痛みに耐え、尊人は純夏の手からハンドガンをむしり取った。
そして、
「うあああああああああああああ!!!」
ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!―――
全弾撃ちつくし、それでもなおトリガーを引き……気が付いた時には、なおみの体は仰向けに倒れ、ビクビクと痙攣していた。
だがそれもやがて、ごぶっと口から血を吐き出し、全く動かなくなる。
その顔は愕然とした表情のまま硬直し、額と胸に穴が開いていた。
(まも…れた…?)
純夏を見ると、すでに気を失っていた。
ほとんど密着している状態なので、吐息が直に感じられる。
(生きてる…。たける、僕…守ったよ…)
安堵し、肩の激痛から逃れるように、尊人もまた気を失った。
「くそっ、遅かったか」
地雷の破裂音を聞いた玲二と沙乃が戻ってきたのは、全てが終わった後だった。
コンビニ内には血臭が充満し、血溜まりの中に双子が倒れている。
(あの時、情けなんかかけなければ!)
すぐそこで見た死体。
男か女かすら判別できないほど、ぼろぼろになったその姿を思い起こす。
間接的に自分が殺したようなものだ。
(すまない)
心の中で犠牲者の冥福を祈る。
「玲二、こっちの二人は生きてるよ!」
「本当か!」
絶望の中の一筋の光明だ。
壁際に倒れている純夏と尊人を、二人で担ぎ出す。
どう見ても学生だ。
自分達のような戦いに生きる者ではない。平和な世界に生きるべき者達だ。
「目覚めた時、こんな光景を見せるわけにはいかないな…とにかく運ぼう」
「わかった」
そして二人はそれぞれ一人づつを担ぎ上げ、その場を立ち去った。
双子の片割れ、鳳あかねは生きているということに気付かずに。
【鑑 純夏 マブラヴ age 状態 ×(気絶)持ち物 なし 狩】
【鎧衣 尊人 マブラヴ age 状態 ×(気絶 左肩に銃創) 持ち物 ハンドガン2丁 装填数 20発と0発 狩】
【吾妻玲二 ファントム・オブ・インフェルノ ニトロプラス 状 ○ S&W(残弾数不明) 狩 】
【原田沙乃 行殺!新撰組 ライアーソフト状 ○ 十文字槍 鬼(現在は狩) 】
(食料・医薬品等補給済)
【鳳あかね@零式(アリスソフト) 状態 ×(気絶) 持ち物 クレイモア地雷x1 プラスチック爆弾 AK47 狩?招?】
【御剣 冥夜 マブラヴ age 状態 死亡】
【鳳なおみ@零式(アリスソフト) 状態 死亡】
【全体放送〜満月の夜 153話「もったいないオバケの逆襲」以後】
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