死神と亡霊が出会う瞬間
――ザアッ
風が吹き、木々の葉ずれの音が大きくなる。
(いいかげん、髪伸びてきたな)
顔に掛かってきた髪を直しながら、空を見上げた吾妻玲二の目に、森の中から飛翔する影が映った。
「…人?」
その呟きに、隣を歩いていた原田沙乃も空を見上げる。
一瞬後、その目が真ん丸に見開かれた。
「玲二、未来では人って空飛べるようになったの?」
「そんなわけあるか」
「…だよねぇ」
だが、二人が見たのは間違いなく人影だ。
遠めだが、どうも誰かが誰かを抱えて飛んで行ったように見える。
「でも、私達が召還された中央要塞になら、いてもおかしくないかな」
地獄から死人を召還するような者がいるところだ。
空を飛べる者くらい、いそうな気がする。
「ということは、今のは魔力保持者が中央に連れて行かれるところだったかもしれないのか」
抱えられていた人物の顔までは判別できなかったが…
(エレンじゃ、ないよな…?)
そう簡単にエレンが捕まるとは思えない。
だが、芽生えた不安は玲二の心を大きく波打たせる。
(…いけない、落ち着け。揺れるな。心を平静に保て)
暗殺者としてエレンに教わったことだ。
さっきのコンビニの時のような醜態は見せるな。
吾妻玲二ではなく、ファントムとしての自分を呼び起こす。
生き残り、エレンと再会する為に。最善の行動を取捨選択する為に。
「行ってみよう。誰かがいれば、今より事態の進展はあるはずだ」
同じ境遇の者なら手を組めるかもしれない。中央の者なら倒して情報を聞き出し、場合によっては…殺すまでだ。
辿り着いたその場所で、ミュラとリックはしばし立ち尽くす。
そこには、もう誰の姿もなかった。
ただ、争った形跡だけが残されていた。
踏み荒らされた地面、散らばる何かの破片、そして――ライセンの、戦斧。
「――くそっ!」
ダンッと、リックが木の幹に拳を叩きつける。
奥歯を噛み締める音を、隣にいるミュラは聞いた。
(俺は…一体何をやってるんだ!!)
ナナス、アーヴィとはぐれ、シェンナ、ヒーローを失い、今またライセンを連れ去られた。
ママトト最強を謳われながらも、自分は誰一人守れていない。
ランスとの戦闘もそうだ。奴が野心家でなければ、ミュラだって奴の餌食にされていた。
コンッと、リックの頭に軽い衝撃がぶつかる。
「なっ?」
ミュラが軽く握った拳を下ろすのが見えた。そのまま深くため息をつく。
「リック、アンタちょっと背負いすぎよ。
ナナス達の事はリックの責任じゃないし、私達は自分の身は自分で守るのが当然だわ。
何でもかんでも自分のせいにするんじゃないの」
半眼でリックを見ながらそう言う。
そして戦斧を拾い上げると、受け取れというようにリックに差し出す。
「連れ去られたのなら、ライセンは生きているわ。殺す気だったら、ここで殺しているはず。
だったら、私達の手で助け出せばいいだけの話よ」
リックは、しばしあっけにとられたような顔をしていたが、
「……ああ、ミュラの言う通りだな」
言って、戦斧を受け取った。
使い慣れない武器ではあるが、リックの膂力なら苦もなく自由に振り回せる。
(代わりの剣を手に入れるまで、使わせてもらうぞ。ライセン)
その後、二人は周囲の地面を調べたが、逃走の形跡は見つからなかった。
「…どっちに行ったのか、これじゃわからないわね」
ミュラがぼやく。
二人とも、サバイバル技術に長けている訳ではない。
足跡の追跡など、出来ようはずもなかった。
もっとも、追跡技術を習得している者がいたとしても、今回は全くの無駄なのだが。
「それはそうと、ミュラ…何で俺の考えてることが分かったんだ?」
先ほどのミュラの指摘は完全に的を射ていた。
あれで幾分気が楽になり、冷静さを取り戻すことが出来たわけだが、リックにはそれが不思議だった。
「あのね、一体何年来の付き合いになると思ってんのよ?」
呆れたようにミュラはリックを見る。
「…十…何年くらい、か?」
「それだけ一緒にいれば分かるようにもなるわよ。そうでなくても、アンタ顔に出やすいしね」
そんなものなのかとリックは思う。
自分はそんなに的確にミュラの考えを読めたりはしないのだが。
「…悪いな、さっきは。正直言って、気分的に助かった」
「何わざわざお礼言ってんのよ、おっかしいなぁ」
ミュラは苦笑しつつ答える。
(まぁ、アンタが先にテンパってくれるから、かえって冷静に抑え役に回れるんだけどね)
ミュラとて、敵と自分の双方に煮えくり返る気持ちはあるのだ。
だが、二人ともが冷静さを失うわけにはいかないだけだ。
(待ってなよ、ナナス、アーヴィ、ライセン…必ず見つけ出してあげるからね)
リックに気付かれぬよう、ミュラは強く拳を握り締めた。
「…どうだ? 沙乃」
「二人とも知らない人だよ。多分、召還された側だと思う」
「よし、接触するぞ」
「あたしだって、中央の全員を知ってるわけじゃないんだからね。油断しちゃ駄目だよ」
「わかってる」
玲二と沙乃は、隠れていた茂みから出て、ミュラとリックの前に姿を現す。
「…何者だ!?」
リックが戦斧を油断なく構え、言葉を発する。
「怪しい者じゃない。少し話をしたいだけだ」
玲二は、敵意がないことを示すように、両手を前に掲げて話す。
(お互い初対面だ。中央の者でないなら、いきなり戦闘になるなんてことはないと願いたいな)
そう思いながら。
確かに初対面だ。お互い、相手のことは何も知らない――はずだった。
だが、ミュラは知っていた。
沙乃が身に着けている浅葱色の羽織が、武器庫で戦った女の物と同じであることを。
【吾妻玲二@ファントム・オブ・インフェルノ(ニトロプラス) 狩 状態○ 所持品:S&W(残弾数不明)】
【原田沙乃@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼(現在は狩) 状態○ 所持品:十文字槍 食料・医薬品等】
【ミュラ@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:長剣 地図】
【リック@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:戦斧】
【『もったいないオバケの逆襲』後&『悪魔と娼婦と』直後】
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