Going my way






全力で森の中を走り続ける。
先程から何度か後方を確認しているがあの女が追ってくる気配はない。
(とは言っても念の為もう少し距離を置いた方がいいわね)
アイを追うのはあきらめたようだが、ある程度離れないと鉢合わせる危険がある。
もう少し走ったら休もう、腹部からの鈍い痛みに顔をしかめながらそう思った矢先の事だった。
(誰かいる…!?)
少し前方に人の気配がする。
まさか先程の女に先回りされたのだろうか?
咄嗟にロッドを構えながらもこのまま引き返えそうかと思案する。
しかし意に反して脳裏には秋俊の顔が浮かぶ。
(そうだった…私がやらないと秋俊が…)
敵前逃亡などしたらその瞬間に秋俊に害が及ぶ可能性だってある。
それくらい平気であのケルヴァンという男はやるだろう。
いずれ隙を見つけて始末したい所ではあるが、アイに対してはケルヴァンも警戒しており全く隙が見当たらない。
いっそのことあの女を中央まで誘い出してケルヴァンに隙ができるのを待ってみるのもいいかもしれない。
アイを先回りしていたという事は不意をついても大した効果は望めないだろう。
(でもこの場合は…都合がいい)
軽く仕掛けて後は中央に向かって走れば向こうは勝手に付いてくる。
中央に数だけは多い雑兵ではあの女は止められない。
余程腕の立つ人物か、上手くいけばケルヴァン自身を誘い出せるかもしれない。
中央襲撃の混乱に乗じてケルヴァンを殺す……
穴だらけな上、大雑把過ぎな計画だが他の機会を待つ程の忍耐力はアイには残っていなかった。
(こんなバカらしい事…いつまでもやってられない)


「大した傷ではなかったのが幸いか…」
歳江は悪司との戦闘で負った傷の程度を確認していた。
芹沢達とも間も無く合流できるだろう。
自身の傷の程度を確認すると、次は木にもたれかかって休んでいる勇子の様子を確認する。
「大丈夫か、勇子」
「うん、まともに頭に食らって少しくらっと来ちゃっただけだから…」
そうかと言い歳江は周りの警戒を始める。
「そう言えば歳江ちゃん、あの人となんか話してなかった?」
ゆっくり立ち上がりながら勇子は問いかける。
(あの人…山本悪司の事か)
勇子には二人の会話は聞こえていなかったのだろう。

『だがよ、できればトコに似たお前には死んで欲しくねえかな』

(戯言だ…惑わされるな…敵であれば斬るだけ。私に他に道があるわけがない)
勇子の顔を今一度確認する。
(そうだ──我等は修羅に生きると決めたのだ)
「やっぱりなんかあったの?話しづらい事なら無理には聞かないけど…」
沈黙に耐えかねた勇子の方から口を開く。
「…いや、何もなかった。二、三戯言を言われただけだ」
「気にしてないならいいけど…」
勇子は腑に落ちないと言いたげな顔をしているがそれ以上は何も言わなかった。
(付き合いが長いのも考えものだな)
歳江は心の中で苦笑する。
「勇子」
「何?」
歳江が話してくれる気になったのだと思ったのか笑顔で答える。
「次は…不覚を取るわけにはいかんぞ。あの男…山本悪司を必ず討つ!」
勇子は一瞬寂しげな表情を浮かべた後
「そうだね…新撰組の実力を見せないとね」
局長としての顔──厳しい表情に変わったのだった。


「やっぱり山登りは団体行動した方がよかったのかもしれないわねぇ」
鈴音は芹沢の言葉の意味が解らず頭に疑問符を浮かべる。
芹沢は鈴音の疑問に気付かず喋り続ける。
「勇さんもちょっとぼけた所があると思ってたけど山で遭難する程とはね〜」
「さすがにそれは……確かにないとは言い切れませんけど。またあの男に遭遇して撤退したっていう方が余程説得力がありますよ」
鈴音の言う『あの男』とは鴉丸羅喉の事である。
四人全員で当たっても歯が立たなかった程の強敵。
武器すら持たない素手の男一人に負けたというのは新撰組に取って大きな汚点である。
「ああ、結構いい男だったんだけどね〜。ガード固そうだし、あまつさえ排除対象だし困ったもんよね」
……もっとも新撰組の中でも負けた事を気に止めてない人物もいるようだが。
「私以外の前でそんな事言ったらどうなっても知りませんよ…」
「鈴音ちゃんだから言うのよ〜。特に歳江ちゃんのうるさい事と言ったら……ありゃ?」
芹沢が言葉を途中で止めて合流地点の方を凝視する。
釣られて鈴音も勇子達が居るはずの方向を向いて……
「この声は…喧嘩ですかね」
「歳江ちゃんの声と…もう片方には聞き覚えないわねぇ。大事になってなければいいけど」
芹沢と鈴音は駆け出した。


「一体何の真似だ!貴様、返答次第では只では置かんぞ!」
「歳江ちゃん少し落ち着いて…」
突然襲い掛かって来たアイの攻撃をかろうじて受け止めた歳江は、今にもアイに斬りかかりそうな剣幕である。
「反乱者と間違えた。さっきから言ってるでしょう」
相対するアイの方はまともに取り合う気はないようだ。
その態度が更に歳江の神経を逆撫でする。
「確認もせずにいきなり斬りかかって来ておいて間違えた、だと…!?」
「歳江ちゃん落ち着いてよ…同士討ちなんて馬鹿みたいな真似やめようよ」
勇子が居なければとっくの昔にアイと歳江は死闘を繰り広げているだろう。
しかし残念ながらこの場で平和的な解決方法を望んでいるのは勇子だけであった。
「同士…あなた達と私が味方同士という事?くだらない…あなた達みたいな狂信者と一緒にして欲しくない」
その時、歳江の心の片隅で効いていた抑えが完全に切れた。
「勇子、離せ。この女は我々を馬鹿にした…この場で斬り捨ててやる!」
「出来るのならやってみれば?群れなかったら何も出来ない癖に」

「思慮の足りないお前のような奴の行動が我々の目的を崩壊させるのだ!
ケルヴァン殿に取っても我等さえ居れば事足りるのだ。お前の力など最早必要ない!」
そう言うや歳江はアイに斬りかかる。

「真っ直ぐ突っ込んでくるだけ…馬鹿の一つ覚え」
アイが歳江に手を突き出し精神を集中する。
「死んで」

歳江の刀が振られるのとアイの魔法が発動するのは同時。

そして歳江が刀を止めるのとアイが魔法の発動を止めるのも同時であった。

「私を殺したいんじゃなかったの?」
「お前こそ我々の敵ではなかったのか?」
歳江の刀はあと数ミリでアイの首に達する所で、アイの魔法の照準は歳江の心臓に定められたまま停止している。
「歳江ちゃんは血の気が多いわねぇ」
「仮にも同士なんですから…味方同士争うのはやめにしましょうよ」
鈴音の刀がアイの首筋に、芹沢の鉄扇が歳江の首筋へと当てられている。
「互いに今言った事は忘れて……仲良くしようとは言わないけど争うのはやめよう。ね?」
勇子は助かったといわんばかりの顔をしながら歳江とアイに向けて言う。
「お前を殺してやりたい気持ちはまだあるが…こんな事で勇子と言い争う方が馬鹿らしい」
「私は元々どうでもいいし」
アイの早とちりから始まった争いはこのようにして幕を閉じた。


「どうも素手で戦う人達って人間離れしたのが多いみたいね」
勇子と歳江の戦った相手の事を聞いた芹沢の第一声がそれであった。
「人間とはとても呼べないようなのも居るけどね」
ちゃっかりその場に居座っているアイがボソリと呟く。
その言葉に新撰組の面々は怪訝な目をしたがアイはそれ以上の事を話そうとはしなかった。
「話す気がないならまあいい。時に芹沢さん、相談があるんだが」
「ん、何かな?」
歳江はこれでもかと言わんばかりのしかめ面をすると
「非情に不本意ではあるが、あれを使おうと思う」
不本意の部分をことさらに強調して言った。
歳江の言ってる物がわからないアイが怪訝な顔する。
「あれ、って…カモちゃん砲使ってもいいの!?」
芹沢が目を輝かせながら歳江に聞き返す。
「無駄に被害が大きくなるからできれば封印して置きたかったのだが、これからの事を考えるとそうも言ってられん」
「だから歳江ちゃんと合流した時に持って行こうっていったのに〜」
「芹沢さんにあれを持たせるとろくな事になった試しがないでしょう!」
怒鳴った後、歳江は一度深呼吸をしてから勇子の方を振り向く。
「構わんな?勇子」
「うん、さすがに贅沢言ってる場合じゃないからね」
勇子の言葉に歳江が頷く。
「それでは一度全員で──」
「じゃあ取ってくるね。あ、さすがに一人だと不安だからこの子連れて行くね」
歳江に最後まで言わせずに芹沢はアイの首根っこを捕まえて駆け出して行く。
「ちょ…!私はあなたと一緒に行く気なんて……」
アイの抵抗する声がドップラー効果を残しながら歳江達に聞こえた。
あっという間に芹沢と憐れな従者は、視界から消え去った。
「……なんであの人はこうも勝手なのだ!」
歳江の頭には馬鹿は死んでも治らないという単語が浮かんだが、なんとか口には出さずに済んだ。


「歳江ちゃんと居ると息が詰まるわ〜」
5分程走り続けもう追って来ないだろうと判断したのか、芹沢は徒歩に切り替える。
「…そろそろ離してくれないかしら」
「逃げずに一緒に来てくれるならいいわよ」
本来ならば一緒に行く義理などないのだがアイにしては珍しく打算が働く。
(中央に戻るいい口実になるわね。それに軽いとはいえ傷も負っている事だし──損はない)
「一緒に行くから離して」
「素直な子は大好きよ」
(どうもこの女には緊張感が欠けているようね)
本当に戦いに身を置く者なのかどうか疑わしい。
アイの考えている事など全く解せずに芹沢は一方的に話し続ける。
「歳江ちゃんが居ると摘み食いも出来ないからね〜。そういえばさっき連れて行った子達はどうなったのかな」
「なんで私を連れてきたのかが分からないのだけど」
あのうるさい女と別行動したいだけなら何も自分を無理矢理連れてくる必要もなかったのに。
「付き人って一度欲しかったのよね。あなただったのはちょうど手の届く範囲に居たから、かな」
「そう」
アイは呆れつつも内心この変な女に感謝するのだった。
(取りあえず少しの間は面倒な事からは解放されそうね)

【アイ@魔法少女アイ(color) 鬼 状態:△(腹部に一時的なダメージ) 装備:ロッド】
【スタンス:面倒だけどそれなりに仕事はやる。隙があったらケルヴァン殺す】

【カモミール芹沢 @行殺!新撰組 (ライアーソフト)鬼 状態: ○ 装備:鉄扇】
【スタンス:中央で男の摘み食いでもしようかな〜。カモちゃん砲を取ってきて暴れるぞ〜】

【沖田鈴音@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼 状態○ 装備:日本刀】
【近藤勇子@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼 状態○ 装備 銃剣付きライフル】
【土方歳江@行殺!新撰組(ライアーソフト) 鬼 状態○ 装備 日本刀】

【時間:満月の夜直前】



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