刻まれし十字架
「とりあえず、そこに寝かせろ。服を脱がせる」
「え、ええ!?」
「…何を考えてる。傷を見るんだ、傷を」
飯島克己は呆れたように目の前の女――春日せりなを見る。
倒れた高嶺悠人を連れて、彼らは丸太小屋へと戻ってきていた。
「ん? いや、ちょっと待て。その前にこいつを敷く」
壁際の棚にシュラフを見つけた飯島は、せりなを止めてそれを手に取る。
積もった埃や砂を適当に払うと、広げて床に敷いた。
その上に、せりなは注意深く悠人を降ろす。
悠人は気を失っていた。
顔色は悪く死んでいるようにも見えるが、かすかに上下する胸が、彼がまだ生きていることを雄弁に主張していた。
飯島は手際良く悠人の服を脱がすと、腹部の傷を確認する。
「…やはりな」
傷口の血液は凝固し、出血は既に止まっていた。
あの出血が、この短時間で自然に止まるとは考えられない。
明らかに、何らかの外的要因が関わっている。
(神剣とやらの回復能力…、ガセじゃなかったようだな)
なら、意外と早くこいつは動けるようになるかもしれない。
「とりあえずは、良しだな」
その言葉に、せりなが激昂する。
「な、何が『良し』なのよ! 大丈夫なわけないじゃない!」
「やかましい、喚くな。こいつは大丈夫なんだよ」
言って、棚まで歩き、そこにあった手桶をせりなに放る。
「文句ばかり並べてないで、水でも汲んで身体拭いてやれ。誰のせいで死にかけたんだ? こいつは」
飯島の容赦のない言葉がせりなに突き刺さる。
せりなは一瞬涙を浮かべかけたが、泣くところを見せたくないのか手桶を持って外に飛び出していった。
(しかし…まいったな…)
飯島は思う。
(長崎を失い、高嶺は重傷…まぁこいつは自業自得だが。おまけに俺は顔を見られた。
それで得たものといえば、無用の敵意と小娘一人か。…割に合わなすぎだな)
その割に合わないことに、何でここまで付き合っているのかと自問する。
二人が倒された時点で、自分一人撤退する選択肢もあった。
(まぁ…詫びと義理だな…)
自分も油断していた部分があったのは確かだ。
それに、まがりなりにも仲間であり、最後の最後まで戦友を救おうとした旗男への義理。
「…くそっ、神崎や高嶺の影響か? 俺も丸くなったもんだ」
不愉快になってきたので思考を打ち切り、今後のことを考える。
(あのアフロ野郎も重傷を負っている。追って来るとは考えにくいな)
さすがの飯島も、グリフォン、アンドロイド、あの二人組との連戦で疲れていた。
とにかく、ここまで二人とも連れてきてしまったのだ。
見捨てて単独行動を取るよりも、高嶺が回復するまでここにいる方がいいかもしれない。
こいつにはまだまだ戦力になってもらわなきゃならん。
問題は足手まといの小娘だが…、まぁそれは後で考えよう。
(ここなら横になれる場所も水もある。食料は…ないこともない、か)
鳥肉か獣肉かは知らないが、でかいのが近くに転がっているはずだ。
(できれば遠慮したいところだが、他に食うものなんてないしな)
と考えたところで、グリフォンは何を食っていたのだろうと思い当たる。
おそらく小型の野生動物だろうが、それでは…、この小屋が破壊されているのはなぜだ?
傷は真新しい。最初に自分達が来る少し前にやったのだろう。
そしてここには人がいたような後はない。
獣が、三大欲求以外の理由で、手間をかけるようなことをするだろうか。
「…まさかな」
自分の推測に半信半疑ながらも、飯島は破壊されている個所の付近を調べる。
すると、角の床がはめ板になっているのに気付いた。
それを外し、床下を覗き込む。そこには、油紙で包まれ密閉された壷が二つ。
「はっは! ビンゴだ、笑えてくるな!」
開けると、それはそれぞれ干し肉と干した果実の入った壷だった。
「ナイス保存食だ。ここを使っていた奴に感謝だな」
グリフォンはこれを狙って小屋を破壊していたのだろう。そこに自分達が来た為、上空で待ち構えたに違いない。
グリフォンの優れた嗅覚にも感謝だ。
とにかく、これで食料の心配も無くなったわけだ。
(フン、なかなかいい物件だぜ)
干し果実を齧りながら、飯島はしばらくここに居座ることに決めた。
水を汲んだせりなが戻ってきた。
涙を隠す為に顔を洗ってきたのか、前髪が少し濡れている。
「おう、お帰り」
「水、汲んできたけど…タオルってある?」
先ほどと打って変わって、やけに機嫌のいい飯島に眉をひそめながら問う。
「いや、そんなものは無い」
「じゃあ、どうすれば…」
「それは自分で考えろ。俺は少しやることがあるから外に出てるぞ。
…そうだ、いいものが見つかった。お前も食っておけ」
保存食の入った壷を、寝ている悠人の前に置く。
「あ、ありがとう…ええと…」
「飯島だ。飯島克巳」
「あ、はい、私は春日せりな…です」
「いきなり敬語になるな、タメ口で構わん。じゃあな」
そう言って、飯島は小屋を出た。
手前に広場、裏手に川、その周りは全て森というのが、この小屋の周囲の状況だ。
(川はどうにもならんとして、仕掛けるなら広場と森の境目だな)
飯島は、見当をつけた辺りの下草同士を結い合わせて輪っかを作り、その前に小石を積み上げていく。
侵入者発見用のトラップ。
この輪っかに躓いた侵入者が小石を蹴飛ばし、音が鳴るという寸法だ。
多少、小屋から離れているが、飯島は聞き取れる自信があった。
明るい間は子供騙しにしかならないが、暗くなれば効果が見込めるだろう。
本当はワイヤートラップでも仕掛けたいところだが、一本しかないワイヤーをこんなところで消費するわけにはいかなかった。
「しかし…全体をカバーしようとすると重労働だな。後で小娘にも手伝わせるか」
一人そう呟くと、飯島は二つ目のトラップ製作に取り掛かった。
飯島の言う通り、小屋にはタオルになりそうなものは無かった。
「…どうしよう」
悠人を見る。
相変わらず血の気が失せた顔に、脂汗が浮いている。
(……よし!)
せりなは意を決すると、制服の肩口から袖を一気に引き裂こうとして…失敗した。
根本的に膂力が足りない。
代わりに、ゲンハに引き裂かれた胸元の部分が引っ張られ、さらに引き裂かれる。
(……うぅ)
一瞬情けない顔をするが、仕方無しに、ほぼ完全に用を成さなくなったその部分を注意深く引き裂く。
それをタオル代わりに、せりなは悠人の身体を拭き始めた。
片方の胸が露出してしまっているが、下着は着けているので良しとする。
(大体、私のせいだもん。こんなことで落ち込んでられないよ…)
自分を助ける為に、あの兵隊さんは死に、悠人は死にかけている。
(死なないで…まだお礼も言ってないんだよ…)
飯島は大丈夫だと言ったが、せりなは不安で仕方が無い。
今でさえ、せりなの肩には重すぎる十字架なのだ。
ここで悠人まで死んでしまったらと考えると、胸が張り裂けそうになる。
(お願い…、死なないで…)
必死に祈りつつ、せりなは悠人の傍らで涙をこぼした。
【飯島克己@モエかん(ケロQ) 狩 状態○ 所持品:ワイヤー】
【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態○ 所持品:保存食の壷×2】
【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態×(気絶 腹部に深い刺し傷、打撲、裂傷多数 永遠神剣の力により安静状態なら数時間で△まで回復(歩ける程度)) 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【『死闘幕引』後〜『満月の夜』前】
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