雨に謳う譚詩曲






あまり騒々しいのは好みじゃない。
女だってぎゃーぎゃー喚くような奴よりは知的な方がよっぽどいい。
馴染みの店にしてもどちらかと言えば落ち着いた雰囲気の店だし、家だって潮騒の音が響く立地のいい場所に立ってる。
助手に言うと都会の隙間だとか、商売に不向きな辺鄙な場所などと風情がない言葉が返ってくるので絶対に口にはしないが。
今だって外は静かに雨音だけが聞こえる、俺の嗜好に完全に一致する状況なのになぜこうも居心地が悪いのだろう?

(当然と言えば当然なんだけどな)
数時間前に知り合ったばかりの二人の少女はそれぞれ特有の雰囲気を醸し出している。
その発する雰囲気が混ざり合って俺にとって微妙に居心地が悪い空間を形成しているのだ。
この状況を打開するためにまずは現在の状況を分析してみよう。
まずは片方の少女───エレンと名乗った方だ。
この少女からどのような特有の雰囲気が出てるかと言うと、まず傍らに銃を置いてある。
………食事中なのにも関わらずだ。
人間びっくりショーのように、銃を箸代わりにして飯を食ってくれるのかと思ったら普通にレーションを食っている。
期待はずれだ。
それからこのエレンは終始無表情だ。
よく思い返して見ると感情を表に出した事があったような気もするのだが、例外として置いておく。
どれくらい無表情なのかと言えば、そうだな……
「小次郎、いくら見つめても銃は食べられないわよ」
こんな台詞を表情一つ変えないで言えるくらい無表情だ。
「食べれる時食べる、休める時に休んで置かないと持たないわよ。あなたなら言われなくても分かっていると思うけど」
そう言ってなぜ目を背ける?
「プリンくらい早く食べれば何も言わないのだけれどね」
「ほう。最近の携帯食にはデザートまでついてるのか」
お、無表情が崩れたぞ。
若干呆れてように見えるのは錯覚じゃないな、うむ。
「何馬鹿な事言ってるの。彼女くらい素直に渡された物を食べればいいのにって言ってるのよ」
そう言ってエレンは再び俺から目を背けた……訳ではなく視線の先にもう一人の少女───プリンが居た。
プリン───そう名づけたのは俺なのだが、この名前は借り物だ。
元来この名前を名乗っていた人物も相当独特の雰囲気を発していたし、
俺は仕事柄変人……というか一風変わった人物と関わる事が多いのだがこいつは間違いなく今までトップクラスに変だ。
まず服装が妙だ。
まるで平安時代の人間みたいな服を着てやがる。
それでいて本人は全く気にしてる様子はないんだから、もしかしたら俺やエレンとは異なる時代の人間なのかもしれない。

「いや………まさかな」
「……?」

思わず声に出してしまった。
まあ、特に問題はあるまい。
大体こいつは話かけてもまともに反応が返ってくる方が珍しい。
どうせこっちの考えてる事なんて分かるわけはない。
……俺の方もこいつの考えてる事なんかわかりゃしないけど。
しかし…考えている事が全く解らないというのは困るな。
少し反応パターンを調べてみるか。

「…………」
「…………」
「…………」

これが世に言う子供にどう話しかけたらいいのか分からない父親の心境か……
ちなみに解説しておくと三番目の噴出しはエレンの分だ。
それにしても人と話していくらの商売やってる俺をここまで手こずらせるとはやはりこの餓鬼只者じゃねえ。

「さっきから何をやりたいのか知らないけれど、早く食べてくれないかしら?今後の話もあるのだし」
エレンの奴…いつの間にか地図を広げて何か計算をしてやがる。
取りあえず今はプリンの方に集中だ。
まずは常套句から行くか…

「飯は美味いか?」
プリンはゆっくり咀嚼しながら頷く。
反応は上々。
しかし軍用のレーションが美味いって今まで何食ってやがったんだ、こいつは……
「………赤くないのは美味しい」


飢え……行き倒れ…………食糧難………………死体……………………………共食い…………


考えなければいいのに、最悪の想像が脳裏を駆け巡る。
………普段食ってる物については詮索しない方が精神衛生上よさそうだ。
(食欲がなくならない中に俺も食っちまった方が良さそうだな…)


「意外に大きい島ね」
地図と歩いてきた距離を計算し終えたエレンの口から出たのはそんなそっけない言葉であった。
「そりゃ選ばれし者の王国を作るんだからある程度は広くないと困るだろうよ」
憮然とした顔で小次郎が答える。
「そうね…それにしても玲二はどこにいるのかしらね…」

まず玲二ならば自分と同じように必要な物を補充するだろう。
エレン達の前に誰かがこの廃墟となった街を物色した形跡はなかった。
(玲二は銃を持っていたわね)
武器はあるならば食料と医療品を補充しにかかるはずである。
エレンは無言で地図を見つめる。
この街、そして武器庫。
どうやら自分達が襲った武器庫とは別にもう一つあるらしい。
それから…

「ここ以外には商店街、港、それと武器庫が二つ、さて、どれかな…」
いつの間にかすぐ傍に来ていた小次郎が呟いた。
「ああ、俺が言うまでもなかったな」
複雑な顔をしているエレンを見て、小次郎がばつが悪そうに言う。
「構わないわ。私一人だと見落とす事もあるかもしれないし」
もっとも滅多な事ではエレンはこういった生存確率に直結するような事実を見落としたりはしないのだが。
「じゃあもう一つ」
しかし小次郎の方はエレンの言葉を聞くと再び口を開いた。
「彼が中央にいるっていう可能性も否定できないぜ」
「玲二が中央に与する、と?」
エレンの声にはなんとも言えない凄みがあった。
彼を侮辱するな、と言わんばかりの迫力である。
しかし小次郎とて伊達に日陰の世界で生きてきた訳ではない。
エレンの殺意すら感じられる程の迫力にも全く動じない。
「……そういう意味じゃない。お前の相棒なら腕が相当立つんだろうし、ひょっとしたら一人で黒幕を始末しに行ってる可能性もある」
「ありえないわ」
エレンは小次郎の主張をきっぱりと否定した。
確かに要人暗殺は彼らファントムの得意技であるが、
あくまでも内通者がおり確実に仕留められる状況でのみファントムは暗殺を実行に移す。
それに逃走経路の調べすらついていないはずだ。
逃走経路の確保が出来ていない計画など、暗殺ではなく自爆テロと呼ぶ方がふさわしい。
「只でさえ成功率の低い計画になるわ。玲二なら私との合流を最優先にするはずよ」
「それもそうか……どの道件の彼を探すにしてもまずはこの雨が止むのを待たないといけないんだけどな」
ふと見るとプリンはすっかり眠ってしまっている。
「なんでったってこいつはこんなにマイペースなんだろうなぁ…」
小次郎は本日何度かの溜息をつく。
「休むべき時には休む……変に気張っていざという時に動けないよりはましよ。それと……」
エレンは小次郎の顔が正面になるように体の向きを変える。
「私の反応から玲二の信用を測る事は二度としないで」
そう言ってプリンの横に座り目を閉じる。
「おやすみの挨拶にしては迫力がありすぎだな……まあ、玲二って奴が信用できるかどうかは実際会ってから判断するさ」

エレンの言を借りるなら今は休む時だ。
この静寂も雨が降り止むまでの一時の休息にすぎないのだから。

【天城小次郎@EVE〜burst error(シーズウェア) 狩 状態△(右腕負傷) 所持品 食料 水 医薬品 地図 通信機】
【エレン@ファントムオブインフェルノ(ニトロプラス)招 状態○ 所持品 ベレッタM92Fx2 ナイフ】
【名無しの少女(プリン)@銀色(ねこねこソフト)? 状態△片足の腱が切れている(絶対に治らない) 所持品 赤い糸の髪留め】
【時間:全体放送直後】



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