悪魔と娼婦と






「カリスマヤクザ、カリスマヤクザ〜っと」
 絶景かな、ここは島の上空。
 ふよふよと漂いつつ、眼下を見回しているのは悪魔カレラだ。
(嗚呼…本当にアタシの思ってる通りの人間だったら、アッチの方もすっごいんだろうなぁ…)
 魂をいただく前に、ぜひとも味見しなければ。

 あゆから聞いたヤクザの親分を探そうと空へ舞い上がったのはいいが、
この広い島からたった一人の人間を探し出すのはかなり骨だった。
 それでもカレラは根気よく探し続けている。
 しかしやがて…、根本的なことに気付いた。
「…どんな人間探せばいいんだっけ?」
 そもそも名前や背格好どころか、性別すら知らないではないか。
「…ウェ…ウェ・イ・ト・レ・ス〜!」
 勝手に逃げやがった憎いアンチクショウ。
 あのウェイトレスに情報を聞かないといけない。でないと、しらみつぶしどころの話ではなくなる。
 せめて性別と外見が分からないと、行く先々で直接人と対面していかなければいけなくなる。
 …まぁ、性別はたぶん男だと思うが。
 とりあえずあの女、次に会ったら犯す! そして詳細を聞く! そして犯す!
 招かれた者だろうと構やしない。バレなきゃ良し!
 実際は、自分が妄想していたのが悪いのだが、それは完全に棚上げするカレラだった。

 さて、今後の方針を決めたはいいが、手間は全く変わらない。
 会ってから時間もかなり過ぎている為、ウェイトレスも移動してしまっているだろう。
 それに第一、どこで会ったのかカレラ自身が覚えていなかった。
 結局、しらみつぶしだ。
「あ〜もう、かったるくなってきたわ。仕事なんてやってらんない!
てきと〜にぶらついて、てきと〜に人と接触してれば、そのうち当たるわよ」
 しかも、もう招かれし者の保護とかじゃなく、自分好みの者を拉致ってくことに決める。
 それがたまたま招かれし者なら良し(連れてく前に味見はするが)。
 そうでなくとも、「間違えちった、てへ」で済ますつもりだ。
 どちらにしろ済まないような気もするが、ヤケモードに入ったカレラはその辺深く考えていない。
 自分の快楽に生きて何が悪いか、こらー。
「大体、中央にはいい男が少なすぎなのよ!」
 ランスは意外とヘタレだったし。
 ギーラッハのオジサマは、いい線いってるけど絶対ノッてこないだろうし。というか、なんか怖いし。
 馬とか骨とかは論外だし、ケルヴァンの旦那にはきっぱり断られちゃったし。
「…やっぱロリコンなのかしら、あの軍師様」
 自分の豊満な胸をむにむにと揉みしだきながら、ぶつくさと言葉を漏らす。
 あの双子といい、美少年(味見予定)が連れてきた娘といい、の〜てんきそうな娘といい、ケルヴァン関係はナイムネばっかりだ。
(んっふっふ〜♪ そのうち、あの娘達にも手ぇ出しちゃおっかな〜?)
 未成熟な肢体に性の手ほどきを施す様を想像して、カレラは「キャー」と身をくねらせた。

 さてさて、そうこうしている内に、もう夕日が沈みかける時間になった。
 火を起こしている者達がいるのか、島のあちこちに光が灯る。
「ありがたいわね〜、何にも目印が無いと疲れるのよね、目が」
 とりあえず手近な光に向かって、カレラは降下していった。

(さってと、いい男や可愛い女の子はいないかしら?)
 できるだけ自分好みの人物にしようと、目を皿にして物色する。
「んん〜?」
 焚き火を囲んでいるそのグループは、男一人、女二人の三人組だ。
 カレラが目を留めたのはその中の男だった。
 高度を調節して近づいていく。
「あ〜ら〜、いい男みっけ」
 ランスとはまた別のタイプだが十分美形の部類に入るマスク、ギーラッハほどではないにしろ恵まれた体躯。
 それは赤い鎧をその身に纏った金色の髪の偉丈夫。
 ママトト最強を誇る剣豪、リックであった。
「どう見てもヤクザじゃないわよね…。ま、いっか。ふふ〜ん、この人に決定〜♪」
 カレラはぺろりと唇を舐めると、さらに三人に近づいていった。


「はい、ライセン」
「ん」
 程よく焼けたウサギ肉を二串持ったミュラは、片方をライセンに手渡し、もう片方をリックに差し出す。
「はい、リック」
 リックは反応しない。
 難しい顔をして、ランスから受け取った地図を熱心に見ている。
「リック」
 もう一度呼びかける。
 それでようやくリックは、差し出されている串に気づいた。
「あ…サンキュ、ミュラ」
 串を受け取り、かぶりつく。
 ミュラはしばしその様子を見ていたが、やがて自分も焚き火であぶっていた串を取り、食べ始めた。

(…やはり代わりの剣が必要だ。どこか調達できるような場所はないのか?)
 少年時代より今まで、常に自分と共にあった真紅の愛剣。
 それが折れてしまったことは少なからずショックだったが、落ち込んでいるわけにはいかない。
 と、リックはその可能性がありそうな場所を発見した。
「…ミュラ、ライセン、俺はこの武器庫に行ってみたいと思うんだが」
 言って、地図上の一点を指差し、二人に見せる。
 そこはまさに、ミュラ達が襲撃をかけたあの武器庫であった。
「そこ、たぶん私達が前に襲撃したところよ」
「本当か」
「ええ、どんな武器が置いてあったかなんて見てないけど。でも、たぶん…」
 その先はリックにも分かった。
 一度襲撃を受けているとなれば…
「警戒が厳重になっているか、重要なものは根こそぎ持ち出されて半ば放棄状態か…ね」
 そうライセンが言葉を繋ぐ。
「だが、今は剣が一本あればいい。行ってみる価値はあると思う」
 リックの言葉に二人は頷いた。
 確かに、後者であってもただの剣くらいなら残っていそうなものだ。
 なんなら、武器庫を守っている兵士から取り上げてもいい。
 とにかく、このグループで最強の力を持つリックが丸腰であるという状態を何とかするのが先決だ。
「よし、じゃあ腹ごしらえを済ませたら、さっそく行くとするか」
 言って、リックはウサギ肉にかぶりついた。

「……」
 スッと、おもむろにライセンが立ち上がり、武器を持って森の中に分け入っていく。
「?…どこにいくんだ? ライセン」
「お花摘み」
 さすがにその隠語は分かった。
「…すまん」
 リックに話しかけられたことなどなかったかのように、すたすたとライセンは視界から消えていってしまう。
「…デリカシーないよ、リック」
「だからすまんって…」
「そこで謝っちゃうところも、まるきりデリカシー皆無だよねぇ」
 ママトトでは要塞ごと攻め入る戦しかしていないので、こんな野宿の経験はあまりない。
 思わず声をかけてしまったのも仕方がないといえるのだが。
「まったく、アンタは剣ばっかりにかまけてるから、そういうところでダメ人間ぶりが出てくるのよ」
「なんだと、お転婆が高じて武将にまでなっちまったミュラには言われたくないぞ」
「私はいいのよ、私は私にできることでナナスの力になるって決めたんだから。
それがたまたま武将として戦うことだっただけ。それに他のこともおろそかにはしてないわよ?
炊事、洗濯、掃除に裁縫、それにお子ちゃま達の面倒見と、女の仕事は一通りこなせるしね」
「…お子ちゃま達って…アーヴィが聞いたら怒るぞ。大将は笑ってすますだろうが」
「その二人だなんて言ってないけどね。リックはそう思っちゃったわけだ。チクッてやろ」
「ぐ!」
 軽口の応酬を始める。
 イデヨンの暴走からこちら、色々な事が起こりすぎた。
 その大半は辛い出来事。ともすれば、気持ちが沈みがちになりかねない。
 だが自分達にはやらねばならないことがある。
 気持ちが沈んだままでは、冷静な判断も出来ない。いつもの自分達でなければならない。
 二人とも無意識下でそれがわかっているからこそ、ここで無理にでも明るく振舞おうとしていた。
 …だが、そんな二人の心など理解していない存在もここにはいたわけで。

「ふ〜ん、随分仲がいいわねあの二人」
 カレラはつまらなそうにそう漏らす。
 遠いので会話の内容まではわからないが、楽しそうにしているのはわかった。
「さっそく誘惑したいとこではあるけど…邪魔よねぇ、あの女」
 女を見る。
 軽装鎧に身を包み、腰に長剣を下げている。
 女にしては背も高く、強気に話しているその顔は意志の強さを感じさせる。
 ぶっちゃけ、強そうに見えるわけで。
「こりゃあ勝てないわねぇ」
 一対一ならわからない。
 カレラも天使相手に大立ち回りを演じたこともあり、腕っ節にはそれなりに自信がある。
 だが、今はあの男と一緒だ。
 なんとなくだが、彼には一対一でさえ全く勝てる気がしない。
「そういう荒事は、ランスあたりの担当よね」
 そのランスと彼らが既に交戦しているなど、カレラには知る由もない。
「う〜ん、『将を淫とすればまず駒を射よ』…とも言うわよねぇ」
 音は合っている。
 ともかく、一人離れた女のことを考える。
「あの子も結構可愛いのよね、ちっちゃくて。…今回はあの子にしちゃおっかな」
 そう考えると、カレラは単独行動を取った女の後を追って飛んだ。


 つけられている。
 ライセンがそれに気付いた時には、既に二人がいる場所から随分と離れた場所まで来てしまっていた。
(…持ってきてよかった)
 ぐ、と戦斧を握り直す。
「いるんでしょ、誰だか知らないけれど出てきたらどう?」
(もっとも、十中八九敵でしょうけどね…)
 近くの大木の裏まで接近していたカレラは、ぎくりと身を振るわせた。
(あっちゃ〜…ひょっとしてこの子もかなり出来る?)
 小柄でおとなしそうだったので、組し易いと思ったのだが、間違いだったのだろうか。
(どうしようかしら?)
 ここで命を張るのも馬鹿馬鹿しいが、ここまで来といて手ぶらで逃げ帰るのも何かしゃくだ。
 だが、ライセンは迷う暇を与えてはくれない。
「…出てこないつもり? なら、こっちからいくわよ」
 言うなり、正確にカレラが潜んでいる大木に向かってダッシュをかける。
(来ちゃったし…しょうがない、やるしかないかしらね!)
 迷っていたカレラも覚悟を決めた。
 大木の陰から躍り出るとライセンに飛びかか…
「はあああっ!!」
「うわ!?」
 すでに目の前まで来ていたライセンの戦斧を間一髪で避ける。
「ちょ、ちょっと待!」
「ふんっ!!」
 間を置かず、再び戦斧の一撃が見舞う。
 今度は肌をかすり、少しだけ血が流れる。
(やっぱり逃げよう!)
 覚悟、あっさり霧散。
 飛び上がり、空へ退避しようと試みる。
「…逃がさない!」
 ライセンは一気に間合いを詰め、飛び上がったカレラに三度戦斧を振るう。
 だが、カレラの必死の跳躍が功を奏したか、今度もまた皮一枚をかする程度のダメージに終わった。

 が――、

  ――パリン

 何か硬いものが割れた音がした。
「へ?」
「なに!?」
 同時に、戦斧がかすったあたりからガラス片と透明な液体が降り注ぐ。
 そして、その真下にはライセンがいた。
 攻撃の為に見上げるかたちになっていた為、その液体はライセンの顔にまともにかかった。
「うあっ!?」
 突然のことに、ライセンは思わず口の中に入ってきた液体を少し飲み込んでしまう。
 目にまで入ったのか、必死に目元を拭う。
(こここれは、チャンス!?)
 勝機を見て取ったカレラは重力に任せて降下すると、ライセンの首筋に手刀を見舞う。
「がはっ!!」
 完全にノーガードの状態で決まった。
 それでもライセンは倒れず、戦斧を持ったまま後退する。
 だが、その足取りはふらふらと頼りない。
(く…身体が…熱い)
 意識が恍惚感に飲まれかけ、四肢から力が抜けていく。
 息が荒い。激しい運動をした為ではない。もっと別の、悩ましい吐息が漏れる。
 元娼婦であるライセンには、自分が被った液体が何なのか想像がついてしまった。
(強力な…即効性の媚薬)
 ライセンの目に、相手が追い討ちをかけようと突っ込んでくるのが見える。
 だが、弛緩した身体はもう戦斧を振るうこともできず…
(…ナナス…)
 その思考を最後に、腹部に走った衝撃によってライセンの意識は閉じられた。

「勝った…」
 脱力したライセンを抱えながらカレラは呟く。
「死ぬかと思ったわよ…まったく」
 勝てたのは本当に偶然だ。戦いは本来自分の領域じゃない。
 割れた媚薬の容器を確認する。大半が使い物にならなくなっていた。
「残り一回分ってとこかしら。まぁ…必要経費だったわよね…」
 五回分くらいの量が一気に無くなったわけだが、これが割れなければ勝てなかった。
「……ライセン!」
 森の向こうから、草を掻き分ける音と男女の声とが聞こえてくる。
 こちらの異変に気が付いて、ミュラとリックがやって来たのだ。
(あらあら、長居は無用ね)
 カレラはライセンが落ちないようにしっかり抱えると、暗くなり始めた空へと飛び立った。
「じゃあねぇ、縁があったらまた会いましょう、お・に・い・さ・ん♪」
 中央要塞へ向けて水平飛行に移る。
「それはそうと、この子は…招かれざる者みたいね」
 魔力がないのはすぐにわかった。
 中央には必要ない人材だということになる。
「ま、いいけどね」
 えっちしてから魂をいただくだけ。保護対象じゃないから気兼ねなくできる。
 で、その後はどうしよう?
 と、カレラはあることに気が付いた。
 カレラはライセンを後ろから抱えているわけで、手のひらはライセンの胸の辺りをつかんでいることになる。
 抱えた手をむにむにと動かしてみる。
 …ナイムネだ。
「よし、ケルヴァンの旦那にあげようかしらね」
 ロリコンならきっと喜んでくれるはずだ。
 失礼な決断をすると、カレラは一路中央要塞へと、飛ぶ速度を上げた。


【カレラ@VIPER-V6・GTR(ソニア) 鬼?招?(その場の気分次第) 状態○ 所持品:媚薬(残り1回分)】
【ライセン@ママトト(アリスソフト) 狩 状態×(気絶 媚薬効果あり) 所持品:なし】
【ミュラ@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:長剣】
【リック@ママトト(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:なし】

【全体放送〜満月の夜の間】
【備考:戦斧は戦闘場所に落ちています】



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