運命の分岐点






崩れ落ちたままの藍の肩でケンちゃんが呟くように語り掛ける。
「・・・何にもない普通の日常からいきなりこんなとこに放り出されて、普通の精神状態やったらおかしいですわ・・・。」
藍からは何も返って来ない。
「姉さんのやった事はそりゃあ良くないかもしれまへん。でも、そうなるべき条件っちゅうもんがここには山ほどありますわ・・・。」
森の中を、状況に合わない穏やかな風が吹き抜ける。
「姉さ――」
次に口を開きかけた時、急に藍が動いた。
「――!!」
藍が自らの額に銃口を押し付ける。
「うわああっ!?何してはりますのや!?」
慌ててケンちゃんが渾身の蹴りで銃口を天に向かせる。
乾いた発砲音が辺りに響いた。
「私はもう、生きていてはいけないんです!このまま恋ちゃんのところへいかせて下さいっ!!」
「何アホな事ゆうてまんのや!やめなはれ!!」
「いや!放して!!」
「うわわわっ!?」
銃にしがみついていたケンちゃんは、藍が銃を振ったと同時に近くの藪まで飛ばされた。
「恋ちゃん――今・・・」


「こないなとこで死んで誰が喜ばはりますのやーっ!!」

ケンちゃんの思いがけない絶叫で、引き金を引きかけた藍の身体が硬直する。
「姉さんがここで死んで、それを誰が悲しんでやれるんでっか・・・。ワテしかおらへんやないか・・・。」
うなだれる藍の側にゆっくりと近づいてくる。
「ワテだけなんて、そんなんあかん。もっと、悲しんでくれる人たちがぎょうさんおるでしょう・・・?」
「でも・・・私は・・・・・・」
「ここで死ぬのは簡単ですわ。でも、ここで死んで、この現実から逃げて!それが一体何になりますのやっ!!」
「あ・・・・・・」
「殺してまった人間の事、心から悔やんどるんやったら!その人の分まで生きて!生きて生きて生き抜いて!!それが懺悔っちゅーもんちゃいますかっ!?」
藍は何も言えず、ただ、泣いていた。
「もっと、落ち着いて・・・。強うなっておくんなはれ。全部終わって、元の世界帰って、悲しむのはそれからや・・・。」
ケンちゃんに諭されて藍の手から銃が落ちる。
「今は・・・泣いたらええ。でも、もう簡単に”死ぬ”なんて言わんといて下さい・・・。姉さんの姿、ここに痛いですわ・・・。」
小さな羽根先で自分の胸をパシパシと叩く。


しばらく経った。
「ケンちゃん・・・申し訳ございませんでした。もう、大丈夫ですわ・・・。」
そういって銃を拾い上げ、立ち上がる。
辺りはいつしか暗闇に閉ざされ、足元もなかなか確認できない。
「そうでっか。そしたらまた乗らせてもらいますさかい、今度は落とさんとって下さいね?こない急に暗なったらもう姉さんに追いつけまへん。」
「はい。」
肩にチョンと停まったケンちゃんに藍は告げる。
「やっぱり、私は一人で行けませんでした。・・・まだ、それほど強くありませんでした・・・。」
「・・・そしたらどうしますのん?」
「橘先輩に・・・会いに行きます。」
その瞳は弱いながらも正しく生きようとする決意が見えていた。
「でも、そりゃつまり――」
「ええ・・・。でも、自分の犯してしまった罪はしっかり受け止めます。恋ちゃんに・・・合わせる顔がありませんから。」
「・・・話すんでっか。うん、それがええ。そう考えられるっちゅうことはその相手は余程、信用出来る御方なんですな。」
「はい。少なくとも、私と違って・・・間違った事は致しませんわ・・・。」
ゆっくりと、約束の場所である丘に向かって歩き出す。
既に丘は目の前だった。

「恋ちゃんは・・・優しい子でした・・・。」
何気なく藍が話し始める。
ケンちゃんはそれを黙って聞いていた。
「屈託のない笑顔がとても素敵で・・・世間で言う”一流”の幼稚園にいた私にとっては眩し過ぎた気さえ致します・・・。」
藍の脳裏に”人形”のように過ごしていた幼少期が思い浮かぶ。
「決められた通りに進むしかなかったあの時、恋ちゃんがいてくれなかったら私は泥の温かさや、草の感触などといったものも知らなかったと思います。」
ふと立ち止まり、横の木の葉を手に取る。
その木の葉にポツリと涙が落ちた。
「姉さん・・・。」
「私・・・どうすれば・・・」
自分の数十倍の大きさのある人間。しかしその声は自分のそれよりもずっとか細かった。
「独りやない。助けを求めたらええ・・・。」
「はい・・・。」
ややもすると挫けてしまいそうな気持ちを堪えて藍は歩く。
と、その耳に何かが藪の中を走る音が聞こえた。
「しっ!動いたらあきまへん・・・。」
ケンちゃんがすかさず藍に忠告する。
「物音たてれば気付かれますわ。せやけど、逆に静かにしとったら向こうの音が聞こえますがな・・・。」

――「・・・て・・・ん!」

「あの声・・・橘先輩!?」
「今の声がそうなんでっか?何やらやばそうな雰囲気だったような・・・。」
「ケンちゃん!行きましょう!!」
「しっかりつかまってますんで、遠慮なく走ったって下さい!!」

何の問題もなく、次の一瞬でケンちゃんは振り落とされた。

「うわぁぁぁぁっ!?」
「ケンちゃん!?」
慌てて戻ってくる藍。
「も、申し訳おまへんが真面目に胸元よろしいか・・・?」
「仕方ありませんわね・・・。」

天音の声に急ぐ藍。そして事態は再び流転する・・・。

【鷺ノ宮 藍@Canvas〜セピア色のモチーフ〜(カクテルソフト)分類:招 状態:○(精神状態不安定) 装備:拳銃(種類不明)】
【ケンちゃん@ヤミと帽子と本の旅人(ORBIT)分類:? 状態:○ 装備:クセ毛アンテナ、嫁はんズ用携帯(13台)】
【満月の夜直後】



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