Red Tint






「見知らぬ…天井だな?」
大十字九郎の最初の一言はこれだった、川に落ちて以来のことが何だかあわただしくって
まるで夢のようだ、なんか1回死んでしまったような気もしないでもないが、
多分今の俺は生きているんだろうなという実感だけはあった。

「お早いお目覚めですね、それにしてもドライさんの手当てが的確だったのもありますが、ずいぶんタフですね?」
凶アリアが無機質に九郎の顔を覗きこみ、そして無感動に感想めいた言葉を言う。
「せっかく死の世界から帰還して来たかもしれないのにそれは無いだろう」
「こういう話し方しかできないもので、申し訳ありません」
凶アリアが丁寧に頭を下げる。

「いや…いいよそれよりもあれは何だ?」
九郎は凶アリアの背後の鳥篭を視線で示す、中では深山奏子がきこきこと安楽椅子を揺らしている。
「彼女は客兼用人質らしいです…」
「人質ねぇ…まぁ外よりは安全だろうな」
九郎は包帯だらけの自分の身体を見て妙に納得する。
「たしかに外の世界は騒がしいようですし、いまさら巻きこまれるくらいならば、彼女を守る方が有意義でしょう
 それにしてもここは何処だとか聞かないのですね?」
「まぁ察しはつくし…待遇もそれなりによさそうだからな、もっともここが地下牢とかなら騒いでるだろうな…
 それから」
九郎はまた凶アリアの背後を視線で示す。
「鳥篭でも騒いでいたと思うぞ…」

ここで奏子がようやく九郎が起きたことに気がつき、またポットからお湯を注いで紅茶を作る。
そして本来そういうのはお前の仕事だろと、九郎は批判がましく凶アリアを見つめるのであった。
「そうか、姉様か…妖しい雰囲気だけれどもそういうのって少し憧れるな」
ティーカップを片手に談笑する3人、九郎は何とか奏子の信頼を得ることが出来たようだ。
率直でいてそれだけではなく気配りもちゃんと出来る男なので、基本的に誰とでも仲良く出来るのだ。
「素敵な人なんだろうな…」
「写真ありますけど、もし良ければ」
期待の眼差しで奏子から写真を受け取る九郎、しかし。
九郎はその後、写真を見たことを深く後悔することになる、あのまま何も知らなければ良かったのかもしれないと。
果たしてセーラー服を纏い、微笑むその美しい少女は…あの醜悪な蜘蛛…比良坂初音そのものだったのだ。

「これは…これが…君の姉様なのか?」
九郎の声は震え、その瞳は驚愕と怒りに充血している。
ただならぬ様子に奏子も何かを感じ取ったらしい。
「姉様を知ってるんですか!?」
「知っているも何も…」
ついさっき殺されかけたところだ…とは言えなかった、
何故ならば凶アリアが九郎の背中にトンファーを突きつけたのだ、それ以上は喋るなという無言の脅迫だった。
(そうか…今回の事に関して、彼女は何も知らないんだな)
「いいんです、姉様敵が多いから…」
九郎の様子に奏子は慣れた風に微笑む、こういう事は初めてではないのだろう。
「その姉様のことをお聞かせ願ってもよろしいでしょうか?」
九郎の代わりに凶アリアが奏子に質問する、彼女なりに気を利かせたつもりなのだろう。

奏子は少し迷ったような表情を見せるが、頷くとその出会いから順を追って初音との日々を
語り始めていった。
話が進むに連れて、彼女がこれまでも比良坂初音の首を狙う多くの敵の手により何度となく
危険な目に遭遇していたことや、それでも最後には必ず初音の手により救出されていることなどが
語られていった。
「でもそういうときの姉様は殊更私に厳しくあたるんです」
その傷だらけの体を手当てしようと触っただけで、足手纏いと罵倒されたことすらあるのだという。
「それでも私は姉様のお傍にいたいんです、奴隷でもいい、殺されたってかまわない!
 もう人間の世界なんかどうでもいいのに…でも」
その思いを口にした途端、いつも初音は烈火のごとく怒り、しばらくの間会ってもくれないのだという。
「私の思いは姉様には届かない…私は姉様以外何も望んでいないのに」

奏子はしくしくと泣き出すが、九郎と凶アリアには初音の心中が痛いほど理解できた。
奏子に辛くあたるのは…それは彼女をもうこれ以上危険に晒したくないがゆえに、わざと突き放しているから。
そしていずれは彼女を人の世界に返さねばならないと、彼女の幸せは黄昏の世界ではなく
光溢れる場所にあるのだと考えてもいるのだろう。
しかしそれでも離れることが出来ないでいる…。
それはこの孤独な少女の一途な愛を痛いほど理解しており、初音もまた少女を深く愛しているからだということを。

落ちつくと奏子はまた途切れ途切れながらも話を続けていく、本来話を止めねばならぬ精神状態なのだが
2人とも微動だにできない。
そして、彼女の長い話は謎の敵によって初音が完膚無きまでに打ちのめされたことと
それから数日後、初音が旅に出ると言い残し彼女の前から姿を消したところで終わっていた。
「その敵ってのは誰なのですか?」
「わかりません…私はすぐに気を失ってしまったから、でも…あんなに無残なお姿の姉様を見るのは
 初めてだったので…」
それ以上は彼らも詮索しなかった。

「姉様はどこでどうしているんでしょうか?私はまた姉様のご迷惑になってしまっているのでしょうか?」
涙混じりに2人に尋ねる奏子、
もちろん返事は無かった、気休めすら口に出来ない雰囲気だった。
うつむいたままの九郎が小声で呟く。
「アル…俺は…」
確かに比良坂初音の行ってきた行為は、人の世では決して許されない大罪ばかりだ、そういう部分も奏子は話した。
九郎の様子から隠しても無駄だと悟ったからだ。
彼女を善か悪かで判別すれば紛れも無い悪だし、それは邪神の性といっても良い。

だが、そんな彼女にも人と変わらぬ優しい心が、誰かを愛する心が宿っており、
そして彼女を一途に愛している者がいるのだ。
比良坂初音を討つことは、目の前の少女の一途な想いを、生きる希望を踏みにじることになるのだ。
知らなければよかった、何も知らなければあのまま敵として素直に憎むことができたというのに。
自分だってもしかするとアルを彼女の言う贄にされてしまっているかもしれないのだというのに。
それでも…。
「どうすればいいんだ…」

【凶アリア@デアボリカ(アリスソフト) ? 状態○ 所持品:トンファー 行動方針 奏子の護衛】
【大十字九郎@斬魔大聖デモンベイン(ニトロプラス) 状: △ 所持品 自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』、
残り弾数不明(15発以下 行動方針:苦悩中】



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