死闘幕引






 突如、銃剣を突き出す長崎旗男の周囲に、オーラフォトンの光が展開した。
「今度は何だァ!?」
(…高嶺か)
 突然の事態に声を上げるゲンハとは対照的に、旗男は冷静に判断する。
 だが、次に起こった現象にはさすがに目を見張った。
 突如として、旗男の内から湧き上がる闘志。そして、グンッと銃剣が軽くなるような錯覚。
 それまでよりもさらに鋭く、剣先がゲンハに襲い掛かかった。
「ぬ!?」
「んなっ!?」
 両者声を上げ、ゲンハはそれでもかわそうと身を捻る。が、
「がああぁぁっ!!」
 右の頬からこめかみにかけて、銃剣の刃が一直線に切り裂いた。
 それでも身を捻った勢いで、身体が泳いでしまっている旗男を蹴り飛ばす。
「ぐうっ!!」
 態勢が不十分だった為にたまらず転倒するが、その脇を戻ってきた悠人が駆け抜ける。
「テメェ! 邪魔すんじゃねぇ、このガキ!」
(迷うなよ、俺!)
 渾身の力で『求め』を振るう。
「…チッ!?」
 その剣先のキレが以前と違うことに気付いたか、先ほどまでとは違い、ゲンハは大きく間合いを取って避ける。
(こいつ、吹っ切りやがったか!? チッ、よりによって厄介な時に…)
 二人がかりはさすがに分が悪い。
 頬から溢れる血をそのままに、鉄パイプを強く握り締める。
「だったら、とっととタイマンに戻しゃいいんだろうが!!」
 目標は悠人。さっきのような雑な防御なら、それほど手間をかけずに打ち崩せる。

『反撃が来るぞ、契約者よ』
(ああ、わかってる)
 完全に防御の構えを取って、悠人はゲンハを待ち受ける。
 そして攻撃が、来た。
(落ち着け、攻撃の瞬間だけを見切って、防御だけすればいい!)
 冷静に動きを観察し、手首から顔面への連撃、続く蹴りを防ぎきる。
 一瞬だけゲンハに隙ができるが、攻撃には転じない。あくまでも防御に徹する。
 さっきとは状況が違う。こちらは二人。防御集中でも、防ぎきれなくなる前に戦況は変化する。
(ちっ、こいつ亀になりやがった!)
 舌打ちする暇もあらばこそ、起き上がった旗男の銃剣がゲンハに襲い掛かる。
 その鋭さを増した切っ先に、たまらずゲンハは悠人への攻撃をあきらめ、後退する。
 旗男が追う。一歩引いた位置に悠人が続く。
「…高嶺、何かしたな」
「ちょっとサポートを。攻撃任せていいかい?」
「…どのみち私にはそれしかできん。…一気に叩き潰すぞ」
「ああ!」
 短い会話を交わし、ゲンハに突撃する。

「ぬおおお!!」
 もう何度目になるのか、銃剣の一撃がゲンハの身体を掠める。
 以前より明らかに速く重い攻撃に、ゲンハは防戦一方になっていく。
「…ッざけんじゃねえぇ!!」
 いちかばちか、力任せにゲンハは鉄パイプを振るい、銃剣を弾く。
 手放しこそしなかったものの、衝撃で大きく軌道が逸れた。
「おらあぁぁっ!!」
「長崎さん、下がれ!」
 ゲンハの返しの一撃が繰り出される。『求め』を盾のごとく構えた悠人が旗男の前に出る。
 そして響く激突音。
 旗男の隙を突いたその一撃は、悠人の『求め』によって完全に止められていた。
「テ、テメェ!」
「ふっ!」
 ゲンハの罵声に構わず、『求め』を捻って拮抗した力のベクトルを逸らしてやる。
 ベクトルを逸らされ、鉄パイプが泳いだその瞬間、
「ぬおっ!!」
 雄叫びと共に――態勢を立て直した旗男の一撃がゲンハの肩口を深々と切り裂いていた。
「ぎぃああぁぁぁっ!!!」
 絶叫が轟く。
 武器を逸らし、返しの一撃。狙っていたことをそのまま返され、ゲンハの表情が屈辱に歪む。


「おいおい、何だよ。押してるじゃないか」
 飯島克己は物陰から戦場を伺いつつ呟いた。
「フン、これなら俺の出番はなさそうだな」
 そううそぶくと、懐から煙草を取り出し、火をつけて一服し始めた。


「くっ…なんなんだテメェ! 仲間が来たとたんいきなり元気になりやがって!」
 焦燥を浮かべ、後退しながらゲンハは毒づく。
(まじぃぜ、ジリ貧だ)
 一人一人なら勝てるが、二人になったとたん、いきなり掛け算で強くなった。
 命の削り合いは望むところだが、あくまでも自分が勝利することが大前提である。
(ちっ、ムカつくが…ここは逃げの一手か)
 だが、どう逃げる?
 背後はダメだ。下がるそばから一気に間合いを詰められて即座に攻撃が来る。今もだ。
 また銃剣を鉄パイプでガードしつつ、さらに下がる。
(横でも変わんねぇだろ。なら…前しかねぇな)
 決めた。次のチャンスで実行。そのまま森に入ってとんずらだ。
 直人は…ガキじゃねぇんだからテメェで切り抜けてもらうか。


(…このままなら私達の勝利だ…だが)
 目の前の男もそれはわかっているはず。必ず何か行動を起こす。
 一撃必殺の反撃? いや、リスクが高すぎる。
 ならば…逃走か。
 …それが最も妥当だな。ならば、その瞬間を見極めろ。
 敵を逃がすつもりなど、毛頭ない。


 戦闘開始時から、旗男の攻撃は全く変わらない。突進から銃剣の刺突技が来る。
(ここしかねぇっ!!)
 ゲンハは旗男の攻撃に合わせてダッシュをかける。
 銃剣が先ほどと反対側の頬を抉り血がしぶく。だが、そんなことは気にしない。
 ダッシュする先で、目標――悠人が防御の構えを取る。
(そう来ると思ったぜ!)
 今回、ゲンハは攻撃する気など無い。
 すれ違いざまに、悠人を旗男の方に突き飛ばし、その隙に逃走するつもりだった。だが…
「ぬうおおぉっ!!」
 勢いのついた前傾姿勢から、旗男が無理やり腕を伸ばす。
 その腕はゲンハの服の裾を掴み……、そして勢いに負け、離れる。
 ズキン、と腕に痛みが走るが、それはゲンハの勢いを止めるには十分なもので――
「高嶺ええぇぇぇっ!!!」
 旗男が吼える。
 それに応え、オーラフォトンの輝きを纏いて『求め』が振りかぶられる。
 ゲンハの顔が驚愕に歪む。
「終わりだああぁぁぁっ!!!」
 悠人の咆哮。
 そして、『求め』はゲンハの頭蓋目掛けて振り下ろされる。
「…クソがあぁぁっ!!」
 ゲンハの怒号が轟く。その時…
(…!?)
 悠人は叫ぶゲンハの向こうに視線を感じた。一瞬、そちらに意識を向けてしまう。
 そして、悠人は見た。
 資材の山。その影に佇む銃を持った男。そして、男の腕に抱えられた……
(せりな!?)
 心が動揺する。剣先が勢いを失う。注意がそれる。それは、至近距離での致命的な、隙――

  ――ドジュッ

「………あ……?」
 鈍い音と衝撃を身体の中から感じた。
 『求め』からオーラフォトンの輝きが消える。
 視線を下げる。
 学生服を突き抜け、いびつに尖った鉄パイプの先が、腹部に深々と突き刺さっていた。
「…マジで死ぬかと思ったぜぇ…」
 安堵のため息と共に、ゲンハの呟きがもれる。次いで、ニッと笑う。
「この甘ちゃんがあぁぁっ!!」
 勢いよく鉄パイプを引き抜く。
 堰き止められていた血が溢れ出す。
「ぐ…あ……」
 走る激痛に耐え切れず、傷口を押さえたまま、悠人はその場に崩れ落ちた。

「高嶺ッ!」
 状況を理解した旗男が声を上げる。
 直後、銃声が響いた。
 旗男の身体が弾けた様に揺れる。
「ぐっ…!?」
 崩れ落ちそうになる身体を、銃剣を杖代わりになんとか支え、旗男は闖入者を睨みつける。
「お…のれ……」
 旗男はその男――直人へ向けて歩き出す。……一歩、……二歩。再び銃声。
 それで、旗男もついに倒れた。

 せりなは二度目の銃声で目を覚ました。
(……ん)
 何だろう? 今の音は。
 目を開ける。ぼやけた視界が次第にはっきりしてくる。
 人影が見える。
 立っている男が一人、倒れている男が二人。その中の一人は…
(悠人!)
 次いで自分の状況、銃を持った男に抱えられていることに気付く。
(また…私のせい…?)


「ずいぶん遅かったじゃねぇか、相棒」
「ククッ、真打ちは遅れて登場するものだぜ? ま、とりあえず、これで貸し借りなしだな」
「…テメェ、出るタイミング計ってたんじゃねぇだろうな?」
「まさか、今着いたばっかりさ」
 直人とゲンハは酷薄な笑みを浮かべ、声を掛け合う。
「で、とどめはささなくていいのか?」
「それこそ、まさかだぜ。…なあ、兄ちゃんよぉ」
 そう言ってゲンハは、ガッ、と倒れた悠人の頭に踵を乗せた。

 旗男は朦朧としていた。視界も霞んでいる。
 銃弾を喰らった位置が悪かったのか、力が入らない。
 『…私は……ここで死ぬのだろうか……?』
 それでも、死にゆく間際だからだろうか。思考だけはまだ鮮明であった。
 『別に、かまわない…はずだ……私は、死を望んでいた……』
「テメェ、なかなか楽しませてくれたぜ。ま、ちぃっとオイタが過ぎたけどよ」
 声と共に、何かを蹴り上げる音が聞こえる。
「…く……貴…様…」
 『……高嶺……』
 悠人は踏み付けられながらもゲンハを睨み付ける。
 その目は、まだ反抗の意志を見せていた。
 『…お前は、まだ戦うつもりなのか…高嶺…』
「あぁん? 何だァその目はよぉ…気に食わねぇぜ」
 踵を回し、ぐりぐりと悠人の頭を地面に押し付ける。
「う…るさい…、俺は…死ぬわけには、いかないんだ…!」
 それでも悠人の目の光はいささかも衰えない。
 悠人の、何がなんでも生きるという意志が伝わってくる。
 『……だが…私はもう…』
 自分の身体だ。よく分かる。自分はもう、死に瀕している。だが…
  ――アンタは生き残った戦友の死を願うのかよ!
 唐突に、悠人の言葉が思い起こされる。戦友達が死に、一人生き残った自分に叩き付けられた疑問詞。その答えは――
 『…誰が願うものか…!』
 自分は今、まぎれも無く悠人が生きることを願っている。戦友の死など、冗談ではない。
 では、かつて共に戦った戦友達も、自分に生きることを託したのか。
 今なら、それを信じることができる。
 『なのに…私は今まで、お前達のところへ行くことばかり考えていた……!』
 気付いたのが死の間際とは何たる皮肉か。だが、手後れではないはずだ。自分はまだ、生きている。
 『お前達に、託されたかも知れん…この命、…無駄には散らせんぞ…!』

「僕は死にませんってか、残念だったなァ。無理だ、そりゃ」
 鉄パイプを逆手に持ちかえる。狙うは、心臓。
「テメェはここで…、く・た・ば・り・なああぁぁぁっ!!!」
 叫び、鉄パイプが振り上げられる。そして――

  ――ドシュッ

 切っ先が人を貫く鈍い音が響く。
 肉を穿つ感触が、確かな手応えとなって返ってきた。……長崎旗男の両手に。
「……」
 時が止まったかのように、鉄パイプを振り上げた姿勢のまま、ゲンハは微動だにしない。
 誰も、息すらも忘れたかのように動かぬ、静寂の時が訪れた。
 やがて、無言のままゲンハの両目だけがぎょろりと自分の背後、旗男のいる位置をうかがう。
 膝立ちのまま、いつもの態勢で構えられた銃剣の先が、ゲンハの背中へと、埋まっていた。
「――――っ、テンメエェーーーーーッ!!!」
 弾かれたようにゲンハは銃剣を抜き出すと、旗男へ向けて鉄パイプを振り下ろす。
 なす術も無く地面に倒れた旗男に、ゲンハはさらに追い討ちをかける。
「ふざけんな、テメェ! コラ! あぁ!? なんだってんだ! 大人しく死んでろ!!」
 滅茶苦茶に喚き散らしつつ、何度も何度も鉄パイプを突き刺す。
 その度に、人の体が破壊される音が聞こえ、血と肉が弾けた。

 ゲンハの狂気に、せりなは逆に我を取り戻した。
 あの兵隊さんは、こんな時でも自分にできることを精一杯やった。
 だが、自分はどうか。足手まといになって、悠人達を窮地に追い込んだだけではないか。
(そんなのは、イヤ!)
 思い切って自分の前に回されている手をぐいと上に持ち上げ、思い切り噛み付く。
「ぐあぁぁっ!?」
 思わず拘束を緩めた直人を振り切って、せりなは駆け出した。
「くそっ…このアマァ!」
 シグ・ザウエルの銃口ををせりなに向けるが、ゲンハが斜線上に重なる。
「…チッ!」
 舌打ちして、直人はせりなの後を追った。

「悠人!」
 勇気を振り絞って、半狂乱で旗男をめった打ちにしているゲンハの脇を通り過ぎると、せりなは悠人を担いで逃げようとする。
「大丈夫? 逃げるわよ」
「待ってくれ…なが…さきさん…が」
 弱々しく話す悠人に、しかしせりなはかぶりを振ることしかできない。
「…ごめん」
 そう言って、悠人を担いだまま歩き出す。
「…んぁあ? なぁに逃げてやがんだァ! ゴルァアァァッ!!」
 さすがにゲンハが気付く。だが次の瞬間、
「チィッ!?」
 第六感が危険を察知し、ゲンハは舌打ちして後ろに跳んだ。
 一瞬前までゲンハのいた位置を風切り音が行き過ぎ、遅れた鉄パイプの先が切断される。
(躱されただと!?)
 今の攻撃の主――飯島は信じられないというように表情を歪める。
 単分子ワイヤーの先端は、鞭と同様に音速で飛来する。見て躱せるものではない。
 それも完全に逆上している時を狙って放ったのだ。飯島にしてみれば、まさに必殺のタイミングであった。
(冗談じゃないぞ、なんなんだこいつは!?)
 しかし、ゲンハも背中の傷のせいか着地に失敗し、よろけたところを直人に支えられている。
 ならばもう一度と狙いを定めるが、その前に直人が銃口を向けてきた。
「くそッ!」
 資材の影に飛び込むのと、銃声が轟くのがほぼ同時。狙いは二の次の牽制だったのか、銃弾は近くの鉄骨に弾かれた。
「ええい、くそっ! 失態だ!」
 飯島は足元の吸い殻を見てそう毒づく。このせいで対応が遅れた。
 あのアンドロイドを撃退したことで、油断してしまっていた。
「何をしている! こっちだ、ぐずぐずするな!!」
 よたよたと歩くせりなを一喝する。せりなは一瞬びくっとしたものの、足を速めて飯島の方に向かってきた。
 飯島は同時にワイヤーで直人を牽制する。だが、相手は銃だ。不利は否めない。
 と、飯島は、あるものに目を留めた。資材の山を固定している、止め具。

 直人は飛び出そうとするゲンハを抱えながら叱咤する。
「いいかげんにしろ、ゲンハ! お前ふらふらだろうが!」
「うるせえぇっ! あいつらぶっ殺さねぇと気がすまねえんだよ!!」
「ったく、これだけ元気なら内臓は無事っぽいな。悪運強すぎだぞお前!」
 いつまで止めてればいいのかと頭を抱えたくなった時、突如としてすぐ目の前の資材の山を固定する止め具が弾け飛んだ。
 支えを失った資材が崩れ落ちてくる。
 海風が運んだ砂が積もっていたのか、盛大な砂煙が上がり、視界を覆いつくした。
「ちぃっ、下がるぞゲンハ!」
 なおも飛び出そうとするゲンハを引きずり、必死に後退する。そして――
 ――やがて砂煙が晴れた時、悠人達三人の姿はどこにも無かった。

「………く…くっそがああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 ゲンハの咆哮が轟く。
 直人は唯一つ残った人影に視線を移した。
 その人影はうつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かない。
 背中側は見るも無残にズタズタにされていたが、その顔は満足そうで、成すべき事を成した男の顔をしていた。


【ゲンハ@BALDR FORCE(戯画) 招 状態△(裂傷多数、背中に深い刺し傷) 所持品:鉄パイプ】
【直人@悪夢(スタジオメビウス) 招 状態△(傷は多いが命に別状なし) 所持品:シグ・ザウエル】
【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態×(腹部に深い刺し傷、打撲、裂傷多数 永遠神剣の力により安静状態なら数時間で△まで回復(歩ける程度)) 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【飯島克己@モエかん(ケロQ) 狩 状態○ 所持品:ワイヤー】
【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態○ 所持品:なし】

【長崎旗男@大悪司(アリスソフト) 狩 状態−(死亡) 所持品:なし】
【全体放送後まもなく】



前話   目次   次話