鋼鉄の僕






 僕の識別名は友永和樹。ロボットだ。
 ケルヴァン様の命令に従い、任務を遂行する。それが僕だ。

 僕の記録保持は12時間前からスタートしている。
この島の中央部の一室で目覚めた僕は、その時にケルヴァン様から任務を与えられた。

 与えられた任務は二つ。
 魔力保持者の保護と魔力欠落者の駆除だ。
 その任務を遂行するべく、僕の探索行動が開始され、そして―――


 紫煙をあげるシグ・ザウエルの銃口の向こう、手傷を負った獣がほえた。
 血走った目を獣は―――キマイラ、という名だと危険生物クラスタがデータを表示する―――こちらに向ける。
 僕は、キマイラを挟んでさらに向こう、走って逃げる魔力保持者と欠落者の一組に目を走らせた。
 保護クラスタと駆除クラスタが彼らに対する追跡を推奨する。
 だが、状況認識クラスタが、キマイラが攻撃目標を僕に定めたことを警告、対応を要求してくる。

 僕は彼らの追跡を一時断念し、再度キマイラのほうへ視線を戻した。

「……!」

 その時にはすでにキマイラ僕の方へ間合いを詰めていた。
 キマイラは僕の顔面を狙い、鋭い風きり音とともに鍵爪の着いた腕が振るわれる。
 速い。
 おそらく普通の人間では対応できないだろう。
 だが、僕のボディは戦闘を前提として作られた物だ。
 軽いサイドステップによって、キマイラの攻撃を回避。
眼前を鍵爪が凪ぐ。
 シグ・ザウエルによる近距離射撃を考えるが、

 「……これは無理かな」

 連撃として振るわれた蛇の尾の一撃、さらに続く鍵爪の連続攻撃の前では回避するのが精一杯であった。

 だがまだ手はあった。
 僕が持つ能力は、この身体能力だけではない。
 電覚―――通信電波を通じてのハードウェアのリモートコントロール。
それもまた僕が持つ能力なのだ。
 グローバルネットーワークが存在しないこの世界では電覚の効力は著しく制限されるが、それでも使いようはある。

(―――この、世界だって?)

 どの世界と比較したんだ―――一瞬そんな疑問が頭を掠めるが、
キマイラとの戦闘という最優先事項の前に、そんな疑問に対する重みは余りに小さすぎた。
 僕は頭を振り、電覚を使用し指令を飛ばした。 

「エテコウ、いけ!」

 僕の指令にしたがい、すでに茂みの中へと隠しておいた小猿型のペットロボット、
エテコウが起動。背後からキマイラに襲い掛かる。

 僕へと気をとられていたキマイラは完全に不意をつかれた。
首筋へととんだエテコウは手にしたサバイバルナイフを、
先ほど僕が撃ち抜いた場所へとえぐりこむ。

   すさまじい声でキマイラはほえた。深手を負ったようだ。
だが、エテコウの力では致命傷を負わせるに至らなかったようだ。
大きく首を振り、エテコウを弾き飛ばすと、跳躍し、後退。
さらには翼を広げて逃走にかかった。
(攻撃意志は失ったようだけど……どうする?)

 魔力欠落者駆除クラスタは、先ほどの男女の一組を追跡することを推奨している。
が、魔力保持者保護クラスタは手傷を負ったキマイラが、他の魔力保持者に危害を与える可能性を示唆していた。

 二つのクラスタによる競合で僕は少しの間迷い……結局、僕は自律決定を放棄した。
 電覚を使用し、ケルヴァン様と通信を取る。
『和樹か……なんだ?』
 通信に応じたケルヴァン様に状況を報告。意思決定をゆだねる。
 ケルヴァン様は少し思案した後、回答した。
『そうだな……キマイラを追って始末しろ。その召還者たちはほうっておけ。
駆除の方はどうせ新撰組あたりが喜んでやっているだろう。
お前は暫くの間、魔力保持者の保護および連行を優先させろ。
初音に贄にされてはかなわんからな……』
「了解しました」
 ケルヴァン様からの指示によって、保護クラスタの価値が増大し、行動が決定された。

   僕はエテコウを拾い上げた。
「キー……?」
 エテコウは少し不思議なものを見るような……そしてどこか悲しげ顔をして、僕を見る。
それはまるで、僕が本当の主人なのか迷っているような顔で―――
(……馬鹿な考えだな)
 僕は頭を振った。エテコウは僕からの指示が無い限り単純なプログラムによるランダムな行動をとる。
 そこに意味を見出すのはばかげた行動だ。
 ―――それでも僕は、
「行こうか、エテコウ!!」
 そう自分のペットロボットに呼びかけて、キマイラの追跡を開始した。  和樹との通信を終えたケルヴァンは耳にはめた通信装置をはずし、フゥとため息をついた。
「友永和樹か……それなりに拾い物ではあるか」
 あのロボットを得たのは、ケルヴァンが異世界の探索をしているときであり、
その時和樹は傷つきとくに頭脳にひどい損傷を負っていた。
 傍にいたペットロボットごと回収し、修理を試みたものの、蓄積されていた情報―――すなわち記憶は失われてしまっていた。

「まあ、それは好都合だったのだが、な」
 結局のところ、そのおかげで自分を主人と認識させることに手間がかからなかったのだ。
 実際、新撰組やドライといった輩と違って意志を持たない和樹は、
扱いやすい手駒である。貴重であるとさえ言っていい。
 が、不安がないわけではない。
 彼の頭脳、無機知能は余りに複雑かつ異質すぎて、修理したケルヴァンでさえブラックボックスな部分が大きすぎるのだ。
 さらには、ヴィル・ヘルムがおそらく良い顔をしないだろう、という懸念もある。
 いわば和樹は、彼の嫌う科学文明の集大成ともいう存在なのだから。

   そういうわけで和樹の存在はヴィル・ヘルムにも伏せてはいるのだが……
「まあよかろう。いざとなれば切り捨てればよいか」
 そう呟くと、ケルヴァンは目をつぶり、己の野望を夢想した。

【友永和樹@“Hello,World” 状態良好。ケルヴァンの僕。魔力保持者保護を目的。
              装備……エテコウ、シグ・ザウエル、サバイバルナイフ】
【キマイラ 負傷、逃走中】 



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