葵の紋の守護者達






左腕に鈍い痛みを感じながらも、しっかりとした足取りで皇蓉子は歩みを進めていた。
向かう先は当然中央、目的はいわずと知れたヴィルヘルムの暗殺である。
(所詮は応急処置か…左腕は動かない物と考えた方がよさそうだな)
太めの木の枝を添え木として治療したものの平時の動きには程遠い動きしか左手はできない。
蓉子は足を進めながら先程の化け物を事を思い出す。
(先程は運良く倒せたが、次同じような怪物が現れたら生き残れるかどうか…)
右手のコルトガバメントがどれ程役に立つかはいささか不安ではある。
蓉子は大きく溜息をつく。
(私は隠密であって退魔士ではないのだがな…)
ヴィルヘルムという男が人間であるのならばまだそちらの方が幾分かやりやすい。
蓉子が中央を目指したのはそんな些細な理由からであった。
(そうだ…人間が相手の方がまだやりやすい)
蓉子は突然歩みを止めた。
「出てくるがいい…付回されるのは趣味ではない」


「命…お前がとちったんじゃねえのか?」
「ちょっと双厳!いくら私でもこんな時に…いや、確かに木の枝踏んじゃったけど……」
「ま、命は得物がでかすぎるからしょうがねえ事なんだがな」
随分と昔の着物を来ている三人組が茂みから姿を見せる。
「妙な趣味をしているな…その武器も刀等と私を侮辱しているのか?」
蓉子の声は既に怒気をはらんでいる。
「武士が刀以外の何で戦うってんだ?妖術でも使うってのか?」
禿頭の武士を名乗る男が、前に進みながらおどけた口調で言う。
「おい、十兵衛!」
「双厳、お前は周りを見てろ…所であんたに聞きたい事があるんだがな?」
「聞きたくば力ずくでやってみるのだな」
隠密たるものぺらぺらと自分の事を話すものではない。
「あんたみたいな女嫌いじゃないぜ…でもこっちも切羽詰ってるんでね!柳生十兵衛、行くぜ!」

(柳生……十兵衛だと?)
蓉子とてその名は知っている。
江戸時代初期の剣豪……蓉子の使う隠密術の流派において歴代で数本の指に入る程の使い手だ。
(おもしろい…)
あの男が柳生の名を騙っているのかそれとも過去の亡霊が甦ったのか…この目で確かめてやる。


十兵衛の武器は刀である。
当然のごとく接近しなければ相手を攻撃する事はできない。
対して蓉子の武器は銃。
リーチの差は圧倒的であった。

コルトを構えて男の心臓に照準する───男は真っ直ぐ突っ込んでくる。
あと一歩で刀が蓉子に届く距離になった時───引き金を引いた。

乾いた音が鳴り、男が倒れる。
「……」
「こんなものなのか…呆気ない。これで柳生の名を騙る等と…」
ふと蓉子はまだ敵はあと二人居ることを思い出す。
しかし明らかに様子がおかしい。
仲間がやられたというのに表情一つ変えていないのだ。
あまりの出来事に呆然としているのだと蓉子は解釈した。
(ならば…ひと思いに冥府に送ってやるか)
蓉子が妙な耳の飾り物をつけた女の方に照準し、引き金に指をかける。

「十兵衛、もう猿芝居はいいんじゃねえか?」
「そうだな…しかし鉄砲ってのはそこまで小型化できるもんなんだな…初めて見たぜ」
(なっ──)
確かに銃弾は命中したはずなのに…立ち上がった十兵衛は無傷であった。
「貴様も化け物か…」
「化け物呼ばわりは心外だぜ。ただ腕で受け止めただけさ」
そう言って十兵衛は左腕を振って見せる。
それで蓉子は初めて十兵衛が左腕を骨折している事に気付いた。
「鉄の板が仕込んであってな、ちょうどいい盾になるのさ」
「ちっ…」
蓉子が再びコルトの照準を十兵衛に向ける。

「距離を考えた方がいいぜ…!飛燕!」
蓉子が引き金を引く前に十兵衛の刀がコルトを叩き落した。
首筋に刀が当てられる。
「さて、じゃあ質問に答えて貰おうか」
「これ程の使い手、まさか本当に…柳生十兵衛だというのか?」
「偽者もいるかもしれねえが、柳生十兵衛って名前の人間の中では俺が一番強いと思うぜ」
「例え偽者だったとしても…いや、本物だと信じるしかないのだな」
先程十兵衛が使った飛燕は柳生の剣術の基本の技である。
それを見せられてなお疑う理由は蓉子にはない。
「私は水戸藩隠密、皇蓉子と申します。柳生十兵衛殿、私の知っている事をお話しましょう」


「つまりこの場所について持ってる情報量は俺達と大差ねえのかよ…」
双厳が苦虫を潰したような表情をする。
「私も先の放送で始めて知ったことばかりですので…」
「と、なると気になるのは、妙な建物と化け物、か」
十兵衛は蓉子の話にあった建物が気にかかっているようだ。
「早く戻りたいなら首領の所に行った方が早そうですけれど」
「こんな真似をしでかす奴がとても話し合いに応じるとは思えねえけどな」
「まずは外堀を埋めるか…それとも一気に片をつけるか」
「敵の首領をぶっ殺しても、帰る方法がわからねえんじゃ話にもならねえしな」
「まずは帰る方法を見つけるのが先ですか?」
「まず首領を締め上げて知らなかったら考える、でいいんじゃねえか?なんせこの島も常識が通用しそうにねえしな。
また、呪いだの妖術だのはできれば御免被りたいぜ」
「双厳、いくらなんでも強引すぎる気もするんだけど…」
「いや、命。双厳の言ってる事もあながち間違いじゃない」
珍しく十兵衛が双厳をフォローする。
「今回は情報がなさすぎる。それにあまり時間をかける訳にもいかないだろう。イルとスイの事もある」
「まあ、妖怪婆がいるからなんとかしてるかもしれねえけどな…。それでも確実じゃねえからな」
「……つうわけだ、蓉子。それでいいか?」
「はい。私も元の世界に戻りたいのはやまやまですから…」

「……いつの間にか絶対的な上下関係が形成されてるな」
「そうね…まあ未来の人間とか言われても信じられないのは確かだけど、確かにあの人の使うのは柳生の技だしね」
「双厳、命…言いたい事があるならはっきり言ったらいいだろうが」
目ざとく十兵衛がこそこそ話す二人を見咎めた。
「くっく…なんでもねえよ。さくっと首領を締め上げて、さくっと帰ろうぜ」

【双厳@二重影(ケロQ)状態○ 装備品 日本刀(九字兼定) 狩】
【柳生十兵衛@二重影(ケロQ)状態○ 装備品 日本刀(三池典太光世)左腕に鉄板 狩】
【命@二重影(ケロQ)状態○ 装備品 大筒 煙弾(2発) 通常弾(10発) 炸裂弾(3発) 狩】
【皇蓉子@ヤミと帽子と本の旅人(オービット)状態△(左腕骨折) 
装備品 コルトガバメント(残弾4発)マガジン×3本 クナイ(本数不明) 招】
【行動方針 ヴィルヘルムを締め上げる】
【全体放送後〜満月の夜前】



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