ほんとうのたからもの






『よいしょ よいしょ よいしょ、おこじょのハルは きょうも いっしょうけんめい
 ちいさなからだで おおきなおかをのぼります よいしょ よいしょ よいしょ』


孝之くぅん…、木陰で遙は孝之に持たれかかり心配そうな、それでいて甘えるような仕草を見せる。
当の孝之は息を荒げて、がくがくと身体を震わせている。
未だ興奮覚めやらぬ孝之をなだめるように遙は首に手を回す…そして唇が重なる。
孝之の震えがようやく止まる、だが興奮の次には凄まじい後悔が押し寄せてくる。
「はるかぁ…俺、俺ぇ…」
遙はそんな孝之の背中を優しく撫でてやる。
「孝之君は悪くないよ…仕方なかったんだよ…それに、私すごく嬉しいんだよ…孝之君、私を選んで…くれたから」
遙は孝之のズボンを降ろすとそのまま孝之のものを口で愛撫しはじめる。
「はる…か?」
怪訝な表情の孝之に遙は咥えたままで微笑む。
「私のために水月を見捨てて…それに色々と危ないこともしてくれたんだから、これくらい…いいよ」

ぺちゃぺちゃと唾液と舌の絡み合う音が聞こえる。
その淫らな水音をBGMに、孝之は何かが違うと感じ始めていた…。
俺が求めていたのは本当にこんな結末だったのか?自分は正しいことをしたのか?
朝に遙を抱き、昼に水月を抱く…そんな暮らしを続けていても孝之の心はいつも違和感で満ちていた。
もう戻れない事を知っていながら、戻りたいと願う曖昧な気持ちを抱えたままで。

(俺は…遙を選んだという事実を自分で納得させたい、それだけだったのかもしれない
 そのためだけに…俺は人を殺した…誰かを裏切って見捨てるほど遙を愛していると思いたい、
 それだけのために)
俺はいつもそうだ、よりよい何かを求めて…ありもしない理想を求めて、それで結局こんな事にばかりなってしまう。
でも…これでいいわけがない、人が、人が死んでいるんだ…そして殺したのは俺なんだ。
「緊張しているんだね、全然おっきくならないよ…無理も無いよね」
遙は上目遣いで孝之の顔を見て、いたずらっぽく笑う。
「水月もこんなことしてくれた?」
ああ…やっぱり違う、こんなんじゃない。

「ずっと怖かったの…また孝之君、水月のところに戻ってしまうんじゃないかって、そう…思ってた」

遙はずっと言いたくても言えなかった言葉を口にしていた。
いくら自分でも、友情は不滅だなんてメルヘンの世界の住人のようなことを本気で考えてはいない。
もっとも、水月は今でも私がそんな女だと思ってるに違いないが。

つい先日も自分は最低だと思いながら、また水月を傷つけるような電話をしてしまった。
水月に自分の優位を見せつけるために、もう孝之は自分の物なのだと知らしめるために、
どんなに肌を重ねても、自分の知らない3年という時間を独占していた水月が…生きる屍ではなく生者として
孝之と共に歩んだ水月が怖かった…その絆が恐ろしかった。
でもそんな日々も、もう終わる…だって孝之君は私のために…。

「やっと…これで私、孝之君のほんとうのたからものになれたんだね」
で、そのころ初音の巣の中では。
「男ならばたくましく育てよ、女ならばやさしく、しかしむしろ男よりも誇り高く」
目の前のどう考えても自分より年下の少女の大仰な育児論を聞き流しながら、
水月はつい先日のことを思い出していた。

日が暮れて、日課であるハローワークから戻ってきた水月、つかれた身体を引きずるように服も着替えず
ベットに倒れこもうとした矢先に電話のベルが鳴る。
電話の相手は遙だった、久方振りの甘ったるい舌っ足らずな声が聞こえてきた。


「ねぇ、水月…今日はとってもいい事があったんだよ、私の絵本が出ることになったの!」
 水月にいちばん最初に知らせたかったんだ」
「そ…そう、よかったわね」
どうしてわざわざこんな話を聞かせるのか?、かつて親友だった自分には良く分かっている、
涼宮遙がそういう女だと言う事を…、本気で私が喜んでくれると思っているのだ。
そして今でも親友だと、友情は不滅だなどとメルヘンの世界の住人のようなことを本気で考えているのだ。

「私ね、思うんだ…あの事故があったから、本気で夢に向かってがんばらなきゃって、
 気持ちになれたんだと思う」
「みんなにたくさん辛い想いをさせてしまったけど、でもこれからは絵本を通じてその分
 たくさんの人たちに少しでも幸せな気持ちを、誰かを思いやれるやさしい気持ちを分けてあげられたらって思うの」
「うん、遙ならきっと出来るよ」
どうしてだ…どうして私はこんな返事をしているのだろう?

自分は孝之のために夢を捨ててまで尽くした、それに関しては後悔はしていない、
それほどまでに孝之を愛していたし、今でも愛している。
なのに…どうしてこの女は全てを手に入れられる?何もしてないのに、ただ3年、眠り姫になっていただけなのに、
それだけで彼女は恋人と夢と両方を手に入れ、そして全てを捨てて愛を捧げた自分は、
全てを失ったのだ、不公平ではないか?

全てはあの事故が…あんなことさえなければまだ諦めがついたのに…。
それを…あの事故のおかげだと!!幸せな気持ちを分けてあげたいだと!!
是非とも分けていただきたいものだ、お前の声を聞いているだけでこんなに不幸な気持ちになってる
この私に!!

「水月?つかれてるの?、なんか声に元気が無いよ」
そんなに知りたいなら、今ここでぶちまけてやってもいい、私が疲れているのは、
毎日ハローワークに通っているためだけじゃない。
お前の愛する鳴海孝之に抱かれたからだと、今日は4回も楽しんで、そのうち1回は後ろの穴で、
「遙にはこんなことはさせられないからな、口ですらまだしてもらってないんだぜ」
と孝之がのたまっていたことも全て…だが、そんなことをしても虚しいだけだ。
孝之はもう戻らないのだから…ここで口を滑らせればもう本当に全てを失ってしまう…。

「それでね、孝之君もすかてんの正社員になったんだよ、何でもオーナーの娘さんが強く推薦してくれたおかげで 
 水月も早く仕事が見つかるといいね」
「なかなか厳しくってね、また水泳始めよーかなーっ、なんて♪てへっ」
「もしあれならいっしょにすかてんでバイトしない?」
もはや水月は遙の言葉など聞いてはいなかった、ただ嫉妬と条件反射と、
叶わない復讐心でかろうじて会話を成立させていた。
でもそんな日々も、もう終わる。
水月はうっとりと自分の腹を、愛する孝之の子が宿る腹を撫でさすり、それから、
胸ポケットの中からいつも肌身離さず持ち歩いている、あの指輪を…
あの日、孝之に買ってもらった、あの指輪を取り出すと、そっと、だがしっかりと左手の薬指に嵌めこんだ。
「もう…絶対に外さないんだから」


『ほんとうのたからものを みつけたハルは しんじています
 いつかまた みんなで なかよくおひるねできることを ずっとしんじています』

【鳴海 孝之@君が望む永遠(age) 状態:○ (狩)  コルトパイソン/弾数不明 マグナム銃/6発】
【涼宮 遙@君が望む永遠(age) 状態:△(右足銃弾貫通、治療ずみ) (招) 拳銃(種類不明)】

【アル・アジフ@斬魔大聖デモンベイン (ニトロプラス) 状:○ ネクロノミコン(自分自身) (招) 】
【速瀬 水月@君が望む永遠(age) 状態:○ (狩) スナイパーライフル(鬼側の武器を初音が持ってきた)】

【伊藤乃絵美 @With you〜見つめていたい(F&C)  状:○(狩) (睡眠中) ナイフ 】
【比良坂初音@アトラク=ナクア(アリスソフト) 状態:○(睡眠中) (鬼) なし 】

【満月の夜の直前】



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