耐え難きを耐え






「どうやら問題はないようだね。あの犬の化け物は建物の横で死んでいるようだし。
尤もあれが擬態でなければの話だけれど…」
ナナスがこの世界についての推論を述べた後、三人はそのまま北に向かって歩いていた。
忠介が「科学の心得がある者ならば配線は美しく、規則的にするものだ!」と主張したこともあり、
中央に結界があるならば結界装置は中央を囲むようにあると予想したからである。
その予想は外れてはいなかったようだ。

少し小高い丘にから見える、結界装置と思しき建物の横にはフェンリルの死体が転がっている。
「これは…罠の可能性があるね…」
「しかし虎穴に入らば虎児を得ず、とも言う。判断は君に任せようナナス君」
「私もナナスさんに任せるね…こういう事、よくわからないから」
良門は先程郁美が目覚めたので、再び郁美に意識を譲り渡し眠りに着いた。
よって今は郁美の人格が表に出ているのだった。
「そうだね…」
(もし罠であったなら間違いなく全員の命がなくなる…やはり避けるべきか)
「そうそう、ナナス君」
「なんだい?」
ナナスがこの場は退く、という決定を下す寸前に忠介から声が掛かる。
「もし僕の身を心配してくれているのなら心配無用だよ。失敗を恐れていては技術は進歩しない、
それと同様ある程度の危険を冒してでも状況を変えないと、いずれ僕らを取り巻く状況は詰んでしまうだろうからね」
(そうだ、このまま───いや、今敵と遭遇してもそれを退ける力は今の僕らにはない。
危険な賭けにはなるけれど行くしかない。手遅れになる前になんとかしなくちゃいけないんだ)
「じゃあまずは僕が」
「ナナス君、ここは僕が先に行こう。もしも、の事態が起こった時失ったのが君では誰にも代わりは勤まらないからね」
忠介はナナスの返事も聞かずに颯爽と坂を滑り降りて行った。
「私が寝てる間に何かあったんですか?」
「え、どうして?」
「だって…ナナスさんと忠介さん、とても仲が良いみたいですから…」
「そうかもしれないね…ママトトではどうしてもみんなとは、軍師と将という立場になってしまっていたから。
対等に話せる人は初めてなのかもしれないね」
ふと見ると建物の入り口で忠介が手を振っている。
問題はなかったようだ。
「郁美さん…行こう。アーヴィとミュラー達を見つけて、みんなでこの世界から脱出する為にも」


驚いた事に建物の中は無人であった。
あの巨大な犬がこの建物の番人で誰かが倒してそのまま放置したのだろう。
「成る程…これは結界装置のようですね……それも外部に働く類ではない。
むしろ装置の内側を守るため、やはり中央に結界があるね」
魔力の流れ、装置の構造を見ればそれらの装置が大体なんの働きをしているかくらいはナナスには容易にわかる。
「他の装置と同調してるかどうかを調べないといけないね…」
そういうとナナスは中央に陣取る巨大な装置と格闘を始める。
「機材とかパネルとか一杯…」
郁美は建物の内部を見てテレビで見た空港の管制室を思い出した。
尤もあの管制室はたくさんの人間によって管理されていて、
こんな機会類だけが無機質な音を奏でている空間ではなかった気がするけれど。
「ふむ……ふむ……なるほど。これはおもしろい」
忠介は先程から夢中で部屋の一角で何かを調べている。
(私は……足手纏いなのかな……ナナスさん見たいに何かに詳しくないし、忠介さん見たいに頭が良い訳でもない…)
役に立ってるのは厳密には郁美ではなく良門だ。
一介の学生である郁美では、今自分を取り巻く状況に対して何もできないのだ。
(私なんか居なかった方がよかったのも……なんでナナスさん達と一緒に居るんだろう)
「郁美君、こっちに来て少し手伝ってくれないか」
「あ、はい」
不意に忠介に呼ばれて郁美は忠介の傍に行く。
「少しこの画面を見ててくれないかな?画面のグラフに変化があったら教えてくれ」
そう言うと忠介は郁美の横でパネルを操作し始める。
「私は……ナナスさん達の役に立ってるんですかね…?」
なんとなく手持ち無沙汰で思わず呟きが漏れた。
「多分だがね…」
郁美は返答は期待していなかったのだが、意外にも忠介は返答してくれた。
「多分だが、僕が感じた事を言わせて貰えばナナス君は郁美君が居るから…
何の力もない人が傍に居るからまだ持ってるのだと思うよ」
「どういう……意味ですか?」
「どうやら…彼は責任感が強すぎるのだろうね、自分の作った機械が関係ない人を巻き込んで…
仲間ともはぐれて…彼は一人だったら責任の重さで潰れてしまうよ」
「でも…それなら私じゃなくても、別に忠介さんでもいいじゃないですか」
忠介はそれを聞いて苦笑する。
「郁美君、君は僕について認識不足なようだね。僕みたいに規格外の人間ではナナス君の傍にいても役に立たないんだよ」
(例えそうだとしても……それこそ私じゃなくっても…)
「そう、別に君である必要はどこにもないけれど」
どうやら郁美の思考回路は既にわかっているらしい。
郁美の思考を遮って忠介の言葉はなお続く。
「でも、今ナナス君の傍にいるのは郁美君で他の誰でもない。
ナナス君の心を支えているのは君の存在……ではないのかな」
詰まらない話だったね、と忠介は言葉を締めくくった。
「ありがとう……それと画面反応してますよ」
「ふむ、やはりか…ナナス君!少しいいかな?」
忠介はどうやら何も聞かなかった事にしてくれるらしい。
「うん、こっちも相談があるんだ」
ナナスがそう言いながら機械の下から這い出して来る。
(うん…良門に頼ってばかりじゃいけないしね。私にも出来ることがあるはずだから…)

「さっきの放送はこの施設を利用して行われた…?」
ナナスの言葉に忠介が頷く。
「音波の増幅装置……いわゆるアンプ、という奴だね。それに似た機械があったから間違いないと思うよ。
大体、中央から島全域に届くくらいの音を出したら中央にいる人間はみんな鼓膜が破けてしまうしね」
「でも…それがわかったからってどうしようもないんじゃ」
郁美が疑問を口にする。
「違うんだよ、郁美君。問題はわかったからどうする、ではなくなんでわかったか、という点にあるんだよ」
「…?」
「まだこの施設には放送の時に使った配線がそのままなんだ。だからわかったのさ。
これを利用すれば…僕達が逆に島全域に全体放送をやることができるのさ」
「じゃあナナスさんが言っていた施設全部の同時破壊も…?」
「ああ、不可能ではないね」
取りあえず希望は出てきた。
上手くいけばナナスの仲間達とも合流できる。
「それについても朗報があるんだ」
ナナスの方でもわかった事があるらしい。
「装置は別に同調しているわけじゃないみたいだ。確かに敵に対策を取られない為にも
一気に全部破壊してしまい所なんだけど、別に拘る必要はないよ。全部の装置さえ壊せば中央の結界は消滅する」
「確かにこちらにとって好都合…危険を冒した甲斐はあったね」
「それで忠介君、放送は今からでもできるのかい?」
「少し準備が必要だね。放送を聞いて殺到する敵への対策をしないといけないからね」
「うん、失敗するわけにはいかないからね…」
郁美の目にはもう迷いの色はない。
「では忘れないうちに取りあえずこれを渡して置こう。特に郁美君のは取り扱いに注意してくれ」

こうして反撃の狼煙は上げられた。

【ナナス@ママトト(アリスソフト)状態○ 所持品 強化皮膚の装甲 改造エアガン 招】
【小野郁美@Re-leaf(シーズウェア)状態○ 所持品 メッコール(飲むとあまりのまずさに気絶)強化皮膚の装甲 ハンマー 招】
【江ノ尾忠介@秋桜の空に(マロン)状態○ 所持品 液体の入った小瓶2個(うち1個は、塩酸で残りは半分)強化皮膚の装甲 招】
【現在位置:北の結界装置】
【目的:全体放送をやり返して、中央以外の人間を決起させる】
【全体放送後〜満月の夜と同時刻】



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