逃れられぬ因果
「ご、ごめんね…痛くない?平気?」
「大丈夫よ。こいつは丈夫なのだけが取り柄なんだから。ほら、まひるちゃんが心配してるでしょ!
あんたも心配かけてごめんなさいって謝んなさい!」
今日子は肘をもろに脇腹に叩き込んで気付けをしつつ光陰を促す。
「うぐっ…いや、心配かけて済まなかった、大丈夫だ。むしろこれ以上心配される方が俺にとって危険だ」
「こういぃん〜?あんたは丈夫だからもう少しくらいダメージを受けても平気よね〜?」
「いや、待て今日子!話せばわか…ぶべっ!」
スパーン!スパーン!スパーン!スパーン!スパーン!スパーン!スパーン!
ハリセンの音が小気味よく廃墟に響く。
夫婦漫才を繰り広げている二人を尻目に、麦兵衛は光陰が激突した壁を見る。
まるで漫画のように壁が人間型に凹んでいた。
「人間何かに秀でているのは素晴らしい事だね」
「透…いくらなんでも限度があるだろ…」
いくらなんでも普通は死ぬし。
(この娘大した魔力だ……この力を取り込めば我もこの世界の管理者共にもそうそう負けぬな)
それにいつまでもこの小さな器に閉じこもっているのも退屈だ。
そろそろ動くとしよう。
(所詮は戯れではあるが…よい退屈しのぎになるな。この世界はどれほど我を楽しませてくれるのか…楽しみだ)
「そうか…あんたらも大変なんだな…」
まひる、透、麦兵衛の事情を聞いた光陰は思わず溜息をついた。
(俺と今日子と……悠人と一緒かよ)
平穏な生活から突如異世界への召喚。
光陰達が経験した事と同じである。
決定的な違いは、力を与えられて戦う事を強制されているか、
そんなご都合主義な展開はなくただ無力なまま近しい者を亡くしていったか…。
(でもこいつら見てるとどっちがよかったのかなんてわからねぇな…)
戦いを望んでいなくてもまだ大事な者を守れた悠人、力がなかったばかりに何も出来ずに大事な者を失ったまひる達。
どっちがよかったなんてない。
只みんな今まで通りの平穏な生活があればそれでよかったのに。
「ねえ…光陰」
「ああ、分かってる」
今日子の言葉の全てを聞く必要はない。
今日子が何を言いたいのか全て理解できるから。
「まひるちゃん、あたし達でよかったらその…はつねって奴を倒すの手伝うよ」
「ありがたいが…その…」
「大丈夫。何が相手でもあたしは…あたし達は負けないから」
不安そうな麦兵衛の言葉を今日子は途中で遮る。
(生きてる人達だけでも守る…それしか今のあたしにはあの人のやさしさに報いる事ができないから…)
「そっかぁ…うんうん。みんなでこっから帰ろうね!」
「うん…そうだね…」
(あたしと光陰は…一緒には行けないと思うけれど。せめてこの子達だけは無事に日本に…)
(守れるのかな…?今まで他人の命を奪うことで生きてきた汝が)
(誰!?まさか空虚!?)
(我をあのような存在と同じにしてもらっては困る。我名はそう───)
目の前には今日子の手を握ってぶんぶん振り回しているまひるがいる。
空いている方の手が空虚を握る。
──駄目だ───やめて!
───もう誰も───殺したくない!
──この人達を───守るって───!
(───無貌の神)
「今日子ぉぉぉおおおおおおおおお!!」
ああ、あたしまた───。
「貴様ぁ!」
目の前には深々と剣を突き刺されているまひると、それを行った者の姿。
まひるの羽が段々縮んでいく。
まるで剣に吸い取られているかのように───
もちろん麦兵衛とて黙って見ている訳ではない。
「空虚!いつまで今日子を苦しめるんだ!」
だが真っ先に二人を引き離しにかかったのは光陰であった。
(何故だ?こいつはあの女の仲間じゃ──?)
光陰の剣をあっさりと女の方は避わした。
「まひる!しっかりしろ!」
見ればまひるの羽は姿形もなく消えうせている。
攻撃をあっさり避わした女は不気味な笑いを浮かべている。
(本当に───さっきまでの女と同一人物なのか?)
麦兵衛の心に浮かんだ疑問に答えるかのように、女は笑いを止めてゆっくりと口を開いた。
「我は空虚でも、もちろん岬今日子などという存在でもない。我の名は……無貌の神」
「無貌の神……だと?」
「そうだ…元を正せば汝等に原因があるのだぞ?我を受け入れ、我の力の全てを制御していた八雲辰人を殺した汝等に、な」
「剣の意識は…空虚はどうした?」
「消した。この剣程度の器では、我と他の意識が同時に存在する事などとても叶わぬのでな。
この体の持ち主の自我は今の行いに耐えかねて逃げ出したようだな。我がこの体、貰い受ける」
「そうか…安心したぜ。なら空虚さえ叩き壊せば今日子は戻ってくるんだからな!
透!、麦兵衛!お前らは手を出すなよ。因果…お前の望み通り空虚を砕いてやるよ!」
碧光陰は今まで抑えていた因果の破壊衝動───因果の持つ全ての力を解放した。
「砕けろ空虚!!」
光陰は因果の全ての力を乗せた攻撃を繰り出した。
速度、威力共に申し分ない、まさに必殺の一撃である。
しかし今日子───無貌の神は防御する様子もなく、空虚の先端を光陰の方に向ける。
「甘いわ!」
その瞬間、空虚から放たれた雷撃と因果がぶつかり合った。
その時牧島麦兵衛には吹き飛ばされる光陰、そして肩口を因果によって斬り裂かれる今日子の姿が見えた。
「今日子…戻って来い。ようやく……ようやくもう誰も殺さなくてもいいようになったんだぞ…」
光陰はゆっくりと体を起こしながら無貌の神に呼びかける。
しかし光陰の言葉は今日子の姿をした者には届いても岬今日子には届いていない。
「やるではないか…この場は一端退こう。だがいずれは汝等の魔力も貰い受けに来るぞ」
そう言葉を残し無貌の神はあっという間に視界から走り去った。
「まひる!しっかりしろ!」
普段は間延びした声しか出さない透もさすがに今だけは切羽詰まった声を出している。
「うん…あたしは……丈夫…だから……」
そう言っている間にも傷口からはとめどなく血が流れている。
「何もできないのかよ……」
魔法なんて物は麦兵衛は使えない。
そんな都合のいい力があったら誰も目の前で死なさずに済んだ。
「どけ…」
今まで微動だにしなかった光陰がまひるに近づいていく。
「貴様!貴様等のせいで…まひるさんは!」
「まだ…死んでない…」
「だからどうしたっ!このままじゃどの道…!」
麦兵衛は光陰の胸倉を掴み激晃する。
「くそっ!」
光陰を殴ってもまひるが助かるわけではない。
自分のしている事の無意味さを理解した麦兵衛は光陰を放した。
「因果…力を貸せ……」
光陰は麦兵衛のした事を気にした様子もなく剣を天に向かって構える。
「トラスケード!!」
辺り一帯に光の絨毯が現れる。
「まひるの傷が…塞がっていく…」
透が驚きの声を挙げる。
「お前なんで…」
「今日子に…あいつにもう人を殺させる訳には……いかねえからな」
光陰はそう言うとそのまま地面に倒れこんだ。
「情けないな……他人を助ける為にマナを分けて……自分が立てなくなるってのは…」
光陰はそのまま気を失った。
「まひるさんは…?」
「眠ったみたいだ…羽がないと、かさ張らなくていいね」
こんな時にまで冗談が言える透はすごいと思う。
「今日子さん…泣きそうな目をしてた。助けを求めるような……透、麦兵衛君……あの人は悪くないから……」
まひるは寝る前にこう言い残した。
しかし今の麦兵衛に何ができるのだろう?
光陰の人間離れした力を持ってしても今日子を助ける事なんてできなかったのに。
(せめて……力があれば。何があってもみんなを守れる……そんな力が……)
光陰は気がついたらすぐにでも今日子を追うだろう。
今日子という女も助けを求めているとまひるは言った。
そしてひかりを助ける為にも力はいつかは必要になる。
だから───
「透……お前はまひるさんの傍に居てやれ。それで…どっかに隠れてろ。お前の友達の仇は俺が取るから…
お前はまひるさんを守るんだ」
「牧島…?お前まさか…!」
「いいな…男の約束だ。破ったらただじゃ置かないからな!」
麦兵衛は背後で聞こえる透の静止の声を振り切って来た方向に駆け出した。
(乗ってやるさ───罠だったとしても行かなきゃ、力を手に入れないと誰も守れないんだったら!)
「ふむ…さすがに辰人とは勝手が違うな」
思うように再生力が働かないのは器の差だろうか。
まあ、しばらく待てば受けた傷も治るだろう。
「魔力を集めてこの世界の結界を破壊する。ククク……管理者の顔が見物だな。これ以上の暇潰しはなかろうな」
そしてこの世界を監視しているはずの管理者の方を───空を見た。
「月も我を祝福しているか……あせらずにゆっくりと行くかな」
呟いた時には既に満月は欠け始め、世界はゆっくりと光を取り戻し始めていた。
【碧光陰@永遠のアセリア(ザウス)招 状態×(気絶) 所持品 永遠神剣第六位『因果』
スタンス:『空虚』を砕いて今日子を助ける】
【岬今日子(無貌の神)@永遠のアセリア(ザウス)招 状態○(左肩刀傷)所持品 永遠神剣第六位『空虚』(雷撃2発分の魔力)
スタンス:資質者を殺して魔力を集める。最終的には結界の破壊】
【牧島麦兵衛@それは舞い散る桜のように(バジル)招 状態○ 所持品なし スタンス:魔力武器を取りに行く】
【遠葉透@ねがぽじ(Active)狩 状態○ 所持品 妖しい薬品 スタンス:まひるを守る】
【広場まひる(天使の力喪失)@ねがぽじ(Active)招(今は狩?) 状態×(取りあえず死の危険はない)所持品なし】
【全体放送後〜満月の夜と同時刻】
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