死闘、その後に待つもの
廃墟の中、剣戟の音が響く。
鋼と鋼がぶつかり、火花を散らす。
白刃がひらめき、風を切り裂く。
幾たびの打ち合いを経て、異形の侍と隻腕の機械人形の死闘は未だ決着を見せない。
両者の戦い方は、対照的だ。
「相変わらず守りばかりかよ!! 立派なのは口だけか!?」
挑発と共に攻勢に乗るのは無影。
「…………」
沈黙のまま守りを固めるのは和樹。
無影が一歩踏み込み刀を振るうならば、和樹は一歩引きナイフで斬撃を受け流す。
無影があえて間合いを取ろうとも、和樹は己からは間合いを縮めない。
故に攻守の役割は一度も入れ替わるまま、勝負は長引いていた。
(こいつ、何を考えてやがる?)
斬撃をくわえながら、無影は心中で舌打ちをする。
攻守の別がついてしまっているのは、無影の技量が理由ではない。和樹が決して攻撃には回らないからだ。
なるほど、確かにサバイバルナイフは、攻撃よりも守りに適した武器ではある。
仮に剣技が差があろうとも、守りに全力を尽くせばまんざらしのげなくも無い。 しばらくの間ならば、だ。
(だが、そいつはジリ貧だぜ? それが分からんほど愚かには見えんのだがな)
無影の日本刀は、籠釣瓶妙法村正の銘を持つ業物だ。対して和樹のナイフは、無銘の品。
それなりに良いものだろうが、武器の質を問われれば、圧倒的に無影の方に軍配が上がる。
受け流すことで辛うじてもたせてはいるが、既に和樹のナイフには細かい刃こぼれが目立つようになってきた。
「どうした? その獲物もそろそろ限度だぜ?」
再び無影は挑発する。
「…………」
だが、和樹は依然沈黙を守ったままだ。
ただ、鋼がぶつかり、擦りあう音が、廃墟の中で木霊するだけ。
相手にされぬ挑発ほど、空しいものもあるまい。無影は再び、心中で舌打ちした。
(チッ……追い詰めているのは俺のはずなのだがな)
一太刀ごとに相手を追い込んでいるという確信はある。
事実和樹のナイフは破損の度合いを増し、また和樹自身にも無影の刃が届きはじめていくつか浅い切り傷を作り始めていた。
にも関わらず、和樹は攻めない。ただ、守りに徹し、じっと耐え続ける。
相手の行動が恐怖にとらわれた者特有の時間稼ぎでないことぐらい、分かる。
相手がそんな者ならば、とうの昔に無影は勝利しているのだから。
(気に食わんな、この流れ)
無影とて剣の達人。見せ掛けの優位に慢心するほど愚かではない。
この流れは己ではなく、敵が作り出したもの。
故にこの先に待ち受けるのは恐らくは罠。
敵は真っ直ぐに無影を見つめ、観察している。 測っているのだ。自分を殺す、その機を。
(それに、この坊主。刀を合わせる度に、動きが良くなっていやがる)
片腕の動きに慣れをみせはじめているのか、それとも無影の刀術から何かを学んでいるのか。
それはあたかも―――
(俺を練習台と扱うのならば、それはひどい侮辱だぜ。坊主?)
だから、無影は覚悟を決めた。
いずれ顎の閉まる罠の前で突っ立っている趣味はない。
そこに罠があるというのなら、仕掛けはこちらから外してやる。その上でその罠を粉砕するのみ。
トン、と一歩大きく後ろに下がり、無影は間合いを開ける。
同時に、刀の戻す軌跡を通常よりほんのわずかだけ大きくした。
これは誘いだ。
―――さあ、お前が隠し持つその牙を、今すぐ俺に見せてみろ。
無影の誘いに釣られたのか、それともあえて乗ったのか。
無影の下がる動きに合わせて、
ダンっ、と初めて和樹が前に踏み込んだ。
「ハ―――アアアァァァッッ―――」
今まで沈黙を破り、裂ぱくの声が上がる。
踏み込みと同時に、ナイフが前に突き出され―――
(なに―――!?)
そのナイフが無影に届く前に、ナイフを持つ和樹の手首が降られた。
ヒュインッ
スナップの動きだけによる、至近距離からのナイフの投擲。
機械人形の道理を超えた力と反射神経にのみよって可能となる技。
ナイフは一筋の閃光と化し、無影に飛ぶ。
この距離で、この速度。回避できる道理など無い。
「ッア!!」
だが、無影とて道理などとうに超えた存在。
ありえない速度で刀が振るわれ、キィインィインっと甲高い音を立てて投擲されたナイフを叩き落とす。
だが、互いにこれだけの魔技を見せても、この一瞬の攻防は終わらない。
「―――アアアァァァッッ!!」
和樹の踏み込みの勢いはまだ生きている。
もっている唯一の武器すら捨てゴマにし、ただ一度と定め、作り出した攻撃の機。
ナイフを叩き落すために、振るわれた無影の刀の隙を縫って、
渾身の力を込めた左の正拳が、無影の顔面に向かって飛び―――
ミシャアッと、肉と骨がつぶれる音がして、
ニヤリ、と無影は笑った。
(いい攻撃だぜ。惜しかったな)
和樹の拳は無影の顔に届かなかった。その寸前で、無影の左腕によって防がれたのだ。
左腕はつぶされた。再生には時間が掛かるだろう。
だが、刀を握る右腕はまだ生きている。
(だが、俺の勝ちだ)
奴が拳を引くよりも早く、後ろに飛んで間合いを開けるよりも早く、この刀が振るわれる方が早い。
―――だが、それよりも早く、和樹は防がれた拳をチョキの形に変えて、
人差し指と中指を突き出し、無影の左腕ごしに首筋にトン、と触れて、
その指先から、紫電が散った。
「く……っ」
左腕の痺れに、和樹は思わず呻いた。
戦いが始まった時から左腕のコンデンサにチャージし続けていた電荷を一気に放出する。
左腕を即席のスタンガンがわりに使ったのだ。それなりに負担はかかる。
だが、相手は呻く程度ではすまないはずだ。皮膚が薄く、血管や神経の集中している首筋に電撃を食らったのだから。
「ぬぁぁぁぁぁっっ!?」
予期せぬ苦痛に無影は絶叫をあげる。だが、
(これで気絶しないのか!?)
驚く和樹の目の前で、絶叫をあげながらも無影は刀を振り上げ一閃を放つ。
横に飛んで、辛うじて和樹はその一閃を回避した。痺れる左腕を無理に動かし、地を走らせて叩き落されたナイフを掴む。
無影が刀を返し次の斬撃を振るう前に、がむしゃらに突き出されたナイフが、
無影の心臓に突き刺さった。
戦いが終わり、廃墟に静寂が戻る。しばらくたった後、和樹はつぶやいた。
「僕は……勝ったのか」
己の勝利が信じられない。いや、実際自分の勝利は幸運によるものだと思う。
和樹から情報を取り出すために、無影は、最初は相手を殺さぬよう手加減していた。
最初から本気で戦われていたら、片腕の戦い方に慣れる事も相手の剣技から学ぶ事もできないまま、和樹は斬られていただろう。
だが、その幸運を喜ぶ気にはなれなかった。
「僕は、ついに人を殺してしまったんだな……」
和樹なりに、覚悟を決めて戦った。だから後悔はない。
無影の行動はきっと多くの人間を傷つることになっただろう。彼に対する怒りはまだ胸に残っている。
だけど、どうしても思ってしまう。ついに僕は一線を越えたんだ、と。
だが、背後からの声がその事実を否定した。
「違うな。お前はまだその男を殺めてはいない。そうだろう? 不死の侍よ」
「な……!?」
慌てて振り返る和樹の視線の先。そこにはいつの間にか大剣を持った真紅の騎士が立っていた。
騎士は、和樹に一礼した。
「己の名はギーラッハ。今はケルヴァン殿の下についている者だ。友永和樹とは、お前で間違いないか?」
「そうですけど……」
突如現れた同僚に和樹は動揺する。が、なんとか頭を整理して質問した。
「何故僕の名前を? それに、僕がまだ殺していないというのは……?」
「己も騙されたのだがな……」
ギーラッハは躯と化したはずの無影に冷たい視線を向ける。
「たいした再生能力だ。いや、もはや不死の能力と言ってもよい。だが、貴様に次は無い。
その下らん死んだふりは止めるのならば、せめて末期の言葉は吐かせてやるぞ?」
しばらくの沈黙の後、躯は諦めたように笑った。
「よりによってこの時にお前がここに現れるとはな……やれやれ、運の無いときはこんなものか」
驚く和樹を尻目に、ギーラッハは首を振った。
「生憎と運は関係のない。己はケルヴァン殿の指令でここに来たのだ。苦戦しているこの男の援護に回れ。
間に合わなかった場合は、せめてお前に接触しろ、とな」
その言葉に、和樹はまたもや驚く。
(なんでだ? なんで僕が苦戦してるってケルヴァン様に分かるんだ?)
考えるまでもなく、答えが浮かび上がってきた。
(……僕は、監視されてるのか?)
辺りを見まわそうとする衝動を、辛うじて和樹は抑えると、ギーラッハの言葉に集中した。
「ケルヴァン殿からの通信を受けた己は、急ぎここに来たのだが……決着には間に合わなかったが、
それでも遅すぎるということは無かったようだな。せめて貴様に止めをさす役割ぐらいは果たせるようだ」
命はあるが未だ動く事の出来ない無影に対し、ギーラッハは大剣は振りかざす。
だが―――
『それは困るな。ギーラッハ、お前をそこに遣ったのは、何も和樹を救うためだけではないのだよ』
他ならぬケルヴァンからの通信がそれを止めた。
和樹、ギーラッハ、そして無影。
それぞれが驚く中で、ギーラッハの持つ通信機からケルヴァンの声が響く。
『和樹、ギーラッハ。ご苦労だった。お前ら二人はこの通信機を無影に渡してしばらく席を外せ。
ただし、すぐにここに駆けつけることのできる距離でな』
「……どういうことですか?」
押し殺した和樹の声に、ケルヴァンが答えた。
『分かっているだろう。 我ながら露骨に態度を示していると思うのだがな?
私はこの男に話がある。そして、お前達にその話を聞かれたくない。そういうことだ』
【友永和樹@”Hello,World” (鬼) 状態△(右腕欠損) 所持品:サバイバルナイフ(刃こぼれ等の破損) 動方針:魔力持ちの保護、魔力なしの駆除、末莉を守る】
【無影@二重影 (狩) 状態:×(心臓破壊により身動き不可。回復可能) 装備:日本刀(籠釣瓶妙法村正)】
【ギーラッハ@吸血殲鬼ヴェドゴニア(鬼) 状態:○ 装備:ビルドルヴ・フォーク(大剣)】
【ケルヴァン:幻燐の姫将軍 (鬼) 状態:△(魔力消耗) 所持品:ロングソード】
【『求めるもの。』の直後。Wicked child〜満月の夜最中か少し前辺り】
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