武人の誇り
「着いたぞ…今日子」
「うん…」
迷いがなかったかと問われれば間違いなくあっただろう。
しかしそれ以上に今日子の気持ち…今日子の想いを大事にしたかった。
もう光陰の誓いは一方的な物ではないのだから、二人で居ればどんな困難でも乗り越えられる。
そう信じるしかない。
光陰が寄り添う中、今日子はゆっくりと高円寺沙由香の遺体に近づいて行く。
思った程遺体の損傷は激しくなかった。
誰がやったのか遺体の目は閉じられ手は合わせられている。
何も知らない人間が見たなら安らかに死んでいるようにも見えるだろう。
「でも…あたしは覚えてる」
そうだ───あの驚いたようなそれでいて苦しむような表情を、手に感じる生暖かい感触を──覚えてる。
名前は…よく覚えていない。
日本人の名前ではなかったような気もするが、あの時の今日子は空虚の束縛に耐えるのに
必死で相手の言った事なんて殆ど聞いてはいなかったのだ。
只──苦しんでいた今日子にやさしい言葉をかけて──助けようとしていたのにこんな目に会ってしまったのだ。
それだけは覚えている。
何も悪くない、悪い所か今日子を助けてくれようとしたのに、
ファンタズマゴリアで戦ってきたスピリット達のように、今日子を殺そうとしていたわけではないというのに…
「ごめんね……あたしにさえ出会わなかったら…こん…な……事……になん…か……」
何時の間にか涙が止まらなくなっていた。
光陰は無言で今日子を抱き寄せる。
「バカ……何…様……のつも……り……?」
「彼氏様だよ、これくらいしかしれやれない役立たずな、な」
「ぐすっ……そう…だった……ね…でも……違うか…もしれ…ない……」
「そうだな…こんな役立たずなの彼氏様じゃないな…」
「本当に……馬鹿…これくらい、じゃない…こんなに……してくれる、だよ…」
今日子は静かに光陰の胸の中で泣いていた。
「しかし本当にこんな適当でいいのか…」
結局海上を歩くわけにもいかず、棒を倒して行く方向を決定したのに一抹の不安を覚える麦兵衛。
「世の中はなるようにしかならないよ」
わかったような事を言っている透の前を元気に歩いているのはまひるだ。
「えへへ〜、砂浜に足跡がいっぱい〜」
「…まるで酔っ払いが歩いたみたいだ」
右にうろうろ、左にうろうろと歩いているまひるの足跡は千鳥足と呼ぶのにふさわしい。
「こういう状況だからね…心の自己防衛機能で普段通りにしようとしてるのさ。特にまひるは、ね…」
出会った時に聞いた話だと、初音に殺されたのはまひるの妹と親友だったと聞く。
なぜか透は親友の方に関しては「親友…どちらかというと…いや、やめておこう」と言って歯切れが悪い返答だったが。
「軍曹!9時の方向にあやしい建造物です!」
まひるが声を挙げる。
「よくもまああんな見えにくい位置にある建物を…」
もし全員が真っ直ぐ前方だけ見ていたら、絶対に見落としていただろう。
(もし…まひるさんがあれを計算してやってるのだとしたら…ありえないか)
麦兵衛は頭に浮かんだ突飛な考えを全力で振り払う。
「そういえば…図らずもあの場所から南に進んでいるね…」
透が思い出したかのように呟く。
「じゃあ…あれがそうなのか」
成る程、巧妙に隠されていて注意していなければ見つける事はまず不可能だろう。
「どうする?確かに一度はやめようとは言った物の、正直な所武器が欲しいのは確かだ」
「危ない人はあたしが全部やっつけちゃうから大丈夫だって!」
「確かにまひるはこの中じゃ一番強いけどね…
だからと言って僕達が無力というのはいざという時に致命傷になる恐れがある」
「でも武器を取りに行く行為が致命傷になるかもしれないしな…」
「そうだね、もとより今生きてるのが不思議なくらいだ。下手に危険を冒す事もないだろう…
もっとも他の人間を探すのが安全かと言えば決してそうではないけれども」
結局三人は再び歩き出す。
「大佐、大佐」
「まひる少尉、勝手に人を一度死んだことにしないでくれないか。で…今度は何かな?」
「俺には二度死んだことになってる気がするんだが…」
それに軍曹より少尉の方が階級は高い気がするのだが。
麦兵衛の突っ込みを無視してまひるは話を続ける。
「はっ!前方に怪しすぎる建物があります!」
そう言われ透と麦兵衛はまひるの指差す方向を凝視する。
「怪しいというか」
「単にぼろいだけだな」
むしろぼろぼろ過ぎて建物としての体裁すら保っていない。
「でも誰かいるっぽいよ」
「マジか」
まさかあの雨が降ってきたら素通りしてきそうな空間に誰か住んでいたり、隠れていたりするのだろうか。
麦兵衛には人がいるなどととても信じられないが。
「何にせよ…僕らには他に選択肢はない。そうだろ?」
「うんうん。行ってみないと始まらないって!」
ゴホン、と透がわざとらしい咳払いをする。
「よく言った少尉。目標に向かって突撃だ!」
「イエッサー!」
「こんな適当なので本当に大丈夫なのか…」
「ありがと…光陰。もう大丈夫だから…」
今日子が泣いていた時間は、涙が枯れるのではないかと思う程に長い時間であった。
「あたしはこの人の為に何ができるんだろう…」
どんなに悔いても、どんなに嘆いても、もう失った命は戻りはしない。
だから…せめてこの人がやろうとした事を、この人のやさしさを──
この人の想いを継ぐことが今の今日子にできる最大の償いに思えた。
「今日子…?」
長時間黙りきっている今日子を心配し、光陰が声を掛ける。
「ねえ、光陰」
答えた今日子の声に迷いはなかった。
「あたしね…この島の馬鹿げた連中を倒したい…それで戦いなんかに関係ない人達を守りたいの」
(きっとこの人でもそう言うと思うから)
それは今日子の想像に過ぎないが…それでもなぜかその考えが正しい気がした。
「お前の決めた事だ、好きにするといい。俺のやることはとっくの昔に決まってるからな」
「バカ、なにうれしそうな顔してるのよ」
「なんでだろうな?」
全く、こいつはいつもそうだ。
たまに真面目になったかと思えばすぐ軽くなる。
「待て、今日子…誰か来るぞ」
「中央からの刺客…?上等じゃない…あたし達の力ならなんとでもなるよ」
光陰と今日子は思わず警戒してしまう。
先の放送を信じるのなら人を襲っている自分達に刺客が派遣されてきてもなんの不思議でもないのだ。
「え〜と、ごめんください〜!」
声は聞こえるが声の主の姿は見えない。
(あたし達に対する刺客…じゃなさそうね)
(あれで刺客だったらいい根性してるけどな…)
光陰と今日子は声を潜めて話をする。
「人どころか鼠もいなさそうだぞ…」
先程とは声とはまた違う声。
「まるで秘密基地だね」
そしてなんだかやたら間延びした落ちつきのある声。
(三人…なんだか悪い人達じゃなさそうだね。こっちから行ってみる?)
(そうだな…変に隠れてて警戒させるのもなんだしな)
光陰は最初に聞こえた声の主に近づく。
「よう、あんたらも」
「きゃ〜!!」
「ガフッ!」
光陰は最後まで言葉を言えなかった。
「あれっ…人?」
「なん…で……いきな……り……殴られ…るん…だ?」
今日子が呆れた顔をしてるのが見える。
「因果で隠れてていきなり目の前に姿が現れたら誰でもびっくりするっての」
【碧光陰@永遠のアセリア(ザウス)招 状態○ 所持品 永遠神剣第六位『因果』】
【岬今日子@永遠のアセリア(ザウス)招 状態○ 所持品 永遠神剣第六位『空虚』(意識は無貌の神)】
【牧島麦兵衛@それは舞い散る桜のように(バジル)招 状態○ 所持品なし】
【遠葉透@ねがぽじ(Active)狩 状態○ 所持品 妖しい薬品】
【広場まひる(天使覚醒状態)@ねがぽじ(Active)招 状態◎ 所持品なし】
【満月の夜の前】
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