死闘幕間・せりな






「とりあえず、ここでいいか」
 ゲンハから死角になる位置、資材の山を三つほど越えたところで、悠人は背負っていたせりなを降ろした。
 座るのに手を貸そうかと思ったが、震えながらも自分の足で立っているのを見てやめる。
「ん…、ありがと。もう大丈夫みたい…」
「もう少し座って休んでた方がいい、終わったらまた来るから」
 言って、二人が戦っている場所へと戻ろうとする。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
 去ろうとする悠人を呼び止める。
「ん?」
 振り向く悠人の姿をよく見る。
 どこもかしこも傷だらけだ。服はほつれ、血がにじんでいるところも多々ある。
 …自分のせいだ。
「ごめん…私、身体動かなくて、逃げれなくて、だから…」
 だから、悠人はこんなにも苦戦した。こんなにも傷を負った。せりなを守りながら戦ったから。
 彼女はそのことで自分を責めている。
 そのことに気づいた悠人は、笑みを見せてせりなに答える。
「気にすんなって、俺も初めて戦闘に出た時は似たようなもんだった」
 初陣の時を思い出す。
 男の自分でさえビビっていたのだ。彼女が萎縮してしまうのも無理は無い。
 なおかつ、自分が駆けつけた時には強姦されかけていたのだ。
 正気を保っているだけでも賞賛物だと悠人は思う。
「それにこのくらいの怪我は日常茶飯事なんだよ、困ったことに」
 苦笑しながら、そう話を続ける。
 それに、ここまで苦戦したのはせりなの為だけじゃない。
 根本的な原因は自分にあることを、悠人はわかっていた。
 ふと、まじめな顔に戻って、こうも続ける。
「それと、俺たちが負けたと思ったら君は自力で逃げてくれ。森に入ればなんとかなるはずだ」
 その言葉に、せりなは息を飲む。
 あの男相手に敗北するということは、たぶん死を意味する。
 その可能性も考えに入れた上で、悠人は逃げろと言っているのだ。

「…逃げないよ」
 戻ろうとしていた悠人がまた振り向く。
「逃げないから、また戻ってきてくれないと私困っちゃうよ」
 こんな返答が返ってくるとは思っていなかったのだろう。
 あっけにとられた顔でせりなの顔を見る。
「…何言って…」
「それと、私は春日せりな。私立、鹿島学園二年。
明朗活発、天真爛漫、成績赤点と三拍子揃った無敵娘!
…このせりなさんが応援してるんだから、大丈夫、勝てるよ」
 一気にそこまで言い切る。
 悠人はあっけにとられたまましばらく固まっていたが、突然に吹き出し笑い出した。
「明朗とか天真…って、自分で言うかぁ? しかも最後のは揃ってない揃ってない!」
 ひとしきり笑った後、
「しかし、さらりと重いこと言ってくれるな」
 つまりは、自分を助けたかったら絶対に勝てということだ。
「わかったよ、努力はしてみる」
「努力だけじゃだーめ、絶対に勝つって今ここで約束!」
「…まじか? 確実でないこと約束したくないんだけどなぁ…
…いや、やっぱり勝てなかった場合のことは考えておきたい。
君の方こそ、俺たちが負けたら絶対に逃げるって約束……あ」
 せりなのこめかみの辺りに、怒りマークが見える。
 それとその握り拳はなんですか?
「あ、あの…?」
「な…、なー…、なーんだっていきなりヘタレるのよー!!」
 どかーんとキレる。
「さっきの戦いん時、『大丈夫だ、必ず守る(低音)』って言ってたのはなんだったわけ!?
あれ聞いてちょっとときめいちゃった私がバカみたいじゃないのよー!!」
「い、いやまぁ、ちょっと…とにかく、落ち着け」
「これが落ち着いていられるかーっ!! ちょっといいなー、と思ってたらもー!
何で、肝心なトコで…あーもーむかつくー!
最後までキメてくれたっていいじゃないのよーっ!!」
 言いたいこと言って、ぜーはーと肩で息をする。
「とにかく、悠人! …呼び捨てさせてもらうけど、いいわね!」
「……」
「返事!」
「はい!」
「勝ってまた戻る! オーケー!?」
「お、おーけー!」
「はい、そんじゃいってらっしゃい!!」
 バシンと背中を叩いて送り出す。
「え、え? ええ?」
「早よ行く!」
「はい!」
 元気よく返事"させられて"、悠人は戦場に駆け戻っていった。


「ふう」
 キレて勢いだけで送り出してしまったが、そのおかげで震えも止まった。
 怪我の功名とでも言おうか。
 あんな約束をさせてしまったが、本当に大丈夫だろうか。
 多分、大丈夫だ。さっきは負けてたけど、今度は自分という足手まといがいない。
「勝って…戻ってくるよね」
「さて、それはどうだろうね」
 背後から男の声。
 せりなが振り向く前に、後頭部に衝撃が走った。


「ま、子供の思う通りに事が運ぶほど、この世は甘くないって事だ」
 気を失ったせりなを抱え、直人はニィッと笑った。
「拳銃に人質…か。出来すぎだな」
 内心で苦笑し、ポケットの中のシグ・ザウエルの感触を確かめた。


 …助けたの俺だよな? あれ? なんで?
 悠人は割と混乱気味だった。
 あっさり命令口調で送り出されたが、なんとなくデジャヴを感じてもいる。
 せりなのあのノリが、誰かに似ている気がするのだ。
(…ああ、今日子だ)
 そうだ、今日子もこの世界に来ているんだった。
 光陰も一緒ならば今日子のことはあいつが守ってくれるはずだが、『因果』の反応が無いので確証は無い。
 早いところ、探し出してやらなきゃいけない。
 せりなも、この件が片付いたら多分同行することになるだろう。
(意外と、この世界でも守りたいもの増えてきたな)
 守るには、まずここを切り抜けなきゃならない。
 そのためには…
(…腹括るか)
 人を、殺す覚悟を決める。
 ためらうことで守れるのは、人殺しにならないという自分の心だ。
 だが、それでは他の守りたい人たちを守ることができなくなるかもしれない。
 それなら、自分の心くらい守れなくたっていい。

(そういえば…飯島さんはどうしたんだ?)
 唐突にもう一人の同行者を思い出す。まだ旗男としか会っていない。
 まさかとは思うが、付き合ってられんとばかりに別行動を取ったのだろうか?
(あの人なら…ありうるな…)
 願わくば、どうか来ていますように。

 悠人は期待する。自分の知る人物の登場を。
 悠人は知らない。自分の知らない人物の登場を。
 そして、舞台は整う。


【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態△(打撲、裂傷多数) 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態△(気絶) 所持品:なし】
【直人@悪夢(スタジオメビウス) 招 状態△(傷は多いが命に別状なし) 所持品:シグ・ザウエル】



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