死闘幕間・旗男






 だ、だ、だんっと資材を駆け上がる音が聞こえたかと思うと、一つの影がすぐ側にある資材の山の天辺に現れた。
 その影はゲンハを視線に捉えるや否や、得物を腰溜めに構え、全力で突進をかける。
「ぬおおおおっ!!」
 雄叫びが轟く。
 古びた38式歩兵銃に取り付けられた銃剣が、一直線にゲンハに襲い掛かった。
「チィッ!?」
 とっさに鉄パイプを構えて迎え撃つ。
 ――ギャリイィィ!
 耳障りな音を立てて、鉄パイプと銃剣が火花を散らした。
 得物を交差させたまま、二人は至近距離でにらみ合う。
(今の声の野郎か!)
「長崎さん!」
 悠人の声に、その影――長崎旗男の視線が一瞬だけそちらを向く。
(甘ぇんだよ)
 突然ゲンハの鉄パイプが引かれる。旗男の身体が前に泳ぐ。
「うるぁ!」
 旗男の鼻っ柱にゲンハの頭突きが叩き込まれる。鼻が折れたらしく鈍い音がした。
 ニヤリと笑みを浮かべかけたゲンハだったが、突如何かに気付いたように急に顔を引き締め、身を低くして飛びすさる。
「ぬ…」
 旗男の短いうめきが漏れる。
 銃剣の根元を逆手に持ち替え、一瞬前までゲンハの首があった位置を掻き切る態勢のまま彼の動きは止まっていた。
(ち、危ねぇったらねぇぜ…)
 ゲンハは内心冷や汗をたらす。
 銃剣は背後からだ、見えたわけじゃない。直感だけでかわした。
 あと一秒飛びすさるのが遅れていたら、おそらく命はなかっただろう。
(俺じゃなけりゃ終わってたぜ…面白れぇ奴が出てきやがったな)
 獰猛な笑みを浮かべて旗男をねめつける。
 当の旗男は、何事もなかったように折れた鼻を捻って元に戻し、今度はゲンハから視線を外さぬまま悠人に声をかける。
「…無事か、高嶺」
「ん、まあ打ち身やら裂傷やらで身体節々痛いかな…あんまり無事じゃないけど…なんとか」
 いつぞやの様におどけて答える悠人に、
「…そうか…なによりだ」
 口元だけをわずかに笑みの形に引き上げた。
「…高嶺、この場は私に預けろ…。お前はその娘を連れて、行け」
 得物を小脇に抱え、突撃態勢を取りつつそう続ける。
「いや、こいつ相当手強い。二人がかりで戦った方がいい」
「…ならば、なおさらだ。とにかく逃がしてこい。その後、戻ってくればいい…」
 悠人は考える。
 ゲンハはもうせりなは狙わないと言ったが、奴がその言葉を守るかどうかは別の話だ。
 劣勢になったら、あっさりと覆して人質に取るかもしれない。
「…わかった。すぐに戻る、その間頼むよ」
 言って、ゲンハを警戒しながらせりなを促し、背に背負う。

「なに逃げようとしてんだテメェ! この根性な…」
 ゲンハのセリフの途中で旗男が突進をかける。最初の時と同じ、得物を腰溜めに構えて。
「ちっ! この馬鹿の一つ覚えが!!」
 リーチはわずかにゲンハに分がある。突っ込んでくる旗男の顔面に向けて鉄パイプを振るう。
 旗男は走りながら、とっさに身をかがめてヘルメットで受ける。
 そして命中。ヘルメット越しとはいえ、強烈な衝撃が旗男を襲った。
 だが止まらない。顔への攻撃だというのに瞬きすらせず、旗男は力の限りに銃剣を突き出す。
「なんだとっ!?」
「おおおお!!」
 むりやり身体を捻って、襲い来る刃を避ける。
 だがかわし切れず、服の一部とその下の皮膚が裂け、血がしぶいた。
「テメェ!!」
 ゲンハの罵声が響く。
 この世界に来て、初のダメージらしいダメージだ。
 距離が少し開いた。旗男はまた銃剣を構えて突進する。
「ンの野郎があぁっ!!」
 今度は顔面より下、胴体目掛けて鉄パイプをスクリューぎみに突き出す。
 旗男はまた突進しつつも、グンと身をかがめる。
 敵兵の銃弾を掻い潜って接近する為の、戦場の走法だ。
 鉄パイプは肩口、というよりすでに背中と言っていい辺りをかすめ、衣服のみならずその下の肉まで抉り飛ばす。
 だがそれでも止まらない。
 剣先はあやまたず、ゲンハの心臓へと一直線に繰り出される。
(またかよ!)
 止まらない為、どうしてもカウンターぎみに攻撃が飛んでくる。
 二度目ともなればゲンハもある程度予期していたが、完全にはかわしきれずに二の腕に傷を負う。
(面白れぇ…!)
 あらためて目の前の相手を見る。
 技術は無い。剣技や体捌きなどは悠人とかいうガキの方が上だろう。
 だが、この長崎という男には迷いが無い。
 恐れない。怯まない。
 命を奪うことに躊躇しない。命を奪われることに萎縮しない。
 一撃一撃が、命を刈り取る凶器だ。
 一つ一つの行動が、ゲンハの嗅ぎなれた匂いを運んでくる。
 ――死の、匂い。
 ぶるっと身体が震えた。
 恐怖からではない。歓喜の震えだ。
 すでに悠人と女の姿は資材の山に遮られて見えないが、もうどうでもいい。
「いいぜ、いいぜぇ! 闘いってのはこうでなくっちゃなあぁっ!!!」
 雄叫びを上げて、ゲンハは旗男に飛び掛かっていった。


【長崎旗男@大悪司(アリスソフト) 狩 状態△(鼻骨骨折、背中に裂傷あり) 所持品:銃剣】
【ゲンハ@BALDR FORCE(戯画) 招 状態△(裂傷あり) 所持品:鉄パイプ】
【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態△(打撲、裂傷多数) 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態△(軽いショック状態 外傷は無し) 所持品:なし】



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