拳を極めし者






「まったく……。オオサカのいざこざが終ったと思ったら、今度は訳の判らねぇ世界で、サムライとドンパチか。
 どうしてこうも俺の周りは血なまぐさいのかねぇ……、なぁ、殺っちゃん?」
 新撰組を退けた悪司は、森の中をさ迷い歩きながら、そんな事をボソリと呟いた。
 それは絶対に届かない言葉、しかし悪司はそれを理解していながらも、思わず呟いてしまっていた。
 加賀元子の死。
 その原因である男、しかし悪司はその男の顔すら知らない。
 ふと、向こうの世界に残してきた、数々の部下達の顔が頭のすみを過ぎる。
 拳の師匠でもあり、最高の右腕でもあった大杉。
 島本の知能には何度も助けられた。
 死に場所を探していると言いながらも、最後まで一緒に戦った長崎。
 姉として、そして大人として個人の責務を完璧に果たした神原夕子。
 そして……岳画殺。
 悪司の叔母にして、もっとも悪司の事を理解し、『最期』まで己自身を貫いた娘。
 悪司は思う。
 彼等のうち、一人でも傍にいれば、トコは救えたのではないか、と。
「……まぁ、こんな事を今更考えたってしゃーねーか」
 悪司はその考えを振り払うかのように頭を振ると、二、三度、ポリポリと頭を掻く。
 そうすると、一瞬だけ浮かんでいた憂いの表情は完全に消え去り、元の不敵な笑みを浮かべた、いつもの悪司の表情へと戻っていた。
 そうこうしているうちに、悪司の前から森の木々が無くなった。
「……お、やっと森を抜けたか。……ん? あれは、街? 廃墟っぽいが、まぁ誰かが住んでるだろ。丁度いい、適当に飯でも頂きに行くとするか」
 悪司はそう呟くと、目の前に広がる街に向かってその足を早めた。
   「ううむ……」
 放送を聞き終えた後、民家へ戻った羅喉。
 そして、焼き魚を食べながら、彼らはこの後について考えた。
 現時点での彼等の中の考えは、ほぼ固まっていた。
 やはり、この場に留まり続けた方が良いと言う事である。
 その行動の根源は、先と同じく中央に行くにしても下手に動くより、
相手が出向いてきた時に交渉した方が安全だろうと言うことである。
 そんな時だった。
「羅喉! 烏丸羅喉じゃねーか!」
 戸を開けて悪司がその場に現れたのは。

  「……山本、悪司?」
 羅喉が悪司の名を呟く。
「お前、なんだってこんな所に……」
「それはこちらの台詞だ。何故貴様がこのような場所にいる?」
 先ほどまでの団欒が嘘のようだ。
 辺りに張り詰めた緊張が立ち込める。
 かつて羅喉は、傭兵として悪司の下についていた。
 お互いの事を分かり合えているという訳では無いが、二人とも相手の力量はよく理解していた。
「知らねぇ。気がついたら森の中に立っていた。お前は?」
「同じようなものだな。妙な奴等に襲われる事もあったが、まぁこのように何とかやっている」
「あんたも妙な奴に襲われたのか。奇遇だな、俺も襲われたぜ。聞いて驚くな、魔法使いにサムライだ」
「まぁ!」
「えっ!」
 耳を澄ませながら二人の話を聞いていた雪とリップが、同時に驚きの声を上げる。
「あ? 何だ、このど派手なねーちゃんに、ちっちゃな嬢ちゃんは?」
「ああ。こちらの女性は、私も先ほど会ったばかりなのだが、名をスイートリップという。そして此方は……ああ、そういえば貴様には礼を言っておかねばならんな。此方が私の妹、烏丸雪。かつて貴様に傭兵として雇われた時の、『理由』だ」
 羅喉はそう答えてから、雪の方を向く。
「雪。お前も礼を言っておきなさい。この男は決して誉められた人間ではないが、義理堅い。約束通り、お前の入院費用を払ってくれたのだからな」
「あ! 貴方が……! ありがとうございます」
「いや、俺も随分とあんたの兄貴には助けられたからな。助けられた分の報酬を支払ったまでだ。それはそうと、成る程……、羅喉、あんたが入れ込むのも無理はねぇな。雪、と言ったか? あんた、将来は美人になるぜ」
「……山本。妹に手を出せば……」
 羅喉の身体から、殺気が放たれる。
 心の弱い人間ならば、それだけで気絶してしまいそうなほどの殺気に、しかし悪司はニヤニヤと笑みを浮かべたその表情が変わる事も無かった。
「話は戻るけどよ。さっき、あんた達は何で俺の言葉で驚いたんだ?」
「……いえ、私達もお侍さんに襲われたのです……」
「私は、貴方の口から魔法使いという言葉が出たのが驚いて……。私も一応、魔法を使えるものですから」
 悪司は、ハァ、と呆れたように呟くと、ポリポリと頭を掻いた。
「世界は狭いな……」
 悪司は苦笑しながら、そんな事を呟いた。
「ふむ……。ところで山本。貴様は今一人しかいないのか? 誰か居るのなら、別に呼んでも構わんぞ?」
 悪司の表情が固まる。
「ん? どうした?」
 羅喉は悪司の雰囲気が微妙に変わった事に気がついた。
「……一人、居たんだけどな。死んじまったよ。もう一人はどっかにいっちまったしな」
 一人は元子、もう一人は大空寺あゆ。
 しかし二人はもう悪司の傍にはいない。
 ニヤニヤと、しかしどこか自嘲的な笑みを浮かべながら悪司が呟く。
「そうか。して、誰が? 島本殿か? それともまさか大杉殿が……」
「トコだよ。山本元子、俺の妻だ」
 その言葉を聞いた羅喉は思わず息を呑んだ。
「な、なんと……」
「もう誰も仲間を、家族を殺させねぇって決めていたんだがな……、あの時に」
 あの時、その言葉を聞いた羅喉があの事件を思い出した。
「イハビーラの件か。岳画殺、惜しい者を亡くした……。尊い者の命が先に奪われ、残るのは下種ばかり……。この世というのは、無常なものだな……」
「勿論、やられたまま黙っていちゃ面子が立たねぇ。トコを殺した奴を見つけ出して、必ずこの手で始末する。……そこで、だ。烏丸羅喉、いきなりで何だがあんたに一つ頼みがある」
 悪司がそれ以上先の言葉を告げる前に、羅喉がその言葉を続けた。
「私に仲間になれ、というのか……」
「……お兄様……」
 雪が心配そうな表情を浮かべながら、羅喉の顔を見つめる。
「流石だな。話が早くて助かるぜ。んで、どうだ、この頼み、引き受けちゃくんねぇか? そしてまた暴れようぜ、あの時みたいによ?」
「あの時か……、ふふ、ふふふ……、そうだな……」
 羅喉はそう呟いてから、笑う。
 何かを思い出しているのか、それとも別の何かを思っているのか。
 その表情から窺い知る事は出来ず、ただ羅喉は嗤い続けた。
「で、どうだ? 答えは」
 羅喉は笑うのを止めると、悪司の顔を真正面から見て、はっきりと口にした。
「断る」
 拒絶の言葉を。
「……へぇ。なんでだい? 良かったら理由を教えちゃくんねぇか?」
 悪司の、いや、周りの空気が変わる。
 重苦しい、まるで戦場の中に放り込まれたかのような感覚。
「今の貴様に手を貸して、私が得る物など何も無いと思ったからだ。私は腑抜けに用は無い」
「……腑抜け、だと?」
 ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、否、しかし目は笑っていないその表情を突きつけながら、悪司が訊ねる。
「大切な存在がいる。私もそれは同じだ。しかし、今の貴様からは何の覇気も感じられぬ。妻君を亡くしたからか、それとも岳画殺を引きずっているのか、それは判らぬ。が、今の貴様を見れば、その二人も私と同じ事を言っただろうよ」
 しばらく二人の間に沈黙が漂う。
 そして。
 その沈黙を打ち破ったのは、肩をすくめ笑う悪司自身だった。
「……言ってくれるぜ、まったく」
「すまぬな。私にも守るべき者がいる。無駄な争いに巻き込ませたくは無いのだ」
 そう言って、羅喉はチラリと雪の方へと視線を向ける。
「ああ、判ってるよ。個人的な復讐なんだ、それに手を貸せ、といきなり言われてもそりゃ難しいわな」
 悪司はそう言って、羅喉に背を向ける。
「んじゃ、俺は行くぜ。あばよ」
「ああ、さらばだ」
 悪司がそう言ってから数歩歩いたところで、ふとその足を止める。
「ああ、その前に……」
 瞬間、悪司の姿が掻き消える。
「!?」
 雪はその場にへたり込み、傍らにいたリップが息を呑む。
 彼女達の目では悪司の姿を捕らえる事は出来なかった。
「……なんのつもりだ? 山本悪司」
「ヤクザの杯を断ったんだ。つまりそれは俺に喧嘩を売る、って事だろ? 少しばかりとはいえ、俺達の世界に足を突っ込んだんだ、そのくらいは判るよな?」
 雪の眼前に迫る悪司の拳、それを受け止めた羅喉の掌。
 向かい合う状況のまま、語り合う二人。
「大切な者を失う事の悲しみ、貴様にも良く判っている事だろう? 何故、このような事を行うのだ?」
「……判るからこそ、だよ」
 悪司がその場から大きく後ろに跳ぶ。
 それまで悪司が立っていた場所を、羅喉の蹴りがなぎ払っていた。
「羅喉さん、加勢を!」
 リップが前に出ようとするが、羅喉はそれを片手で制す。
「貴公の力は強大だ。当たればこの私とて無事ではすまないだろう。だが、先ほどの攻撃には、躊躇いなのかは知らぬが若干のタイムラグが生じていた。
あの男を相手にするには、その僅かな時間とて致命傷になりえる。ここは私に任せてもらおう」
 そう言って、羅喉は構える。
 彼の扱う拳法、独特の構えだ。
 対する悪司は、両の手をズボンのポケットに入れたままそれを抜こうとはしない。
「貴様、舐めている……訳では無かったな。そういえば、それが貴様の構えであったな」
「そういう事だ……行くぜ!」
 悪司が羅喉に向かって突進する。
 技法も戦略も、何もなくただ突っ込んでくる悪司に対し、しかし羅喉はその場から動こうとはしなかった。
「喰らえ!」
 突進で勢いをつけた前蹴り。
「フッ……」
 羅喉は焦る事無く、紙一重でそれを見切り、僅かに足を動かしただけで、悪司の蹴りを躱す。
 空を切った蹴りはそのまま近くの壁へとぶつかり、それを完全に破壊する。
「チッ!」
 悪司が舌打ちをする。
「あいかわらず、流石だな。まともに喰らえば命は無いだろう……」
 羅喉は淡々と呟く。
「だが!」
 今度は羅喉の身体が宙に舞う。
「当たらねばどうという事も無い!」
 そのまま羅喉の鋭い蹴りが悪司に向かって襲い掛かる。
「ぐ、うぅぅぅぅ! あ、甘ぇぜ!」
 両手をクロスさせ、悪司はそれを受け止める。
「な、何と!」
 しかも受け止めるだけではなく、その蹴り足を掴み取ると、羅喉をそのまま近くの壁に向かって投げつける。
「くぅ!」
 羅喉は飛ばされながらも、器用に空中で体勢を整え、地面の上へ着地する。
 しかし、着地の瞬間の僅かな隙を悪司は見逃さなかった。
「今度こそ喰らいな!」
 悪司の爆撃のような蹴りが今度こそ羅喉の身体に突き刺さる。
 羅喉の身体がまるでボールのように吹き飛んだ。
 そしてそのまま、壁に激突する。
「ぐはぁ!」
 羅喉はそのまま地面に倒れこむ。
「その程度かよ! 烏丸羅喉!」
 悪司が羅喉の姿を見て嗤う。
 そして地面に唾を吐き捨てると、悪司はそのままゆっくりと羅喉に向かって歩みよる。
「ふ、ふふふ……」
 悪司が後十数歩という所で、羅喉は突然笑い声を上げ始める。
「ああ? 何だ?」
「ふはははははははは! 楽しいぞ、山本悪司! やはり戦いとはこうでなければな!」
 羅喉は、地面に倒れていた身体をゆっくりと起こし、そして立ち上がる。
「……効いていないのかよ。……いや、違うな。気の力、って奴か」
 悪司は近づく足を止め、ポケットに突っ込んでいた両手を取り出した。
「力無き者は淘汰され、力ある者だけが跋扈する。先ほど腑抜けと言ったのは取り消そう。山本悪司、貴様は変わってない。あの時からずっと……な」
「はっ! 当たり前だ!」
 羅喉のその言葉に対し、悪司は吐き捨てるように言葉を返す。
「次の一撃で勝負を決めようぞ」
「望むところだ」
 悪司と羅喉、共に己が最大の奥義を繰り出す為に、独自の構えを取る。
 羅喉は両の掌を相手に向け、両目を閉じて自身の力を高める。
 悪司は腰の辺りに両腕を当てて、前かがみになると、その右手に力を込めた。
「行くぜ!」
「来い!」
 共に叫ぶと、悪司は羅喉に向かって駆け出し、羅喉は両目を開きそれを向かい撃つ。
「大悪司っ!」
「閃真流神応派奥義!!」
 そして、二人の身体が交差した。

「ど、どっちが勝ったの……?」
 リップが、動きを止めた二人の姿を見て、思わず呟いた。
「ああ!」
 雪が片方を指差して、叫び声を上げる。
「くぅ……!」
 二人のうち、初めに動いたのは悪司の方だった。
 片膝と両腕を地面について、苦しそうに息を吐いている。
「悪司、どうして寸前になって急所を外した?」
 羅喉が微動だにせぬまま、言葉だけを口にする。
「外したんじゃねぇよ。あんたの攻撃が先に当たって、軌道が少し逸れちまった、それだけだ」
「成る程な」
 羅喉が可笑しそうに笑う。
 それは今までの嘲笑とは違う、心から面白いと感じた時に浮かび上がる笑みだった。
「そ、れで……、この威力か。……やはり世界を取ろうとする男は……違うな」
 その言葉を言い終えると同時に、羅喉の身体が崩れ落ちる。
「お、お兄様!」
 その姿を見て、雪が羅喉に向かって駆け出す。
 心配そうな表情を浮かべながら羅喉の傍による雪の頭に手を載せると、羅喉は苦しげな、しかし優しさを携えた笑みを浮かべた。
「心配するな。この程度の傷、しばらく休めばどうにでもなる。それはそうと……山本悪司」
 羅喉が悪司の方に顔を向ける。
「何だ? 烏丸羅喉」
 悪司もその視線を受け、そのままお互いの視線が交じり合う。
「今回は引き分け、という事にしておこうと思うのだが」
「奇遇だな、俺もそう思っていたところだ」
 そして同時に気を失った。
 後に残されたリップと雪は、困ったような表情を浮かべながら、二人の姿を眺めつづけてた。

【鴉丸羅喉@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 狩 状態△(少し疲れているだけ、致命傷ではない) 所持品:なし 行動目的:雪を護りぬく】
【鴉丸雪@OnlyYou-リ・クルス-(アリスソフト) 招 状態○ 所持品:なし 行動目的:兄についていく】
【七瀬凛々子(スイートリップ)@魔法戦士スイートナイツ(Triangle) 招 状態○(軽傷有り) 所持品:グレイブ】
【山本悪司 大悪司 アリスソフト △(額に傷、戦闘による疲労) なし 招 ランス(名前、顔は知らない)を追う】



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