死闘幕間・悠人






 ――頬に、あごに、ゲンハの拳がめり込む。
 続いて振り降ろされた鉄パイプだけは何とか防御した悠人だったが、戦いの状況は深刻なまでに劣勢だった。
(…まずい!)
 あごにまともに食らったおかげで脳が揺さぶられ、足元がふらつく。
 ゲンハほどの相手なら見逃すはずの無い、致命的な隙。
 だが、ゲンハは攻めてこない。
 距離を取り、鉄パイプでトントンと肩を叩きながら悠人が回復するのを待つ。
 ……完全に遊ばれている。
(くそっ!)
 相変わらずの下卑た笑いが貼り付いた顔を睨み付ける。
 肉体だけではなく精神までいたぶり、悠人が完全に戦意を失ったところで刈り取るつもりなのだ、この男は。
「ほれほれ、どうしたよナイト様ァ? もっとがんばらねぇと、お姫様は悪い魔法使いに取って食われちまうぜぇ?
周りに国民の皆さんがいねぇのは残念だが、ナイト様が見てる前での大レイプショー開幕ってなもんだァ!!
もっとも、テメェも見てえってんならそのまま倒れちまっていいけどな? ぎゃっははははははは!!!」
 ギリッと奥歯を噛み締める。
(ちくしょう、ここまで力の差があるなんて)
 目に掛かってきた汗を拭いつつ、ゲンハを睨む。
 悠人は何度もゲンハの打撃を食らい、裂傷やあざになっている部分も一箇所二箇所ではない。
 だが、ゲンハはといえばほとんどノーダメージだ。
 何発か掠ってはいるものの、威力の乗った攻撃は全てかわされている。
 掠った攻撃も、問題なしと見切った上でのことのようだ。
 が、せりなを守りつつの戦闘とはいえ、実際はここまで圧倒されるほどの力量差はない。
 確かに戦闘技術、経験ともにゲンハが上回っているが、悠人にも永遠神剣の力と、一年近くを戦士として生き培ってきた技量がある。
 この一方的な展開の理由は、戦闘スタイルの違いと、なによりも覚悟の差にあった。

(まぁだ迷っていやがるな、このお坊ちゃんはよ)
 ゲンハはつまらなそうに嘆息する。
 戦闘開始時と変わらず、まるで攻撃にキレがない。
 その上、攻撃と防御の切り替えに手間取っているらしく、ワンテンポ行動が遅れている。
(まったくよぉ、よくこんなんで生き残ってこれたもんだぜ)
 最初の頃は結構楽しめるかと思ったゲンハだったが、肩透かしを食らった気分にされていた。
(…そろそろ飽きたな)
 ゲンハとしてはもっと血沸き肉踊る戦いを楽しみたいのだ。
 追い詰めれば本気を出すかと思ったが、見込み違いだったか。
「…いい加減本気出せや、兄ちゃん…でねぇと、次で全部決まっちまうぜぇ」
 最後通告。
 極端な前傾姿勢を取り、いつでも跳びかかれる構えを見せる。
 もうせりなを狙って遊ぶのはやめ、本気で悠人個人を叩き潰すつもりだった。

(なんで…なんで動かないのよ! 私の身体!!)
 せりなは自分の不甲斐なさに歯噛みしていた。
 目の前では、自分を絶体絶命の窮地から救ってくれた青年――悠人が戦っている。
 だが、状況はお世辞にも良いとは言えない。
 相手がよほど強いのか、負けるのも時間の問題のように見える。
 それでも悠人は逃げない。
 自分を守ろうと戦っている。
 なのに…
(動いてよ…お願いだからぁ!)
 必死の願いも空しく、萎縮した身体はせりなの意思を無視し続けていた。


『来るぞ、契約者よ』
「わかってる!」
 思わず声に出して返答した瞬間、眼前の敵意の塊が飛び込んできた。
「うぉらあぁぁぁぁっ!!」
 左の二発、下からすくい上げる鉄パイプの一発。
 前傾姿勢に警戒していた悠人は、何とかその全てを防ぎきる。
 だがゲンハの攻撃は止まらない。
「まだまだいくぜえっ!!!」
 止められた鉄パイプをそのまま手放し、両手での乱打に入る。
 必死に防御するが、そう何発も止められない。
「くっ!?」
『焦るな契約者よ、一撃一撃は大したことはない。『誓い』を砕くという契約を忘れるな。
今度こそ本気で反撃するのだ。このようなところで果てるなど許さぬぞ!』
「…わかってんだよ、このバカ剣!!」
 悪態と同時に、拳を食らいながらも無理やり『求め』を水平に振り回す。
 バックステップでかわすゲンハ。
「うおおお!!」
 振り切った勢いをそのまま遠心力に、一歩踏み込み今度は上段から振り下ろす連続攻撃。だが、
「本気出せっつってんだろうがああぁ!!」
 それすら難なく半身でかわしたゲンハの肘がカウンターで顔面にヒットする。
 額を切れ、血がしぶく。
 思わず仰け反ったところに、返しの裏拳が炸裂。
「がっ!」
「ヒッ!?」
 悠人の声と、血に思わず上げたせりなの悲鳴が重なる。
 何とか転倒だけは避けたものの、たたらを踏んで数歩後退することとなった。
 その間に、ゲンハは悠然と鉄パイプを拾い上げる。
「一体いつまでためらってるつもりだァ、あァン!? つまらねぇんだよ! もっと燃えさせやがれ!!」
 言いながら大振りを繰り返し、悠人を追い詰めていく。
 悠人は後退しながら『求め』で防御するが、攻撃に転じることが出来ない。
 そして気づく。
(!…まずい、これ以上下がったら!!)
 すぐ後ろにはせりながいる。
「姉ちゃんが心配かぁ? 安心しな、テメェが死ぬまで姉ちゃんには手ぇ出さねぇでいてやるよ」
 攻撃を続けながらの、見透かしたようなその言葉に耳を疑う。
「ま、裏ァ返せばテメェが死んだら美味しくいただくってことだァ。
ご馳走が目の前にぶら下がってんだからなぁ、俺は本気でぶち殺しにいくぜぇ…
…テメェと姉ちゃんが可愛かったら…」
 一瞬だけ攻撃に溜めを作る。そして――
「テメェも本気でぶち殺しに来やがれえぇぇっ!!!」
 渾身の一撃が、とうとう悠人の防御を弾く。
「くあぁっ!?」
「終わりだあぁぁっ!!」
 とどめの一撃を振りかぶった瞬間、

「動くな!!」

 野太い男の声が響いた。
「――なんだ!?」
 タイミングがタイミングだ。
 さすがのゲンハも一瞬動きが止まる。
「このっ!!」
 対照的に全く動きが止まらなかった悠人の剣が、ゲンハに襲い掛かる。
「ちっ!」
 大きく後ろに飛びすさり、間合いを広げる。
(誰かいやがるのか!?)
 聞いたことの無い声だ。
 視線を巡らし、あたりを見回す。と、
「!…あのガキ!!」
 船工場でお楽しみタイムを邪魔してくれた男がいる。
 撒いたと思ったが、こんなところまで追ってきたのか。
 だが、男はゲンハに見向きもせず、いきなり踵を返すと猛スピードで駆けて行ってしまった。
(…今の声の奴が追っ払ったってのか?)

(今の声…長崎さんだ!)
 知った声だったからこそ、動きを止めることなく反撃に移れたのだ。
(今の声が無ければ…やられていたな)
『そうだな、未熟にもほどがある』
 『求め』の言葉にも、今回は返す言葉が無い。
(ああ…全くだ…)
『……』
 言い返してこない悠人に何を思ったのか、『求め』は一瞬沈黙した。
『…何にせよ、味方が来たのならば好機到来だ。この者を殺せ。マナを奪え、契約者よ』
(…結局、お前はそこに行き着くんだよなぁ)
 内心で苦笑しながら呼吸を整え、戦いに備える。
 そして、待ち人が大地を駆ける音が聞こえてきた。
(ここから…だな)


【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態△(打撲、裂傷多数) 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【ゲンハ@BALDR FORCE(戯画) 招 状態○ 所持品:鉄パイプ】
【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態△(軽いショック状態 外傷は無し) 所持品:なし】

【長崎旗男@大悪司(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:銃剣】
【友永和樹@”Hello,World”(ニトロプラス) 鬼 状態△(右腕欠損) 所持品:サバイバルナイフ 基本行動方針:魔力持ちの保護、魔力なしの駆除、末莉を守る】



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