満月の夜






ヴィルヘルムは自室に篭もり瞑想を続けていた。
ユプシロンの起動により取りあえずは外界の情報を手にいれることもできるが
ユプシロンの送ってくる情報以外にも外界の事を知る手段は存在する。

「また一つ……か」
魂の残留思念を読み取る力、それがケルヴァンの策略を見破ったからくりの正体である。
「これは…ハタヤマと一緒にいたあの少女か…余があやつを過大評価したせいで酷いことをした」
ヴィルヘルムにとて人の情くらいは存在する。
もっとも相手が魔法使いであり、なおかつ己の理想の邪魔にならない時にしか発揮されないが。

コンコン

ドアがノックされる音…
そういえば定時報告の時間だった事をヴィルヘルムは思い出す。
(この魂の思念を読むのは後回しでもよい…か)
彼女の身に何が起こったのは既に知っているのだ。
「HAHAHAHA!入って構わぬぞ」
「失礼致します。総帥閣下、ケルヴァン司令からの定時報告書です」
入って来たのは名も知らぬ兵士であった。
いつもならケルヴァンが直接持ってくるのだが…
「ケルヴァンはどうした?」
「はっ!御多忙につき私が代理を申しつけられました」
(ハタヤマにかかりきりなのか……それとも余と顔を合わせたくない理由でもあるのか…)
なにしろヴィルヘルムが部屋に閉じこもったのを不思議に思っていないわけがないのだ。
必ず自分で様子を探りにくると踏んでいたのだが。
ヴィルヘルムはまさかケルヴァンが部屋の掃除で忙殺されているとは夢にも思わない。
「まあよい…下がれ」
「はっ!…失礼します」
何事もなく兵士は退室して行った。

「先にこちらに目を通してみるか…」
目を通し始めてすぐにヴィルヘルムは報告書に見慣れない項目があるのに気付く。
『比良坂初音』
今までは存在していなかった項目だ。
本来ならばあって当然なのだが、ケルヴァンが意図的に情報を出していなかったのか、
それとも初音が上手く使い魔の目をくぐっていたのかはわからないが今までは報告書には存在していなかった。
「これが自分で持ってこなかった理由か…」

『比良坂初音…大十字九郎と交戦。これにより比良坂初音はネクロノミコンを手中に収める』

要約するとこんな感じであった。
さらにヴィルヘルムは別の資料を取り出しネクロノミコンの調査結果を参照する。
「まずいな…初音がネクロノミコンの力を手に入れたとなると…余の力を超える恐れがある」
ヴィルヘルムは少しの時間思案し、そして…
(仕方がない…こうなればネクロノミコンを初音から奪取するしかあるまい)
ケルヴァンに踊らされているようで少々気には触るが。
(しかし相手がネクロノミコンを手に入れた初音となるとユプシロン単体では少々厳しいか)
報告書を信じるのならば初音はかなりの手傷を負っているようだが、手負いの獅子程危険な者はいないのだ。
(やむを得んな…協力者を呼ぶか…)
ヴィルヘルムがこの世界を創造する時に声を掛けたのはケルヴァンと初音だけではない。
能力は申し分なくとも初期の不安定な世界では存在するには三人が限度であったために
緊急時の協力を取り付けるだけに至った者も存在した。
ヴィルヘルムはリストを取り出し、緊急時の協力を約束している者の一人に白羽の矢を立てる。
ユプシロンと二人掛りならば初音からネクロノミコンを奪取できるはずだ。


───イデヨン起動します。


(不安定な装置ではあるが…今回は暴走はなさそうだな)
唯一の懸念はクリアできたようだ。
(これで余の計画も滞りなく…なんだ!?)
突然イデヨンの制御装置が異音を発し始める。
暴走を知らせる警告音である。
「また暴走か!おのれ停止を…!」
ヴィルヘルムが制御装置に近づいた瞬間──部屋は閃光に包まれた。

ヴィルヘルムが視力を失っていた時間は一分もなかった。
「ホワット…?一体何が起こったというのだ」
部屋にはなんの変化もない───いや、確かに変化はあった。
先程より部屋が薄暗いのだ。
「今はこの周辺は昼のはずだ!これは一体…」

慌てて窓から外を見る。
「何だというのだ…」
日の光はなくすっかり夜になっている。
そして───空には島を覆いつくさんばかりの巨大な満月があった。

「君が僕を呼んだのか」
不意にヴィルヘルムに声が掛けられる。
ヴィルヘルムの部屋よりさらに高い塔の頂───そこに声の主は居た。
自らの背丈よりも巨大な鎌を手に持ち、闇に同化するかのような黒装束。
結界内を一望できる塔の頂にその少女は悠然と佇んでいる。
「HAHAHA!そうとも!我が理想郷にようこそお嬢さん」
(見た目こそ幼いが…この魔力は素晴らしい!予定とは違うものの余と共に理想郷を作るにふさわしい人材…)
しかし少女は頭上の月を見上げながら
「理想郷……か。僕には関係ない事だね。僕に出来ることは…」
そこまで言って手に持っていた鎌を月に向かって一振りする。
「魂を無に還す事だけだ」

頭上の満月が欠けていく。
それはあたかも早送りで皆既月食を見ているようだった。
月が欠けていくのと共に次第に日の光が戻ってくる。
「これは君に返しておくよ、僕の用は終わった」
「これは…先程の死者の魂……なのか」
ヴィルヘルムの手の中にはアーヴィの魂だったものがある。
しかし残留思念や記憶と言った物は読み取る事ができない。
「他の魂も浄化させてもらったよ…君のやる事を邪魔はしないが僕の仕事はやらせてもらう」
「貴様…一体何者だ…」
「一般的には死神と呼ばれる存在…どうしても名前で呼びたいのならば……エアリオ…」
今更ながらの質問に少女は表情一つ変えずに答える。
気がつくと満月は消えうせ、先程通りの空が広がっていた。
ヴィルヘルムはその名を確認するように頷いてから
「そうか…我の理想を理解できぬ輩は全て死すが必定……死ねいエアリオ!スターシュートォォォォ!!」
ヴィルヘルムは不意打ちで魔法を放ち勝利を確信する。
しかし───
「僕を消す事なんて出来はしないよ…」
「なっ──」
魔法は全てエアリオの体を素通りし、塔の頂上部が破壊されただけであった。
「君、死ぬよ」
「戯言を…」
この少女が自分を殺すというのか?
まだ───死ぬわけにはいかないのだ。理想を実現するまでは…
「勘違いしているようだから教えてあげるけど…君を殺すのは君自身だよ」
「…どういうことだ?」
「わかっているはずだよ?君の体の変調は魔力の使いすぎによる一時的な副作用なんかじゃない…
長い間の魔力の反動に耐え切れず体に限界が来ただけだという事を。これ以上魔法を使えば命の保障はできないね」
「そうだとしても───余は理想を実現するまでは死なぬぞ…」
「ならばあがく事だよ…命ある限りいつかは訪れる宿命からね。結末は変わらないと思うけれど」
そう言ってエアリオは立ち上がった。
「僕の仲間がミスをしていたようだね…その後始末もしなくちゃいけない。僕は行くよ」
「ミス……だと?」
「……君達が地獄から呼び戻した連中の事さ。今度は確実に無に還さなくてはね」
そういうとエアリオはマントは翻し…元々存在しなかったのように消え去った。

残されたヴィルヘルムはしばらく微動だにしなかったが、突如静寂を破るように笑い出す。
「余が死ぬだと…?やってみるがいい死神よ…余は理想の実現の為なら死神であろうが捻じ伏せてみせる。
さしあたって今は初音からネクロノミコンを奪取せねばならん」
そう呟くと再び召喚の為自室に戻っていったのだった。

『報告書50ページ
重要:召喚装置の暴走により召喚された者あり。これにより召喚用魔力のストックが減少。
なお召喚された者は比較的協力的。詳細は追って報告』

「召喚できないだと…余は…余の理想はこの程度で潰える程やわなものではないぞ…」

【ヴィルヘルム・ミカムラ@メタモルファンタジー(エスクード)状態△ 所持品なし 鬼 
スタンス:初音からネクロノミコンを奪取、自身は瞑想による体の負担軽減】
【エアリオ@忘レナ草(ユニゾンシフト)状態? 所持品 大鎌 招 スタンス:魂の浄化】

【時間:Wicked child の後】
備考:エアリオ
物理的干渉を行わない代わりに傷つける事ができない。



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