決して敵には容赦せず






「はぁ……ランスにはがっかりね」
 そうぼやきながら山腹を歩く悪魔の名はカレラ。
 魔術を学ぶ気がないのなら、とっとと鬼としての仕事をしてこいと
ケルヴァンに叱咤されて中央から叩きだされたのは、ランスが中央を出発してからすぐのこと。
 魔力保有者の保護など冗談じゃないし、非保有者の駆除もそれはそれでかったるい。
かといってケルヴァン、というよりヴィルヘルムに逆らうというのもさらに面倒なことになりそうなので、
とりあえず仕事をするふりをしながら、ランスでも見つけて遊ぼうかと思っていたのだが……

「ちょっと興ざめね。もう少し胆力のある奴だとおもってたんだけど」
 拡声器によって流れた山頂のランスの痴態は、カレラの耳にも届いていた。
 正直、落胆した。犯るなら犯るでもう少し堂々としてほしいと思う。

「しょうがないわね。一人二人適当に狩って、仕事しているところをアピールして後はさぼろうかしら」
 そう思い、翼をはためかせて空にあがり獲物がいないかと辺りを見回すカレラ。
「あら……?」
 その視界にうつるのは、山頂より少し山道を下りたところで腰を下ろしているツインテールの少女と、
それよりさらに下から山頂へと登ってくる二人組みの侍の姿だ。
 二人組みの方は見覚えがある。確か新撰組という、ヴィルヘルム側の人間だ。
 ツインテールの少女からは魔力を感じない。殺してよい存在ということである。
「……このままだと出会ってしまいそうだけど……そうね。
さっさとノルマこなしたいし、獲物を譲ってもらおうかしら」
 カレラはそう呟くと、まずは新撰組の方へ向って翼をはためかせた。

 それよりさらに山裾のほうには、木々の合間を駆け抜けるアイの姿があった。
(やられたちゃったね……)
 その表情は険しい。ヴィルヘルムの放送を機にしてうまく逃げおおせたものの、
やはり自分が敗北したというのは動かしがたい事実だと思う。
「あいつは強い……でも今度あったら必ず……!」
「何が必ずなのかしら?」
「――――!?」
 アイは驚きと共に、足を止めた。
 アイの行く手をさえぎるように、音も無く一人の少女が立ちふさがったのだ。
小柄で小枝のような四肢にあまりに似合わない巨大ハンマーが、嫌でも目に付く。

「何かから逃げているようね。山頂の出来事は私にも聞こえたけれど、教えてくれないかしら?」
「……魔力保有者。面倒ね」
「魔力保有者?」

 フゥ、とアイは呼吸を落ち着けた。
 見た目に騙されるな。こいつもまた、人外の存在だ。そう、自分に言い聞かせる。
 まずは気を静め、冷静に対処しないと。

「放送は聴いたわね? そういうこと。私は管理側のものだけど、
魔力を持つものたちを保護して、協力を要請するように命じられている」
「それで私は魔力を持つ者だというのね? ……それで協力を拒めば?」
 アイは黙ってロッドを構えた。
 それを見て、ハンマーの少女――――モーラは肩をすくめた。
「分かりやすいわね」
「細かいやりとり、嫌いなの」
「あなた……本気で勧誘する気ないでしょ?」
「面倒なの、嫌いなの」
「まあ、確かに無駄なやりとりね。この状況で協力する気なんて起きるはずもないし。
はっきりいうと、あなたの上司狂ってるとしかと思えないわ」
「それには、同感、かな」
 言葉を交すのはそれで終わり。
 両者は地をけり、ロッドとハンマーが振るわれた。


  「獲物を譲ってくれ……ですか?」
 突如現れた黒い翼を持つ半裸の女の言葉に、沖田はオウム返しに呟いた。
 聞けば、この女もまたヴィル側の人間らしい。
 定められた合言葉を答え、管理側の人間しか知らぬことも知っていたのでそれには間違いないと思うが……
「だけど、それだったら三人でかかればいいと思うんですが……」
「そんな大層な相手ではないわ。それに、ちょっと独特だけど見目の少女だったし、
殺す前に個人的に色々楽しみたいの。ダメかしら?」
「それは……どうしましょう、芹沢さん」
「うーん……個人的にはどうでもいいんだけど。でも歳江ちゃんがうるさそうなのよねぇ」
「あ、確かにそれはちょっと怖いかも……」

 カレラの提案に悩む沖田と芹沢。
 と、その時、ピィーという甲高い音が響いた。

  「――――!! 芹沢さん!」
「なんかマズイことあったみたいねぇ」
 険しい顔をする二人に、カレラが首をかしげる。

「なに? 今の」
「撤退の合図です。この山の向こう側に私達の同士達がいるんですが……そちらで何か起きたようですね」
「ふーん。それじゃここから立ち去るのね?」
「はい。あの合図があった以上私達はいかなくちゃならないですが……カレラさんも気をつけて下さい。
山頂にはやっぱり何かあるみたいです」
「OKOK、気をつけるわね」
 軽い調子で沖田の忠告を聞き流すカレラに、まだ沖田は何か言いたかったようだが、
諦めたように頭を振ると、ペコリと目礼をして芹沢と共に山を下っていった。


 山裾の森中における戦いは、モーラの方が押していた。
(格闘戦では向こうが上……!)
 歯を食いしばり、手にしたロッドでハンマーを受け流すアイ。
 まともに受けたのなら、腕がへし折れる。
モーラの打撃はそれほどに重い。
(こんな細腕なのに凄い力――――!)
 だが、それはハンマーを使う時点で、予想していたことでもある。

 アイとて魔法少女として怪異と戦う身である。
姿に似合わぬ怪力の持ち主と戦うことが、これで初めてというわけではない。

 だから、彼女は彼女なりに冷静な思考で勝機をうかがう。
そして――――

(ここだ!)

 ハンマーを受け流し、モーラがハンマーを手元に戻すよりも早く、間合いをつめてその懐にもぐりこむ。

「――――!?」
 その動作に、モーラが不可解な表情を浮かべた。アイのロッドも長手物なのだ。
間合いを詰めて真価を発揮する武器ではないはずなのに――――

 だが、アイの武器はロッドだけではない。密着した状態で集中力を高め、
あえて隠し玉として温存しておいた魔法を発動する。

「な――――!?」
 魔法の風撃を受けて、吹き飛ぶモーラ。意外な攻撃をくらい、モーラの顔に驚愕の表情が浮かぶ。
 そして、その機を逃すアイではない。
「もらった!!」
「く―――!!」

 ロッドが走り――――
 ハンマーを手放し顔と胸をガードするモーラのその腕の下をロッドは潜り抜け、モーラの腹を貫いた。


「ガ……ハァ……」
 鮮血を吐き、モーラはガックリと膝を突く。
 贓物がこぼれぬようにするためにか、両腕で刺し貫かれた腹を覆う。

「残念。私の勝ちのようね」
 一方、アイは荒い息をつきながらもロッドを構えなおし、モーラの方へむける。

「……いい気に……ならないで……」
 かすれた声で、途切れ途切れにモーラは言葉を吐いた。
「私は……ここで死ぬようだけど……私より強い人は……いる……
その人たちが……必ずあなた達を倒すわ……」
「悔しいけど、それはこちらも同じ。総帥をはじめとして私より強い人はたくさんいるわ」
「……だとしても……きっと……誰かが……あなた達を倒すわ……ぐぅ……」
 体力が尽きてきたのか、モーラはうめいた。

 それでも彼女はアイをにらみつけたまま、言葉を続ける。
「それとも……自信があるというの……? 絶対に負けないという……」
「絶対ではないけれど、中央を落とすのは難しいと思う。
数は多くないけれど、化け物のように強い人は幾人かいるし……
中央も四つの結界塔でまもられてるもの」

 それから、アイはスッと目を細めた。
「だから、ここで死ぬのはけして不幸じゃない。早いか遅いかの違いだけ。
悪く思わないで。私、敵には容赦しない主義だから」
 止めを刺そうと、ロッドを握る手に力が込められる。

だが――――

「奇遇ね。それは私も同じだわ」
「!?」
 急にハッキリとしたモーラの声にアイはギョッとした。
 そういえば、いつの間にか出血が止まっているし、モーラの腕に覆われて腹の傷口を見ることも出来ない――――

 気づくのが遅すぎた。いや、いっそ気付くべきではなかった。

 アイが驚愕した、その瞬間を狙ってモーラは跳び、
ロッドをかいくぐってアイの腹に拳を叩き込む。
「グ――――ガ――――!?」
 ダンピールの怪力によって振るわれたその一撃。
 アイは辛うじて意識をつなぎとめるも、ロッドを取り落とし、ガクリと膝を落とした。

 霞む視界で、モーラをにらむ。モーラの腹の傷が見る間にふさがっていくのを見て、うめいた。
「再生……能力!?」
「そのとおりよ。さっきの不意打ちは見事だったけど……
あの瞬間に私がわざとハンマーを捨てて頭と心臓を守ったことに気付くべきだったわね」

 形勢は逆転した。
 モーラはハンマーを拾い上げ、振りかざして、
「悪く思わないでね。私も敵には容赦しない主義なの」
 冷たい声でそう告げる。
 だが、それが振り下ろされる直前で――――


「な、なにするさ!? あんた!!」


 山頂の方から、怒声とも悲鳴ともつかぬ叫び声があがり、一瞬だけモーラの注意がそっちにそれた。

「ヅゥゥッ!!」
 この与えられた最後の機に、アイは残された力を総動員して横っ飛びに跳んだ。
 転がりながらロッドを拾い上げ、
「くらって!!」
 魔法を発動させる。

 それが、モーラに直撃したかどうか確かめる余裕はなかった。
 アイは相手が追ってこないことを祈りながら、全速力で森の中へと翔けていった。


「チッ……」
 モーラは舌打ちした。
 アイの最後の魔法は跳躍することでかわすことが出来たが、
それで相手の離脱を許してしまった。

 追えば追いつけるかもしれないが――――

「チッ……!」
 モーラは再度舌打ちすると、アイとは反対の山頂の方向へ、
大空寺あゆの叫び声があがった方へ走った。

【モーラ@ヴェドゴニア(招)状態:△(腹部ダメージ、時間と共に再生) 装備:巨大ハンマー】
【大空寺あゆ@君が望む永遠(招)状態:○ 装備:スチール製盆】
【アイ@魔法少女アイ(鬼)状態:△(腹部に一時的なダメージ) 装備:ロッド】
【沖田鈴音@行殺!新撰組 (鬼)状態; ○  装備:日本刀】
【カモミール芹沢 @行殺!新撰組 (鬼)状態: ○ 装備:鉄扇】
【カレラ@VIPER-V6・GTR (鬼(招?)) 状態:○ 装備:媚薬】



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