非日常の日常、あるいは日常の非日常
「ひまだな〜」
ここは中央要塞内の魔力保持者の軟禁部屋。
軟禁部屋とはいっても、設備は一流ホテルのスイート並みだ。
豪華なベッドにテーブル、バスルームまで付いている。
もちろん、テレビなどの電化製品は何一つ無かったが。
「ひまだよ〜」
だらけた声が聞こえる。
今のこの部屋の住人、山辺美希は退屈していた。
食事を終え、ケルヴァンからこの世界の話を聞いて、一眠りして先ほど起きたところだ。
それからしばらくはただ部屋でごろごろしていたが、そろそろ限界に近づいていた。
「霧ちんも魔力持ってたらよかったのになぁ」
あっさり裏切ってしまった友達のことを思う。
彼女と一緒なら、退屈などしていないはずだ。
「う〜ん、後は黒須先輩も一緒にこっちの世界に来てれば…いやいやダメダメ。
こんな部屋に先輩と二人っきりでいたら、貞操の大ピンチというか絶体絶命?」
なにせ自分にセクシャルハラスメントの何たるかを叩き込んでくれやがりました師匠です。
豪華ベッドを見た瞬間、セクハラモードにシフトした彼奴めは猛り狂う漢魂全開で襲い掛かってくるに違いないのです。
師弟である以上、いつかは倒さねばならない相手ですが(どうもそれが常識らしいです)、今はまだ力不足。
めくるめく官能時空に強制連行されるのがオチなのです。
ていうか、あのエロ大帝のエロパワーはエロ無尽蔵なので永久(とわ)に勝てないんじゃないかと思う次第。
まあ、セクハラで倒すというのも何か術中に嵌まってる気がするから別にいいけれど。
「うっす、やはり自分としてはもうちょっと処女でいたい所存であります。サー」
架空の上官に敬礼すると、何とかこの退屈状態を打開する素敵作戦はないかと考える。
「…そういえば」
ベッド脇にあるブザーに目を留める。
世話係のメイドさんが、「御用の際はこのブザーでお知らせください」と言っていた。
最初の世話係の人は、屈強な人じゃない人(魔族)だったけど、怖いからこっちのメイドさんがいいと言ったら替えてくれた。
お役御免を言い渡されたときの、寂しそうな顔が印象的だった。
(人じゃない人でも、表情ってわかるもんなんだなぁ)
それはともかく、とりあえず押してみる。
ブー、という音が鳴った。
――30秒後。
コンコン、とドアがノックされる。
「美希様、お呼びになりましたでしょうか」
「あ、は〜い。入ってくださーい」
失礼いたします、と返答してからメイドが入ってくる。
「それで美希様、ご用件は」
「退屈なんです」
「はい」
「退屈なんです」
「はい」
「退屈なんです」
「はい、それでしたら、この中央施設内をご見学などなされますか?」
「はい、ご見学します。サー」
サーではない。
「かしこまりました。では私がご案内させていただきますので、私の後について来ていただけますでしょうか」
流された。
美希はこのメイドさんをスキテキシュ(訳注:好敵手)と認めた。
「は〜い。では早速行きましょう」
連れ立って部屋を出る。
「む、3時方向に階段が見えます。こっちですか、サー」
ついて来いというのに、先頭に立って歩き出す。
そしてサーではない。
「美希様、そちらではなくこちらです」
逆方向だった。
結局、後について歩くことになる。
そして、美希の大冒険が始まった。
「美希様、ここが食堂です。主に兵士の方々や私達メイドが食事を取りに訪れています」
食堂にはまばらに人影(人じゃないのも)がある。
人じゃない人とメイドさんが楽しげに談笑している席もあったりして、美希はちょっとカルチャーショックを受けた。
(…不思議な光景だ…)
食堂内のレイアウトがファミレス風味なのも、違和感に拍車をかけていた。
ショーケースに入ったメニューを見ると、さすがになんだかわからないものが多い。
だが、見た感じシチューやハンバーグに似ているものもあった。
「ここって、私も食事できるんですか?」
「はい、お口に合うかどうかはわかりませんが可能です」
「本当ですか! じゃあ今度食べ……て、死んだりはしないですよね?」
「……さあ?」
「……」
「次にまいりますか?」
「…はい、サー」
「美希様、ここが兵士詰め所です。ここから兵士の方々が戦いに赴かれます」
詰め所内は雑然としていた。
数多の兵士達が、武器の手入れやストレッチなどをしてめいめいにすごしている。
何人かの兵士が美希達に気づいて、こちらを見た。
「ど、どーもー」
屈強な兵士達の姿に多少引きながら手を振ると、数人が手を振り返してくれる。
「あ、あはは…」
愛想笑いをしながら手を振っていた美希だったが、手を振り返す兵士の中に初代世話係を見つけた。
「あ! ども、こんちです〜!」
ぶんぶんと手を振る。初代世話係は照れたようににんまりと笑った。
相変わらず恐ろしげな顔のはずだが、あの寂しそうな表情を見ているせいか愛嬌のある顔に見えてくる。
「美希様、そろそろ次にまいりましょう」
「いえっさー」
最後にもう一度大きく手を振る。
初代世話係が他の兵士達にからかわれたり小突かれたりしているのを横目で見ながら、美希達は詰め所を後にした。
「美希様、ここが休憩室です。休憩シフトも決められていますので、今は誰も…あ」
「あ」
「あ」
「あ」
美希とメイドと、中で逢瀬を重ねていたらしい男女の声がハモる。
数秒、時間が止まった後、
――パタン
おもむろにメイドは扉を閉めた。
「さ、美希様、次にまいりましょう」
「見てちゃあダメかな?」
「ダメだと思います」
「美希様、ここが作戦室です。ケルヴァン様が配下の方々に指示を出していらっしゃいます」
あんぐりと口をあけたケルヴァンがこっちを見ている。
「どもです〜」
美希のあいさつにハッと自分を取り戻すと、つかつかと歩いてくる。
表情は険しい。
「なぜ、ここに彼女を連れてきた!」
目の前に来るや否や、メイドに詰め寄る。
「申し訳ございません。美希様が退屈なされておりましたので、施設の見学でもと…」
「だからといって作戦室に連れてくるバカがどこにいるか!」
「わ、私が悪いんです!」
突然、美希が発言する。
「ごめんなさい、ケルヴァンさん。私が無理言って連れてきてもらったんです…」
「美希様…」
メイドは驚いたように美希を見て絶句する。
しゅん、として心底申し訳なさそうに謝る美希に、ケルヴァンはそれ以上怒れなくなってしまった。
なにしろ美希は、ケルヴァンが「この娘こそは」と目を付けている覇王の資質を持つかもしれない娘である。
いたずらに悪印象を与えるわけにはいかなかった。
「む、コホン…いや、こちらこそ大声を上げてしまい失礼をした。
まだここに慣れていないことでもあるし、今回の事は不問としよう。
申し訳ないが、今後は作戦室への訪問は遠慮していただきたい」
姿勢を正してそう言うと、今度はメイドに向き直る。
「要塞内を案内するのはかまわんが、今は部屋に戻れ。少し面倒事が起きた」
「かしこまりました、ケルヴァン様」
メイドの返事に肯くと、美希に向かって一礼する。
「私はこれで失礼するが、部屋に戻っていていただきたい。外出できるようになったらお知らせしよう」
「は〜い、わかりました」
それでは、と言い残し、ケルヴァンは作戦室を出ていく。
その後を、部屋の隅にいた胴着姿の少女がついていった。
「…美希様…先ほどは、申し訳ありませんでした」
「あ、いえいえ、ああ言えば黙ってくれるかな〜? …と。面倒だったし」
こともなげに言う。完全に確信犯だ。
「ところで、面倒事ってなんでしょう?」
「さあ、私は存じ上げません」
ん〜、としばし黙考していた美希だったが、にまり笑うとメイドに向けて提案した。
「モノは相談なのですが、サー」
「何でしょう、美希様」
「は、明日の戦場を生き抜くために、ここで追跡技術を習得しておくべきかと愚考する次第であります」
後をつけようと言っている。
「それは、無駄かと思われます。相手がケルヴァン様では、すぐに気づかれてしまうかと…」
「そーですか…じゃあ、仕方がないので次の場所に行きましょう」
さっき部屋に戻ると同意したばかりである。
「…美希様」
「ダメですか?」
うっ、とメイドは言葉に詰まった。助け舟を出してもらった手前がある。
「…ダメですか?」
結局…、さらに訓練施設と大浴場と中庭を見学して暇指数をゼロに戻した美希は、ようやく部屋に戻ることにした。
「いや〜楽しかったなぁ♪」
「それはなによりです、美希様」
「他にもまだ案内されてないところありますか?」
「はい。少々離れたところになりますが、幼稚園がございます。後は、建築中ですが病院など」
会話に花を咲かせつつ、二人は自室のある建物に入っていった。
……後ほど、美希もメイドも後悔することになる。
あの時、ケルヴァンに「部屋に戻れ」と言われた時に素直に戻っているべきだったと。
なぜなら、そこで、――それを見てしまったから。
――ドシャッ
赤い、赤いものを撒き散らし、それは上の階から落ちてきた。
落ちてもなお、両手に刀を握ったままの若い男。ただし、上半身のみ。
一瞬前の空気とはあまりに違う眼前の光景に、二人は息すらも止まったかのように身動き一つ出来ず立ちすくむ。
眼鏡をかけた少女が階段を降りてくる。上半身だけの男を抱きかかえ、歩き出す。
二人から離れる方向に歩いていくためか、それとも抱きかかえた男しか見えていないのか、少女は二人に気づかない。
前方に弓を持った胴着姿の少女が見える。
作戦室でケルヴァンの後を追っていった少女だ。
胴着姿の少女が弓を射、男の命の火が消える。そして眼鏡の少女もまた男の後を追い、自害して果てた。
メイドは、必死にこみ上げる嘔吐感を堪えていた。
おびただしい血の赤。腹から垂れ下がる内臓。立ち込める血の匂い。
通常なら、もうとっくに嘔吐していただろう。
だが今は美希がいる。
これから仕えていくべき美希の前で失態を演じるわけにはいかない。その一念だけで彼女は堪えていた。
そう、美希もこんな不快な思いを感じているはずだ。
彼女は美希を気遣おうと、美希の顔を見る。
「……」
美希は無表情だった。
人の死を見たショックも、こみ上げる嘔吐感も、そこには見て取ることが出来ない。
それどころか、にへへと笑っていたあの顔すら、そこから連想できそうもなかった。
(美希…様…?)
「……気分悪いよ……行こ?」
メイドの手を引いて、自分から歩き出す。
階段を上る途中で、声が聞こえてきた。
「わたしはただ…わたしはただ…わたしはただ…わたしはただ…」
美希の足が止まる。
その声を聞いて止まる。
ただ、ただ繰り返すその言葉を。
何回も、何回も、何回も…何週も…永遠に続く無限のループ。
(逃げられない…のかな…)
霧と、先輩と、その他の人たちと、生きて、死んで、また生きて、また死んで、永遠に繰り返す世界。
この世界に来て、逃げられたと思った。
だけど…
(同じ…なのかな…)
人が生きる、人が死ぬ、人が殺す、人を殺す、悪意に満ちた、理性を失いやすい世界。
「わたしはただ…わたしはただ…わたしはただ…わたしはただ…」
声は続く。繰り返す。何度も、何度も、何度も、何…
(だまって!!)
――パンッ
何かがはじけたような音がして、声が止まった。
その場に、静寂が戻ってくる。
「……うっ」
嘔吐感が、来た。
「う…げえええぇぇ」
「美希様!」
堪えようがなかった。言いようのない不快感を胸に感じ、美希は派手に嘔吐していた。
【山辺美希(覚醒?)@CROSS†CHANNEL(FlyingShine) 招 状態○ 所持品:なし】
【ケルヴァン・ソリード@幻燐の姫将軍1と2(エウシュリー) 鬼 状態○ 所持品:ロングソード】
【神風@魔獣枠 状態○ 所持品:弓】
【高町恭也@とらいあんぐるハート3(JANIS) 死亡】
【高町美由希@とらいあんぐるハート3(JANIS)死亡】
【リニア@モエかん(ケロQ) 死亡】
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