MIND BREAKER
がくん、ハタヤマの腰が大きく沈む。
「あれ?」
これはここまで無理を重ねてきた、いわゆるちょっとした過労といった程度だったが、
ハタヤマの脳裏には別の理由が思い浮かんだ。
(そろそろ毒を出さないと・・・)
それに…ハタヤマは先ほどの暴走を思い出す、あれほどの魔力を放出した事は今までになかった。
その分身体に早くガタがきてもおかしくは無い。
ハタヤマはアーヴィの顔を眺める…だめだ、とてもこんなことは頼めない。
いつものように魔物のふりをして襲うしかないのか、いやそれもダメだ、この状況では不自然過ぎる。
そうこうしている間にも、刻一刻と自分の身体に毒素が充満しつつある、そんないやな感覚を覚えるハタヤマ。
所詮、生あるものは死の恐怖から逃れることはかなわない。
ましてハタヤマはつい先ほどその恐怖に直面したばかりだ。
いかに強がっていようとも、あの時怒りで我を失っていようとも、あの赤いロッドを構えた
少女の残像は、決して消えることはなかった。
身体の傷は治っても、心の傷はそう簡単には癒せないのだ。
そんなハタヤマの顔を見て、アーヴィが尋ねる
「ハタヤマさん、具合悪いの?困った事があったら何でも私にいってね」
その微笑を見てしまったハタヤマの中で恐怖とは別の感情も大きくなっていく
もう我慢できない…。
(なんでもいってねっていうことはきっと大丈夫だよね、アーヴィちゃんなら)
「あのさ…実は僕、病気なんだ…それでね」
ハタヤマは流石に恥ずかしげにもじもじと話す、人前であの姿をさらすことになるとは、
だが、どういうわけかアーヴィになら何でも打ち明けられるような、そんな不思議な気分だった。
「身体の中の毒を吸い出してもらわないといけないんだ…だから」
その時、また胸がちくりと痛んだ、そしてその痛みと同時にまたあの少女の幻影が浮かび上がる、
そしてついにハタヤマの理性のタガは外れてしまったのだった。
「アーヴィちゃん!!こんな僕を知っても嫌いにならないで!!」
そう叫ぶと同時にハタヤマの身体がおぞましい触手の集合体へと変化していく、
生殖器の無いハタヤマがいわゆる「毒」を放出するにはこの方法しかないのだった。
「こすってよ・・・こここすって毒を出すだけでいいんだから、ね?ね?ね?」
迫りくる死に対する恐怖(実際は篠原さんの暗示に過ぎないのだが)とそれとは違う別の欲望も、
ハタヤマから自制心を奪いつつあった。
あまりにも凶悪に鎌首をもたげる男性自身たちに、アーヴィはがたがたと震えながら悲鳴を上げる。
アーヴィにとって、それは戦場で遭遇したいかなる魔物よりもはるかにおぞましく醜いものとしか思えなかった。
それはまさに本能的な恐怖だった。
「この姿じゃないと出来ないんだ、気持ちよくしてくれないと毒を放出できないんだ
も、もう時間が無いんだ、お願いだよぉ
異形の姿になりながら哀願するハタヤマ、その姿にさらに後ろ去るアーヴィ
「痛くしないよ、ほんのちょっとだけなんだ」
うにょにょと男性器の群れが一斉に動き出す、それを見たアーヴィもまた恐怖で理性がキレてしまった。
「こないでぇ!!化け物!!」
アーヴィの手から放たれた雷撃がハタヤマの触手を焼く。
その痛みで触手をぶんぶんと振りまわして暴れるハタヤマ、それは身体の痛みのためだけではない、
化け物…その言葉がハタヤマの心にズキンと突き刺さっていた。
その中の数本が勢い余ってアーヴィの身体にぶち当たる。
避けきれず宙を舞うアーヴィ、その先には大木があった。
ガン!
大木にもろに叩きつけられたアーヴィの後頭部から鈍い音が響くと同時に、その身体は途端に力を失っていく。
そしてその弾みでアーヴィの太ももの間にハタヤマの触手がすっぽりと挟まりこむ。
(き・・・気持ちいい)
生存欲とそして肉欲で桃色になった脳細胞はもはや歯止めが利かない。
しかしそうしている間にもアーヴィの身体からは温もりが失われていく、
しかしそれでもハタヤマは、
「もう少しだから、ほんの少しだけですむから」
と、うわ言のように叫びながら、洗ったら匂いもすぐに取れるよなどと叫びながら、
触手の動きを止めようとはしなかったのであった。
「ふぅ…」
ハタヤマはいい汗をかいたとばかりに額をぬぐう、が、すぐにバツが悪そうに振り帰る。
「あの…その、ごめん…僕ぅ」
しかしアーヴィは返事をしない、只の屍のようだといわんばかりに。
「意地悪しないでよ…」
ハタヤマはアーヴィの手を握って、それから慌てて離す。
その手はまるで氷のように冷たくなっていた。
「嘘でしょ?冗談でしょ?ねぇ、僕が悪かったから起きてよう」
ハタヤマはアーヴィの身体を揺さぶるが、改めてその冷たさに愕然とする。
もう認めざるを得なかった…アーヴィは死んだ、そして殺したのは…。
「僕?」
違うよね?これは夢だよね、ホッペをつねる…痛い。
その痛みが教えてくれた、これは現実だと、そしてお前は人殺しだと、
いっそ全てを否定できれば、狂気の世界に逃避できればどれだけ楽だったか、
しかし出来なかった…もう認めてしまったのだから。
ハタヤマは泣いた、これほどまでに涙を流せるのかというほど泣いた。
そしてなぜこんなに悲しいのか、その理由も彼は気がついてしまった。
そう、彼はアーヴィに恋をしていたのだ。
それは失って初めてわかった、あまりにも残酷すぎる事実だった。
「君のお兄さんに、お父さんになんて言えばいいんだ…」
美しく聡明な兄、たくましく心やさしい父、そして一騎当千の仲間たち
彼らがいつか必ず助けに来てくれると彼女は信じていた。
そんな彼らが、もうすでにここにやって来ていたら、そしてもし出会ったら、
何と詫びればいいのだろう?
彼女が心から誇りに思う家族や仲間たちとの幸せな日々…それを僕が…
「僕が、僕が壊したんだぁ!命惜しさに欲望に負けて!」
いっそ身を投げようと木に登ろうとするが、ぬいぐるみの身体では登ることが出来ない、
ならばと水溜りに顔をつけるが、浅すぎて窒息できない。
だが結局の所の結論はこうだ・・・それでも彼は死にたくなかったのだ。
ここまでのことをしでかしておいてなお、彼は生きていたかったのだ。
それに自分が死んでもアーヴィはもう戻ってこない。
そのあたりまえのことにも彼は気がついていたから…。
何も出来ない無力感にハタヤマの目は濁っていく。
誰であろうと、もうヴィルヘルムであろうともハタヤマの心を救うことは出来ないだろう、
例えハタヤマが許されることはあっても…。
いななる罪であろうとも犯した罪は許されることがあっても、消えることは無い、
烙印となって生きている限りその者を苛み続ける。
その烙印を消す事ができるのは、それは罪人の心のみでしかない。
つまりハタヤマがハタヤマ自身が自分を許さない限り、永遠に彼は苦しみ続けるしかない。
結局人は自分で自分を救わなければ誰にも救われない、そんな生き物なのである。
「こんな…こんな力さえなければ…アーヴィちゃんは死なずに…すんだんだ」
自分を呪いつづけるハタヤマだったが、やがて呟きが途絶える。
こんな…力?
ハタヤマの脳裏にある考えが閃いた、だがそれはまさに恐るべき、もはや人の考えではなく
まさに獣の知恵としか思えぬ悪魔の計画だった。
この力があれば……。
そうだ…この力で僕がアーヴィちゃんになればいいんだ。
アーヴィちゃんの代わりになって生きればいいんだ、最初は上手くいかないかもしれないけど、
いろいろ練習すればきっとちゃんとしたアーヴィちゃんになれるよ。
それはまさに死者への、残された遺族たちにとっての冒涜・愚弄以外の何者でもなかったが、
それでも彼にとってはそれが最善の方法だと思った、そしてそれを行う事に決めたのだ。
一言弁護するならば彼は罪から逃れるためにこのようなことを思い立ったのではない、
彼は正面から自分の罪に向き合い、そして罪を償うために選んだのだ。
そしてもう一つ、これはハタヤマヨシノリという存在がこの瞬間から消滅することも、
意味していた、だってこれから先の日々を彼はアーヴィとして過ごすのだから。
「でも、こんな僕なんていない方が…消えた方がいいよね」
ハタヤマはメタモル魔法でアーヴィに変身し、アーヴィの亡骸から服を剥ぎ取り身につける。
そうすると確かに見た目だけはアーヴィをほぼ再現できたといってもよかった。
しかし服の外から出ている手足や顔はアーヴィでも、服の中はおぞましい魔物の形をしている。
今のハタヤマの実力ではこれが精一杯なのだ。
ハタヤマは自分の顔を水面に写す、そこにはアーヴィが微笑んでいた。
「うん…大丈夫、ちゃんと君になれたみたいだ、服の下はまだ無理だけど、いつかは…」
そこで遠くにいた水鳥が一斉に飛び立つ、水面が揺れてそこに映るアーヴィの顔が僅かに歪む。
「ひぃぃ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃっ!
ちゃんとちゃんと君になれるようになるからあ、もっと練習するからぁっ!!」
水面に映る自分の顔に向かって土下座するハタヤマだった。
こうしてハタヤマヨシノリは消滅し、アーヴィは甦ったのである。
ただし胴体にはびっしりとウロコが這えて、おまけにスカートの端から尻尾が見えていたりしてたが。
【ハタヤマ・ヨシノリ(アーヴィに不完全変身中)@メタモルファンタジー(エスクード):所持品:魔力増幅の杖:状態○ 招 行動方針 アーヴィとして生きる・死にたくない】
【アーヴィ:死亡】
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