機械人形は夢を見るか






 森の中を二人の男が駆ける。
 先行している同行者が付けていった目印、草が踏まれた跡と木に刻まれた傷を確認しつつ、その同行者の後を追う。
(やれやれ、こんなところで人助けなどする羽目になるとはな)
 苦虫を噛み潰したような顔をして、飯島克己は嘆息する。
 女の悲鳴を聞いた高嶺悠人は、すぐさま声の主のところへ行くことを主張した。
 飯島は反対だったが、長崎旗男も悠人に同調して行くべきと主張した為、やむなく自分も行くことにしたのだった。
 飯島にしてみれば、こんな何が起こるか分からない場所で厄介ごとに首を突っ込むなど自殺行為に等しい。
 だが、そんな場所だからこそ、戦力になるこの二人と離れるのは避けたかった。

「…飯島」
 珍しく、先を走る旗男が声をかけてくる。
「…さっきの放送…お前はどう考える…?」
「信頼度ゼロだな」
 即答する。
「前半の召還がどうこう言ってたくだりは、信用してもいいだろう。実際こんな状況だからな。
俺自身は魔法など縁もゆかりもないから、部外者になるか。貴様もおそらくそうだろう?
…高嶺はどうか知らんがな。
で、後半だが、部外者も受け入れるってのがまるで信用ならん」
「…なぜ、そう思う?」
「俺なら必要ないものは切り捨てるからだ」
「……」
「部外者は召還者にとって必要ないもの、異物だ。理想家なら、なおさら異物は排除したがるだろう。
頭を覗くとか言っていたから、多分その時に殺されるか洗脳されるかして人生終了だな」
「…なるほどな」
「そういうわけで、信用できるくだりはあれど信頼度はゼロだ」
 飯島はそう言い放つ。召還者と敵対する立場に立つ意思表明だ。
「そういう貴様はどうするつもりだ、長崎」
 予想はつくが、一応たずねる。
「…私の立つべき場所は戦場だ…ならば戦友と共に、理不尽なものと戦おう」
 予想通りの答えが返ってきた。
 戦友扱いされるのはうっとうしいが、味方であるのは間違いないので気にしないことにする。
(かくして、めでたく共同戦線継続というわけだ)
 あえて二人の意識の違いを上げるとすれば、戦場に立ちたい旗男と違い、
飯島は生き残ること優先で、好んでこちらから攻め込もうとは考えていないということか。
 萌えっ娘カンパニーでの生活を手放す気はないし、あそこには殺してやりたいほどの相手もいる。
 早いところ、元の世界に戻る方法を見つけたかった。
「しかし…高嶺はどうするだろうか…」
「ふんっ、心配ないだろう。あいつのことだ、放送の話に乗るとはとても思えん」
 なにしろ、見ず知らずの女を助ける為に単身飛び出して行ったくらいだ。
 あの正義漢ぶりは気に入らないが、それだけにあの独善的な放送で召還者に迎合するとは思えなかった。
「…飯島、音がする…近いぞ…」
 旗男が表情を引き締める。
 言葉通りに、微かに怒声や剣戟の音が聞こえてくる。
 姿は見えないが、すでに悠人は何者かと戦闘を繰り広げているらしい。
 森の出口が見えてくる。資材や鉄骨の山が確認できた。

「さて、それじゃ俺は隠れさせてもらうぞ」
 飯島の言葉に旗男が訝しげに振り向く。
「安心しろ、一人で逃げようとかは考えていない。存在を悟られていない方が何かとやりやすいんだ」
 言うなり、隠れるのに手頃な障害物を物色し始める。
 旗男はしばし真意を探るように飯島を見ていたが、
「…わかった。私は高嶺の援護に向かうぞ」
 そう言って、再び走り出した。
「ああ、がんばって援護してやれ」
 旗男の背中に投げやりに声をかけて、森の出口近くの材木の山へと向かう。
 身を低くして歩きながら、注意深く辺りを観察する。
(相手が一人とは限らんからな)
 隠れている敵がいた場合は、面倒だが自分が相手をしなければならないだろう。
 森の中、資材や倉庫の影、その背後の道と確認していって、飯島は見知らぬ影を見つけた。
(…なんだ?)
 まだ遠目だが、人影が見える。
 道なりにこちらへ向かって走ってくるが、そのスピードが尋常じゃない。
 そう時間を置かず、ここへ到着するだろう。
 また、その手には銃らしき物を握っているのが確認できた。
(ただの人間ではないな。…敵、として見るべきか)
 こんな場所で見知らぬ相手。味方として考えることはできない。敵と決まったわけでもないが。
 通常時なら会話から入ってそれを確かめたいところだが、今は非常時、戦闘中だ。
 迅速な行動が求められ、無用の混乱は避けたい場面。
 ならば、最初から敵対するのが一番わかりやすいと飯島は考えた。
 排除行動に移ることに決めると、旗男の方を見る。
 ちょうど、森を抜けたところだった。まだ戦場にたどり着いてはいない。
 あの位置からなら、人影は確認できるはずだ。
(フン、少し手伝ってもらうか)
 呼び止めたりしたら自分の存在がばれてしまう。
 飯島は足元の小石を拾い上げると、旗男の背中に向けて投擲した。
(気づけよ、日本兵)
 命中確認もしないまま、飯島は人影の方へ向かうべく、物陰から物陰へと移動を開始した。


 ゲンハ、直人の捜索を開始して数十分。
 もうそろそろ捜索を打ち切ろうとしていた友永和樹だったが、とうとう片方を発見した。
(ゲンハと…あれは直人じゃない。誰だ?)
 走りながら、現在視野に入っている人物を確認する。

 ―ゲンハ…記憶層に該当あり、保護対象者と確認
 ―ゲンハと戦闘行動中の男…該当なし…魔力検知開始…反応なし、駆除対象者と確認
 ―少女…該当なし…魔力検知開始…反応あり、保護対象者と確認
 ―――視覚隅にさらに一名確認…男…該当なし…魔力検知開始…反応なし、駆除対象者と確認

 以上だ。直人は確認できない。障害物に隠れているのか、または別行動を取っているのか?
 いや、今は確認できない人物を気にしている時じゃない。保護と駆除が最優先だ。
 男二人を駆除し、ゲンハと少女を保護して中央に戻ることが、今の自分が取るべき行動だ。
 だが…、目前で繰り広げられている戦闘は、どう見ても駆除対象の男がゲンハから少女を守っている。
 駆除クラスタは最優先で戦闘中の男の駆除を命じてくるが、本当に今は駆除を行うべき時なのか?
 あの男を駆除すれば、少女はゲンハに蹂躪されるだろう。
 警告はするが、保護対象者同士のやり取りに関しては自分は何の権限も持っていない。
 ゲンハが保護を受け入れた場合、それ以上彼の行動を止められないのだ。
(…どうするべきなんだ? 僕は…)
 迷った直後、和樹は以前に似たような構図を見たことがあることに気が付いた。
 自分が追っていた存在に、怯える少女と、守ろうとする男。
(――!?)
 目の前の少女の姿に、今は中央にいるもう一人の少女、末莉の姿が重なった。
 とたんに一部のクラスタが悲鳴を上げる。焼き切れるかと思うくらい痛みが走る。
 痛み? どこが? 損傷箇所なんてない。いや、それ以前に僕はロボットだ。
 痛みなんて感じるわけがない! なのに痛い! 痛い!

 混乱したままそれでも和樹は走り続け、剣を持った男を銃の射程距離に捉えてしまう。
 彼らは戦闘に集中しているのか、こちらに気付いた様子はない。
(ぼ、僕は…)
 もはや和樹はまともに思考できていなかった。
 駆除クラスタの命じるまま、半自動でシグ・ザウエルを構え、男に照準を合わせる。
(…そうだ…命令を遂行しなきゃ…)
 引き金に指をかけ、引き絞る直前、
「動くな!!」
 野太い男の声が響いた。
 ハッとして反射的にスキャンを開始。
 視覚センサーの隅に、もう一人の男が古めかしい銃剣付きの長銃をこちらに向けて構えているのが確認できた。
 一瞬で危険度順位が入れ替わり、銃口をそちらに向ける。
 そして即座に引き金を――

  ――悪いことしちゃダメですよ?

(!……末莉さん!)
 ――引けない。末莉の顔が浮かんだ瞬間、指先はあらゆる命令を拒否した。
(ここで撃って殺してしまったら…!)
 末莉さんはどう思うだろうか。自分はどうなってしまうのだろうか。
 男の銃口が向けられたまま、和樹はどうすることもできずに佇む。
 それは、戦闘中にあってはならない逡巡。
 そしてその隙は、彼を狙うものにとって、おつりがくるほど十分なものだった。

(フンッ! いい仕事するぜ、長崎!!)
 千載一遇の好機に、物陰から飛び出す飯島。単分子ワイヤーが大気を裂いて飛ぶ。
(悪く思うなよ!)

 ――高速度で飛来する未確認物体を確認。危険度不明。全力回避を要求。
(な、なに!?)
 状況認識クラスタの要求に、和樹の動作は追いつかなかった。
 ――ヂギイィィィン――!
 耳障りな音が物理的な振動と共に感じられる。
 自分の右肘から先が、シグ・ザウエルを握ったまま低い放物線を描いて飛んでいくのが視覚に映った。
「くあぁぁっ!?」
 思わず声を上げる。
(何が起こったんだ!?)
 即座に状況認識クラスタが現状を分析する。
 ―鋭利な繊維状の武器により右腕欠損。武器消失。
 ―彼我の戦力差を再測定…敵対存在3名。現状勝率32%。武器回収後勝率68%。誤差3%圏内。
 ―速やかに武器回収後、戦闘続行を要求。
(もう一人いた!?)
 状況認識クラスタの判断に、和樹は動揺する。
 シグ・ザウエルを回収すれば、約7割の確率でこの場を制圧できる。だが、
(それでも3割の確率で…僕は死ぬ?)
 3回に1回。無視できない数字だ。
 クラスタは戦闘続行を命令する。ロボットである自分にとって、命令は絶対だ。
 だが、和樹は考えてしまう。
(死んだら、それ以降は命令を遂行できなくなる。積極的に保護を優先しているのは僕の知る限り僕だけで、
その僕がいなくなるのはケルヴァン様にとってもマイナスで…)
 『壊れる』ではなく『死ぬ』という表現を使っていることに和樹は気がつかない。
 いつのまにか、命令に背く為の…生きて帰る為の言い訳を探していることにも。
(そうだ、やっぱり僕は死ぬわけにはいかない。僕が死んだら…)

  ――頼む……! 守ってくれ……! そいつを……――

(…僕が…死んだら…)

  ――何が……あっても! 守るって……! 俺の……妹を守るって……約束してくれ!!――

(―――僕が―――!!)

 ケルヴァンにとって不利になる要素を考えるつもりだった。
 主であるケルヴァンの為ならば、撤退することも仕方が無いと割り切れるはずだった。
 だが、和樹が考えてしまったのは全く別のこと。
 そして、気づいたときには、すでに和樹の足は地を蹴って自分が来た道を全力で駆け戻っていた。
 体内でけたたましくエラーが鳴り響く。
(エラーじゃない)
 なぜエラーではないのか、論理的な説明など何一つできないまま和樹は確信する。
(エラーじゃない…エラーなんかじゃない!!)
 命令に逆らったまま、和樹は走り続ける。
 自分の意思で。



【友永和樹@”Hello,World”(ニトロプラス) 鬼 状態△(右腕欠損) 所持品:サバイバルナイフ 基本行動方針:魔力持ちの保護、魔力なしの駆除、末莉を守る】
【長崎旗男@大悪司(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:銃剣】
【飯島克己@モエかん(ケロQ) 狩 状態○ 所持品:ワイヤー】



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