死闘幕開
「…何なんだ…何なんだテメェはぁ!?」
憤懣やるかたない。そんな表情でゲンハは悠人をにらむ。
「犯してる最中に何邪魔してんだ! このガキが!! あァ!?
俺はなぁ! それだけは我慢ならねぇんだ!! 分かってんのかゴルァ!!
男だったら終わるまで見てるか参加すんのが礼儀だろうが!!
一日に二度も同じこと言わせてんじゃねぇ!!」
一気にまくしたてる。だが、
「うるさい! こんなこと誰が見たって止めるに決まってるだろうが!」
ゲンハの剣幕に臆することなく、悠人は『求め』を構えたまま微動だにしない。
ちら、と背後にいるせりなを確認し、すぐにゲンハに視線を戻す。
「アンタもいきなりこの世界に召還されたクチか? だったらこんなことしてないで、
元の世界に帰る方法探したらどうなんだよ!?」
怒りをたたえた目で、そう言葉をつむぐ。
だがゲンハは馬耳東風といった感じで、その言葉を一笑に付した。
「ハッ、知ったこっちゃねえなぁ! 別世界へ召還? 元の世界に帰る?
んなこたぁどうだっていいんだよ!! たとえ今いるのがどこだろうとなァ!
俺は俺らしくヤッて犯って殺りまくるだけだぜ!!」
何の迷いもなく言い切る。
同時につま先で足元に落ちていたせりなの鉄パイプを蹴り上げ、片手に掴む。
感触を確かめるかのように、一度ブンッと振りまわす。
「姉ちゃんにはちょうどいいんだろうが、俺にゃちっと軽すぎるな…何もねぇよかマシだけどよ」
言って、無造作に一歩踏み出し、
「先に突っ掛かってきたのはそっちだぜ? 命乞いは聞かねぇからなァ」
悠人に向けてニタリと笑った。
(……問答無用かよ)
できれば話し合いがしたかったが、そんなことができる相手ではないようだ。
それに、彼女を助ける為とはいえ、確かに先に斬りかかったのは自分だ。
(やるしかないか…だが)
悠人は自問する。
(斬れるのか、俺に……人が)
さっきは夢中で斬りかかってしまったが、悠人は人を斬ったないことが無い。
悠人が戦っていた世界「ファンタズマゴリア」では幾人ものスピリットを斬ってきており、
悠人自身は人とスピリットを区別などしていないつもりだが、それでも実際に『人』を『殺す』
かもしれない段になって、心に怯えが生まれつつあった。
(くそっ、もう自分は人殺しだと自覚したつもりだったのに…)
こんなことで迷っていては、今まで倒してきたスピリット達に申し訳が立たない。
「何だァ? ビビってんじゃねぇぞ! 兄ちゃんよぉ!!」
悠人の迷いを見て取ったか、ゲンハが一気に間合いを詰め、鉄パイプを突き出してくる。
それを横っ飛びに回避しようと――
(…! 駄目だっ!!)
思い直して『求め』で迎撃する。
だが思い直した分一瞬反応が遅れ、鉄パイプの先が頬を浅くえぐった。
「チィッ!!」
鉄パイプを弾いた勢いでゲンハに斬りかかるが、
「ヒャッハアァッ!!」
奇声を上げてゲンハはそれを回避。小さく回り込んで悠人の背後に向かおうとする。
(…くっそ、こいつ!?)
させまいと進路を塞ぎにかかるが、そこに隙が生まれてしまう。
すかさず腹を狙った蹴りが飛んでくる。
だが、悠人はここで攻撃が来ることを読んでいた。
蹴りを肘でブロックする。が、
「おおぉらっ!!」
ゲンハの声と共にこめかみに衝撃が走った。
「くっ!?」
一瞬目の前がくらっとするが、それでも『求め』を振り回す。
追い討ちをかけようとしていたゲンハだったが、全くひるまずの反撃が意外だったのか、バックステップで距離を取った。
そのままニヤリと笑う。
「…俺の裏拳まともに食らってふらつきもしねぇ…いいぜぇ兄ちゃん、楽しくなってきやがったァ!」
「こっちは全然楽しめないけどな…」
軽口を返すが、悠人は内心焦っていた。
(こいつ、彼女を人質に使うつもりでいるのか?)
やっかいだと悠人は思う。
最初の攻撃を回避しなかったのも、背後に回られるのを防いだのも、後ろにいる少女を守る為だ。
人質に取られでもしたら成す術が無い。
自然と守りながら戦うしかなくなるが、今の攻防のように不利な戦闘を強いられることになるだろう。
(さて、どうするか…)
(ちったぁ楽しめそうだが…甘ちゃんだな、このガキは)
ゲンハは今の攻防から悠人をそう評していた。
戦い慣れてはいる。読みといい斬り返しのスピードといい、間違いなく素人じゃない。
だが、食らわなくてもいいダメージを自分から食らっている。
女なんか気にせず、自分を殺すことだけに集中すればいいのだ。
(というより…)
相手の剣を思い出す。キレの無い、殺す気があるんだかないんだか分からない剣。
(殺すこと自体ためらってるようじゃなぁ)
今度は元の世界で戦っていた相手を思い出す。
その相手の中には、本当に自分を殺す気でかかってくる者達がいた。
生と死のギリギリの境界線を、ゲンハは幾度も切り抜けているのだ。
あいつらに比べれば――
(敵じゃねぇな)
そう結論すると、ゲンハは目の前のお姫様とナイトをいたぶることに決めた。
(何とか彼女に自力で逃げてもらうか)
そう考えた悠人が、せりなに話しかけようとしたその時、
『契約者よ』
キィン、と耳鳴りのような音と同時に、頭に思考が流れ込んできた。
(うわ、何だバカ剣! いきなり話しかけんな、取り込み中だ!)
手にした『求め』に向かって思考だけで文句を言う。
『この二人の人間、上質なマナの持ち主だ。殺せ。犯せ。我にマナをよこせ。契約を果たせ』
悠人の身体を乗っ取ろうと、『求め』が強制力を働かせる。
頭に激痛が走るが、悠人はそれに抵抗したままゲンハから注意をそらさない。
(無駄だ、バカ剣。もう俺に乗っ取りは効かない。今は仲間割れしてる場合じゃないんだ、力貸せ!)
『……』
動じない悠人に本当に無駄だと悟ったのか、『求め』の強制力が消える。
(ったく、今までうんともすんとも言わないと思ったら、ろくな事しないな)
『我の全く知らぬ世界なのでな、何があるか分からん。眠って力を蓄えていたのだ』
(…お前が寝てる間にその何かがあったぞ、バカ剣)
グリフォンの一件を思い出す。
『大した問題ではなかったのだろう。強い力を感知すれば我は起きる』
(ホントかよ)
『本当だ。現に我は起きた。この者達のマナを奪え、契約者よ』
またかよと、うんざりする悠人だったが、続く言葉に目を見張った。
『マナが足りぬ。この地に『空虚』が来ているのだぞ』
(……今、何て言ったバカ剣)
『空虚』。親友の岬今日子が持っているはずの永遠神剣。
それがこの世界に来ていると?
(今日子が…この世界に来てるってことかよ!? ひょっとして光陰もか!!)
勢い込んでたずねる。が、
『わからぬ。先ほど『空虚』が強い力を使ったのは確かだ。だが『因果』の力は感じ取れぬ』
悠人達は知る由もないが、『求め』が感知したのは二人が八雲辰人と戦ったときの雷撃の波動だった。
(そうか…アセリア達も来てるってことは?)
『それもわからぬ。来ているとすれば、強い力を使うか距離が近づけば感じ取れるはずだが』
(あの場にいた俺と今日子が来てるんだ。可能性はあるわけだな)
こんなところでぐずぐずしている場合じゃなくなった。
早いところ、この男を追い払って皆を探さなければ。
「なあ、君!」
悠人が視線だけ向けてそう声をかけると、せりなはビクッと身を振るわせた。
(いかん、もうちょっと優しく声かけた方が良かったか?)
せりなの様子にそう考えるが、今は非常時なのでそのまま続ける。
「立てるか? 立てるなら森へ向かって走ってくれ。こいつは俺が足止め…」
そこまで言ってからせりなの格好に気づいてあわてて目をそらす。
せりなも気づき、制服の胸元をかき抱く。そして何とか立ち上がろうともがくが、
「…だ、だめ…立てない…」
腰が抜けてしまっているのか、もがくだけで一向に立ち上がれない。
「…立てないよ…なんで、なんでぇ…!?」
泣きながら、必死に立ち上がろうともがき続ける。
焦ってパニックになりかけているのが容易に分かった。
(…やばいな)
パニクられるのはまずい。
意思疎通がうまくいかなくなるのはもちろん、足にしがみつかれたりしたら致命的な隙になる。
「焦るな、大丈夫だ」
だから悠人はそう声をかけるしかない。
じりじりと後ろに下がり、せりなの傍まで来ると、ゲンハを警戒しながら中腰になり目線の高さを合わせる。
せりなが自分に顔を向けた。視線が重なる。
「大丈夫だ」
悠人はもう一度、ゆっくりと繰り返す。そして、
「高嶺悠人だ。安心してくれ、必ず俺が守る」
力強く言い切る。
せりなは一瞬驚いたように目を見張った。その目に、次第に理性の光が戻ってくる。
そして驚いた表情のままで、こくんと頷いた。
「ゆっくりでいい、立ち上がれるようにがんばってみてくれ」
それを確認すると、悠人は姿勢を戻して再びゲンハとにらみ合う。
『言うようになったな、契約者よ』
(うるさいな、これしか方法知らないんだよ)
妹の佳織の為に、常に頼りがいのある兄であろうとしてきた悠人にとって、自分を頼らせることが人を安心させる方法だったのだ。
「ままごとは終わったかい? ナイトさんよ」
ニヤニヤしながら一部始終を眺めていたゲンハが声をかける。
「…律儀に待っててくれたのかよ。意外と紳士なんだな」
「俺は演出を大事にしてるんだよ。その方が後の絶望感がでっかくなるだろうが?」
言いつつ、ゆらりと前に出てくる。
対して、悠人も『求め』を構えて前に出る。
守りながらの戦いとなれば苦戦は必至だ。
なおかつ、ファンタズマゴリアの戦法は、攻撃、防御、サポートを三人で完全に分担する独特の戦法である。
その為、一人で攻撃と防御をほぼ同時に行うことに悠人は全く慣れていない。
(戦闘中はオーラフォトンを展開してる暇はないだろうな)
しかも相手は相当戦い慣れしている。
一人ではきつい。だが、
(長崎さんと飯島さんが来るまで耐え抜けば勝算はある)
グリフォン戦で使ったワイヤーを回収して、後を追ってきているはずの同行者達。
彼らが到着すれば、形勢は逆転するはずだ。
悠人はそう考えると気合を入れて『求め』を構え直した。
「いくぜぇっ! 第2ラウンド開始だあぁっ!!」
ゲンハの雄叫びが辺りに響き渡り――死闘の幕が開いた。
【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態○ 所持品:永遠神剣第四位『求め』】
【ゲンハ@BALDR FORCE(戯画) 招 状態○ 所持品:鉄パイプ】
【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態△(軽いショック状態 外傷は無し) 所持品:なし】
【直人@悪夢(スタジオメビウス) 招 状態△(傷は多いが命に別状なし) 所持品:なし】
【長崎旗男@大悪司(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:銃剣】
【飯島克己@モエかん(ケロQ) 狩 状態○ 所持品:ワイヤー】
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