追憶と思慕の狭間で
「ああ…」
伊藤乃絵美はありもしない幻に踊らされるように島中を歩きつづけていた。
(何だろう?何かあるような感じがする)
そこは行き止まりの崖だった、だが乃絵美はふらふらと崖へと足を進ませ続ける。
そして崖っぷちに辿りついたときだった、その瞬間乃絵美の姿は掻き消え何処にも見当たらなくなってしまった。
一方、狭いが強固な結界が張られた、その場所は常人では気がつくことも無いであろう場所に、初音の巣はあった。
(しばらくは腰を落ちつけた方がいいわね…お前たち、お行き)
初音は自らの眷族たる蜘蛛たちを島中に放つ、彼らは初音の目となり耳となって情報を集めてきてくれるはずだ。
「さて、と」
初音は巣の片隅で淫らな糸に絡め取られ、だらしなく涎をたらすアルの方へと近づく。
「フフフ…他愛ないこと」
初音はアルの瞳を覗きこむ、どろりと濁った瞳の奥で彼女はどんな夢を見ているのだろうか?
「さぁ、私に力を頂戴な」
もはや堕ちたと初音は確信したのだろう、そのまま無造作にアルの唇を奪おうとする、が
唇が重なったその時だった。
「!!」
灼けるような感触と同時に全身の毛が逆立っていく、さらに強烈な痛みが初音の身体を貫く。
拒絶反応…、アルの力は確かに取りこむ事が出来ればまたとない糧となったであろう。
しかし、その力は初音の体にはまるで適合しなかったのだ。
いわば、ジェット機のエンジンにロケット燃料を注ぎ込んだようなものだ、その逆もしかり。
いまや初音は全身の毛穴から緑色の体液をどろどろと吹き出しながら、のたうちまわっていた。
そして、その機会を逃すアルではなかった。
正直もうあきらめていた…この比良坂初音という妖魔は正攻法ではとても歯が立たない、
だが、こんな形で千載一隅の機会がくるとは。
アルはそのまさかの時のために、悟られぬようにひたすら温存していた最後の魔力を残さず初音に注ぎ込む。
とはいえ、常人ならばとうに屈服していたであろう快楽地獄の中をよく耐えぬいたものだ。
(九朗、お主を想えばこそ耐えられた、所詮誰も愛することを知らぬ哀れな妖魔よ、愛の力の前には…)
そしてその試みは成功しつつあった、初音の力がみるみるうちに弱まっていくのが分かる。
もう少しだ、だがその時だった、アルの耳の奥で何やら声が聞こえだした。
(いやぁぁぁぁっ!離してぇ!!)
(兄様…兄様ぁ…)
今や声だけではなく情景までもがアルの頭の中で鮮明に甦りつつあった。
(これは…この女の記憶…か)
そしてアルの意識はいつしか、その記憶の中へと取りこまれて行った。
「してやられた…わね」
行為が終わり、初音は全てを消耗し、巣の真ん中で倒れ伏していた、
意識が遠のく、思わぬ反撃で一時的とは言え、すべて使い果たしてしまった、
これではもはや動く事もままならないだろう。
そしてその傍らにはやはり消耗しているが、自分よりはマシな状態のアルが自分を見下ろしている。
形勢逆転ということだ。
(こんなところで…こんな…)
その時初音の脳裏に浮かんだのは、一人の少女の姿。
(死ねない…かなこを残して死ぬわけにはいかないのに…)
初音の瞳にはいつしか涙が溢れていた。
(この私が涙を…ふふふ…まだ私にも人並みの感情が残っていたみたいね)
アルの手が初音の目前で閃く、その手には魔力の輝き。
(ごめんね…かなこっ)
そしてアルの手の輝きが、初音の心臓へと吸いこまれていった。
「え?」
しかし結果は初音の予想を越えていた、アルの手から放たれたのは癒しの光、
それが初音の全身へと広がっていく。
「どういう…つもりかしら?」
「汝のためではない、汝が思う娘のためだ」
「私の心を読んだのね…よくも」
アルは初音の悪態には応じず、手をかざしたままだ。
「だが何故だ?何故その娘への愛情の幾万分の一でも他者に向けようとしない?」
「汝は人を愛する事がいかなるものかという事を充分わかっているのではないか!」
アルの言葉が一段落するのを待って、ようやく初音が答える。
「人と魔が幸せになれるとでも思っているのかしら?…所詮は叶わぬ夢よ」
「その答えで分かった…汝が本気で奏子という娘を愛しているということがな」
アルの手が小刻みに震え出す、彼女とて消耗しているのだ、だがそれでもアルは初音に魔力を注ぎ続ける。
「ただの悪鬼なら、見捨てる…だが汝も人の愛を情を知っているとわかった以上、死なせるわけにはいかん」
「それに汝の今流している涙は、己の命惜しさに流す涙では無い、己よりも大切な者のために流す涙ではないか
今の世の中そんな清い涙を流せる者はそう多くは無いぞ」
やがて治療は終わる、しかし根本的な魔力の質がアルと初音とでは違い過ぎる、
初音の力として取りこまれるにはしばらく時間が必要だろう。
ぐらりとふらつくアル、消耗している上にさらに初音に力を分け与えているのだ、無理も無い。
「無理をなさるものではないわ…ここで2人共倒れでは意味が無くってよ」
「安心しろ、誰も死なぬさ、死ぬわけにはいかぬだろう?」
初音の心配にアルは強がりで応じる、それを聞いて微笑む初音。
「ここだけの話、私はヴィルヘルム・ミカムラから「一応」一切の行動の自由を保障されているわ、
だから睨まれない程度のことなら1度だけ手を貸してあげてもよくってよ」
初音の言葉にほうと感嘆の言葉を口にするアル。
「恩義を屈辱とは思わぬタイプのようで安心した、てっきり罵倒されるとばかり…」
「見そこなわないで…この恩は必ず返すわ」
(ふふ…敵なのが惜しいな)
初音の堂々とした態度にもう1度感嘆の呟きを口にするアル、思えばあの時情けを買うことも出来たであろうが、
決して彼女はそうしなかった。
「まぁ、汝にも引けぬ理由があるのだろう、今すぐ悔い改めろとは言えぬ、だがせめてその娘は解放してやれ、
出涸らしにいつまでも拘るな、程度が知れるぞ」
と、アルが傍らに転がったままの水月を指で示したときだった。
はぁはぁと喘ぎが聞こえたと思えば、本来決して入れぬはずの巣の中に伊藤乃絵美が忽然と姿を現したのだった。
【比良坂初音@アトラク=ナクア(アリスソフト) 状態:△(力半減、かなりの手傷(数時間後に全回復))
(鬼) なし 行動目的:休息】
【アル・アジフ@斬魔大聖デモンベイン (ニトロプラス) 状: △(かなりの消耗だが自然回復可能)
ネクロノミコン(自分自身) (招)行動目的: 休息 (初音と休戦) 島からの脱出】
【速瀬 水月@君が望む永遠(age) 状態:△(暗示、贄、) (狩) スナイパーライフル(鬼側の武器を初音 が 持ってきた)】
【伊藤乃絵美 @With you〜見つめていたい(F&C) 状態:狂気(見た目や言動は正常)
所持品:ナイフ 行動方針:不明 】
(初音の【巣】の結界は人間の精神に作用する類のものです、つまり侵入を拒むというのではなく、そもそも
存在を気づかせないタイプの結界です)
(初音の蜘蛛は中央へは侵入できません)
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