その傷は深く






 どうしてこんな事になったんだろう。
 佐倉霧は夢と現を彷徨いながら、おぼろげにそんな事を思う。
 それは、美希の裏切りから始まった。
 友と思っていた人間の豹変、否、変わったのではない、美希は美希のままだったのだから。
 それでも、霧は信じていた。
 美希に崖から落とされた自分を助けてくれたのは、あろうことか殺人者。
 人を殺した人間。
 人が人を殺す、それを当たり前の事と考える人間達。
 霧には判った、彼等は自分を助ける事と同じように、別の人間を容易く死に追いやるだろう、という事に。
 だから逃げた。
 裏切られるのが怖かったから。
 殺人鬼を信じて、しかしその人間達が自分を裏切れば、先に待っているのは死。
 しかし、逃げた先にも霧の『敵』はいた。
 男達は自分を、『佐倉霧』という存在を奪い去ろうと襲いかかってきた。
 そんな自分を助けた人間も、殺人者。
 ああ、と、霧は呟く。
 何故、私の周りにはそんなバケモノばかり集まってくるのだろう。
 ふと、少し前まで自分が置かれていた状況を思い浮かべる。
 七人しかいない世界。
 たった七人しかいない世界、だというのに、その世界にもバケモノがいた、それも二人も。
 ふとした弾みで周りの人間全てを殺してしまう、そんな危うさを持った男と、常に男の傍にいて彼の身に危険があるとなれば『どのような事でもして』その危険を排除しようとする少女。
 朝も、昼も、夜も。
 一時たりとも心休める時間が持てない。
 唯一、己を慰める存在だった美希も……裏切った。
 ああ、と霧は呟く。
 このままでは、私の心は壊れてしまう、と。
「ぅん……」
 霧は目を覚ますと、ぼんやりとした表情のまま辺りに視線を向ける。
「・・…私、寝てた?」
 そしてそんな言葉をポツリと呟いた。
 誰かに見つからないよう近くにあった川べりの木陰に身を潜めていたら、どうやら眠ってしまっていたようだ。
 霧の疲労は既に頂点に達していた。
 崖からの落下、殺人者達から逃げる為の全力疾走、それに陵辱者から逃れるようとした時の必死の抵抗。
 気が緩んだ瞬間に思わず眠りについた事を誰が責めようか。
「今、何時なんだろう……?」
 霧は天を仰ぐ。
 太陽は見えない、雲がその光を遮っている。
 薄暗い空、それを見ていた霧はふと寒さを感じ、ブルリと一度その身を震わせた。
「美希……。今、どうしているのかな……」
 霧は寒さに震えながらポツリと友の名を呟いた。
 時間の感覚が無い。
 和樹と別れてからそれほど経ったようには思えないが、しかし、気がついていないだけでかなりの時間が経っているかもしれない。
 霧は気がついていないが、彼女が寝ている時に例の放送が流れた。
 深い眠りについていた所為か、霧はそれに気がついていなかった。
 あるいはその放送を聞いていたら、霧はすぐさまこの場を立ち去っていただろう。
 中央へ行く、そして美希の真意を問いただすという目的を持って。
「寒い……。それになんか……、眠いな……」
 先ほど海で男達の手によって地面に倒された事で、乾き始めていた服にまた水が染み込んでしまったのだろう。
 気力が寒さによって、だんだんと失われていく。
 ぼんやりと傍を流れる川に目を向けながら、霧の瞳はまた閉じられようとしていた。
 この島に流れる川は、大体が一つに収束されて海に出る。
 霧が崖から落ちた先にあった川もそれは変わらない。
 玲二達の手によって助けられなければ、おそらくそのまま海の外まで流れ着いて命を失っていただろう。
 故に。
「何? 何の音……?」
 霧は近くから妙な異音を耳にして、閉じかけていた瞳を開いて辺りを見回す。
 ザパァ、と、何かが水から這い上がるような音。
 霧は傍に置いてあったボウガンを手にすると、ゆっくりと音のした方へと歩みを進めた。
 警戒するように木々の合間を隠れるようにしながら、目的の場所へと近づいていく。
「……え? ひ、人?」
 霧がそこで見たものは。
 最後の力を振り絞り川から這い上がると、すぐにそのまま気を失ってしまった、大十字九郎の姿だった。


【佐倉霧@CROSS†CHANEL(フライングシャイン) :狩 状態:△ 所持品: ボウガン 矢の数は二本(撃ったら拾うので矢自体はなくならない、二発目を撃つ時には装填準備が必要)】
【大十字九郎@斬魔大聖デモンベイン(ニトロプラス) 状: ×(マギウス解除・かなりの手傷、ただし左肩は治療済み)
回転式拳銃(リボルバー)『イタクァ』、自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』、残り弾数不明(それぞれ13発、15発以下】

補足:霧は放送を聞いていないので、まだこの世界の事についての知識は手に入れていません。
   現在時間は放送後。



前話   目次   次話