強者の賭け、弱者の過ち






 左肩をえぐる蜘蛛の爪。
「ぐぅ……!?」
 九朗は顔を歪ませ、強引にそれを引き抜きながら、残された右腕でクトゥグァを引き抜き、トリガーをひく。
 うなる轟音。
 しかし蜘蛛は地を蹴り、爆炎と化した弾丸を回避。
 九朗の横手に回り前足が振るわれ、九朗を再度串刺しにしようとする。だが、
「ぬ――――!?」
 次に顔を歪ませたのは、初音の方。
 展開された黒い翼、マギウスウイングが初音の一撃をガードし、受け流したのだ。 

 互いに弾け飛ぶ形で、両者は間合いを取る。
「今の声……貴様、いつぞやの女か!?」
 アルの問いに、蜘蛛は答えた。
「そうとおりよ、お嬢さん。このような醜い姿での再会は本意でではないのだけれど」
 スッと、蜘蛛は目を細める。
「でも、あなたの力と、この一戦にはそれ以上の価値を感じるわ。楽しませてくださいましね?」
 穏やかな口調とは裏腹の、その殺気に九朗は震える。
「片腕じゃ無理だ! アル、治療を最優先で頼む!!」
「分かった!」
 小型化したアルは、九朗の背にしがみつく形で、左肩に手を当て、魔力をこめる。
徐々に穿たれた左肩がふさがっていく。

 だがその機を逃す初音ではない。
 再度九朗に飛び掛る。
 蜘蛛の多足をもって成すその動きは、まさに神速。
否、速いだけではない。人の持つ二足では及ばぬ動きの複雑さを蜘蛛は見せる。
 その蜘蛛の動きを人外の域となすならば、

「いつまでも、調子に乗ってんじゃねぇ!!」

 蜘蛛の動きを見切ったマギウスもまた人外か。
 九朗は召還したバルザイの偃月刀を、初音の再度の一撃にあわせる形で振るう。
「……!? やりますわね?」
「チィ……硬い……!?」

 初音は己の一撃の重さで相手を吹き飛ばせると確信していたし、
九朗は己の一閃で相手の前足を切り裂けると確信していた。
 たが、互いに目論見は外れ、一撃と一閃は互いを受け止め、
至近距離で初音と九朗はにらみ合う。

「フフ……良いわ。そうね、この姿を見せるのですもの。こうでなくては困るというもの」
 チラリと、アルの方へ目を走らせる。
「ええ、確かに私の目は節穴だったわね。その姿を見た今なら確信できるわ。
あなたを贄とし、その力を手に入れた時、私はどこまで強くなるのかしら。
銀……いえ、あのヴィル・ヘルムにも届くかもしれないわね」
「ほざけ! 妾の力は汝れの欲望を満たすためにあるのではないわ! この小娘が!」
 初音の挑発を受け、激昂するアル。
 だが、九朗は地を蹴り後ろに跳んだ。

「アル、このままじゃ白銀達が来ちまう!! 場を移すぞ!」
 そう叫んで、黒い翼を展開。初音にイタクァの一斉射を放つ。
 それが初音の吐き出した糸に阻まれるのを見て歯噛みしながらも、
それを機会として翼をはためかせて後退。
 初音もまた木をなぎ倒し、あるいは飛び越えながら後を追った。
 ――――だから、武と綾峰が千鶴と別れた場所へたどり着いた時、
彼らが目にしたのは、友人の躯と竜巻が襲ったかのような荒れた地面と木立だけだった。
「い、委員長!?」 
「なんで……」
 一人は叫び、一人は呆然と呟きながら、千鶴に駆け寄りその身を抱き寄せる。
「お、おい! しっかりしろよ! 委員長!!」
「おかしいよ……なんで委員長まで……」
 だが、二人がいかに叫び、涙を流そうとも友人は帰ってこない。

 彼女はもう、死んでしまったのだから。

   武はサブマシンガンを掴んだ。
「あいつだ……やっぱりあいつのなのか!?」
「白銀……?」
「大十字九朗だよ!! 奴が俺達より先にここに来たんだ!! 
じゃなければ……あの大十字と一緒にいた奴かもしれない! 
そうだ、大十字と組んでて、俺らをはめたのかも……!! とにかく!!」
 血走った目で、木々の向こうを睨む。
「今度こそ俺はあいつを逃さない! 何があったのか聞き出してやる!!」

   武が睨むその先からは、銃声や機をなぎ倒すような音、何かを切り裂くような音や、
何か硬いものをぶつけ合ったような音、そういう騒音がかすかだが聞こえてくる。

「行くぞ、綾峰!! あの音をたどれば奴のところにたどり着けるはずだ!!」
「白銀、待って……!」
 駆け出そうとする武を、綾峰が止めた。
「あいつら……何かと戦ってる。この音はそういう音……」
「だからなんだよ!!」
 叫ぶ武に、だが綾峰は静かに首を振った。
「……大十字は強い。銃を向けた私達に簡単に手加減できるぐらいに……
そして、そんな大十字が今向こうで、本気で戦ってる……」
「く……ぅ……」
 綾峰の言うことぐらい武にだって分かる。
 さっきほどまで九朗が、自分達に情けをかけていたこと。
今、木立の向こうで行われている戦いは人知を超えたものであるということ。
そこに武達が出て行ったとしても、何もできることはないということ。
 それぐらいは武にだって分かるのだ。

――――分かるけれど、認めたくは無かった。
 自分の本気が九朗にとって取るに足らないものだなんて、
 千鶴が死んで、なのに自分にはなにもできないなんて、どうして認めることができる?

「綾峰……怖かったらここにいろよ。俺は行く」
「白銀……」
 綾峰は非難する様に武をみつめたが、やがて目を伏せた。
「私もいく……白銀まで失いたくないから……」
 その綾峰の伏せた目を見て、チクリと武の胸に罪悪感が沸いたが、
「分かった。いくぞ」
 短くそう答えて、武は走り出した。


 妖と魔術師の戦いは短いながらも苛烈を極めた。

 九朗が空を飛び高さの利を取ろうというのなら、鋼線と化した蜘蛛の糸がその翼をズタズタに引き裂く。
 初音が糸で相手を絡めとろうというのなら、クトゥグァの炎がその糸を焼きつくす。
 九朗がニトリクスの鏡で相手を惑わそうというのなら、初音もまた妖の術を持って対抗し、
 初音の糸が重なり合い盾となるならば、イタクァの銃弾がその間隙を縫って飛ぶ。

 両者の実力は互角。

 故に――――
「はぁ――――は――――」
 人の身に戻った初音は、その傷だらけの体を木にもたれかかせて、大きく息をついた。
 血は流れ、その身に力は感じられない……が、それでも彼女は膝をつかず、その顔には笑みが浮かんでいた。

   戦いの場は森から崖際へと移動していた。
その崖際、初音の視線の先には、初音よりもさらに傷つき、跪く九朗の姿があった。

「楽しませて……もらったわ……私の勝ちのようね……?」
「く……そぉ……」

   両者の実力は互角。
 故に最初の不意打ちによってできた差が全てだった。
 否、九朗があるいは勝負を長引かせ、己の怪我を治療する時間を稼いでいればまた話は別だったかもしれない。
 だが、彼は勝負を急いだ。
 武達が戦いに巻き込まれる前に、勝負を付けようとしたためであった。

「すまん……アル……」
 九朗は膝をついたまま、傍らのやはり傷ついたアルにわびる。
「全く……とんだ……うつけよな。自分に襲い掛かった相手に気を配って……地を舐めることになろうとは……」
 アルは微笑を浮かべた。
「……だが、それは汝れらしい……妾の主らしいことだとと思うぞ」

「随分と仲のよろしい事ね?」
 初音は唇から流れる血を拭い、倒れ付した九朗達にむかって、片足を引きずりながらも歩を進めた。
「ご安心なさいな。殺めたりはしない。ええ、そんなことはしないわ。私の贄としてかわいがってあげる」
「贄……だと……」
「そう……その力は私のものとしていただくけれど。
それだけよ? 私は自分に忠実な僕に対しては優しいつもり。その身に快楽を約束するわ。
そうね、これだけ楽しませていただいたのだもの、あなた達二人の睦事だって許して差し上げるわ?」

 その初音の優しい声音に、だが九朗は拳を握り締めた。
「ざけんじゃねぇ……!」
 グッと、最後の力を込めて立ち上がろうとする。
「あら……お気に召さないかしら?」
「テメェみたいな糞ババァにやる力なんざ、一欠けらもねぇよ……!
この力はそういう物の為にあるんじゃねぇ……俺は……俺達は魔を断つ剣だ……!!」
 かすむ視界を無理にこじ開け、九朗は初音を睨む。

「九朗……」
 アルが九朗を見つめる。

「そうやって力を使い……千年の時を戦い続けてきたアルに賭けても……俺は……!!」
 九朗はふらつく足で、それでも立ち上がった。血に染まる腕で、銃を構えようとする。だが――――

 紙吹雪と共に、マギウスが解除され、九朗は人の身に戻った。
「な――――!? アル!?」
 マギウスを解除した九朗のパートナーもまた人の身に戻り、九朗と初音をはさむように仁王立ちする。
「……もう良い、九朗。そなたの覚悟良く分かった」
 少しだけ振り返り、寂しそうな笑顔を一瞬だけアルは見せた。
「だが己を魔を断つ剣と称するには、汝れなど未熟にすぎるわ。川にでも流されて己を鍛え直せ!!」

「なにいってるんだ――――」
 九朗がその意を確かめるよりも早く、
「止めなさい!」
 初音がそれを止めるよりも早く、
 アルは魔力を放出し、

「アル……!!」
「そして……今度は汝れが妾を見つけてくれ……」

 九朗を崖の外へと弾き飛ばし、そして崖下の川から水音が響いた。
「……!!」
 初音は崖の下を見下ろし飛び込もうか迷うが、
「やめろ、妖の者よ」
 静かな声で、アルがそれを制した。
「九朗が水に流れて遠くに行くまで、それまでは妾が汝れを食い止める。それぐらいの力はまだ妾にも残されているぞ?」
 初音は首を振った。
「それには及ばないわ。私が本当にほしかったのはあなただから。
でも、貴方はこれでよかったのかしら? あの手傷でここから落とされ川に流されては、あの男、死ぬかもしれないわよ?」
「…………」
「仮に生き残ったところで、絶望的な状況には変わらない。
それならば私のもとで二人贄となっていた方が幸せではないのかしら?」

 ゆっくりとアルは首を振った。
 九朗と二人なら、それでもよいと、確かにアルは一瞬だけそう思った。
 あるいは二人並んで死ねるなら。

 だが、九朗は言った。我らは魔を断つ剣だと。だから――――

「可能性があるなら、我等はそれに賭ける。たとえそれがどんなにか細いものだとしてもな」
 グッと、拳を握り締める。
「九朗は生き残る。生き残って必ず妾の下に辿りつく。大十字九朗は、妾の主はそういう男だ。
そして――――」
 キッと初音をにらむ。
「妾もまた、そう簡単には屈せぬぞ。快楽か、あるいは暗示によって相手の力を己に譲渡させるのが、
汝れのいう贄なのだろうが……妾の心、簡単に堕落させられるとは思うな」
 その強い視線に、初音は嘆息した。
「そうね。それは認めるわ。あなたの心を手に入れるのはとても手間が掛かるでしょう。
だからこそ甲斐があるのだけれど。どこまでも抵抗するというのならそれでもいい。
貴方の力にはそれだけの価値があるのだから。
さあ、来なさい」
「言われるまでもないわ!!」

 最後の力を込めてアルは魔力を放出し、それを初音は正面から突破して、アルの腹に拳を叩き込んだ。



  「……音が途絶えた……」
 彩峰の声に、武は歯噛みしながらそれでも走った。
 なぎ倒された木や、燃えた葉などを頼りに、二人は戦闘があったと思われる場所へと走る。
 そうして、追跡して二人が見たものは、
「崖……行き止まりだね」
「遅かったのか……?」
何も、なかった。
その場には、誰もいない。九朗は下の川へと落ち、初音はアルを連れ去ってしまったのだから。

 全てが、どうしようもなく終わってしまった事が分かって、武は木に拳を叩きつけた。
 否、まだ終わってはいなかった。もう少しだけ、幕間劇が残されている。

「あら……?」
 遙を狙撃した高台に戻り、気絶させた水月を抱えた初音は、ふと視界の端に小さな武達の姿を捉えた。
 武達がいるのは、先ほど九朗との一戦が終結したあの崖際だ。
そこで武は木に拳を叩きつけ、彩峰はその武をなだめている。

「愚かな事ね……追ってくるなんて……」
 自分達の力が及ばぬことが起きている。そんなことなど理解できただろうに、
それでも彼らは追ってきたのだ。九朗があれだけ、彼らを戦いの場から引き離そうと尽力していたのに。
 その選択は間違いだ。だからスッと初音は目を細めた。
「間違いには罰を与えなくてはならないわね……この傷を癒す贄も必要なのだし」

 だがその足に力を込めようとして、ズキリと傷の痛みが走り、グラリと初音は揺らめいた。
「ぐ――――う――――」
 その場で倒れそうになるのを耐える。
 確かにマギウスとなった九朗は強敵だった。初音の体は傷つき、力も半減してしまってる。
 アル・アジフをすぐに贄にできないというならば、一刻も早く巣に戻り、
手持ちの贄を使ってせめて傷だけでも癒さないと。

「良いわ、見逃して差し上げましょう、白銀武。あなたは確かに幸運に恵まれている。
私と大十字九朗、二人の強者に関わり、いくつもの間違いを重ねて、
それでもあなただけは無傷で切り抜ける事ができたのだから。でもね」
 遠目に見える武の姿を哀れむように初音は見つめる。
「そうやって間違いを重ねていく限り、あなたは大切なものを失い続けるわ。
貴方はそのことを分かっているのかしらね、武?」
 もっとも、と初音は付け加える。
「間違った選択に対して、罰が与えられるのは強者であろうと弱者であろうと、変わりはないわね」

 アル・アジフを贄にできれば、強力な力が手に入るが、
それまでは、よほどの贄を手に入れぬ限り力は半減したままだ。
ハイリスクハイリターン。この戦闘は初音にとっても賭けだったのだ。

「選択が正しかったのかどうか――――答え合わせはもう少し先ということになるようね」
 初音はそう呟き、アルと水月を抱えて己の巣へと歩き出した。

【大十字九郎@斬魔大聖デモンベイン(ニトロプラス) 状: ×(マギウス解除・かなりの手傷、ただし左肩は治療済み)
回転式拳銃(リボルバー)『イタクァ』、自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』、残り弾数不明(それぞれ13発、15発以下)(招)
行動目的と状況 武達と休戦 島からの脱出】
【アル・アジフ@斬魔大聖デモンベイン (ニトロプラス) 状: △(気絶)
ネクロノミコン(自分自身) (招)  武達と休戦、初音と敵対 島からの脱出】
【白銀 武@マブラヴ(age)  状:○ サブマシンガン (後、約一分十秒ほど撃てる) (招) 
九郎と休戦 初音を探す(珠瀬、千鶴の死んだ理由探し) 最終目的は元の世界へ戻る】
【綾峰 慧@マブラヴ(age) 状:○ 弓 矢残り七本、ハンドガン 14発 (狩) 九郎と休戦 初音を探す(珠瀬、千鶴の死んだ理由探し)】
【速瀬 水月@君が望む永遠(age) 状態:△(暗示、贄、昏倒) (狩) スナイパーライフル(鬼側の武器を初音が持ってきた)】
【比良坂初音@アトラク=ナクア(アリスソフト) 状態:△(力半減、かなりの手傷) (鬼) なし 行動目的:アルを贄にする】
【放送後】



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