美女(?)と野獣






 ざっぱーんと波が岩を打ちつける音が聞こえる、周りを絶壁で囲まれた入り江。
 ここにあるものといえば、岩場の間に申し訳程度の浜辺と桟橋、離れた道沿いに一軒の倉庫と、木材や鉄骨の山。
 そして、ようやく海までたどり着いた春日せりなくらいだ。
「結局、人もいないしご飯もないかぁ…」
 がっくりとうなだれる。今、彼女はかなりヘコんでいた。
 道沿いに歩いて初めて人工物(倉庫)を見つけたときは、やっぱり人がいるんだと喜んだものだ。
 だが、いざたどり着いてみれば資材置き場と絶壁しかない寂れた場所で、人の気配など全く無い。
 人がたくさんいる賑やかな港だったりするといいな♪ と思って来たのだが、ものの見事に裏切られた格好になった。
(一度期待しちゃっただけに、ダメージでかいわ…)
 諦めきれずに、釣り人でもいないかと崖下まで行ってみたり、倉庫の扉をがちゃがちゃやってみたり
したのだが(鍵が掛かっていた)、徒労で終わってしまった。
 道は崖の向こうまで続いているが、今から登り道を延々歩いていけるほどの元気は無い。
(ま、しょうがないよね。ここで休憩してこっと)
 波打ち際の岩にちょこんと腰を下ろす。
(倉庫とかあるんだから、人はいるんだよね。船で材木を運んだりしてるのかな?)
 桟橋を眺めながら、ぼ〜っと現在の状況について考え始める。
 視線を動かし、次は崖の方を眺める。
(…この絶壁なんか見覚えあるような気がするのよね……おー、あれだ、○曜サスペンス劇場。クライマックスで犯人追い詰められてそうな…)
 だんだんどうでもいい思考になってきた。脱線したまま、まだまだ続く。
(そういえばホラー系映画でも見たことあるかも。ちょうどその辺の岩に海の中から半魚人の手がバシャッと…)
 ――バシャッ
(〜〜〜っ!!?)
 思考が真っ白になる。
 目の前、ちょうどその辺の岩に海の中から…
(て、て、ててて…手〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!)
 濡れた手が出現していた。
 そして、あまりのことに口をぱくぱくさせたまま声も出ないせりなの前で、一気に水しぶきを上げながらその手の持ち主が姿を現す。
「っぎゃあああああああああああああ!!!」
 およそ女の子らしくない悲鳴が辺りに響き渡った。

「おいおい、『ぎゃあ』はねえだろうよ姉ちゃん」
 水から上がったその人物は、悲鳴を上げて岩から転げ落ちたせりなに向かって下卑た笑いを見せる。
「花も恥じらう乙女ならよ、『きゃあん』とか『いやぁん』とか言ってくんなきゃなぁ! ぎゃっははははははは!!」
(な、ななな何、何なの? 海坊主?)
 まだ頭が真っ白のまま立ち上がり、非常識な登場をしたアフロヘアの男を見上げる。
「しっかし、下が砂浜でよかったなぁ姉ちゃん。岩場じゃなくて本当によかったぜぇ。
こんなんでおっ死んだら、せっかくのお楽しみタイムが無くなっちまうからなぁ!」
(なな、何よ、お楽しみタイムって…)
 なんとなく不穏当な発言のような気がする。
 と、そばの砂浜にもう一人男が海から上がってくるのが見えた。
「…また溺れ死ぬかと思っただろうが。いきなり人を海中に引っ張り込むな」
 どうやらアフロ男の連れらしく、陸に上がるなり文句を言い始める。
 だが、なんだろうか。せりなはこの男に見覚えがあるような気がした。
「ケッ、助かったんだから感謝しやがれ。ここまではあのガキも追って来ねえだろうよ」
「確かに泳ぎのままこんな遠くまで連れてこられるとは思わなかったがな」
 言いながら、絶壁の方を見る。ひょっとしてあの向こうから泳いできたのだろうか。
「さて…」
 次いでせりなの顔を見つめてくる。そのなめまわすような目つきに、思わず身を硬くする。
「はじめましてお嬢さん。私は直人といいます。どうぞよろしく」
 ――繋がった。
 この男の顔。直人という名前。
 一時期どのチャンネルのワイドショーを見ても、必ず取り上げられていたある事件。
 連鎖するように「お楽しみタイム」の意味も理解してしまう。
「おう、俺としたことが忘れてたぜ。俺はゲンハって…テメェ! 人の自己紹介中に逃げるたぁ、どういう了見だゴルァ!!」
 人としての恐怖か女としての恐怖か、はたまたその両方かにかられて、せりなは回れ右すると後も見ずに駆け出していた。

「お前並に決断の早い娘だな」
 全力ダッシュしていくせりなを見ながら、直人が感心したように言う。
「チッ、テメェ見て逃げ出したぜ。有名人だなオイ」
「ククッ、それだけ怯えてくれるんだからいいじゃないか。怯えるウサギを追い詰めるのは好きだろう?」
 せりなに自己紹介したときとは明らかに違う、見た人間が凍りつくような笑みを見せる。
「まぁ今回はお前に任せるさ、ゲンハ。俺はお休みだ」
「あぁン!? 何だ直人、冷えすぎてイ○ポにでもなっちまったかよ?」
 信じられないものを見るかのようなゲンハに、直人はさらに笑みを深くする。
「いいや、違うさゲンハ…そうじゃない」
 そう、今はこれ以上体力を消耗できないだけだ。
 傷を負っている身で海で遠泳などしたせいで、傷がしみて仕方がない。体温も随分と低下している。
 これ以上激しく動いたらさすがにヤバいと身体が警告している。
 だが、いつもの直人ならそれでも女を犯し、壊し、その向こうの死など気にも留めなかったはずだ。
 しかし、直人の脳裏に一人の人物が浮かぶ。
 女の身体に男の精神を有した、自分を散々痛めつけてくれたあの人物が。
(くっくっくっ…そうだよなぁ、あいつを犯すまでは死ねないよなぁ!)
 たとえ100人を犯して壊したとしても、あいつを犯れなければ自分は決して満たされない。

「…へっ、好きだぜぇ、そういうギラギラした目はよぉ。誰かをぶっ壊してやりたくて仕方がねえってツラだ」
 直人の様子から感じ取れる何かがあったのか、納得したような笑みを見せるゲンハ。
「愛情と憎しみは紙一重だ! そういう相手がいるってのは幸せだよなぁ!!」
 叫ぶなり岩から飛び降り、獣じみたスピードでせりなを追って駆け出していく。まさにその時、
 ――キンコンカンコ〜ン!!
 この場に全くそぐわない鐘の音が鳴り響く。
 続く放送をじっと聞いていた直人だったが、
「ハッ、くだらない内容だ」
 そううそぶくと、放送が最後まで終わらないまま、ゆっくりと二人の後を追って歩き始めた。

「――はあっ、はあっ」
 一方、せりなは倉庫の辺りまで逃げてきていた。
 なにやら妙な放送が流れているが、そんなものに気を払う余裕など今のせりなには無い。
 角を曲がり、浜辺から見えない位置に来ると壁に背を押し付けて呼吸を整える。
 そう長い距離を走ったわけでもないのに、呼吸は乱れ、心臓は早鐘のように鳴り響いていた。
 だが、そうそう休んではいられない。絶対に逃げ切らねばならないのだ。
 もし捕まってしまったら――、その先は考えたくもなかった。
(も、もう少し、逃げれば…)
 ここから先は材木や鉄骨の山が乱立する資材置き場だ。視界はすこぶる悪い。
 ここを抜けてその先の森まで入れば逃げ切れるはず。
 そう考えると、せりなはもつれそうになる足を懸命に動かして走り出した。
「はあっ、はあっ、はあっ」
 自分の呼吸音がやたらと大きく聞こえる。
 この呼吸音で気づかれないだろうか? 実はもう、すぐ後ろにいるんじゃないだろうか?
 そんな恐怖と戦いながら走り続けたせりなだったが、とうとう耐えられなくなった。
 積んである資材の影に逃げ込むと、そっと少しだけ顔を出し、背後をうかがう。
(……い、いない?)
 あくまでも見える範囲だけだが、男達の姿は見えない。足音もない。
(…あきらめた…の? …ううん、そんなはずない!)
 楽観的になりかける自分の思考を否定する。
 男達は自分を探して、この資材置き場を彷徨っているはずだ。
(でも…ここまで来れば)
 もうすぐ森の入り口だ。森に入れば、鬱蒼と茂る草や木々が自分の姿を隠してくれる。
 逃げ切ったのだ。
 僅かに安堵の表情を浮かべ、森へ向かおうと振り向いて――
「いよぉう、姉ちゃん! 鬼ごっこはもう終わりかい?」
 ――その表情が絶望の色に染められた。

「あ…ああ……」
 これから起こるであろうことを想像し後ずさるせりなの足に、何かが触れた。
 先が潰れていびつに尖った、鉄パイプ。
「!……こ、来ないで!!」
 とっさに鉄パイプを手に取り、ゲンハに向かって構える。
 相手は丸腰、自分は武器持ち。その事実が、恐怖に飲まれかけていたせりなに勇気を奮い起こさせた。
「それ以上近づいたら私の剣が唸りを上げるわよ!」
 そんなせりなの様子を見て、ゲンハはヒューッと口笛を吹いた。
「いいぜぇ! 面白ぇじゃねえか姉ちゃん。かかってきなよ、ここで俺を倒せば無事に逃げられるぜぇ?」
 挑むような視線に一瞬身がすくむが、怯える心を叱咤し、せりなはゲンハに向かって突進していった。
「ちぇすとおおぉぉぉぉっ!!!」
 掛け声と共に鉄パイプを振り下ろすが、ゲンハはサイドステップで危なげなくそれをかわしてしまう。
 しかし、せりなが待っていたのはその瞬間だった。
(今っ!)
 ここぞとばかりに、ゲンハの脇を抜けて逃走しようとする。
 だが――
「おおっとぉ!」
 まるで予測していたかのように、ゲンハは難なくせりなの襟首をつかむと、地面に引き倒す。
 そしてすかさず、せりなの上に圧し掛かっていった。
「いやあっ! この、離せ! 離…んん、んんーーーーーーーーっ!?」
 唇を奪われる。キスなどという生易しいものではなく、口腔内全てを蹂躙するような舌の動きに頭がくらくらする。
 と、突然ゲンハが口を離す。その口の端から少し血が流れていた。
「…ますますいいぜ、テメェ…」
 今まで遊び半分だったゲンハの目に危険な光が宿る。
 ぐっと制服の襟元に手をかけると、一気に引き裂いた。
「――ヒッ!?」
 せりなの表情が恐怖に引きつる。
 ゲンハは意に介さず、首筋に舌を這わせ、柔肌をまさぐる。
「い…いやあ…」
 声に泣き声が混じりはじめた。
 懸命に押し返そうとしてもびくともしない。
 それどころか、一体どういう押さえ込まれ方をしているのか身動きすらままならない。
 そんな状況に、次第に抵抗する気力も失われていく。
「いやだよ…助けて…雪之丞! 鉄平! 達也ぁ!」
 ここにはいない友人達の名を叫ぶ。
 だがもちろんその叫びは当人達に届くはずも無く。
「野郎3人もキープかよ。やるじゃねぇか姉ちゃん」
 ゲンハの冷やかす声が聞こえる。
 同時に、とうとう下着の中にまで指が侵入してきた。
 強張った身体がいっそう硬くなる。
(もう…だめ…)
 諦めが心を支配する。
 あの男に切った啖呵も、少女の墓前に誓った決意も、圧倒的な暴力の前にあっけなく吹き散らされた。
 気が強いだけのただの女子学生に、何かが変えられるわけもなかったのか。
(何が…伝説の勇者様よ…)
 都合のいい幻想を抱いた自分に呆れる。
 勇者だったらこんな目に合ったりしていない。
 ヒロインを助けて魔王を倒して、ハッピーエンドへ向けて一直線だろう。
 そんな勇者という配役に一瞬憧れたりもしたけれど、実際は勇者どころか山賊に蹂躙される村娘Aでしかなかったのだ。
「さっき一人犯りそこねてるからなぁ、俺が満足するまで付き合ってもらうぜぇ」
 胸に顔をうずめて言う、その言葉に涙が溢れる。
 これは夢なんだと、心が逃げ道を求めてそう信じ込もうとする。
 だから――

 ――森の中から雄叫びと共に誰かが飛び出してきたときも――
 ――ゲンハが舌打ちして自分の上から飛び退いたときも――
 ――その誰かが自分を守るように立ちふさがったときも――

 ――現実感のない夢の中の出来事のように感じられた。

 そんな思考の中で、せりなはその誰かを見る。
 学生服の上に古風な趣の上着をまとい、無骨な剣を携えた青年。
(…伝説の…勇者様…?)
 どうやら気まぐれな運命の神様は、配役を変えて願いを叶えてくれたらしい。


【春日せりな@あしたの雪之丞(エルフ) 招 状態△(軽いショック状態 外傷は無し) 所持品:なし 】
【ゲンハ@BALDR FORCE(戯画) 招 状態良 所持品:なし 基本行動方針:破壊――――――(デストロ――――――イ)!!!】
【直人@悪夢(スタジオメビウス) 招 状態△(傷は多いが命に別状なし) 所持品:なし 基本行動方針:(特に良門を)犯れ、殺れ、壊っちまえ!! ただし!良門の前に死なねえ程度に!!】
【高嶺悠人@永遠のアセリア(ザウス) 狩 状態○ 所持品:永遠神剣第四位『求め』】

【長崎旗男@大悪司(アリスソフト) 狩 状態○ 所持品:銃剣】
【飯島克己@モエかん(ケロQ) 狩 状態○ 所持品:ワイヤー】



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