そして僕らは間違えていく






「もし、この次出会ったら」
「その時は、武。あんたが謝るか、或いは……殺し合いだ。手加減はしない

 二人の男はそう約束を交わし、
 そしてそのままお互いに背を向けると、別々の方向へ歩き始めた。

――――はずだったのだが。

「…………」
「…………」
 沈黙が重い。足音が、やたら空虚に感じる。

 しばらくたって、耐えかねたかのように武はつぶやいた。
「……ついてくんなよ」
「……おまえがな」
 また、沈黙。

 ややあって、今度はアルがつぶやいた。
「いや、九朗。なぜ同じ方向へ歩くのだ?」
「……この先に連れがいるんだ」
「む。そうか。なら、武とやら。なぜ汝れらはなぜついてくるのだ?」
「……同じところに仲間をおいてきたんだよ」
「そうか。なら同じ方向に歩くのは道理となるな」

 言われんでもわかっとるわ!! 九朗と武は、心中で叫んだ。

   ややあって、綾峰がぼそりと呟いた。
「でも大丈夫かな。遙さん。撃たれていたし……」
「というか、あいつら、本当にお前の連れなのか? 撃ったのはお前の指示じゃないのかよ?」
「いい加減否定するのもめんどくせぇけどな。俺とは関係ない。撃ったのは別の――――」

 そこで、九朗はピタリと動きを止めた。

 そう、狙撃は九朗のあずかりしらぬこと。つまりあそこには第三者の害意が介入していたわけで――――

「間抜けかよ俺は!!」
「九朗? どうしたのだ?」
「話は後だ、アル! 悪いが白銀、先に行く!!
マギウスになって一刻も早く奴らのところに行かねぇと!!」


********************************

   
 時間を少し巻き戻す。
「ほんの手慰みな、お遊びのつもりだったというのにね……」
 呆れたような言葉とは裏腹に、初音の心は興奮に満ちていた。
 遠目に見えるのは、黒を纏う怪異。魅せられたように、初音はそれを見つめ続ける。

 アル・アジフに初音が出会ったとき、初音は言った。
 拾いものだと。さぞいい贄になるだろうと。
 とんでもない誤解だった。あれはそんなかわいげのあるものじゃない。
 白銀武は自分が何と対峙し、どれほどの幸運に恵まれているか、まるで理解していない。
 あの怪異は、初音と互角。
 人の身である初音とではない。力を解放し、大蜘蛛となった初音と互角なのだ。

「さあ、どうしたものかしら」
 対等のものと戦える。その喜びが初音の心を奮わせる。
 対等のものと戦う。その恐れが初音の心を震わせる。

   戦えば、この身はおそらくひどく傷つく。勝てるかどうかも分からない。
だから楽しい。心が浮き立ってしまう。
 それに、アル・アジフのあの力。
贄として手に入れたのなら、どれほど自分が強くなるか、想像がつかない。

   だから、初音は蜘蛛になることを決めた。
「水月。申し訳ないわね。良い子にしているあなたにご褒美としてこのような場を設けたのだけれど……」
「え……?」
「それどころではなくなったわ」
 初音の指が走って、トン、と水月の首筋を叩き、水月は一声すらあげずに昏倒して。
「ごめんなさいね。私が蜘蛛になるところを見られたくないのよ」
 それを確認することすらしないで、放送を聞き流しながら、初音は機をうかがうように
マギウスをみつめ続け、だからふと孝之たちに視線を戻した時、
それはもう肝心なことが終わったあとだった。

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 さらに時間を巻き戻そう。
 銃に撃たれた遙は、その痛みからか意識を失っていた。
 倒れた遙の、右足からはコンコンと血が流れている。

「ねぇ! 彼女治療しないと! ねぇってば!」
 千鶴がそう呼びかけるが、血を流す遙の姿を見て孝之は凍り付いて動くことが出来ない。

「役立たずね……!」
 千鶴は舌打ちすると孝之に背を向け、己のバックからハンカチや、テーピングを取り出した。
 千鶴はラクロス部に所属しているため、この手の簡易な応急セットなら持ち歩いている。
まさかこれを使って、銃創を治療することになるとは思っても見なかったが。
 慣れぬ応急処置に悪戦苦闘しながら、それでも千鶴は手早く消毒を終え、今度は止血を始める。
「白銀君達、大丈夫かしら……あの男、許せないわ」
 歯噛みしながら、その場で最善の行動を尽くそうとする、千鶴。

   だが、結局のところ彼女も判断を間違えていた。本来ならば、二発目以降の狙撃を警戒して、治療より前にこの場を離れるべきなのだ。
九朗が犯人という保証などどこにもないのだから……

 孝之はというと、血の匂いに酔って立ち竦むだけだった。
だが、身動きがとれないまま、一つだけ彼は正しい判断をしていた。

(違う……あいつがやったんじゃない……)
 それは確信できた。
 そんな回りくどいことをする必要がないのだ。九朗と孝之達に、それほどの力の差があることぐらい、孝之にだって分かる。
(じゃあ、誰だ……誰が遙を……)
 九朗じゃない。無論、遙でも自分でもない。なら残されたのは誰だ?

(ひょっとして……こいつらなんじゃないか?)
 ぎこちなく腰のコルトパイソンに手が伸びる。

(そりゃ、もちろん確証はないけどさ……でも、ありうるんじゃないか?)
 自分に背を向け、遙の治療に勤しむ千鶴に銃口を向ける。

 馬鹿なことはやめろと、どこか心の中でそう思う。
 彼女は一生懸命遙の手当てをしてくれてるじゃないか。
 でも、分からないじゃないか、とも思う。
 手当てをしているふりをして、自分を油断させているだけかも――――
(そうだよな……別に撃つわけじゃないんだ……
何があるか分からないしさ。こうやって銃を構えて優位に立つのは正しいことだろ……?
そうだ……遙かのためにもこれは正しい判断なんだ……!)

 もしこのままならば、孝之は銃を千鶴にむけたまま、何もできなかっただろう。
判断を保留して先延ばしにする。それが彼の傾向なのだから。
 だけど――――

キンコンカンコーン という放送の鐘の音。
それに呼応して、
「な、なに!?」
 千鶴が立ち上がり、反射的に腰のマグナム銃に手を伸ばして。

 その動作が、自分が銃を構えているのに気づいて千鶴が反撃しようとしたと、
一瞬そう思えてしまったから。

パン、と乾いた音が響いた。


「ガ……ハ……?」
 口からあふれ出た血を、千鶴は不思議な気持ちで見つめる。
(え……なんで?)
 熱くて寒い、奇妙な感覚。足から力が抜けて、ドサリとうつぶせに千鶴は倒れこむ。

「……う、撃っちまった俺……」
 後ろから孝之の声が聞こえる。
「しょ……しょうがないよな……こいつが急に動いたりするから……」

(しょうがない……?)
 千鶴の心に疑問が浮かぶ。

「そ、そうだよ。俺、悪くないよな。ひょっとしたらこいつらが遙を撃ったのかもしれないしさ……そうだ、俺、遙を守ったんだよ。うん」
(な……なによそれ?)
 どうやら、私はこの男に撃たれたらしい。でも、何それ?
 人を撃っといてしょうがない? 悪くない?

「わ、悪いとは思うけどさ……こ、これしかないって。そ、そうだよ。あんたらも急に襲いかかったりしてヤバイ連中だったし……
ほら、大十字に戻ってこられても、俺うらぎっちゃってるからヤバイし……
に、逃げなくちゃならないからさ、正当防衛だよな。これ」

(何を、言ってるのよ、こいつ――――!!)
 許せなかった。撃たれた事だけじゃない。
 その後で、この男が言い訳を続けている事が、どうしようもなく許せなかった。
 こんな奴に私が殺されるなんて――――許せない!!

 ――――許せなかったけど、孝之が千鶴に与えた傷は、どうしようもなく致命傷だったから、
 腰のマグナム銃に手を伸ばす力なんかなく、
 それどころか恨み言を一言いう権利すら与えられず、

 千鶴は、死んだ。


 ――――こうして、鳴海孝之は誰にも観察されないまま殺人者になった。
 ついでに言えば、窃盗犯でもあった。逃げ出す際、千鶴のマグナム銃を奪ったのだから。

 ただ、事実をありのままに記述しろというならば、
涼宮遙を、足を怪我して足手まといになるはずの彼女を、見捨てるという選択肢は孝之の意識に浮かぶ事すらなかった。
 そのことを付け加える必要がある。

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 マギウスと化し、森を疾走する九朗。その肩に乗る、手のひらサイズに小型化したアル。
「うつけが」
 そのアルが、九朗から事情を聞かされポツリとつぶやいた。
 その声は、普段九朗を罵倒するような激しい声音ではない。
それよりももっと静かな、そして深い怒りがその声に込められていた。

「見損なったぞ、九朗」
「……分かってる。俺は大馬鹿野郎だ」
「ああ。まさか汝れが傷ついた女をほうっておいて、私怨のために力を使うとは思わなかった」

   武に追われ、遙のところから逃げ出した。そこまではいい。そのときに九朗には力はなかったのだから。
 だが、アルと合流し、力を得た後ならば、武達のことなど放っておいて一秒でも早く遙達の所に向かうべきだったのだ。

 そう。九朗だけはそういう判断をするべきだった。
 自分が無実だと知る九朗だけは、第三者の悪意が介入している事。
 一度目の狙撃ががあったのなら二度目以降の狙撃の可能性を考えることができたのだから。

  (なのに俺は――――!)

「力を持たぬ者のために戦う。汝れは……妾のマスターはそういう男ではなかったのか?」
 いっそ激しく罵倒してくれた方が気が楽だった。
 だが、アルは静かに九朗をそう諭す。
「ああ……そうだな。すまない」
 それがキツイ。アルの目に、怒りだけじゃなく、悲しみが見えてしまったから。
 歯噛みしながら黒い疾風と化し、そうしてたどり着いた先、見たものは。

「……間に合わなかった、のか?」
 うつぶせに倒れる、少女の姿。確か、委員長と呼ばれていた少女だ。

「くそ! すぐに治癒を!!」
 そう叫んで、九朗は千鶴を抱きかかえ、魔力を込めようとするが。
 アルはゆっくりと首を振った。
「無駄だ九朗……死者を生き返らせることはできん……安らかに眠らせてやれ」

 その言葉に、九朗はガックリと膝をついた。千鶴の体を取り落とし。つぶやく。
「俺のせいだ……」
「九朗……」
「俺のせいだろ。俺が判断をミスっちまったから」
「それはちがう九朗……すまぬ、さっきは妾が言いすぎた……」
 だが、アルの言葉は九朗に届かず、自責の念で九朗はうなだれる。

 ――――その、九朗の心の折れた瞬間が、初音の待ち望んでいた機だった。

 巨大な蜘蛛が、その巨体に似合わぬ神速の走力で九朗に飛びかかり、
「く、九朗――――!?」
「――――!?」
 アルの警告を意に介さず、展開されたマギウスウイングの間隙を縫って、

 ゾブリ

と、その尖った前足が九朗の左肩を貫いた。

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 木立の向こうから聞こえる銃声と木々をなぎ倒すような音に、
千鶴の下へと急いでいた武と彩峰は思わず足を止めた。

「な……なんだよ、これ」
「……多分、戦ってる。大十字と何かが」

 二人は顔を見合わせると、千鶴と別れた場所にむかって足を速めた。
もうすでに待っているはずの友人が亡くなっていることなど、知るはずもなく。

【大十字九郎@斬魔大聖デモンベイン(ニトロプラス) 状: △(左肩に大ダメージ ただし回復可能)マギウス
回転式拳銃(リボルバー)『イタクァ』 残り弾数 19発、自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』残り弾数 17発
(招) 行動目的と状況 武達と休戦 島からの脱出】
【アル・アジフ@斬魔大聖デモンベイン (ニトロプラス) 状: △(右肩損傷したまま、ただし回復可能)
ネクロノミコン(自分自身) (招)  武達と休戦、初音と敵対 島からの脱出】
【白銀 武@マブラヴ(age)  状:○ サブマシンガン (後、約一分十秒ほど撃てる) (招) 
九郎と休戦 初音を探す(珠瀬の死んだ理由探し) 最終目的は元の世界へ戻る】
【綾峰 慧@マブラヴ(age) 状:○ 弓 矢残り七本、ハンドガン 14発 (狩) 九郎と休戦 初音を探す(珠瀬の死んだ理由探し)】
【榊 千鶴 @マブラヴ(age) 状:× 死亡 (狩)】
【鳴海 孝之@君が望む永遠(age) 状態:○ (狩)  コルトパイソン/弾数不明 マグナム銃/6発】
【涼宮 遙@君が望む永遠(age) 状態:△(右足銃弾貫通、気絶、治療ずみ) (招) 拳銃(種類不明)】
【速瀬 水月@君が望む永遠(age) 状態:△(暗示、贄、昏倒) (狩) スナイパーライフル(鬼側の武器を初音が持ってきた)】
【比良坂初音@アトラク=ナクア(アリスソフト) 状態:◎(大蜘蛛化) (鬼) なし 行動目的:アルを手に入れる】



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