仮初の協定
月は彼らの真上に位置し、島に存在する全ての人間を見守るかのように存在する。
───柄にもなくくだらない事を考えてしまった。
その原因は背中に感じる重みのせいなのか・・・
(よく飽きないな・・・)
背中に背負ったプリンは先程から頭上の月を眺めている。
「小次郎、街が見えたわ」
前を歩くエレンが歩行速度を変える。
戦闘態勢に移行したのだろう。
(俺も巻き添え食らわないようにしないとな・・・)
小次郎は先程以上にエレンとの距離を開けた。
予想に反して──いや、予想通りか。
街に全く人の気配はしない。
エレンとしては敵の待ち伏せでもあるかと警戒していたのだが。
見た所、人が住まなくなって相当な年月が経過しているようだ。
「まずは無事な建物を探しましょうか」
「ああ・・・いくら軽いつっても2時間近く背負えば疲れるもんだな」
小次郎の言う背中の荷物はエレンと小次郎の顔を交互に見つめている。
当の彼女は今の状況を本当に理解しているのか疑わしいが。
「それでも・・・状況は待ってはくれない、か」
「何か言ったか?エレン」
「なんでもないわ」
どんなに強くとも人は人だ。
その宿命からは逃れることはできない。
「我とは違うか・・・人は眠る事で様々な者を忘れることができるというが本当なのか」
蔵女の傍らでは葉月が眠っている。
彼女はリリスの寵愛を受けているようだがそれでも人間であることは変わらない。
「忘却しながら生きるのが人の宿命なのかもしれんが・・・」
蔵女は自分にしか聞こえない程の声で呟く。
「忘れる事のできぬ宿命を背負った者もいる、そういうことだな。我は自分の宿命を果たしに行くか・・・」
蔵女はそれだけ呟くと音もなくその場から立ち去った。
「なかなか使えそうな場所はないわね」
「お前の基準が厳しすぎやしないか?いくらなんでも奇襲に対処しやすく、狙撃を受けない場所なんてそうそうない気がするんだが」
エレンは周囲の建物の高さを確認しながら答える。
「この状況では用心にすぎる事はないわ・・・この辺りは駄目ね、見通しが良すぎる」
周辺の建物の高さがありすぎて狙撃に対して全くの無力だ。
「もうちょい先に行ってみるか」
「・・・誰?」
それまでずっと黙っていたプリンの一言にエレンと小次郎に緊張が走る。
(私に気配を気取られなかった?何者!?)
「上手く隠れていたつもりだったのだが・・・ようわかったな?」
一拍遅れて姿を現したのは・・・プリンと対して年が変わらないような幼い少女であった。
「影・・・見えたから」
「月が明るいのが仇になったか、風情がありすぎるのも困り物よの」
目の前の少女はおかしそうにころころと笑う。
「その余裕から見て主催者側の人間と考えていいのかしら?」
既にエレンの言葉は確認ではなく、情報収集を目的としている。
「我の名は蔵女、少なくとも我はお主らをこの地に呼んだ者ではないの・・・我は独自の目的でここにおるのでな」
それを聞いた小次郎が怪訝な顔をする。
「まるで自分からこの島にやってきたような言い草だな?」
小次郎の言葉を聞き蔵女は再び笑う。
「物分かりがよいのは助かる。・・・少々話しすぎたか、葉月が起きる前に決着をつけねばいかんのでな。
我の目的を果たさしてもらおうぞ!」
いつの間にか蔵女の指には真紅の長い爪がある。
蔵女の目的は未だ不明、なぜ自分達を襲うのかわからない。
それでもはっきりしているのは───
(今は状況を把握するより状況に対処するべき──!!)
エレンは連続でベレッタの引き金を引く。
「人は物騒な物を作るの・・・しかしいかなものでも当たらなければ意味がないぞ?」
エレンの腕を持ってしても蔵女に命中させることができない。
蔵女の背丈が低く的が小さいのもあるが、蔵女が外見からは予想もつかない敏捷性を持っているのが原因である。
エレンの銃撃を潜り抜けたちまち蔵女はエレンの懐に入り込む。
「・・・甘いわ」
いつの間にかエレンの右手にはナイフが握られていた。
あえて蔵女に接近させその隙を狙う算段であった。
接近戦なら玲二、ドライすら凌ぐと言われたナイフが蔵女に向かって襲い掛かる。
「なかなかやる・・・と言うておこう」
「なっ!」
エレンのナイフより早く蔵女はそのままエレンの横を勢いはそのままに通過していく。
(狙いは小次郎達・・・!)
左手のベレッタを構える・・・蔵女が避けたら小次郎達に当たる──エレンが一瞬の躊躇をした瞬間、蔵女は小次郎達に肉薄する。
「娘・・・主から感じる得体のしれぬ魔力、今のうちに処理させてもらうぞ」
「この餓鬼が・・・逃げろプリン!」
プリンと蔵女の間に割って入った小次郎だが武器など持っていない。
「俺の拳を受けてみろ!小次郎パーーンチ!!」
「・・・戯れはもう終わっておる」
蔵女は小次郎のパンチを軽々と避けるとプリンの方に駈けていく。
「なっ・・・待てこら!!」
小次郎では蔵女に追いつけない。
エレンの狙撃に期待するにも片足を引きずるプリンでは大した距離は移動できていないだろう。
「くそ!プリン走・・・ってお前なんでそこに突っ立ったままなんだよ!!」
振り返って見ればプリンは小次郎が背からおろした場所から一歩たりとも動いてはいなかった。
(駄目だ!間に合わねえ!)
「一瞬で楽にできたらよいのだが、我はこの爪でしか干渉できぬがゆえ許せ」
「プリン!!」
「小次郎!かがんで!!」
エレンと小次郎の声、銃声が一斉に重なる。
「まさか・・・こんなことがあろうとはな」
蔵女が肩から血を流して片膝をつく。
プリンは何事もなかったかのようにその場に立っていた。
エレンが蔵女に向けて再びベレッタを構える。
「何が目的が知らないけれど私達の敵になるのならやるべき事はひとつ」
蔵女はエレンの方を向く。
その顔はどこか楽しそうですらある。
「敵・・・か。ならば主が我を討つ理由は既にない」
「・・・どういうことかしら?」
蔵女はプリンを見上げながら
「我は確かにこの娘に赤い爪を突き立てた・・・しかしこの娘には傷がつかぬ。
この娘を現状では我は殺せぬし、同時に・・・恐らくだがこの娘から感じる魔力も今は宝の持ち腐れであろう」
「お前の言ってることは俺達にはさっぱり理解できんのだが・・・」
小次郎が困ったように口を挟む。
「ふふ・・・とりあえず今は戦う理由はなくなった。それで十分であろう?」
「今後また襲ってくる可能性は否定しないわけね」
エレンはまだベレッタを蔵女に照準したままの体勢である。
「主らが極度にこの娘に構わなければ襲うことはありえぬ・・・それに今我が消滅すればこの世界は崩壊するやもしれぬぞ?」
「どういうこと・・・?」
「この島に呼ばれたのは主らのような普通の人間だけではないということだ。
無駄に力の強い者を排除せねばいつ崩壊するともしれん。我らの他にそれをできそうな者がいないのでな・・・」
「はっ!こんな餓鬼が世界の守護者きどりか」
「お主はもう少し実のある事を言った方がよいぞ?」
質問の方向が逸れ始めた。
無駄な舌戦を繰り広げている場合でもないだろう。
さっさと次の質問をした方がよさそうだ。
「あなたはこの島から帰る方法を持っているの?」
「あれば苦労はしないのだがな・・・ふむ、互いに島から脱出する方法が見つかるまで休戦するというのはどうかな?」
「会っていきなり襲い掛かってきた奴を信用しろってのか?」
また小次郎が口を挟む。
「いいわ・・・最初から友好的じゃない分かえって割り切れる」
エレンは今度は無駄な言い争いにならないうちにさっさと割って入る。
「っち・・・しょうがねえか」
小次郎は自分が言った皮肉は挨拶のようなつもりであるから無視されても気にしない。
今は情報を集める事が最優先だ、人手は多いほうがいい。
・・・例え相手が信用できかねる者であっても。
「互いの連絡は通信機で行い、もし目の前に直接姿を現した時は敵とみなす・・・これでいいかしら?」
「ああ、できればそうならない事を祈りたいものよの。・・・そろそろ戻らんと感づかれるな、我は行くぞ」
「ええ、定時連絡を忘れないようにね・・・」
肩に銃弾が命中したはずなのだが何事もなかったのかのように蔵女は下駄の音を響かせながら去っていった。
「ばいばい・・・」
プリンが蔵女に向かって呟いた。
「本当に空気を読まないな・・・お前は」
小次郎とエレンの心配など彼女は知る由もなく、何事もなかったかのように月を見上げていた。
「あの娘・・・望みがないとは。あれでは我の赤い爪ではどうにもならんな・・・
この世界の者が全てあの様な者ばかりなら我も宿命など忘れる事ができるのだがな」
帰りの道中、蔵女は己の未知の存在に嘆息するばかりであった。
【天城小次郎@EVE〜burst error(シーズウェア)状態△(右腕負傷)狩 所持品 食料 水 医薬品 地図 通信機】
【エレン@ファントムオブインフェルノ(ニトロ+)状態○ 招 所持品 ベレッタM92Fx2 ナイフ 目的:玲二を探す】
【名無しの少女(プリン)@銀色(ねこねこソフト)状態○ 片足の腱が切れている(絶対に治らない)? 所持品 赤い糸の髪留め】
【目的:島からの脱出】
【蔵女@腐り姫(ライアーソフト)状態△(左肩負傷)招 所持品 通信機】
【葉月@ヤミと帽子と本の旅人(オービット)状態○ 招 所持品 日本刀】
【目的:突出した力の持ち主の排除】
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