人を棄て
武の目から見た九郎の姿は、まさしく悪魔そのものだった。
「銃はもう効かねぇよ!」
神速の突きが、武の腹に突き刺さる。
武は呻き声を上げ、腹を抑えながら地面の上に膝をつく。
その時、カチャリ、という小さな金属音が九郎の耳に届いた。
(もう一人のっ!? まずい、障壁が間に合わない!)
九郎の焦った顔を見ても、綾峰は表情を変えぬまま、銃の引き金を引く。
しかしその弾丸は九郎の身体を貫く事は無かった。
「銃など効かぬと言ったであろう? 妾がいなければ、このうつけは今の銃弾に倒れていたかもしれないがな」
両の掌を九郎の身体に向けながら、アル・アジフが不敵に言い放つ。
九郎は武を、アルは綾峰を。
お互いがお互いをにらみ合う事で、その場所の時間が一瞬だけ動きを止める。
沈黙と、静寂。
その空気を打ち破ったのは、突然頭上から降って来た音だった。
「が、学校の……?」
「チャイム?」
武と綾峰が思わず呟く。
九郎とアルは、突然の事に戸惑いを隠せない。
『HAHAHA!! グッモ〜ニング、エブリバディ!!……』
妙に陽気な声、しかしどこかくぐもっている所から考えると、おそらくスピーカーのような物から発せられているだろう、その声が九郎達の耳に届く。
しかしその内容は、現在の九郎達の状況を全て表しているかのような、そしてこの島何故突然召喚されたのか、その答えを全て含んでいた。
「中央? 魔法? それに……」
行き過ぎた者の行為。
その言葉を受けて、九郎の脳裏にあの光景が蘇る。
胸を貫かれた少女と、九郎の前から逃げていった男。
九郎が武達から誤解を受ける事になってしまった事件。
九郎も、アルも、武も、綾峰も。
しばらくその動きを止めて、流れる放送に耳を傾けていた。
そして……、放送が止む。
「アル、今の放送……」
「ああ、そうだな」
九郎とアルがお互いの顔を見て頷き合う。
「中央に行けば、俺達は元の場所に戻れるかもしれない!」
「今の放送に導かれて、中央に集まった者達を狩る罠だろうな……、って、このうつけがぁ――――――――!」
アルの怒声が響き渡る。
「なんだと、この古本娘! 今のをどこからどう聞いたって、放送していた奴が俺達をここに呼びつけたんだろうが!」
アルは呆れたように嘆息すると、幼子に言葉を伝えるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ああ、そうだな。しかも、無断で、何の断りも無く。しかも、『行き過ぎた者が排除行為を行う』ような危険な場所に……。九郎、そなたはそんな事を行う人間が『正義』だとでも言うつもりか?」
アルの言葉を聞いて、九郎は言葉に詰まる。
「確かに中央に行かねば、妾達の状況が変わらない。しかし楽観していれば、死ぬのは妾達の方かもしれないぞ? その『行き過ぎた行為』を行う者達の手によってな」
アルはそういうと、武と綾峰の方へ目を向ける。
「行き過ぎた行為だと……。それをやったのはどっちだよ! 俺達の仲間を殺しておいて!」
武が地面の上に膝をつき、アルの顔を睨みつけながら叫ぶ。
「仲間を殺した……か。一つ聞きたいが、その死んだ仲間というのは、そなた達とほぼ同じ年の年齢なのか? それに特殊な……、そうだな、妾が先ほどから使っているような異能の持ち主であったりという事は?」
武はその言葉を聞いていきり立つ。
痛む身体など関係無いように、地面から立ち上がると、アルの方へと素手のまま向かっていく。
「ア、アル!」
「九郎は黙っていろ!」
アルは九郎にそう告げて、近づいて来る武の顔をじっと見つめる。
お互い、手を伸ばせば届く距離に立ち、そのまま二人は向き合った。
「あいつは……、タマは普通の奴だった! 喧嘩が嫌いで、あんな風に殺されるような、殺されていい奴じゃなかったんだよ! それをこの男は……。だから殺すんだ、俺の手で!」
アルは無表情のまま、武の慟哭を聞いていた。
そして、武の言葉が途切れた時、ゆっくりと口を開く。
「そなたは九郎がそんな外道を行う男だと、そのように見えるのか?」
武が小さな声で、疑問の声を上げる。
「そなたはここに立つ間抜け面が、本当に力の無い者達を殺すような男に見えるかと聞いている!」
アルの怒りの声が響き渡る。
「この男はうつけだがな、すくなくともそなたよりはマシだろう。そなたはうつけの上、おおうつけだ! 状況に流され、自分の頭で考えようとせずに、ただ目の前の不安を取り除こうとする。
一度でも九郎の話を聞こうとしたか? 喧嘩が嫌いだと言ったその仲間の願いをかなえてやろうとは思わなかったのか? 自分中心の考えにも程があろう!」
アルの言葉は続く。
九郎と武達の因縁はまったく知らないはずであるのに、アル・アジフは怒っていた。
「九郎! そなたもだ!」
「えっ、俺も!?」
突然矛先を変えられて、途惑う九郎を尻目に、アルは苛烈な言葉を投げつける。
「誤解を生むような状況に、何故わざわざ自分から飛び込んでいくのだ! この妾が一人で戦っている間、そなたは……!
大十字九郎! そなたは伝説の魔道書『アル・アジフ』のマスターなるぞ! ならば、もっと自覚を持て!」
「……無理やり契約したくせに……」
ポツリと呟き、しかしすぐに己の口を塞ぐがもう遅い。
「sぢおえめmwdふぇ@mdふぉえmdふぇmpfめpfd!!!」
もはや言葉にならない言葉をその口から溢れ出し始めた真なる魔道書。
数瞬前の戦闘など、忘れてしまったかのようだ。
その場に集まった者達はアルを落ち着かせる為だけに、しばしの間、時間を費やした。
「……と、ともかく、妾達は中央へ向かう」
心なしか顔を赤くしながら、アルがそんな言葉を告げる。
「罠じゃなかったのか?」
九郎が茶化すが、すぐにアルから向けられた視線を受けて口を閉ざす。
「罠であろうと打ち砕くのみ! 妾達の力が合わされば、例え先ほどの奴がマスターテリオン
程の力を持っていたとしても、おそるるに足らん! 違うか? 妾がマスター、大十字九郎」
九郎は苦笑しながら、目の前で興奮している魔道書に目を向ける。
武達は、アルの言葉を聞いてからというもの、襲ってくる様子を見せる事は無くなった。
九郎はゆっくりと武の方に近づいた。
「白銀、武……って言ったよな?」
「……何だよ?」
俯いていた顔を上げて、武が九郎を睨みつける。
「聞いての通り、俺達はこれから中央に向かう。もう信じてもらえないかもしれないが、俺はあんた達の仲間を殺したりしていない、本当だ。あの古本娘が言う通り、俺ってよくいざこざに巻き込まれるんだよな」
そういって、自分の頭をポリポリと掻く。
「何が言いたい?」
九郎はすぐに向き直ると、言葉を続けた。
「これからあんた達がどういう考えで動くのか判らないけど、一つだけ覚えておいてくれ。俺は『人間』を殺さない。……俺が言いたいのは、それだけだ」
九郎はそう呟くと、アルの近くへ歩き出そうとする。
しかしその動きを止めたのは、他でもない武自身の声だった。
「待てよ」
「ん?」
九郎が振り向くと、そこには立ったまま真っ直ぐに己の顔を睨みつけてくる武の姿があった。
「俺達はこれから、あの時本当に何があったのかという事を調べる。その事を知っていそうな女を一人知っているしな」
(女?)
アルの脳裏に微かな疑問が湧くが、特に言葉を告げる事はなく、ただ武の言葉に耳を傾けていた。
「それで、もし。本当の事を知って、その時今のお前の言葉が嘘だと判ったら。俺は人間じゃなくて『鬼』になる。何があっても復讐する。どんな手を使ってでも、お前達を見つけ出して殺す」
九郎はその言葉を聞くと、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ああ。もし、調べても調べても、俺が殺したっていう証拠しか出てこなかったら。その所為で、あんたが人を棄てて『鬼』になるって言うのなら。その時は俺も人を棄てて剣になる。俺はまだ死ぬ訳にはいかないんだ」
武は九郎の言葉を聞き終わると、左手を突き出した。
九郎もその手を取る。
「もし、この次出会ったら」
「その時は、武。あんたが謝るか、或いは……殺し合いだ。手加減はしない」
九郎と武は約束を交わす。
そして二人はそのままお互いに背を向けると、別々の方向へ歩き始めた。
【大十字九郎 斬魔大聖デモンベイン ニトロプラス 状 ○マギウス解除 回転式拳銃(リボルバー)『イタクァ』 残り弾数 19発、自動式拳銃(フルオート)『クトゥグア』残り弾数 17発 招 行動目的と状況 武達と休戦 島からの脱出】
【アル・アジフ 斬魔大聖デモンベイン ニトロプラス 状 △(右肩損傷したまま、ただし回復可能) ネクロノミコン(自分自身) 招 武達と休戦、初音と敵対 島からの脱出】
【白銀 武 マブラヴ age 状 ○ サブマシンガン (後、約一分十秒ほど撃てる) 招 九郎と休戦 初音を探す(珠瀬の死んだ理由探し) 最終目的は元の世界へ戻る】
【綾峰 慧 マブラヴ age 状 ○ 弓 矢残り七本、ハンドガン 14発 狩 九郎と休戦 初音を探す(珠瀬の死んだ理由探し)】
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