魔将軍






 島の中央にそびえる要塞。
その要塞の一角、島を見渡せる屋上付近の部屋で魔将軍ケルヴァンは部下への指示を執っていた。

 動き出した計画とは裏腹に、島は晴天に満ちている。
 部屋の奥でワインの注がれたグラスを手に取りながら
ケルヴァンは窓から島を見渡していた。

 グラスに入ったワインを少しずつ飲み干していると
ドアを叩く音が部屋に響き渡った。

 「入れ……」
 そう一言彼が告げると、ゆっくりとドアを開けて彼の配下の魔物が部屋に入ってきた。
 「失礼します」
 「何があった?」
 「女郎ぐ……いえ、初音様がお戻りになられました」
 「そうか……。 解った、ご苦労だったな。 下がってよいぞ」
 一礼をした後、配下の魔物は、ドアを閉め部屋を後にした。
 「ふん、女郎蜘蛛が戻ってきたか……」
 ぽつりと呟いた後、彼もまた部屋を後にするのだった。
 要塞中央ホール。
 何度か戦闘を終えた後、初音は一旦要塞へと戻ってきていた。
出合った獲物の戦闘力、そしてどれを狩るか等の戦略を練るために
勿論、戦闘で消費した体力を回復するためにも。

 彼女は、恍惚としていた。
今回の狩りは、実に楽しい事になりそうだ。
 狩りがいのある獲物、力のある贄、そして独占された狩場。
どれを取っても彼女にとって、素晴らしい環境である。
 ヴィルヘルムとの約束は、力を貸す代わりに幾人かを贄にしてもいいという交換条件。
 彼女にとって、ヴィルヘルムとケルヴァンのような男は嫌悪の対象だが
わざわざ敵対するよりも手を結んだ方が得と考えたのである。
 それにもし、銀を倒し更に力をつけ続けた暁には、彼ら二人を出し抜き
この世界そのものを私の巣とすることだって夢ではない。

 (でも、そうなってしまったら、スリルも味気もないつまらない日々なのでしょうね……。
 まぁ、せいぜい銀を倒すまでは、めいっぱい利用させてもらいましょう
 それからのことは、その時に考えればいいわ……)
 中央の応接間、客用に設置されたソファーに横たわり
彼女は、疲れを癒しながら次の行動について考えていた。

 「悪趣味ね、そんな所で見下ろしてないで降りていらっしゃい……」
 「お気づきでしたか……。 流石は、齢200を超える大蜘……」
 階段の上から、ゆっくりとケルヴァンが姿を現した。
 「黙りなさい、幾ら協力者とは言えど蜘蛛呼ばわりされるいわれはなくってよ」
 「それは、失礼致しました。 ですが、誤解なさらないで下さい。 私としては尊敬して申したのですから」

 喋りながら階段から降りてくるケルヴァンを、彼女は、ずっと鋭い眼光で睨みつけた。
 やがて、彼は、彼女の座っているソファーまで近づいてきた。

 「何のようかしら……」
 「お戻りになったと部下から報告を受けたので、成果の程を聞こうかと……」
 「あら、てっきり私を侮辱しにきたのかと思ったわ」
 「いえいえ、召還された者の中には、魔法を使えないといえど、力のあるものも多数いるようで……。
 我々がてこずるのも無理はないかと……」
 「だから、資格のないもの、それも自分の都合のいいように動いてくれる駒を呼び出したのかしら……」
 「必要不可欠なものたちですよ。 このくらいでしたら総帥もお許しになられるでしょう。
 それに無理矢理魔力を付与させる事だって不可能では……」
 「あのフェンリルとかいうやつかしら。 その代わり、人格は崩壊するみたいね」
 「これは、おきつい……。 初音様の贄も同じことではないですか」
 「……何が言いたいのかしら」
 「大したことではありません。 お互い計画に支障を満たさぬようやっていきたいものですね」
 「それは、私の対する牽制かしら。 あなたこそ裏でこそこそと動き回ってるようだけど……」
 「あなたに目的があるように、私にも目的があるのです。 それは総帥もご承知のこと……」
 「まぁ、いいわ……。 でも覚えてらっしゃい。 あなたが私の前に立ちはばかった時は……」
 「容赦はしないですか……。 肝に銘じておきましょう」
 「物分りのいい人は好きよ」
 「ご光栄です。 それでは、今の所はこれで失礼させて頂きますよ。
 そうそう、余り目先の物に囚われすぎていると、大事なものを見落としますよ」
 「ありがとう、でもあなたに心配されるほど私は愚かではないわ」
 「…………だといいですね」
 一礼をした後、ケルヴァンは階段を上り再び彼の部屋へと戻っていった。
 「小ざかしい男……。 目的達成の暁には、彼の死体も添えてあげるわ……」
 部屋に戻った後、彼は考え事をしていた。
 まず、どのタイミングで初音に対する牽制として、奏子を使うか。
次に自分の望みの覇王を如何にして作り上げるか。

 (前者は、蜘蛛が牙を向いてきてからでも遅くはない。
 当面の問題は、どうやって覇王となりうる素材を見つけ出すかだな……)

 ケルヴァンの目的は、他の二人と少し異質であった。
 彼の望むものは、世界を力で制する覇王の存在。
その為に、ヴィルヘルムと取り交わした盟約は、招かれた者の中から
適任者をこの世界で育て、自らの世界の王となって頂くこと。
 だが、素直に待っている彼ではない。
 幸い、総帥は瞑想中である。
 この機を逃す手はなかった。
何なら魔法を使えなくてもいい。 力さえあれば彼にとっては好都合なのだ。
今のうちに、配下のものを使い、召還されたものを把握。
適任者をリストアップし、配下の者達に襲わせるなり、策略を巡らし
死と隣合わせの経験を与えつづけるなり、篭絡するなり、候補者を育成していく……。
 また、今は力足りなくても、狩りの中で目覚めるものもいるかもしれない。
 もし、そのまま死ぬようであるなら、新たな召還に期待すればいい。
 尤も、やりすぎた場合、今度は、総帥が目覚めた時に彼の身が危なくなる。
 そのラインを見誤るほど、彼は愚かではないが
初音の存在は、時として互いの獲物を奪い合う事になるかもしれない。
 その為の切り札も用意した。
 「ケルヴァン様……」
ドアの向こうから、配下の声が聞こえる。
 「なんだ?」
 「ゾンビが一匹離反したようです……。 いかが致しましょうか」
 「ふむ……」
 報告を受けた彼は、一考すると直ぐに口を開いた。
 「よい、すておけ」
 「よろしいので」
 「構わん。 が、そいつが結界内には戻れぬようにしておけ」
 「了解しました……」
 そのまま配下の魔物は、命を受けるとドアの前から立ち去っていった。
 「精々、蜘蛛とぶつかり合うがいい……。 クックック」
 部屋に彼の静かな笑い声がこだました。



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