そこにあった光景






「はぁ・・・はぁ・・・。」
あの放送から、かれこれ30分は走り続けただろうか?
蓉子は目の前にある大きめな坂を上り切り、眼下に見える建造物に目をやった。
(あれは・・・何だ?)
下まで10メートル程の急な斜面をゆっくりと滑り降りる。
「・・・何かの装置、か?」
蓉子の時代には有り得ないスタイルのそれは、小さく唸る様な音を出しながらそびえていた。
「これは・・・一体・・・?」
その時だった。
「くっ!?」
蓉子は背後に感じた気配を避けるべく、屈み込む。
そこをブオンという空気のさける音と共に丸太のような腕と鉤爪が通過していった。
右に跳び、同時に銃を抜き放つ。
「ぐぎゃぁぁぁぁあああああっ!!」
獣のような、それでいて人の叫びの様な声を上げてその巨大獣は咆哮した。
「な、何だっ!?」
恐ろしく速い腕の振りは、一般人であれば一溜まりもなかっただろう。しかし蓉子は持ち前の感でそれをかわす事に成功した。
勢い余った爪が直径1メートルはあろうかという木をいとも簡単に両断する。
「バ・・・バケモノめ!」
身を反転させながら、咄嗟に蓉子は襲い掛かるバケモノへと銃を放つ。
肉塊に銃弾がめり込む嫌な音がした。
「ぎゃあああああぁぁぁぁっ!!」
無我夢中で放たれた銃弾は、運良くバケモノから光を奪う。
両の目を潰されたバケモノが暴れ狂る。
(効いたっ?・・・いけるっ!!)
絶叫する化け物に立て続けに4射。
だが、目にあたった時と違い、他の部位では体毛に深く包まれ銃弾が深くめり込まない。
両目からどろどろした血の涙を流しながら、臭いと気配を頼りに、フェンリルは蓉子に飛び掛ってきた。
「おのれっ!!」
蓉子はコートの中からクナイを抜き、相手の喉元を狙って投げる。
「負けるわけにはっ!?」
だが、そのクナイは腕に軽く当たっただけで弾かれてしまう。
「なっ――!?」
一瞬、隙を突かれた蓉子はそれでも一撃目の振り下ろされた腕はかわし、二度目は何とかクナイでガードしようとする。
しかし、強力な突き上げはクナイをたやすく破壊し、蓉子を中空へと跳ね飛ばす。
「あうっ!?」
油断すれば意識が吹き飛びそうな状態ながらも蓉子は何とか戦闘に集中することが出来た。
咄嗟に抜き放ったクナイを投げて牽制し、更に3射を加える。
内1発が見事に再びフェンリルの片目を射抜いた。
「ぎゃあああああぁぁぁおおおっ!!」
どうやら先ほどより深く食い込んだようだ。
もしかすると脳までたどり着いてるのかもしれない。
痛みに任せて振るわれた腕が周囲に生えていた木々を破壊する。
そして勢い余って建造物と衝突。

ブゥゥー・・・ン。
そんな音がして、建造物の寸前で青白い光の障壁が生じ、フェンリルの腕がそれに触れることはなかった。
(あれは――?一体・・・!?)
光の障壁など作り話の世界でしかないと考えていた蓉子は焦った。
そこに体当たりされ、後方へ吹き飛ばされる。
「――かはっ!」
口腔内が切れたらしく、血の味が広がる。
着地するとそれを吐き出し、バックステップで体勢を整えた。
「ふざけた、真似を・・・っ!!」
持てる力の全力の速さでダッシュし、クナイを直接その腹に突き刺す。
腹の方なら毛が少ない。
このクナイなら刺し込めるだろうと判断しての事だ。
フェンリルの光が失われていた事が幸いした。
腹部にはしる激痛へと再び腕が振るわれるが、その動きはただ振り回すだけで先程の、敵を狙ってのものとは違った。
「終わりだっ!!」
そこに勝機を見出した蓉子はすかさず、クナイで与えた傷口へと至近距離から連射する。
マガジンを使い尽くした蓉子は、すかさずフェンリルから遠ざかる。
空になった弾倉を捨て、新しいマガジンを装填し、フェンリルに向けて構える。
重い動きながらも、それでもフェンリルは動こうとするが、
やがて出血が体力を奪い尽くしたのか、
重ね当たった銃弾が脳に届き、致命傷となったのか、
体勢を仰け反らせながらゆっくりとフェンリルが崩れ落ちる。
地響きを立ててその躯が大地に転がった。

「っはあっ!はあっ!!」
詰めていた息を一気に吐き、荒い呼吸を整えながら蓉子はフェンリルの亡骸を見つめる。
「これは・・・一体何なのだ?」
想像上の生物としか思えなかった。
巨大な狼のようだが、その動きは獣というよりはヒトに近かった。
「ヴィルヘイム・ミカムラ、か・・・。悪戯にしては些かやり過ぎだな・・・。」
それにしても、もし最初の射撃がこのバケモノの光を奪っていなかったら・・・・・・。
「ぞっとするな・・・・・・」
フェンリルの攻撃が大振りだったのも、クナイを刺せたのも、
銃を撃ち込む余裕ができたのも・・・・・・。
(これだけの相手で、”これ”だけの負傷で済んだことも・・・)
感覚の薄れた左腕はおそらくガードの際に骨折していたと見て間違いなかった。
まさに奇跡といっていい状態で蓉子は、今を生きている。
「この借り・・・・・・。 高くつくぞ」
そう呟くと蓉子は疲れた身体を結界維持装置にもたれかけ、休息を取るのであった。



【皇 蓉子@ヤミと帽子と本の旅人(ORBIT)分類:招 状態:△(左腕骨折) 装備:コルトガバメント(残弾5発)マガジン×3本 クナイ(所持数不明)】
追加:
【行動目的:中央へ。(ヴィルヘルムの暗殺?) 時間帯:全体放送後 位置:北の結界装置周辺】
【魔獣枠 フェンリルC 状態:死亡 】



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